戦国のジークフリート ~牢人と龍神~ 作:第616特別情報大隊
忍びのもの
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──忍びのもの
岩陽国の家老である菅沼正は人を待っていた。
「お待たせいたしました」
「紅葉。報告を」
天井から少女の声がし、菅沼が胡坐をかいた姿勢のままでそう求める。
「まず益雲寺での戦いですが、橘殿たちが大百足の配下が物の怪である大入道を討ち取られました」
「大百足の配下ということは白姫の配下でもあるのだろう。不死ではないのか?」
「椎葉古仙なる医者が不死を殺せるようです」
「ふうむ。どうもここ最近は妙なものが多い。物の怪、不死人、白姫……」
少女の報告に菅沼が唸る。
「して、岩戸衆の方はどうか?」
「……状況はあまりよくありません。物の怪どもが押し寄せています。大百足の配下であり、白姫の配下である物の怪たちです」
「里は持つか?」
「分かりません。里長も今は何も断言できぬと」
「そうであるか」
菅沼は唸りながら顎髭をさする。
「岩戸衆はこの岩陽によく貢献してくれた。その奉公には報いたい。橘殿たちに里を救援願えぬか頼んでみよう」
「ありがたく存じます、家老殿」
「紅葉。もし、橘殿たちがお前たち岩戸衆の里を救援をされるのであればお前が里までご案内せよ。よいな?」
「はい」
「行っていよいぞ」
菅沼がそう言うと少女の気配が完全に消えた。
その頃、橘たちは岩陽のとある宿に泊まっていた。
「しかし、なかなかの宿だが銭は大丈夫なのだろうか?」
「安心されよ、橘殿。私は懐に余裕がある」
高い酒と美味い料理が提供される宿に戸惑っている橘に椎葉がそう返す。
「酒だ、酒。酒を持ってこい、女中」
黒姫は既にいい感じにほろ酔いだ。
「椎葉殿も飲まれぬか? そなたの銭で買った酒だ」
「私は酒はダメなのだ。そういう体質でな。すまぬが」
「そうか」
橘が椎葉に酒を進めるが、椎葉は丁重にそれを断った。
「酒にも付き合わぬとは“ねくろまんさあ”というのは真に陰気よの」
「早く酔いつぶれたらどうだ、竜種? 間抜けな八岐大蛇のようにな」
「ははん。わしをあんなミミズと一緒にするでない」
人の銭で飲んでいるのに黒姫の態度は悪い。
「黒姫。橘殿の銭で飲み食いしておるのだぞ。少しは敬意を示してはどうだ」
「やだ」
「全く」
橘も黒姫の態度にため息を吐く。
「よいか、橘。わしらとて銭がないわけではない。家老の菅沼にたかれば銭などいくらでも出てくるのだ。何を遠慮することがあろうか」
「その菅沼殿と最後に連絡したのはいつだ?」
「そのうち向こうから何か言うてくる。待てばよいのだ」
黒姫はそう言って酒の杯を満たした。その様子はまさにご満悦だ。
「失礼。橘殿ご一行がおられるのはここか?」
そこで武士らしき男が座敷に上がって来た。
「いかにも。俺が橘だ。どうした?」
「家老殿から言伝を預かっております」
「聞こう」
橘が姿勢を正して武士の方を見る。
「家老殿から岩戸衆の隠れ里を救援していただきたいと。岩戸衆は御存知か?」
「岩陽の忍び衆であろう。俺のようなよそ者に任せていいのか?」
「隠れ里を襲っているのは白姫配下のものとお伝えすれば分かると仰っていたが」
「なるほど」
どうやら白姫は次の狙いを岩陽の忍びに定めたようだ。
「分かった。しかし、俺は岩戸衆のことを何も知らん。案内が必要だ」
「安心されよ。岩戸衆が迎えを寄越すそうだ。では、失礼する」
橘にそう伝え終えると武士はすぐに去った。
「黒姫。岩戸衆については知っているか?」
「ん。知っておるぞ。岩陽の忍び衆であり、人間に物の怪の血が混じったものたちだと言われておったな。菅沼に仕えておるはずだ」
「ふむ。物の怪の血が……」
黒姫の言葉に橘が考え込む。
「橘殿。そのことで思い出したが、そなたは白姫の血を浴びたか?」
「うむ。確かに浴びた。血を浴びた場所は鉄のようになっている」
「興味深い」
医者としてか、あるいは医学者として橘の症状は興味を惹かれるものらしい。
「よければ調べさせてもらえないだろうか。南蛮の竜種は何も益だけをもたらすものではない。時として呪いを与える」
「そうなのか?」
「ああ。まず南蛮の竜種というものには、その中にいくつかの分類がある。一匹の竜種であってもそれにまつわるいくつかの民族ごとに見方が異なり、民族ごとの竜種の話が生まれている」
橘の疑問に椎葉が説明を始めた。
「何も南蛮だけの話ではあるまい。この日の本にもかつてはいくつもの勢力がおり、互いに相手を物の怪だとか言い合って伝承を残した。今の朝廷もかつてはまつろわぬ民を物の怪扱いし、殺しを正当化したものよ」
「その通りだ。ある民族にとっての神が、あるものにとっての鬼ということはよくある。今日本に来ている伴天連たちの教えにもそれは見て取れる」
「伴天連は神はひとりだと言っておる。自分たちの神以外は神ではなく鬼であるというわけだ。なんとも傲慢なことよ」
「彼らには彼らの歴史があり信仰がある。それはそれで尊重すべきだ。彼らの教えをこちらに強制するのでなければ」
黒姫が酒の杯を空にして嘲るのに椎葉は冷静にそう返した。
「ともあれ、とある竜種はある民族にとっては恐れるべき神だったが、ある民族にとっては殺すべき鬼出会ったという話の場合だ。竜殺しは英雄となるが神を殺した大罪人ともなる。それはつまり呪いが生じるのだ」
「白姫にもそれがあるかもしれぬ、と」
「ああ。そうでなくとも竜の血の人体への影響はあまりみられるものではない。私の好奇心として調べさせてくれれば礼はする」
「礼はいい。こうして黒姫に折れて付き合ってくれているだけでも助かっているのだ。喜んで受け入れよう」
「ありがとう、橘殿」
橘が快諾し、椎葉が頭を下げる。
「しかし、岩戸衆のことだが向こうから迎えを寄越す言ったもののここで待てばいいのだろうか? どう考える?」
「向こうから迎えに来ると言うておるのだ。待てばよい。酒でも飲みながらな」
「それもそうだな。忍びは数回しか見たことがない。忍びを見破るのは困難だ」
「忍びとはどのようなものだった? わしは見たことがない」
「別段特別なものではなかったが、そうであるからこそ特別だと言えた。何ら百姓や商人と変わらぬ風体で陣地を探っておったんのだ。忍びはやはり見つからぬことが重要なのであろうな」
「見つけるのに困るものを迎えに寄越すというわけか。菅沼も知恵が浅いな」
橘が昔戦場で捕まえた忍びの話をするのに黒姫がそうため息をつく。
「失礼いたします。お酒をお持ちしました」
「なんだ。まだ頼んでおらんぞ」
徳利を持った若い女中が入ってくるのに黒姫がまだ中身がある徳利を振った。
「岩戸衆のものです、お迎えに参りました」
女中はそう言って頭を下げ、そう言った。
「噂をすれば、だな」
「そのようだ」
黒姫と橘がそう言葉を交わす。
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