戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

14 / 63
物の怪衆、大入道

……………………

 

 ──物の怪衆、大入道

 

 

 太鼓の音がゆっくりと益雲寺に近づいてくる。

 

「太鼓……?」

 

「物の怪どもの進軍よ。よう気を付けい。化け狸とはわけが違うぞ」

 

 橘は山間にあるこの益雲寺に向けて響く太鼓の音色に怪訝そうな表情をし、黒姫はそう言って寺の門へと向かう。

 

 やがて太鼓の音に混じって笛の音と鈴の音も聞こえてきた。まるで祭りが開かれているかのような賑やかさだ。

 

 しかし、明かりはなく、闇夜で音だけが聞こえるというのは不気味である。

 

「橘。お前が先にやるか? また物の怪を斬り殺せておるまい」

 

「そうだな。化け狸は斬れなかった」

 

 黄葉城で相手にした化け狸は降参したので未だに橘は物の怪を斬れていない。

 

「橘殿。よく気を付けられよ。白姫は不死の技術を有する。その配下も斬れば死ぬ相手ではないやも知れぬ」

 

「承知」

 

 椎葉が警告を発し、橘は頷くと、。心を鎮めるために深く呼吸した。

 

 太鼓の音はどんどんと近づき、寺のものは怯えて建物の中に逃げる。

 

「──来たな」

 

 そして、太鼓の音色を奏でている異形の存在たちが姿を見せた。

 

 顔のない笠を頭に乗せた足軽の格好をする物の怪たち。

 

 太鼓を叩き、笛を吹き、鈴を鳴らすものたちがいる。

 

 刀を下げ、槍を持ち、鉄砲を抱えるものたちがいる。

 

「人間よ。ここに椎葉古仙なる医者がおるな?」

 

 その中でも明らかに明確な異形であり、身長3丈を超える大男が橘の方に向けて問いかけて来た。その男は坊主でぎょろりとした目をしている。

 

「おるぞ、大入道よ。そこのひょろりした棒きれみたいな侍だ」

 

 そこで答えたのは黒姫だ。彼女は薄ら笑いを浮かべて椎葉を指さした。

 

「貴様、黒姫か。冥府山と無惨川の龍神がここで何をしておる?」

 

「わしがどこそこ行くのにいちいちお前たち物の怪の許可を取れと言うのか? わしの勝手であろうが」

 

「はん。所詮はただの狼藉者のヘビが人に祭られていい気になっておるだけだな。俺様たちは今やお前など恐ろしくもないわ」

 

「抜かしよる。それより何故この医者を探しておった?」

 

 大入道が鼻をならずのに黒姫が尋ねる。

 

「白姫様のご下知だ。椎葉古仙なる医者を殺せと命じられた」

 

「白姫ねえ。白姫に下った大百足は物の怪頭の七兵衛八太郎の背を刺したそうだな」

 

「七兵衛八太郎! あの愚かな化け狸よ。白姫様に従えば不死にしてくださると言うのに、あの阿呆な化け狸は首を縦に振らなかった。だから、聡明な大百足様がそのような愚か者を処されたのだ」

 

 大入道が大笑いし、のっぺらぼうたちが音楽をかき鳴らす。喜劇の如く。

 

「黒姫。お前も白姫様に下らぬか? 不死にしてくださるぞ。年老いてその美貌を失いたくはなかろう」

 

「お前のような阿呆は久しぶりに見たわ。わしにそのような話を持ち掛けるとはな。不死になると脳みそがなくなるようだ」

 

「何だと」

 

 今度は黒姫が大笑いし、音楽がぴたりと止まる。

 

「わしが不死程度で他人に跪くと思ったか? この美しさならば人間なり物の怪なりを食っておれば保てるものよ。その白姫とやらを食えば美しさが伸びるどころか、より美しくなれるかもしれんな?」

 

「ほざきよって、このメストカゲが。ならば、死ねえい。貴様の冥府山と無惨川は俺様が貰ってくれるわ!」

 

 黒姫が鋭い犬歯を覗かせて笑い、大入道が鉄砲を構えた。

 

 鉄砲とは言ってもそれは大入道にとって鉄砲に見えるだけであり、実際は大筒という大砲に近い。丸太のように巨大なそれを抱えた大入道が黒姫にその砲口を向けた。

 

