「ご苦労様、それじゃ確認させてもらうわね」
小言の多い同期に、両手で抱えて余りあるほどの書類を手渡す。一体全体どうしてこう仕事が多いのか。
(まあ、超人であるこの私にかかれば?この程度、造作も無いのですがね!)
隈だらけの目元を隠そうともせず、虚空に向かってサムズアップする。
突然謎行動に出たためか、書類を確認していた手を止めこちらを訝しげに見るアオイ。
確認業務も慣れたものなのか、もう半数以上を捌いている。
机の上に確認済みの書類が、二つに分けられ積み上げられる。
しかし、片方は片手で数えられる程しかない。
きっと誤字が見つかった方であろう。
その俊敏な手の動きをぽけーっと眺めて10分弱、どうやら片付いたようだ。
「………」
「お、終わりましたかね?では私はこれで…」
少ない方の書類の束を掴み、早々に財務室から去ろうとする。
彼女を嫌っているわけでは無いが、なんとなく気まずいのだ。
それに、生徒会長になった際邪魔になる人物でもある彼女とお手手繋いで仲良しこよし…というわけにはいかない。
(まぁ?元々そこまで好きでは無かったですし?)
やけにざわつく胸を抑える。
『待ちなさい!あなた、どうしてしまったの?本当に大丈夫なの?』
いつか彼女から掛けられた気がする気遣いの言葉。しかし何故このような言葉を掛けられたのかが思い出せず、思い出そうとすると頭痛と胸騒ぎに苛まれる。
「…ちょっと?聞いてる?」
「はっはい!?何でしょう!」
「しっかりしてちょうだいまったく…そっちじゃないわよ、書類。」
「はい?意味が…」
「だから、そっちは誤字が無かった方よ。あなたが持ち帰るのはこっち。」
持ってきた時とほとんど変わらない高さの書類の山を指差すアオイ。
思わず己の目と耳を疑う。そんなバカな話があって良いはずが無い。というのも、キヴォトスにおける連邦生徒会の権限は絶大であり、それ故にその責任も重くのし掛かる。また面子も保たねばならないため、失敗は許されないし、常に120%の仕事をこなさねばならない。
つまり、全てやり直しである。
中学生の進路希望調査よろしく二重線を引いて上から書き直す…というわけにはいかないのだ。
「あぁ……」
自慢のアホ毛もすっかりへにゃへにゃにし、その場に膝を付く。
「何というか……頑張ってね。」
少し安心したような笑みを見せるアオイ。
「何がおかしいんですかぁ!!デスマーチに次ぐデスマーチ!!これじゃぁデスエイプリルですよ!!もおおお!!!」
「そのマーチじゃ無いと思うけど…バカにしたつもりじゃ無かったのよ?ただ最近のあなた、随分切り詰めてたようだったし…同期として心配していたのよ。」
あぁ、まただ。
分からない。この痛みの正体が、分からない。
「…変なことを聞くようで申し訳ありません、近頃の私の態度が変わったのはなぜか分かりませんか?」
「本当に変なことを聞くわね…あなたに分からないのなら私に分かるはず無いじゃない。でもそうね、本当に鬼気迫るというか…『超人と呼ぶな』なんて言ってたわよ?あなた。」
本当に鬼に憑かれてたんじゃない?と、軽口を加えるアオイ
しかし当のカヤの耳に、その声は届いていなかった。
『何が『超人』ですか!!馬鹿馬鹿しい!』
確かに自分の声で、誰もいない防衛室でそう叫んだことを鮮明に思い出した。
この私が自分のルーツすら否定するような言動をした。
それだけに大きな出来事が何か…何かあったはず……
痛む頭を両手で押さえ、必死に記憶を探る。
『自分を慕ってくれた■■一人守れないで!!調子に乗るな!!』
私には何か守りたい物…いや、人?があった…いや、居たのだろうか?
