第1話 SAO
─────不思議なものだ。
頭の痛くなりそうな光のトンネルを抜け、ついに目の前に広がった西洋の田舎町を彷彿とさせる景観を眺める黒髪の青年、PN:Tougouはそう耽る。
幼い頃から知っている近所の妹分に誘われるがままに最新鋭のゲーム機だというナーヴギアとソードアート・オンラインのプレゼント抽選に参加し、そしてまさかの当選。
しかしながらこれまでゲームにほとんど触れてこなかった己にとって、なんの予備知識もないまま入ったこの世界で、俺はこれからどうすればいいのかわからずにいた。
「それにしても…なぁ」
先程まで己が居たのは自室だったのに、「リンクスタート」と唱えるだけでこれまでお目にかかったことの無い見事な西洋の街並みを拝むことが出来ている。
以前からテレビでVR技術についてよく耳にしていたが、こうして自身の体感で“仮想世界”とやらに1歩踏み入れてしまえばその凄まじさはよく分かる。文字道理世界が変わって見えるのだから。
ふと思いつきで軽くつま先で床を叩きてみれば、鈍いながらも厚い皮の靴越しに、硬い石畳の感触が確かに感じることに驚いた。
さてステータスとやらはどう出すのか。そんなことを考えているとふと、いやにぎこちない走りでこちらへと駆け寄る女性に気がつく。
「お待たせしました!」
「おう……おう?」
「顔がスキャニングそのままだからすぐに分かりましたよ。もう、リアルで顔バレしても知りませんよ」
「あぁ…?」
「PNはTougou?……まさかの苗字!?ネットリテラシーどうなってるんですか!」
「いや待て」
なんだか頭が痛くなってきて、目元に手をやって天を仰いだ。
もう一度、小走りでこちらへと駆け寄ってきた女性をよく見る。やけに慣れ親しい話し方をしているが、俺は彼女にてんで覚えが無いのだ。
「え、なんですか?」
「お前、誰だ」
「……っ!?」
「なにを驚いてんだ」
背丈は160cm後半どころか170cmに届きそうな長身、スラリと細く伸びる手足に起伏に富んだグラマスな体つき、栗色の髪を長く伸びるツーサイドアップにした白人女性だ。
ほう、顔立ちもよく見れば美人さんだ。色白の肌に翠の瞳がよく映える。これほどの西洋美人はリアルでなかなかお目にかかれない。そして益々そんな人物を俺は知らない訳だが。
「……本当に、わかりませんか?」
「わからん。それ以前にお前のような輩は知らん」
「その、見た目は違いますけど、シリカです……」
「シリカ?」
「はい」
「─────嘘こけ。あのガキンチョが、お前みたいなナイスバディなわけが無い」
がくりと肩を下げた女性が観念したように名乗る。
シリカ、聞き覚えがある。いやそれどころかその名前を聞いてあっと思い出した。俺をこのゲームに誘った少女がその名前でプレイすると前々から言っていたのだ。
「ほぅ。本当に珪子だってのか?」
「ちょ、リアルの名前は厳禁ですよアヤさん!」
「アヤさん言うな。……に、してもな」
今のやり取りでだいたいわかった。ナリは違えどどうやらこいつは本物の妹分らしい。俺の事をアヤさんと呼ぶのはこいつしかいないしな、
だが、リアルでの彼女は12歳。歳の割に小さな140cmばかりの体躯に成長のせの字もない寸銅体型の少女である。一方で俺の目の前にいるのは、長身でグラマスな切れ目の西洋美人。やはり本来の彼女とは似ても似つかぬ姿かたちをしている。
「いいケツしてんな。肉付きもいい。俺好みだ」
「ふふん。アヤさんのベットの下にある本で勉強しましたから!ばっちり好みは抑えてるはずです!」
「アヤさんいうな。……だが、中身がお前ってのが残念だ」
「なんでそんなこと言うんですか!」
「そも、身体の重心が定まってない。視界の高さと手足の長さに違和感がありすぎるんだろう。そんなんで戦えるのか」
「うぐっ……。う、うぅぅっ!」
憤慨した様子の彼女。顔を赤めながら地団駄を踏む姿は年相応ではあるが、現在の見た目にはそぐわなかった。
なぜ言うかと問われれば、事実だからである。
「いーじゃないですか!せっかくの仮想世界、こうやって普段とは違う大人な私を楽しむのも!この世界だけでもちんちくりんでぺったんな体とはおさらばですよ!」
