戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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医者、椎葉古仙

……………………

 

 ──医者、椎葉古仙

 

 

 その不死人を癒す医者についての情報は家老、菅沼から得た。

 

 岩陰からの流民がいる寺から寺へと患者を治療するために転々としているらしく、一定の場所に留まっていないとのことだった。

 

 となると探すが難しくなる。

 

「当てもなく歩き回るよりも一か所で待った方がいいだろうな。流民がよく来る寺に居座ってそいつが来るのを待つ。わしは無駄に歩く回りたくない」

 

「ふむ。確かに行き違いになることも考えれば追いかけるのは時間の無駄だな」

 

 黒姫がそう提案し、橘も納得した。

 

 そこで以前橘たちは医者が訪れており、かつ今も岩陰からの流民が訪れている益雲寺に陣取ることとなった。

 

 益雲寺はさほど立派な寺というわけでもなく、山間にある小さな寺だ。

 

 しかしかねてより流行り病が起きたときなどに見放された患者を手当てしていたことから寺の住職は弱きものの味方として尊敬されていた。

 

 そして、その敬意に縋って行く当てのない流民たちがやってきている。

 

「流民なんぞ受け入れてどうするのかね」

 

「流民とて生きているし、下手に見放せば野盗となって治安を害する」

 

「それなら殺してしまえばいい。どうせ人間なんてすぐ生えてくるであろう?」

 

「はあ」

 

 寺で僧たちに助けられている行き場のない流民たちを黒姫が退屈そうに眺めて言うのに橘がため息を吐いた。

 

「人間にはそれぞれに大切な人生があるんだ。どんな貧しい人間であろうとな。だから、生えてくるなどと言うな」

 

「そうかい」

 

 橘がそう言ったものの黒姫は気にした様子などない。

 

「僧に話を聞いてくる。患者がいれば早く医者も来るだろう」

 

「行ってこい。わしは化け狸どもに探らせる」

 

「任せた」

 

 橘は寺の住職に会いに向かった。

 

「坊主。この寺にいま不死人はいるか?」

 

 橘が声をかけた寺の住職は初老の男で忙しそうに流民の世話をしていた。

 

「お侍。幸いなことにおりません。あれは恐ろしい病でありますが故……」

 

「そうか。しかし、常にいないわけではあるまい?」

 

「ええ。ときおりそういうものが助けを求めてきます」

 

「ふむ。頻度としてはどの程度だ?」

 

「それは何とも」

 

「そうか。すまん。時間を取らせた」

 

「いえ。お侍にいていただけると助かります」

 

 橘も何も意味もなく寺に居座っているわけではない。

 

 野盗の類は寺だろうとお構いなしに襲うが、そこに刀を下げた牢人がいれば慎重になる。橘はいわゆる用心棒としてこの益雲寺にいた。

 

 しかし、賊も食うに困れば無謀な手に出る。

 

「だ、誰か! 助けてくれ!」

 

 橘が益雲寺に来てから5日後のこと。

 

 悲鳴が響いた。

 

「賊か」

 

 悲鳴を聞いて橘が走る。

 

「野伏だ! 誰か!」

 

 流民が襲われていた。男女10名ほどで寺に逃げようとしていたところを襲われたらしく、数名が寺に続く石畳で血を流し、苦しみに叫びながら横たわっている。

 

「そこまでだ。ここは寺だぞ。失せろ、賊ども」

 

「なんだと。てめえ侍じゃないだろ。牢人風情が偉そうに」

 

 野伏の数は8名。全員が槍と刀で武装していた。

 

「牢人だろうと仏は差別せんのでな。もう一度言うぞ。すぐに失せろ。そうすれば殺さないでおいてやる」

 

「なら仏のところに送ってやるよ」

 

 野伏が一斉に橘に襲い掛かる。

 

「そう簡単に俺の首が取れると思うな」

 

 所詮、野伏も行き場のなくなった流民のなれの果てか落ち武者だ。練度は高くない。

 

 そして橘は手段を選ばない男なのが重要だった。

 