しかし、それ程までに大切な存在であれば、忘れることなどあり得ないはず……
「えい」ズビシィ
「ふごっ!?」
両手越しに伝わる衝撃。連邦生徒会最強の兵器と名高い財務室長チョップである。
「な、何を……」シュウゥウ
頭が凹んでいないことを確認するも、自慢のアホ毛は車に轢かれた蛙のように、べったりと頭皮にへばり付いてしまっていた。
「絶望する気持ちは分からなくも無いけど…人の話はちゃんと聞いてちょうだい?…ほら、私も手伝ってあげるから、今日中に終わらせるわよ。」
「財務室長……助かります、どうも。」
「一つ貸しよ。…そうそう、尋ねごとはもう良いの?」
「はい、なんだか今の一撃ですっきりしてしまったようです。」
「ふふふ、それは良かったわ。」
「嫌味なんですけどぉ!?」
「音沙汰が無いから戻ってみれば…」
「何です?これは…」
「そういうこったな…」
寝起き最悪の神の紛い物から逃れ、ほぼ1日が経った。
にも関わらず、気配が全く無くなってしまった。
見立てではあのまま暴走はその勢いを増し、やがては全てを呑み込まんとするはずだった。そして、キヴォトス全てを喰らうに、目覚めたてのその力はあまりに貧弱なことも分かっていた。
はず、だったのだがーーー
勿論、遠隔で隠れ家…もといラボの様子が見られるよう、すべてのラボにカメラは設置していたのだが、一つを除き全て破壊されていた。
こうして危険を冒してでも、彼女が暴走した場所に再び生身で戻ったのはそのためである。
「これは繭…いや、蛹か?……おい黒服。一体どうなっている?貴様の話には、このような現象の説明は無かったようだが?」
研究の成果や秘儀のプロセス、また発明品などが隠された部屋に、『それ』は居た。いや、あった。
厳重なロックがされた扉は、原型を留めていなかった。
うっすらと黄色がかった不気味な球体は、心臓のように一定のペースを保ちながら動いていた。
そこに知性のようなものは見られない。
「……分からない、ですねぇ。こんなことは初めてですよ、全てが予測不能。この蛹の素材についてもそうです。液体のようでそうではない。弾力があり、しかし金属反応も少なからずある…こんな物質は見たことがない。クックッ…本当に、この子は私を楽しませてくれる…良い娘を持ったものですね、私は。」
「しかし、どうする?今の無抵抗な状態なら、また制御が可能かもしれんが…」
「ふむ…いえ、やめておきましょう。乗る必要のない無謀な賭けですし、何より…私はこの子が作る、いや壊す未来を見届けたい。今の私の第一の目標は、それです。」
「私も彼と同じ意見です。もはやこの子は、私達の支配を逃れている。」
「そういうこったな。」
「神と並び立つに至るまで自由を得られないとはな……彼女が夢見た未来は、もっとありふれた、普通の少女ならまず考えることもないほど当たり前のものだったというのに。」
「ええい、私に分からない話で盛り上がるんじゃないですよ!しかもフーコを置いていくつもりですって!?私が許しませんわよ!」
「またうるさいのが…おい馬鹿者!不用意に近寄るな!」
マエストロが止めるのも聞かず、蛹に近寄り、手を触れるベアトリーチェ。瞬間、蛹の表面が大きく波打った。
一瞬で巨大な口のように広がった蛹は、さながら食虫植物のように、獲物を一息で呑み込む…つもりだったのだろう。
「ベアトリーチェ!!」
「マダム!」
意外にも、最も早く彼女に手を伸ばしたのは、マエストロであった。
間一髪、マエストロの救出が間に合った。と同時に、蛹は獲物のほとんどを取り逃がした。
怒ったように体の表面を震わせ、体の一部を触手のように伸ばし、弱々しいながらも赤黒い光線のようなエネルギー波を放つ。
そしてそれは、その場に居るもの、特にベアトリーチェにはよく見覚えのあるものだった。
「何ですって!?わ、私の技でしょうそれは!」
「『再現』…いや、『吸収』…?いやそうではない、『理解』したのでしょうか?ククッ…」
体を広げ、少しずつ移動する蛹。
さらなる獲物に期待しているのか、一際大きく鼓動した。
「…皆さん、ここは一旦退きましょう。我々がみな彼女の一部とされる前に。」
「そういうこったな!」
再び、アビドス砂漠の隅の隅に移動する。
「怪我は!?」
「ぐぐ…み、右手が持っていかれました…」
「しかし、これで蛹があの部屋にいた理由が分かりましたね。まさかあのようなことが可能とは…」
「他のラボのカメラも破壊されていたということは…」
「クローンも蛹になっていることも想定しておいた方が良いかもしれませんね。」
「…?しかし、彼女らは『そう』なれないのでは?全員が全員同じプロセスを踏んだわけではないですし、何より神秘に耐えられないのでは…」
「そういうこった?」
「そんなものは我々の想定に過ぎん。なあゴルコンダよ、貴様は彼女がああなることを想像できたか?……『神に近づく実験』と銘打って研究を進めたのは我々だ。しかし…」
「神をも上回ってしまうかもしれませんね。このままでは。このキヴォトス…いやこの世界の全てを理解し、コントロールする…馬鹿げた話です。しかし…」
「分かっている。我が子の可能性を信じようではないか。その結果世界が滅びても、それはそれで良いものだ。」
「あの」
ずっと黙っていたベアトリーチェが、柄にもなく小声で呟く。
「どうしました?」
「私、片腕無くなったんですけど!?あっさりしすぎじゃないですか!?」
「喧しい。貴様の自業自得であろうが、あんな得体の知れん物に安易に近寄りおって」
「まあそのお陰で脅威を再確認できましたし、良しとしましょう…それに、その程度の傷。貴女なら何でも無いでしょうに。」
「治っても、痛いものは痛いんですよ…ん゛ん゛!!」ズルル
腕に力を込めるベアトリーチェ。植物が成長するように、腕が再生される。
「マダムも大概化け物ですよね…」
「そういうこった…」
「こやつはギャグ時空の住人だからな。」
「誰がですか!誰が!!」