咎物語【ひみこヴァンプ】   作:白虎しゃも

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いずくヒーロー 下

001

 

 国立雄英高等学校受験前日譚。

 あるいはヒーロー科合格祈願。

 

 職業として『ヒーロー』が存在している時点で頭を抱えたくなってしまいたくなるような感性を持つ僕にとってはヒーローを養成する学校が存在するという事実に目を覆いたくなってしまう。

 

 なんて、抱える頭も覆う目も存在しないから、どこまでいっても戯言なゴーストジョークは程々にして、緑谷くんの高校受験の話である。

 

 彼が受験するのは雄英高校ヒーロー科、そして滑り止めの地元高校ヒーロー科。どちらも学科試験と実技試験があるらしい。普通科は学科試験のみだったので、実技試験がどのようなものなのか僕はもちろん妹も知らないはずなのだが、そこはそれ、「私が“個性”を渡したのですから、まずは実技試験に向けて使い方を教えないと!」と適当な廃ビルで緑谷くんを潰れたトマトにしたり膾切りにしたりしていたわけで。

 いくら「出久くんからも反撃してくださいね、なんなら別に私を倒してしまってもかまいません」という前置きがあっても散々な目に遭っている緑谷くんだが、彼が妹と目を合わせて会話できるようになった頃に憑いていって内緒でそれとなく聞いてみたところ「へっ!? 渡我さ……被身子さん、ですか? え、いやその、お兄さんも『渡我』なので下の名前で呼んだだけで! 深い意味はッ! ……渡我さんが、どういう人かは、まだよくわからないところも多いです。でも、彼女は僕の恩人です。確かに、訓練で串刺しにされたり細切れにされたりミンチにされたりして僕のことを食材と勘違いしているのかな? って思うこともありますけど……これも必要なことだってわかってます。『吸血鬼』という“個性”の強さと、僕自身の弱さを、骨の髄まで叩き込んで、いや、切り刻んで……? はい、もらってるわけですから」という感じで、妹の趣味を良さ気に解釈していた。ここは死人に口なし、「被身子ちゃんそこまで考えていないと思うよ」という言葉は飲み込んだ。

 

 ともあれ。

 つまりは妹と緑谷くんの仲が良いということだ。

 「初詣しましょ!」と誘えば来てくれるくらいに。

 

002

 

 というわけで元日。朝よりは多少人だかりが解消されたものの、まだまだ人にまみれた境内は熱気に溢れていた。それでも寒空の下であることに変わりなく、妹はすっかりぬるくなったペットボトルのお茶を両手で包みこむ。

 約束の時間の五分前、妹は顔を上げて辺りを見渡し、目的の人物を見つけると「出久くーん!」と手を振りながら声をかけた。

 

「あ、渡我さん。あけましておめでと、おぉ!?」

「あけましておめでとうございます。出久くんは今日も元気がいいですねぇ。何かいいことでもありました?」

 

 素なのかからかっているのか、小首を傾げる妹は白衣に緋袴という巫女服を身に纏い、髪型もいつものお団子ではなく赤い組紐でポニーテールにしている。

 

「バイトって巫女さんだったんだ……」

「あれ、言ってませんでしたっけ? 正確にはバイトじゃなくて助勤らしいですけど」

 

 お参りするならこっちですよ、と案内しながら話を続けた。

 

「新年ですねー、抱負とかあります?」

「……雄英合格です……」

「あららグロッキー。私も去年はこんなだったかなぁ?」

 

 去年は怖い方の先輩に『受験生に正月休みなんてあるわけないでしょう? 正確に言うのならば渡我さんの正月休みだけ消失したわ。自業自得よ、勉強なさい』と言われて泣きながら受験勉強していたよ。

 

「そんなに気負わなくても大丈夫ですよぉ」

「で、でも『再生』や『怪力』はともかく、『変身』は発動するのが精々で……『物質創造』にいたってはうんともすんとも言わないし……身体をこれ以上鍛えられないなら“個性”を鍛えるしかないけれど、いや、身体だって使い方を工夫すればもっと動けるだろうし、今出来ることを整理して立ち回りを考えるべきか? 渡我さんが色んな人に『変身』して相手してくれるけどシチュエーションとしては全部一対一だ。対多数を考えてイメージトレーニングをもっと増やすべきかもしれない。うーん、けど結局、血液による治療も試せてないし、そうでなくとも扱えていない『吸血鬼』の能力が沢山あるのは事実だ、受験までに優先順位をつけて一つ一つやっていくにしたって、やることは山積だぞ……」

 

 ブツブツと呟きながら考え込む緑谷くんを、慣れた様子で妹が背中を押し進み、賽銭箱の前まで辿り着く。それからパン、と緑谷くんの目の前で手を打った。

 

