戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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白髪の牢人

……………………

 

 ──白髪の牢人

 

 

「──で、だ。何でも岩陰国に行った商人(あきんど)が言うには首のない侍がいたらしいぞ。そいつは黒い甲冑を纏っていて死んだ馬に乗り、3丈はある槍を振り回しながら追いかけてくるそうだ」

 

「どうやって死んだ馬が追いかけてくるってんだい」

 

 岩陽国。

 

 岩陰国の隣に位置するこの国は古くから岩陰国の良き友人であった。

 

 だが、今は戦国の世。この国も少なくない戦火を受け、人々の暮らしはいかんともしがたいものがあった。

 

 それでも人々は生きている。

 

「なんだい。文句を言いおって。首のない侍が追いかけてくるのはいいのに死んだ馬が走るのはいかんのか」

 

「いかんとは言ってない。続きを聞かせてくれ」

 

 百姓たちは農作業の休みの間にお喋りに花を咲かせていた。

 

 娯楽と言えば遠くの地の出来事を聞くぐらいである百姓たちはそれぞれが最近聞いた話を一生懸命に話し、聞く者は笑ったりしながら聞いている。

 

「そこの」

 

 そこで不意におしゃべりに花を裂かせている百姓たちに声がかけられた。

 

「忘却神社を探している。道を教えてくれんか」

 

 そう尋ねるのはぼろぼろの袴に刀を差した──真っ白な老人のごとき髪をした牢人。

 

 まだ20代後半ほどだろうがその顔には深い皺が刻まれ、死んだような目をしていた。

 

「あんた、その髪は何だい……? まだ若く見えるが……」

 

「忘却神社を知らないか?」

 

「いや。知っているよ。だがね。野伏が出るようになったから今は誰もいかないよ。あんたもやめておいた方がいい、お侍」

 

「いいから道を教えてくれ」

 

 牢人はそうしつこく百姓に尋ねてくる。

 

「分かった、分かった。そこの道なりにずうっと言った先で山に登る階段がある。古くてぼろぼろの階段だ。そこ昇った先が忘却神社だ」

 

「助かった。礼を言う」

 

「待ちなよ。神社に何の用事だい? もうあそこは神主もおらん廃墟だぞ」

 

「さあな。何かがあればいいと思っている」

 

「何かがあれば……?」

 

 百姓が首を傾げるのに牢人はどこか遠くを見る。

 

「そう、臓腑が凍えるような恐ろしい何か」

 

 牢人はそう言って百姓に説明されたように道を進んでいった。

 

 森の中を細い道が通っており、木洩れ日が差し込むそこを牢人が進んでいく。鳥の鳴く声が聞こえ、虫の声も聞こえた。

 

「ここにもこの世ならざるものはない、か」

 

 牢人はそう言いながら神社に続く階段を上っていく。

 

 そこで物音が響いた。

 

「止まれ!」

 

 現れたのは明らかに落ち武者狩りで手に入れただろう刀や槍を握った男たちだ。農民が噂していた野伏で間違いない。

 

「お前、侍か?」

 

「いいや。牢人だ」

 

「金は?」

 

「持っているがお前たちにやる気はない」

 

「そうかい」

 

 野伏たちがにやりと笑うと武器を構える。

 

「それなら死体からいただくさ!」

 

 一斉に野伏たちが牢人に襲い掛かった。

 

「死にやが──」

 

 刀を振り下ろそうとした野伏がその刃を弾かれ、よろめいた隙に首を刎ね飛ばされた。鮮血が舞い飛び、仲間の首が飛びのを見た野伏たちが動揺する。

 

「恐れれば死ぬぞ」

 

 牢人は首を失った野伏の手から刀を奪うとそれを鋭く投げ飛ばす。飛んだ刃が別の野伏の胸に刺さり、肺を裂くと野伏が口から気泡の混じった血を吐きながら倒れた。

 

「この! 囲め、囲め!」

 