「大人て、ガキが何を言う」
「ガキじゃないですぅ」
もうアヤさんなんて知りません、と拗ねた様子でボヤいた彼女は、そのまま街の外を目指して歩いて行ってしまう。面倒この上ないが俺の知識では彼女なしには何もすることが出来ない。
「もう、本当に知りませんからね!」
「いや、まてまて。流石に置いてけぼりは困るぞ」
ひとまず、いかり肩でどんどんと遠ざかる彼女の背を早足で追いかけることにした。決して周囲からの視線から逃れるためではない。
△
《はじまりの街》の門をくぐってすぐ、視界の一面に広がる広大や草原に俺たちはいた。《探求の草原》と言うらしく、ここでチュートリアルとしてザコ敵を倒すのだという。そこら中に《フレイジーボア》というかなり厳つい巨大な化けイノシシがウロウロしている。彼奴等がザコ敵だろうか。
そんな思考の中、俺は件のフレイジーボア2頭と相対していた。腕には肘ほどまである金属製の籠手《アイアンガントレット》を装備し身構える。
俺を挟み込むようにして陣取る2頭の化けイノシシ。数の利を有した猪が、調子ずいたように嘶いて牙を剥く。
「せぇ!」
背後から迫る化けイノシシが地を蹴って駆け出し、急接近。それに半身となってフレイジーボアの左側へと回避する。
その勢いを殺さぬよう、脚、腰、腹、胸と捻りを作りながら勢いを繋げ、フレイジーボアのがら空きになった土手っ腹へと正拳突きを放つ。籠手越しにみしりと重く肉を打つ感触が響いた。
篭手につけられた5本のスパイクが肉を抉る。青白いポリゴンを傷口から昇らせるイノシシは、悲鳴をあげると突進の速度をそのままに地面へどうっと激しく激突した。
少しして動かなくなったかと思うと、横たわる巨体が青白い光へと変わっていった。
間髪入れずもう1頭が巨体を揺らし土煙をあげて迫り来る。真正面から向かってくるそれは、大きさも相まって軽自動車を錯覚させるものがある。
「うおぉ!」
気合いの声とフレイジーボアの嘶きが重なった。直後、放たれたアッパーによりフレイジーボアの頭部が弾かれ─────否、頭部どころかその巨体を持ち上げさせた。
後ろへ弾き飛ばされそうになる身体を気合と根性と技術で持ちこたえる。視界の左上では、あまりの衝撃の大きさからか、自身のHPを示すゲージが少し削れた。
その後、大きな音を立てて力なく地に崩れ落ちた巨体が、ブワッと青白い光となって四散する。てっきり、この手のゲームはHPが無くなるまで動くかと思っていたのだが、存外呆気ないものらしい。
それにしても、攻撃した部位や威力などでダメージが変わってくるのだろうか。周囲では何回もフレイジーボアを斬りつけるプレイヤーの姿も多いなか、俺は一撃で倒せたことが疑問だった。
「随分と、脆いな……?」
ふと、シリカならわかるかもしれないと彼女に確認を取ることにした。彼女は以前からβテストに参加したプレイヤーから情報を得ていたのだ。うぃきとかいうサイトもよく見ていた、何かしら知っていてもおかしくないだろう。
そう思いながら少し離れた木陰でしゃがむシリカに歩みよった。
「おいシリカ」
「おかしいです……おかしいですよ!」
「急に大声出すな」
「だって異常でしたよ!?この30分で、わたしがこんなに苦労して倒したのは2体。比べてアヤさんは10体以上」
「アヤさん言うな」
「なんでそんな簡単に倒せちゃうんですか!?」
「知るか」
膝を着いて項垂れるシリカは、どうやら上手く敵を倒せないことが悔しいらしい。それでいいのか。リアルでピナを可愛がる純粋なお前はどうした。
「言っても、戦い方は一通り現実でに教えられたからな」
「……そういえばそうでしたね」
なんだその頭のおかしい者を見るような目は。
「いえ、実際おかしいですよ。普通はソードスキルを使って倒すんですから」
「ソードスキルぅ?」
「ほら、周りの人がバシュッと武器を光らせてるやつですよ。あれで大きなダメージを与えて倒すんです」
「いや、使い方がわからん」
「まず武器を装備しましょう?なんで補助装備の籠手なんですか。それ盾みたいなもんですよ」
「刀はないし、槍は軽くて好かん。それに西洋風の武器はどうも性にあわないからな」
「ワガママですか」
