咎物語【ひみこヴァンプ】   作:白虎しゃも

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兄妹に、喧嘩と愛は「つきもの」だ。


こよみゴースト

001

 

 僕の物語(じんせい)は既に終わっている。

 

 これは僕の物語ではない。

 これは渡我被身子の物語である。

 

 語り部は僕であるが、僕は僕を語らない。

 となると、僕が誰なのか不明瞭なまま物語が進むわけだが、些かそれは不親切過ぎるだろう。

 なので、一番初めの今回だけは僕のことも語ろうと思う。

 

 僕は阿良々木暦。

 転生者で。

 渡我被身子の兄だ。

 

 なお、上記は全て戯言だ。

 つまるところ、そういう奴だと思って欲しい。

 適当で、曖昧で、オバケのような奴なのだと。

 

002

 

 物語の主題というものを明記することは時として野暮に感じられるかもしれないが、語り手としての僕は何を語ればいいかハッキリとして語りやすいし、個人的には読み手としても理解しやすい。難解な物語を読んでいると『結局コレは何が言いたかったんだ?』と首を傾げてしまうから。いつも妹と話していて『えっと、結局何が言いたかったのです?』と困った顔で言われては傷付く癖に。

 主題は簡潔に、端的に、単刀直入に述べた方が良いだろう。そうであるというのならば、僕のように何でもないことを無闇矢鱈と、延々と、冗長に語る人間には不向きなわけで。適材適所、嫌なことを『ヤ』の一文字で表現できる妹の言葉を借りるとしよう。

 

「私は人間をやめますよ、(おに)いちゃん」

 

 いやコレは妹の言葉というより、どこぞの吸血鬼の言葉じゃないか? 僕は訝しんだ。

 ともあれ、制服から私服に着替え、下ろしていた髪を団子二つに結い上げた妹は、鏡を覗き込んだまま目を細めて、そんなことを言っていた。

 

「元気がいいなぁ、被身子ちゃん。何かいいことでもあったのかい?」

 

 僕が答える。

 少女の声だ。

 TS転生――ではない。

 鏡に映る妹の口が動いている。

 声も、妹の声だ。

 妹だけが声を出している。

 傍から見ると、只の一人芝居。

 

「無事に中学を卒業出来ました!」

「そうかい、それはよかった。そのまま人間も卒業しようとしているのはいただけないが」

「えー?」

 

 僕の身体は存在しない。

 妹の身体を借りることは出来る。

 憑依転生、は少し違う。

 憑依は当たっている。

 転生は間違っている、と思う。

 

「人間を『やめます』じゃないですね、人間を『やめました』、です」

「残念ながら人間ってのはそう簡単にやめられないものなんだぜ」

 

 そんなことはないのだが。

 僕は真実を語るかのように騙った。

 

「むむむ」

 

 妹が不服そうに頬を膨らませる。

 カァイイ。

 

「……まぁ、いいでしょう。それについてはまた今度じっくり喧嘩腰で話すとして」

「喧嘩腰で!?」

「ともかく! 約束は守ってもらいますから!」

 

 妹はビシッと鏡を指差す。

 鏡の中の自分を指差す。

 鏡に映らない僕を指差す。

 これだけでも、妹のほうが人間らしい。

 

「鬼いちゃんは義務教育が終わったら好きにしていいって言いました」

「ある程度、ある程度な?」

「はい、悪いことはしない。チウチウしたいときはお願いする。忍ちゃんのお世話をちゃんとする、ですよね」

「そして、『吸血鬼』の力を使わない、だ。さらっとなかったことにしようとするんじゃない」

「あー! 鬼いちゃんだって、しれっと厳しくしてるじゃないですかぁ! 『吸血鬼』の力を使い過ぎない、でしょ!」

 

 兄妹だから、気安くて。

 気安いからこそ、境界線を探り合う。

 僕は妹の幸福を祈っているけれど。

 それはきっと、しがらみにまみれたものだ。

 

「もう! 鬼いちゃんが何と言ったって、家出(・・)だけは絶対にしますから!」

 

