戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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竜種という暴君

……………………

 

 ──竜種という暴君

 

 

 黒姫を一目で龍と言い当てた医者椎葉古仙。

 

「わしを龍と見破るか。お前、見た目通りの人間ではないな?」

 

「ふん。人の皮を被った化け物に言われたくない」

 

 黒姫が目を細めるのに椎葉が鼻を鳴らして薬箱を片づけ始めた。

 

「待て、医者。話がある」

 

 そこで橘が潜んでいた物陰から椎葉の見える居場所に出てくる。

 

「そちらは?」

 

「橘玄と申す。元は岩陰国の北右近殿の家臣であった」

 

「岩陰の武士か。それはひどい目に遭われたようだ」

 

 黒姫に対するそれとは違う態度で椎葉は立場に応じた。

 

「白姫について知っているのか?」

 

「南蛮の竜種。少なからず私にも因縁のある相手だ」

 

「なるほど。そちらにもか」

 

 白姫の正体も椎葉は知っていた。

 

「お前、“ねくろまんさあ”であろう? 白姫の配下ではないのか?」

 

「違う。お前こそ竜種仲間としてつるんでいるのではないか?」

 

 再び黒姫が発言すると椎葉は露骨に不愉快そうに応じた。

 

「その女は黒姫。白姫と組んでいない。俺が保証する。その上で尋ねたい、椎葉殿」

 

「何だろうか?」

 

「そなたは本当に“ねくろまんさあ”なのだろうか?」

 

 橘がそう椎葉に尋ねる。

 

「それは南蛮の呼び名だな。死霊術師と我々は自称している。“ねくろまんさあ”かどうかという問いにはこう答えよう。『そうである』と」

 

 椎葉は特に隠すこともなく自分が“ねくろまんさあ”であることを認めた。

 

「“ねくろまんしい”は外法と聞いたが」

 

「“ねくろまんしい”は道具だ。道具に善悪はない。その刀で何人を斬った、橘殿?」

 

「数えてはおらん」

 

「人を殺したことは否定せぬのだな。では、人殺しは外法であろうか?」

 

「目的によるな」

 

 椎葉の問いかけに橘はそう答えた。

 

「そう、目的だ。それが重要だ。何事もそれによって善悪が決まる」

 

「しかし、死者を弄ぶ術が目的によって正しいと言えるとは思えないが」

 

「死者を弄ぶという時点でそれは間違った目的を選んでいる。私は死の克服こそを目的としている。死や老いによる苦痛を取り除くことに生涯を費やして来た」

 

 椎葉の語りはあたかも学者のようであり、橘も興味を示して腰を下ろした。

 

「橘殿。そなたも死による別れを経験したことはあるだろう」

 

「……ある。妻子を奪われた。白姫に」

 

「それは失礼した。だが、その悲しみは私にも理解できるつもりだ。私も大勢を見送って来た。まだ逝くべきはないものが逝ってしまうこと経験した」

 

 橘が言葉少なく告げ、椎葉は同情の表情を浮かべる。

 

「死はある意味では平等だ。どのように栄えたものにもいずれ死は訪れる。かの秦の始皇帝も死から逃れようとしたが、逃れることはできなかった」

 

「おごれる人も久しからず、だな。人間の繁栄などたかが知れる」

 

「何も生まぬ竜種より遥かに有意義だがな」

 

 黒姫がまた言葉をはさむと椎葉はそう言い返した。

 

「話を戻す。死はあらゆるものに降りかかる定めにある。朝になれば太陽が昇るように人はいずれ死ぬ。だが、それをいつまでも受け入れることが健全だとは私は思わない」

 

「何故だ? 人が老いて死ぬのは始皇帝でも逃れられなかったと認めたではないか」

 

「人は問題を克服しながら文明を発展させてきた。我々医者は病を治療するために医学を発展させてきた。死とはある側面から見れば究極の病だ。であるならば、医者としてそれを“治療”できると信じている」

 

 橘が訝しむと椎葉はそう語る。

 

「不死人を見た後では不老不死が本当に幸福かは俺には分からん」

 