ソードスキル。事前に聞いていた彼女の話では、このゲームの大きな特徴らしい。特定の動作に反応してエフェクトとともに強力な攻撃ができるという代物だ。
しかし、俺はソードスキルを使う以前にメインの武器を装備していないし、シリカもイマイチ発動の方法が掴めないでいるのだ。
加えてら俺の場合は素の攻撃で頭部を破壊した方が戦いやすそうでもある。
「誰かレクチャーしてくれる優しい人がいればなぁ……」
「そんな人、都合よくいるはずがないだろ」
「ですよね」
シリカが四つん這いから立ち上がり、周囲を見渡す。それに習って己も視線を漂わせた。1人、黒い髪の男がソードスキルらしきものを使っているが、既に赤い髪の男がレクチャーを受けているように見えた。
「ん?」
「やぁおふたりとも、そんなに周りを見渡してどうしたんだい?」
「あなたは……?」
背後から歩みよる気配に気が付き振り返ると、背中に直剣を背負った少女がいた。
リアルでは見たことの無い、銀色に輝く髪をした小柄な体躯の少女だ。これまた見た事のない紅い瞳がこちらを覗くようにして見上げている。
「ソードスキルをレクチャーしてくれる人を探してるかい?」
「……一体、なんの用だ」
「ちょっとトウゴウさん、なんで警戒してるんですか……?えっと私はシリカです。こっちで威嚇してるのがトウゴウさん。あなたは?」
「ボクはアリア。シリカさん、トウゴウさんが警戒するのも仕方ないよ。別に、気にしてないさ」
コホン、と態とらしく咳払いをして、何故か無言。
しばらくして無言の空気に耐えかね、再び声をかけようとしたその時、遂に彼女は口を開いた。
「うん……そうだね。ソードスキルを教えてあげるから、ボクとフレンドになって欲しいな」
△
「………………」
「………………」
「む、無言の空気が痛いよ!?なんで黙り込むのさ!」
「あぁ……」
「えぇ……」
「反応してくれたのは嬉しいよ?でもさ、なんでそんな憐れむような反応なのかな!?」
先程までとは打って変わって派手なリアクションを取り始めた。てっきりクールなキャラかと思っていたのだが。
スっと横に立つシリカを見る。同時にこちらを見たのかバッチリと目が合った。なんだか輝いた目でこちらを見ている。
さてはこいつ、面白がっているな。
「はぁ……」
「はぁ」
「これ見よがしにため息つかないでよ!しかも今アイコンタクトとったよねっ、なんか示し合わせてるよね!?トウゴウさんは目を背けないっ。シリカさんもそんな目でボクを見ないでっ」
騒がしいやつだ。周囲からどう見られているのか考えていないのか。
「それは君たちにも言えるからね?」
「なんの事だか」
「あーもう、いいよ。いいからそのすっとぼけた顔やめて……。で、どうするの」
「シリカ、フレンド交換ってどうやるんだ?」
「メニューからできますね」
「急に本筋に戻ったね……。ボクから申請だすよ」
何かを諦めた様子のアリアは、指2本だけを立てて軽く振り下ろし、ホログラムのメニューを出現させ操作し始める。
すると俺とシリカの目の前にフレンド申請のウィンドウが表示される。《YES》と《NO》が書いてあり、どちらを押すか迷いなく選択してタップした。
「……うん、なんで2人とも拒否ったのかな。さっきの流れ的にオッケー出してくれる感じだったよね?」
「手が滑った」
「間違えました」
「絶対うそだ!……、もう」
「よし」
「ダメだからね?」
もう一度フレンド申請が送られてきたので、今度は《YES》を選択する。弄る時は適度に弄らないと拗ねそうだからな。
「んで、なんでいきなり声掛けてきたんだ」
「ソードスキルについて悩んでるようだったからね。使い方、教えてあげようかなって思ったんだよ……。さっき言ったよね?」
「そしてあわよくば友達になろうと」
「うんそうだ……、違うヨ?」
ソードスキルの使い方を教えてくれる、か。こちらとしてはとても助かる。将来的に必要になることは間違いないだろう。それを見越しても今のうちにリアルの動きとソードスキルの動きの統合性を上げておきたい。
ふと、そろそろ体内時計が5時を過ぎ多様な気がした。
「だがシリカ、そろそろ5時過ぎじゃないか?」
「え、今時計みた?」