「まぁまぁ今日のところは無責任に神頼みしましょうよ!」

「無責任て」

「自己責任ばかりじゃ息が詰まるでしょ? だからほら、神様が嫌なら出久くんを信じる私を信じてください」

 

 我に返った緑谷くんは、妹と目を合わせて頷き、不安で張り詰めた表情を少しだけ緩める。妹はふふんと鼻を鳴らして、胸を張った。

 

「なんといっても私は奇策士トガですから!」

「き、奇策かぁ……いやまぁ、奇策だけど……」

 

003

 

 というわけで国立雄英高等学校受験当日譚。

 学科試験と同様に実技試験も雄英高校の校門前まで緑谷くんの見送りに来ていた。ここに来るのは妹の学科試験と休学届の提出と合わせて四回目になる。

 

 どうして妹は滅茶苦茶頑張って合格した学校に四回しか来ていないんだろうな……。

 

 何が大切なのか人それぞれだと己を騙しつつ、緊張で脚をガクガクに震わせる緑谷くんへ目が向いた。

 

「ねぇ出久くん」

「は、はひっ!」

「ちょっと聞きたいことがあるのですが」

 

 緑谷くんの肩にポンと手を置いて、心底不思議そうに尋ねる。

 

「ヒーロー科の実技試験ってそんな、両手両足を切り飛ばされたり内臓をかき混ぜられたり頭蓋骨を割られたりすることよりも、恐ろしいことが待っているものなのですか?」

「――――待ってない!!!!」

 

 とても元気な返事だ。

 脚どころか全身震えているけどきっと武者震いだろう。

 決して震えが止まらないほど恐ろしい目を妹から受けたわけではないと信じたい、

 

「……妹が年下の男の子にアニメ化出来なさそうな行為をしている事実に僕はどう向き合ったらいいんだろうな……」

「二次創作なんだからアニメ化とか気にする必要ありませんよ」

「三次創作してくれる人がいるかもしれないだろ!」

「あはは」

 

 うわ、この上なく乾いた笑いで返された。

 お兄ちゃん悲しい。

 

「――よしッ!」

 

 緑谷くんはピシャリと自分のほっぺたを叩き、肩に乗っていた被身子ちゃんの手をぎゅっと握った。

 

「ありがとう渡我さん! いってきます!」

「いってらっしゃい、がんばってねぇ」

 

 ヒラヒラと手を振る妹の姿が目に入る。

 緑谷くんも少し離れてから大きく手を振ると、そのまま試験会場へと駆けていった。

 

004

 

 受付で説明資料を受け取り、指定された席に向かう。既に多くの人が席に着いて、談笑したり集中したりしていた。

 『ヒーロー科の実技試験というものは実際どんなものなのだろうか』という好奇心だけで緑谷くんにこっそり憑いてきた僕は、あまりの人の多さに目を回してしまう。緑谷くんも緊張は収まっているようだが、少し及び腰になりながら歩を進めていた。

 

「あ」

 

 金髪の少年を視界に収めた瞬間、緑谷くんの喉から声が漏れる。

 

「かっちゃん。お早う、えっと……お互い頑張ろう!」

 

 友達なのだろう、緑谷くんは気さくに声をかけた。

 

「………………チッ」

 

 えぇ……?

 

 金髪の少年はこちらを一瞥することなく舌打ちした。どこをどう切り取っても友好的なたいどではない。

 喧嘩でもしたのだろうか、緑谷くんはそれ以上特に何も言わずに席へ座り、試験内容の説明資料に目を通し始めた。

 

 模擬市街地演習。

 制限時間10分。

 持ち込み自由。

 ポイント制の戦闘試験である。

 

 何事もなく試験監督による説明も終わり、緑谷くんのこれからの人生が大きく変わる10分間が『ハイ、スタートー』と、ぬるっと始まった。

 

「ッ!」

 

 スタートダッシュはそこそこに、まずは近場で高さのある建物の壁を走って登る。市街地を『吸血鬼』の視力で俯瞰して確認し、仮想敵――前世だとまず現実で遭遇しなさそうなロボット――へと一直線に飛び込んだ。『怪力』で仮想敵の武装を引っ剥がし、関節部分や原動機部分を狙って投げつけたり殴りつけたり。

 直接殴らないのは『吸血鬼』の身体が脆いからだろう。撃破に一手間要しているが、着実にポイントを集めていた。他の受験生と比べて明らかに遅れているわけでない、と思う。

 

「……よし、戦えてる! 大丈夫、大丈夫だ! 血のストックも十分。このまま行けば――」

 

 しかし緑谷くんが呟いたそれは。

 例えば大技を放った後に『やったか!?』と叫ぶような。

 平穏な日常の中で『こんな日々がずっと続けばいいのに』と願うような。

 データキャラが『君のデータは全て揃っている』と謳うような。

 そんな、言葉だった。

 