「あれは見せしめだ。白姫は恐怖を武器にしようとしている。自分に逆らうものは死ぬこともできない痛みと恐れによって苦しめられると示しているのだ。あのようなことは外法。真に邪悪で傲慢な竜種らしい悪辣さである」

 

 死なないことは幸せなのかということへの疑問は究極の苦しみを味わった不死人によって示されたが、それを椎葉は否定した。

 

「私が目指すのはあくまで苦痛を取り払うことだ。私は死と老いも苦痛を見做すし、死だけが苦痛から逃れる術ではないと考えている。他に方法があると。そして、“ねくろまんしい”──死霊術は使えると」

 

 椎葉は熱心にそう説く。

 

「先ほどの煎じ薬は痛みを取るものだ。適量であれば痛みをなくし、穏やかな眠りを得ることができる。だが、量を誤れば死ぬ。“ねくろまんしい”を私はそのような煎じ薬と同様だと考えている」

 

「薬も過ぎれば毒というわけだな。白姫は薬を悪用して毒とし、そなたはあくまで薬として使おうというわけなのか?」

 

「そうだ。白姫は“ねくろまんしい”を竜種らしい原始的な征服欲のままに使おうとしている。私はそのようなことは真っ向から否定する」

 

 橘が話を理解するのに椎葉はそう主張した。

 

「であるならば、俺に協力してくれぬか。俺は白姫を討ち取るつもりだ。“ねくろまんしい”を知るそなたが味方してくれるならば心強いのだが」

 

 そう椎葉に橘は話を持ちかける。

 

「そなた、言いたくはないが竜種とつるんでいるのだろう?」

 

「黒姫は白姫とは無関係だ」

 

「だが、竜種だ。そなたは竜種とは何かを理解しているとは思えん」

 

 椎葉はそう言って首を横に振る。

 

「八岐大蛇を例に挙げるまでもなく、竜種とは傲慢かつ邪悪な存在だ。我々人間とは相いれない。破壊と支配を好みし暴虐なる化け物だ」

 

「言う言う。では、わしがそこの博士先生に教えてやろう。人をもっとも殺した化け物が何かということをな。それは人よ。人がもっとも人を殺しておる。わしら竜種が殺した数などささやかなもの」

 

「人が人を殺めるのは対等。殺し、殺される。しかし、お前たち竜種は一方的に殺し、それも遊ぶかのように殺すではないか。人間などいくらでも生えてくるとでもおもっているのだろう?」

 

「ああ。そう思っておる。事実であろう?」

 

「それが竜種の傲慢さの表れだ。私は竜種を軽蔑し、嫌悪している」

 

 悪びれない黒姫を前に椎葉はそう言いきった。

 

「橘殿。申し訳ないがそなたがそこの竜種と手を切らぬ限り協力はできない」

 

「待て。まだ結論するには早いのではないか。先ほどそなた自身が例えた話だ。“ねくろまんしい”は薬になり毒になる。龍もまた同じだと思わないか?」

 

「何を言いたいのだ?」

 

「そなたは竜種を傲慢だと言った。だが、強大な支配者というのは得てしてそのようなものだ。そなたは人には善性があり龍にはないと思っているようだが、この戦国の世で人の善性が否定されるのを俺は多く見てきた」

 

「……確かに人と一括りにするには人は多様だ。善性なき悪人もいるだろう」

 

「人もまた支配することを求める。覇道への欲望は決して龍だけの特権ではない。人もまたそれを持ち合わせている。俺たちが生きる乱世の世がそれを証明しているではないか。天下人になるために大勢を死なせている」

 

 橘はどうにか椎葉を翻意させようと言葉を紡ぐ。

 

「人と龍はそうかけ離れた存在ではない。そして龍の暴虐さも目的によっては正当化できよう。毒を薬とすることができるように」

 

「よう舌が回るな、橘。だが、この辛気臭い医者がおらずとも白姫は討ち取れよう。何をこのようなひねくれた末成りの瓢箪の機嫌を取らねばならんのだ。わしの方こそこんな奴はお断りだ」

 

「黒姫。俺は白姫に一度敗れた。奴は配下である怨霊も殺せなかった。“ねくろまんしい”を理解せぬままではまた敗れることは必然」

 

 黒姫が嫌悪を示すのに橘は正面からそう言いきった。

 

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