 だからこうやって、妹は好きに生きようとする。

 妹の人生だから妹の好きにしていい、とは思いつつ。

 その先にあるものが、ちゃんと見えているのかと、心配になる。

 なんて、ため息交じりに宣言させてもらおう。

 これは、『渡我被身子が最高の人外ライフを満喫するだけの物語』だ。

 まったくもって、兄心妹知らずである。

 

003

 

 そういえば、自己紹介をするんだっけ。

 僕は、今でも時たま自分が阿良々木暦ではないかと勘違いしてしまいそうだし、そうでなくとも、渡我被身子に対して常に自分の妹だと勘違いしている。

 

 勘違いだから、間違えている。

 誤っているから、謝った方がいい。

 ごめんなさい。

 

 さて、過ちを一つずつ訂正していこう。まず僕が阿良々木暦という間違いから。僕の頭には――僕に頭なんてないけれど、妹の頭を借りているだけだけれど、それは置いておいて――阿良々木暦として生きた記憶が存在している。

 

 例えば春休みの吸血鬼。

 猫に魅入られた委員長。

 蟹に行き遭った同級生。

 蝸牛に迷った小学生。

 猿の手に願った後輩。

 蛇に絡まれた中学生。

 

 彼女たちと出逢い、何を思って何を考えて何を為したのか、それを僕は覚えているけれど、同時に作り物めいた違和感も覚えていた。

 まるで映画館でポップコーンを食べながら他人の人生を眺めているような、現実離れした物語を鑑賞しているような、そんな違和感。

 

 ”怪異“なんてあるわけないと笑いながら。

 “個性”を日常風景として受け入れていた。

 

 とはいえ、自我の解離だとかアイデンティティの消失だとか、そういうんじゃない。大体、阿良々木暦の人生を一から十まで覚えているわけでもない。今までに食べたパンの枚数を、覚えてなんかいないから。

 

 何が言いたいかというと、僕は阿良々木暦というよりも、自分を阿良々木暦だと思い込んでいる一般幽霊という方が僕自身しっくりくる。

 

 記憶の中の自意識と、僕の中の自意識は別物であり別者だ。僕は僕で、阿良々木暦は阿良々木暦だ。かと言って、記憶がなければよかったなど言うまい。記憶があるからこそ、自分の状態を理解して、妹の身体を間借りしているのだと謙虚でいられた。

 そもそも、妹に取り憑くなと言われれば、それはそうなのだけれども。これに関しては僕の意思ではどうしようもない。単純に、離れ方が分からないのだ。

 ともあれ、阿良々木暦の話は僕の中で完結している。突き詰めれば、自認だけだ。しかし二つ目の間違い、転生者かどうかという話は妹を巻き込むこととなる。というより、巻き込んでいるから、転生者ではなく憑依者なのだ。

 妹にとってみれば傍迷惑な話だろう。異物混入も甚だしい。それなのに彼女は、生まれついてのものだからか、あまり僕のことを嫌っていない、と思う。同じ身体にいるけれど、精神はバラバラだから妹の考えていることは分からない。それでも、妹とはよく話すし、暫く黙っていたら向こうから話しかけてくる。

 

 幼い頃、まだ妹を妹と思っていなかった頃。

 彼女は人前でも気にせず話しかけてきて。

 不味いと思って僕は止めた。

 それを見ていた両親は何も言わなかった。

 

 あれ? と疑問を抱く。両親は――なんと言えばいいか、普通の人だ。普通に子供を愛そうとして、普通に子供を叱責する。自分たちの普通を普通に押し付けてくる普通の人だから、僕の存在も否定され、矯正されるとばかり思っていた。

 それ自体は構わないと――妹に矯正のとばっちりがいくのは構うが――当然だと思っていたのに。

 

 両親は僕のことを黙認した。

 正直に言おう。

 気味が悪かった。

 本音を言おう。

 僕を否定してほしかった。

 