「もうですか!?……アリアさん。そろそろゲームをやめなくちゃいけないんですけど……」
「スルーか……。まぁいいや。なら仕方ないね。続きは明日かな」
「そうですね、明日こそお願いします!トウゴウさんはまた後で!」
「おう」
そう言ってシリカは軽く右腕を下ろしウィンドウを展開させる。しかし、ウィンドウの上に指をさ迷わせたシリカは、困惑した表情のまま一向にログアウトする気配がない。
彼女は保護者から『ゲームは17時半まで』とルールを設けられている。己も知っているが、あの二人はシリカがこのゲームをプレイするのに最後まで反対していたはずだ。もしその約束を破ればゲーム禁止になってもおかしくは無い。
━━━━━だが。
「え……あれ、ログアウトがない……?」
「どうしたんだ」
「何かバグでも起きてるのかい?βテストの頃にそんなことは無かったんだけどね……」
そう言ってシリカと同じようにウィンドウをだすアリア。というかβテスターだったのか。道理でソードスキルについてレクチャーしてくれるなんて言い始めるわけだ。
「俺のアンチョビピッツァとジンジャーエールがぁ!?」
なんか遠くで赤い髪の曲刀使いが騒いでいる。隣にいる黒い髪の男もメニューを見ていることから、俺たちと同じ事態に陥っているようだ。
「ど、どうしましょう……そろそろ宿題しないとママが……」
「そか」
「無関心!と、とにかくアヤさんも確認してください!」
「アヤさん言うな……。ったく」
そこで俺もウィンドウを開いてみると、たしかに俺のメニューウィンドウにも《ログアウト》の文字がない。アリアもそのことを確認して驚きに目を見開いている。
「これは……ログアウトボタンがないね。GMコールでもしてみるかな」
「なにかのバグでしょうか……」
「俺もなくなってるな……。むっ」
「ん……これは“転移”か?」
「なっ、なんですか!?」
1番初めにいた《はじまりの街》の方角から巨大な鐘の音が響き渡る。それは大きく余韻を残し体の奥まで揺さぶられる奇妙な感覚に陥る。
いや、感覚だけではない。実際に身体が光に包まれているのだ。アリアが“転移”だと特定していることから《SAO》のシステムなのだと思うが、この感覚に慣れそうにない。
突然、光が強くなり視界の全てを覆い尽くした。
△
「ここは……」
「《はじまりの街》だね」
「“転移”してきたのは、俺らだけじゃないようだな」
視界の全てが目が眩むほどの光に包まれてから数秒、気がつけば一番最初にいた《はじまりの街》の大きな広場の一角に3人で立っていた。
見渡せば俺たち以外にもかなりの規模のプレイヤー達がこの広場に集められているらしく、それぞれが困惑した表情を隠しもせずに立ちすくんでいる。
「もしかして、運営が集めたのか?」
「おいおい、一体どうなってんだよ」
「なんでログアウト出来ないのよ」
「きっと一斉にログアウトさせられるんだろ」
「てことはメンテに突入か?」
「嘘だろサービス始まったばっかだぞ」
段々とポツリポツリと声を上げ始める人が出始める。それを皮切りにザワザワとした空気が広がりはじめた。
困惑、もしくは疑問。それらの声には苛立ちが混じるようになり、怒鳴り声のようなものまで聞こえるようになってきた。1部のプレイヤー達の不満が爆発したのだ。
「上だっ、上を見ろ!」
端の方にいた青い髪の男が上、広場の中央の上空を指さして叫んだ。
血のように赤く染った上空に、《WARNING》と《System Announcement》の文字が浮かびあがった。
「なんだぁ?」
「なんだか、怖いです……」
「これ、たしか運営の……?」
この光景が生理的に受け付けないのか右手で口元を覆い顔をしかめるアリア。恐怖に怯え俺の左袖をギュッと握り身を寄せてくるシリカ。
─────“現実”との別れは、すぐそこに迫っていた。
〇トウゴウ
黒髪総髪のイケメン。傍から見たら武器を装備しないで敵倒してるヤベー奴。何故倒せてるかは後々。
〇シリカ
みんな大好きSAOのロリ。本作ではそれなりにキャラが崩壊気味。理想のアバター作るのに2時間かけた。
〇シルバ
銀髪ロングのロリっ子。メインのオリキャラの1人。2人に声をかけた理由は「女の子と一緒で話しかけやすかったから」