「うわあああああああ!?」

 

 悲鳴に振り返る。受験生の一人が“個性”の制御でも誤ったのか、錐揉み回転しながら建物の角に衝突し、そのまま壁を破壊して吹っ飛んだところで墜落していた。

 それだけであれば、『吸血鬼』の身体能力で受験生をキャッチして終わり、多少ポイント稼ぎが遅れるだけで済んだ。

 

「きゃあっ!?」

 

 建物の上で、遠距離から“個性”を使用していた受験生が、崩れた足場とともに落下しなければ。

 落下するまでに二人とも救けるには、二人の距離が遠かった。元々、現在緑谷くんのいる位置から二人の位置まで距離があり、駆けつけた頃にはどうしようもなくギリギリで。

 

「『先制必縛――」

 

 血を飲みすぎると太陽の下にいられない。

 だからストック出来る血の量は限られる。

 だから――試験では『変身』を使えない。

 『変身』を使うと、10分も持たないから。

 

「ウルシ鎖牢』!」

 

 緑谷くんは両腕を木に『変身』させ、伸ばした樹木を巻き付けるように受験生二人をキャッチした。吹っ飛んできた受験生は気を失っていてリタイア。遠距離個性の受験生はお礼を述べて試験へと戻っていった。

 そうして。

 

「やってしまった……冷静じゃなかった……! 迷わず駆けつければ、片腕の『変身』で……それならまだ保っていた……!」

 

 すっからかんの緑谷くんと制限時間の半分が残った。

 それでも。

 

「このまま行けば、奇策を使わなくて良さそうだなんて、馬鹿か僕は! 僕は、渡我さんに救けられてばかりじゃないか! 出し惜しみとか、してる暇ないだろ!!」

 

 緑谷くんは折れることなく、ジャージの中に仕込んでいた文房具を取り出す。取り出したるはコンパスとフィキサチーフ。フィキサチーフとは文房具というよりは画材の一種で、絵画用の定着液なのだが、重要なのはスプレー缶であるということだ。

 仮想敵の懐に入り込み、コンパスの針をスプレー缶に叩きつける。わざと火花が散るように、勢いよく。

 

 スプレー缶を使用する際は十分に換気し、高温となる場所や火気の近くでは使用しないでください。

 可燃性のガスに引火して、スプレー缶が爆発する恐れがあります。

 

 奇策、身近にあるもので突撃自爆。

 出し惜しみしていいよコレ。

 というかフィキサチーフは身近にないだろ。

 

 緑谷くんの血液消費量は『再生』<『怪力』<『変身』である。僅かにでも血液が残っていれば『再生』されるし、ストックが完全に無くなったら感覚で分かる、というより何度も刻み込まれるうちに分かるようになったそうだ。

 

「まだ行ける! 最後の……一滴までッ!」

 

 自分ごと仮想敵を爆破しつつ(とても痛い)、脚が止まることはない。奇策を吹き込む被身子ちゃんも大概だが、奇策を実行する緑谷くんも大概である。

 そしてまぁ。

 中学生相手に、巨大ロボットをぶつけてくる雄英高校も大概だ。

 

「ひ、ぃ……っこ、怖くない! 落ち着け怖くない! あんなデカブツ怖いもんか! “個性”使わなくても、走って逃げられるくらいすっとろいんだ、距離をとって、冷静に……」

 

 緑谷くんの呟きを聞きながら冷静に考える。

 ここで、走って逃げることは出来るけれど。

 

「いったぁ……」

 

 誰かを抱えて逃げることは出来ないだろう。

 

「ッ、ごめん」

 

 緑谷くんは。

 転んでしまった女の子に謝って。

 

 頬の擦過傷から血を舐め取った(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ほわっ!?」

「すみませんごめんなさい“個性”に必要なんです大変申し訳ございません……!」

 

 早口で謝りながら女の子を抱えて駆け出す。

 そう遠く離れないうちに、試験終了の合図が鳴った。

 緑谷くんはそっと女の子を降ろし、流れるように土下座していた。




「火憐だぜ!」
「月火だよー」
「くっ、脳無って奴は強敵だったな!」
「え?」
「それに死柄木って奴! 全く以て許しておけないぜ! 姉ちゃんがやらないってんならあたしが――」
「まってまって火憐ちゃん。何の話?」
「何って、姉ちゃんの話だけど」
「今回はほとんど緑谷くんの話だったよ」
「まさかまさか月火ちゃん。だってプロットにUSJまでやるって」
「現実は入試が終わったところだねー」
「えっ、いいのかそれ?」

「……予告編クイズー!」
「クイズ!!」
「いいんでしょうかっ!?」
「聞かれても困る!!」

「次回『しのぶヴィラン ?』」

「次は過去編なので、ヨシ!」
「よくねぇー!!」
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