 だが、奇襲を受けたものの野伏たちもこれまで戦ってきた経験がある。槍で囲めばどんな武士だろうとひとりで勝てぬということを知っているのだ。

 

「ほう。だがな、それでは勝てぬよ」

 

「何を!」

 

 野伏が槍を突きだそうとしたとき牢人が地面を蹴った。土埃が舞い上がり、野伏たちの目に入ると野伏たちの視界が一瞬奪われる。

 

「ほうらな」

 

 牢人は狙いを外した槍をひっつかむと姿勢を崩した野伏から奪い取り、そのまま矛先を逆にして突き出して胸に突き立て心臓を抉った。

 

「おのれ!」

 

「殺してみろ。できるものならば」

 

 他の野伏たちが槍を構えて再び襲い掛かろうとするのに男は槍を引き抜き、素早く振るう。矛先から心臓を抉った際に帯びた血が飛び、野伏たちが瞬時に目を守ろうとした。

 

 先ほどの目つぶしのせいで反射的に動いてしまったのだ。

 

「やはり、できぬではないか」

 

 怯んだ野伏たちが瞬く間に斬り伏せられ、地面に倒れる。神社に繋がる古い階段に血が滴り落ちていく。

 

「この程度か」

 

 残るは野伏の死体のみ。

 

「この神社には恐ろしい物の怪がいると聞いたのだが、そんなものがいるようにも見えんな……」

 

 神社に続く階段を再び昇りながら牢人が呟く。

 

 神社は百姓が言ったように廃墟のようだった。

 

 鳥居は辛うじて立っているが薄汚れており、境内は荒れ放題だ。

 

 だが、そこにあった小さな民家ほどの大きなの社殿だけはちゃんとした建物だった。ただ、不気味なほど人が手入れした様子がない。

 

「……誰かいるな」

 

 ここに来て牢人が身構えてそう言う。

 

「おや。分かるかね」

 

 社殿の暗がりから女の声が聞こえる。酒焼けした声だ。

 

「お前が物の怪か?」

 

「物の怪? 失礼な奴だ。ここがどこか言ってみな」

 

「神社だ。野伏がいた、な」

 

「はん。わしは心が広いからああいうはぐれものを置いておいてやったのだ」

 

「そうか。人を取って食わぬというわけか?」

 

「気がむけば食う」

 

 けらけらと女が笑う。

 

「それより名を名乗れ、牢人。無礼だぞ」

 

 そこで女がそう言ってきた。

 

「……橘。橘玄だ」

 

 牢人はそう名乗った。橘玄と。

 

「ふん。どこに仕えていたか当ててやろうか。隣の岩陰国だろ?」

 

「そうだ。まぐれにしてはよく当てたな」

 

「大勢死んだだろう。白姫って化け物せいで」

 

「知っているのか?」

 

「ほうら。またここがどこか忘れたな?」

 

 何とこの薄気味悪い神社に本当に神仏の類がいるというのかと橘は社殿を睨む。

 

「はらわたを食う化け物がいただろう。醜い、醜い化け物が。だが、あれを前にしても生き延びた人間がいるとは初めて知った」

 

「何を知っている?」

 

「いろいろさ。その白髪、怖いものでも見たか? 怯えたか?」

 

 橘の問いに嘲るように女が尋ねる。

 

「ああ。怯えた。大層怯えた。腹が立つくらいに怯えた。だからこの世の恐れを全て克服したいと思った」

 

「ほう」

 

「牢人として戦場に立った。いろいろな戦場で戦った。死の恐怖を克服するために。そして物の怪も探した。人を食うようなおぞましい化け物をもう一度前にして怯えずに済むように、と」

 

 橘はそう言いながら刀を握った。

 

「お前は物の怪か? それとも神仏の類だというのか? 人食いよ」

 

 そしてそう尋ねる。

 

「わしは神よ。泣く子も静まる祟り神よ、牢人」

 

 そう言って暗がりから女が姿を見せた。

 

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