 お前は間違っている、と誰かに言われたら安心できるような気がしていた。違和感は正しくて、僕はここにいちゃいけないんだ、と納得できるのに。

 それに。

 

 そうやって僕のことを受け流すくらいなら、自分の娘の“個性”を、笑顔を、もっと受け入れてやれよ。

 

 そう言いたかったが、僕も黙っていた。僕が言葉を発するには妹の口を借りる必要があるから僕の言葉が、妹の言葉として受け取られかねない。ただでさえ妹から借りてばかりなのに、これ以上何かを押し付けるのは忍びなかった、というのは言い訳に過ぎないけれど。

 また、ここで一つ言い添えておくこととして、このとき僕は誤解をしていた。自分のことが認められたなどと、都合の良い、自意識過剰な解釈をしていた。恥ずかしい。穴があったら入りたい。妹の身体になら入っているが。

 あのとき両親は黙認したわけではない。言葉を失っていただけだ。驚きで。妹が、教えていないはずの名前を口にしたから。

 

 「こよみくん」と。

 

 死んだはずの――双子の弟の名前を。

 そう。

 そうなのだ。

 僕は、渡我此世身(とがこよみ)は、渡我被身子の弟である。

 双子は一分一秒でも先に産まれたほうが兄姉で、後に産まれたほうが弟妹だ。

 だから、先に産まれた被身子が姉で、後に産まれた僕は弟だ。

 産まれてすぐ、亡くなったとしても。

 

 いやいや、偶然名前の読みが被っただけだろうと、阿良々木暦は思った。

 なるほど、常に感じていた違和感はコレなんだと、僕は思った。

 つまるところ、自認である。

 僕は自分のことを渡我此世身だと認識した。

 それで十分じゃないか。

 誤認なんて、今更なんだから。

 

 仮に僕が渡我此世身として生きていたのなら、転生者と名乗っていただろう。

 でも、現実には鬼籍に入っているから。

 死んで、意識が妹に『憑依』した。

 法律的には姉だけど。

 精神的には妹である。

 両親に見つかるまで年上面をしていたから引くに引けなかったともいう。

 

 医者の言うところによれば、この『憑依』は僕の“個性”ではないか、という話だ。

 死ぬタイミングで発動する”個性“。

 ないわけではないらしい。

 さらに言えば血の繋がり。

 二卵双生児だから半分は同じ遺伝子を受け継いでいる。

 血縁者であれば臓器の移植がしやすいように、“個性”の影響も大きい傾向がある、と言われている。

 

 へぇ、そうか。

 つまり僕は”個性“なのか。

 じゃあ、阿良々木暦は?

 この記憶はなんだ?

 この記憶を持っている僕を、本当に“個性”として説明してしまっていいのか?

 僕は僕を”個性“と呼べるか?

 いいや、呼べまい。

 説明がつかないし、これからも説明できないから。

 

 ゆえに、僕は僕を“個性”と呼ばない。

 敢えて言うなれば、仮に称するならば。

 僕は僕を――”怪異“と呼んでいる。

 

004

 

 というわけで、改めて自己紹介しよう。

 下記は全て真実だ。

 少なくとも、僕の中ではそうである。

 

 僕は渡我此世身。

 死亡者で。

 渡我被身子に憑いている“怪異”だ。

 

 以後よろしく。

 




「火憐だぜ!」
「月火だよー」
「兄ちゃんが兄ちゃんじゃない!?」
「お兄ちゃんの妹が私達じゃない!?」
「でも妹は突然増えるもの!」
「十二人まで増えてもおかしくないね!」

「予告編クイズー!」
「クイズー」
「兄ちゃんの記憶を持って産まれた男の子が亡くなって双子の姉に憑依した場合つけるべきタグを答えよ!」
「憑依! 転生! せ、性転換はいいかな……?」
「このガールズラブタグはなんだー!」
「今後の予定は未定だけど確定してるやつ!」

「次回『いずくヒーロー 上』」

「え、プロットは?」
「上下か上中下かも不明だよ!」
「亀更新ってやつだな」
「兎には勝ちたいねー」
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