 槍を突き出す野伏たちに橘は刀を抜かず、手ぬぐいで作った即席のスリングで石を投げつけたのだ。

 

 投石とは古来より強力な攻撃手段だった。有名なダビデとゴリアテの話でも投石が出てくるほどだ。そして、現代でもその威力は馬鹿にならず、暴徒の投擲には機動隊が強固なライオットシールドなどで対応する。

 

 橘はこの投石術をある戦場にいた武士から教わった。

 

「があっ──」

 

 橘が放った拳サイズの石は槍を持った野伏の頭を砕き、死に至らしめた。

 

「卑怯な!」

 

「戦の絶対の掟は勝つことだぞ」

 

 続いて投石によって槍を持った野伏を潰し、リーチの長い武器を壊滅させる。

 

 戦いが有利に進む武器は基本的に射程によって決まるものだ。刀より槍が、槍より弓や鉄砲が有利になる。

 

 敵より射程があるということは敵が手出しできず自分たちだけが攻撃できるのだから、有利なのは当然といえよう。

 

「後は雑魚ばかりか」

 

 仲間の死で士気が低下し、折れかけた野伏たちを橘が斬り倒していく。

 

「逃げろ!」

 

 そして、野伏も命が惜しく、さっさと逃げだした。

 

「お侍! 助かりました!」

 

「俺は牢人だ。怪我人を寺に運べ。手当てしてもらえるだろう」

 

「はい!」

 

 野伏に襲われた怪我人たちが寺に運び込まれ僧の手当てを受ける。

 

 とは言え、医薬品は乏しくい傷口を水で洗い、布で血を止めるぐらいしかできることはない。痛み止めになる薬や酒はとうに尽きた。

 

「痛い、痛い!」

 

 そんな流民のひとりが酷く苦しんでいるのを橘は見た。

 

「その傷、助からんはずだぞ」

 

「確かにもう血もかなり出ておりますが、どうして……」

 

 橘が指摘するのに僧が狼狽えながら怪我人を前にしている。

 

「まさかこれが不死人か?」

 

 苦しみから死によって逃げられず苦しみ続ける男を前に橘が呻いた。

 

 それから1日が経ち、傷口の肉が腐り、そこから臓腑が腐り落ち始めても流民の男が死ねずに苦しんでいた。

 

「住職様、椎葉先生をお呼びしました。じきにいらっしゃるそうです」

 

「それはよかった。私たちはあれはどうにも……」

 

 そこで僧たちがそのような会話をしているのを橘と黒姫が耳にする。

 

「黒姫。化け狸は何と言っていた?」

 

「辛気臭い医者が寺に来ると言っておる。そいつが当たりかもしれんな」

 

「まずはお手並み拝見と行こう」

 

 橘たちが寺で待つと長身の男が姿を見せた。

 

 化け狸が言っていたように辛気臭い顔をなおも神経質にした気難しそうな男だ。連れはおらずひとりで笠をかぶり、薬売りのような大きな薬の箱を背負っていた。

 

「患者はどこか」

 

「こちらです、椎葉先生」

 

 橘はこっそりと椎葉と呼ばれた医者の後を付け、椎葉が橘が見つけた不死人のいる建物に入るのを確認し、さらに忍び寄った。

 

「この傷は助からない。死なせることになるが、それを望むか?」

 

「このものに家族はおりません。どうか苦しみが続かぬよう……」

 

「分かった」

 

 椎葉は薬箱から煎じ薬を出して水に溶かし、不死人に飲ませる。それで不死人の痛みにもだえる呼吸が穏やかになった。

 

 椎葉はじっと脈を測り、それからあの呪いのような手の動きを見せる。

 

「ん?」

 

 橘は不死人から黒い煙が立ち上るのを見た。この世のならざるものだ。間違いない。

 

「ほう。それが“ねくろまんしい”か、医者?」

 

 不意に黒姫の声が響いたかと思うと彼女は椎葉の後ろに立っていた。

 

「そういうお前は竜種だな? 何と忌々しい化け物か……」

 

 椎葉は黒姫を一目見ただけでその正体を言い当てた。

 

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