「面白い玩具を振り回しておるではないか。だが、当たらんぞ?」

 

 大筒から放たれた砲弾を黒姫はひらりと着物を揺らして躱し、大入道に向けて嘲りの笑みを受けべる。

 

「ふんぬっ!」

 

「やれやれ。あくびが出るわ」

 

 すぐさま大入道が背中の籠から次の弾薬を装填して放つと黒姫は踊るようにそれを回避して大きくあくびをしてみせた。

 

「ええい! ものども、かかれえっ!」

 

 そこで大入道が号令を発し、のっぺらぼうたちが前に出る。

 

「黒姫。加勢する」

 

「好きにせよ。大入道はわしに任せておいてよいぞ」

 

「ああ。では」

 

 橘は黒姫の脇を駆け抜け、迫りくるのっぺらぼうの軍勢に立ち向かう。

 

 のっぺらぼうの軍勢はまずは隊列を組んで鉄砲を構え始めた。

 

 この時代の鉄砲というのは火縄銃だ。弾を銃口から込めるものであり、ライフリングという弾を安定させる機能がない。

 

 そのため訓練された兵士でも狙って当てられるものではないと言われている。

 

 もちろん物の怪たちは火縄銃など訓練されたわけではないので、ここで信頼すべきは数である。『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』という言葉の通りに無数の鉄砲で弾幕を展開するのだ。

 

「兵法について知っておるのか。物の怪とて馬鹿にはできんな」

 

 一斉に鉄砲が火を噴き銃声が響き渡る。

 

 橘が鉄砲をどう相手するのかと言えば、向かって来る銃弾を斬るのだ。

 

 火縄銃はその構造上、弾速が現代の銃火器と比較して遅い。むろん、無視できぬ速度であることは確かであり、これからの戦の主役は刀から鉄砲に取って代わる。

 

 だが、このような兵器の過渡期においては時代遅れの兵器が新しい思想の兵器に局所的に勝ることも。

 

「いざ」

 

 問題は仮に銃弾に刃が当てられたとしても、甲冑をも貫く銃弾によって刃は間違いなく砕けるということだ。

 

 だから防げるのは一発のみ。刃が弾に当たって砕ければ、もう後はない。

 

 そして、今まさに橘に向かってきた一発の弾が刀に命中し、砕け散った。

 

 これで後はなし。

 

 橘は刃が砕けた打刀を捨てて脇差を抜く。

 

「さあ、勝負だ、物の怪」

 

 物の怪たちが次の一撃を放とうと弾を装填し始めるが、その構造故にすぐに次は撃てない。その間に一気に橘はのっぺらぼうの軍勢に脇差のみで突っ込んだ。

 

「その首貰った」

 

 脇差がのっぺらぼうの首に突き立てられ引き裂かれる。

 

 現代の銃とこの戦国の火縄銃の違いのひとつは銃剣の有無だ。

 

 近現代の小銃には銃剣が装着でき、それによって近接戦を戦うことができる。銃剣突撃は今も時として戦術上の選択肢に入るものであり無視できない。

 

 しかし、戦国の火縄銃にはその銃剣がなく、近接戦闘において刃に劣る。

 

 その脇差で次々にのっぺらぼうたちの首を取る橘は、まさに兵器の過渡期故の欠陥を利用していた。

 

「ほれほれ。お前の部下は人間に打ち取られておるぞ?」

 

「黙れ。大人しく死ね!」

 

 その様子を眺めている黒姫が大入道を煽り、大入道は大筒で砲撃を続ける。

 

「まさか、お前、わしと本気で戦い合えておると思っておるのか?」

 

 黒姫が不意にそう言って動きを止めた。

 

「わしを誰だと心得る。わしは噴けば地獄の冥府山、荒れれば鬼来る無惨川。その主であるのだぞ。お前のような物の怪とは格が違う」

 

「時代遅れで忘れられた神など物の怪と同じよ!」

 

「愚か、愚か。全く、愚かすぎて呆れる」

 

 大入道が叫ぶのに黒姫が嘲るようにくつくつと笑う。

 

「龍神の力、とくと拝め」

 

……………………

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。