戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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岩戸衆の隠れ里

……………………

 

 ──岩戸衆の隠れ里

 

 

 突如として白い煙に包まれた橘。

 

「橘殿! こちらです!」

 

「紅葉か!」

 

 煙の中で橘の手が引かれ、彼は視界が塞がれたままに戦場を脱した。

 

 橘を屠らんとした藤堂邦孝は獲物がいなくなったことで戦意を失ったのか、そのまま撤退していった。

 

 化け狸の死体たちもそのまま引いていく。

 

「退いていったな。とりえあずは、だが……」

 

 その様子を岩戸衆の忍びたちが見つめた。

 

「クソ。何故……」

 

 一方で戦場を脱し、防壁の中に戻った橘は呻いていた。

 

 恩師の息子、藤堂邦孝は間違いなく白姫の傀儡にされている。あのような無惨な姿で白姫によって操られているのだ。

 

 それは許せないことだった。

 

「橘。お前、死ぬ気か?」

 

 防壁の中に戻ると黒姫が実に不満そうな表情で彼を出迎えた。

 

「今はよしてくれ。それより椎葉殿、藤堂邦孝殿は、あれは助からないのか?」

 

 橘は不満げな黒姫を置いて椎葉に尋ねる。

 

「あれは死霊術の中でも特殊なものだ」

 

 橘の問いに椎葉は冷静に語り始める。

 

「南蛮に“でゅらはん”という伝承がある。死を告知する首のない物の怪の話だ。その物の怪そのものは死霊術とは特に関係がないが、それを模した術がある。それがあの首のない武士に使用されていた」

 

「教えてくれ。どのようなもので、どうすれば救える?」

 

「難しいことだ。首というものには重要な意味がある。橘殿、人の魂が人体のどこに宿るのかを知っているだろうか?」

 

 橘の問いに椎葉が問い返す。

 

「心臓であろう?」

 

「違う。魂は頭に、頭の頭蓋の中に宿る。人はそこで考え、決断し、動く。そうであるが故に首を斬り落とされた死者というのは特殊な立場にあるのだ」

 

「俺には医者のようなことは分からん。どうすればいいかだけ教えてくれ」

 

「分かった。あの首無し武士の首を取り返さねばならん。そうしなければ私でもあのものを死なせることは不可能だ」

 

 椎葉は橘にそう説明した。

 

「橘」

 

 そこで黒姫が真剣な表情で橘の方を見つめる。

 

「あれは死んでおる。死者だ。既にお前の知っているものではない」

 

「分かっている」

 

「いいや。分かっておらぬ。何故あのような無謀なことをした? 槍を持った騎兵を相手に刀しか下げておらぬのにどうして挑んだ?」

 

「それは」

 

「よいか。あやつとお前がどういう関係かは知らん。だが、今度あのような真似をしてみろ。わしがお前を殺すぞ」

 

 黒姫は橘に厳しくそう言う。

 

「すまん。勝手が過ぎた」

 

「分かればよい。冷静に戦うのであればちゃんと加勢してやる。そこのやぶ医者だけではなく、わしのこともちいとは当てにせい。水臭いぞ」

 

 そして一転して黒姫はからからと笑ったのだった。

 

「橘様。里長のところへ」

 

「ああ」

 

 そこで紅葉が再びやってきて案内を始めた。

 

 あの大きな屋敷まで再度案内され、そして今回は屋敷の中に通される。

 

「里長。橘様ご一行をお連れしました」

 

「ご苦労であった、紅葉」

 

 屋敷にはかなり年配の老人が待っていた。

 

「ようこそいらっしゃった、橘殿、椎葉殿、そして黒姫様」

 

「ほう。流石は忍びよの。わしのことも把握しておるか」

 

 老人が頭を下げるのに黒姫がどしと畳に座る。

 

「私は五位鷺。この岩戸衆の里長であり忍び頭。この度は我らにご加勢いただけるということでありがたく存じます」

 

「これまでどの程度攻撃されたのだ?」

 

 老人が五位鷺と名乗るのに橘も畳に座ってそう尋ねた。

 

「大規模な攻撃は3回。嫌がらせのような小規模な攻撃は無数です」

 

「そうか。里の人間は戦えるか?」

 

「仮にも御屋形様と菅沼様に仕える忍びです。無論、戦えますが数において劣勢であることに加え、相手は亡者の軍勢です。既に大勢が犠牲になりました」

 

「そうか。だが、安心しろ。我らが手を貸そう」

 

 五位鷺のい言葉に橘がそう請け負う。

 

「ここにいる椎葉殿は亡者を冥府に渡す術を知っている。そして、黒姫において言うまでもあるまい。龍神だ」

 

「ええ。そして橘様の武勇も存じております」

 

「俺の武勇など」

 

「ご謙遜を。その武勇は諸国に広く知られておりますぞ」

 

 橘が首を横に振り、五位鷺がそう言う。

 

「怪我人がいるのであれば私が診よう。どうだろうか?」

 

「是非。もう薬も尽きかけております」

 

「案内を」

 

 ここで椎葉は怪我人の手当てのために怪我人がいる建物に向かった。

 

「俺は守りを固めよう。防壁の内側にも陣地を作るべきだ。鉄砲はあるか?」

 

「いくらかあります」

 

「では、陣地の作り方を教える。働ける男は全て動員してくれ」

 

 橘は各地の戦場を巡るうちに野戦築城についても知識を得ていた。

 

 そして、彼は先ほどの白姫の軍勢の攻撃から防壁は長くもたないと考えいていた。よって敵が防壁を突破した後に退却して迎撃することを考えたのである。

 

「わしは敵が来るまで酒でも飲んでおる。ほれ、酒を持ってこい」

 

「はい、黒姫様」

 

 黒姫は特に何もしない。

 

「使える木材は全て使う。使っておらん建物は解体するぞ」

 

 橘は防壁の後ろに陣地を作り始めた。

 

 建物から木材が切り出されて陣地を構成する障害物となる。

 

 その陣地は複数の層で構成された。化け狸の死体を使った狸爆弾を大量に投入されればひとつの陣地だけでは容易に突破されてしまう。

 

「あの館が最終防衛線だ。撤退の際には混乱せず、あそこまで引け。その際、陣地には火を放つことも忘れるな」

 

「了解です、橘殿」

 

 橘は忍びたちが最後に逃げ込む先として五位鷺の館を示した。そこも扉や窓を強化し、攻撃に耐えられるように陣地構築が始まっている。

 

「夜が明けるな。今日は攻撃はないか」

 

 橘たちが陣地構築を行う中、太陽がゆっくりと昇って来た。

 

 夜襲は敵味方の区別が付きにくくなり、指揮統制が難しくなるというデメリットがある反面で、敵の不意を突ける。

 

 敵が守りを固めている陣地を正面から攻撃するならば夜襲一択であろう。亡者どもは同士討ちを気にすることもないのだから。

 

「橘様。朝食を準備いたしました。どうぞ、館へ」

 

「ああ」

 

 紅葉にそう言われて橘が館に向かう。

 

「ところで、紅葉。お前、歳はいくつだ?」

 

「14です」

 

「俺もそれぐらいで戦場に出たな。ここの生まれか?」

 

「いえ。別の村です」

 

「どうしてそれが忍びに?」

 

 館まで歩きながら橘は紅葉と話す。

 

「御屋形様に拾われたのです。私の村は戦で焼けてしまいましたから。家族も……」

 

「そうか。悪いこと聞いた」

 

「気になさらないでください」

 

 紅葉はそう言い橘を館まで案内した。

 

 館も守りが進められている。この館が最後の砦だ。

 

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