戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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化け狐の里

……………………

 

 ──化け狐の里

 

 

「岩戸衆の紅葉という。化け狐とお見受けするが」

 

「いかにも。この先は我が里。何用で参った?」

 

 狐面の男女。これが化け狐だ。

 

「化け狐たちが白姫に対抗すべく軍勢を組織しておられると聞いて参った。岩陽国家老の菅沼殿の意向だ」

 

「ふん。そうか。しかし──」

 

 そこで狐面の男女が黒姫の方を見てたじろいだ。

 

「く、黒姫様!」

 

「貴様、黒姫様をお連れしたのか!」

 

 化け狐たちは一斉に矢を番えて黒姫に向ける。

 

「やめよ。我らの敵は白姫だ。今は争うべきではない」

 

 橘がそんな化け狐たちの射線の前に立ち、そう訴えた。

 

「化け狐がわしに矢を向けるか? いい度胸だな。2、3匹、昼飯にするか」

 

「黒姫もやめよ。今は化け狐たちの意図するものを我々も知らねば」

 

「ふん」

 

 黒姫に対して橘が咎めるのに黒姫がそっぽを向いた。

 

「里へ案内願えるか? こちらに争う気はない」

 

「……暫し待て。御前の意見を聞く」

 

「御前とは?」

 

「我らが化け狐の長。絹御前だ」

 

 化け狐がそう言うと狐面を被った女が狐の姿となり、森の中に駆けていった。

 

「わしには恩があるだろう、化け狐ども。わしが庇護してやったのだぞ」

 

「あなたは龍神だ。神であり、友ではない」

 

 化け狐のその言葉が黒姫の地位を示していた。

 

 神は恐れられて祭られるものであり、ともに手と取って生きるものではないのだ。

 

「絹御前からです。お通しせよ、と」

 

「分かった。付いてこられよ。里に案内する」

 

 化け狐たちがそう言い、橘たちを化け狐の里へと案内し始めた。

 

「霧が……」

 

 森を進むと方向感覚を失わせるかのような霧が立ち込め始める。

 

「妖術だな。里の所在を知られぬようにするためだろう」

 

「道理で俺もなかなか物の怪に会えなかったわけだな」

 

 椎葉が説明し、橘が納得した。

 

 霧は凄まじく濃くなり、一寸先も見えぬようなものとなる。辛うじて化け狐たちの背中だけは見え、橘たちはそれを追った。

 

「ここだ」

 

 そして、不意に霧が綺麗に晴れた。

 

「おお」

 

 眼前に広がるのは京の都のように鮮やかな街並みを有する場所だ。

 

 狐面の男女が店などを営み、ただの狐も我が物顔で歩き回っている。太鼓や笛の音が聞こえて実に賑やかで活気ある雰囲気の場所だった。

 

「立派な里だな。驚いた」

 

「まずは絹御前に会われよ。話はそれからだ」

 

 橘が感嘆の息を吐くのに化け狐がそう促す。

 

 賑やかな街並みを抜けて岩戸衆の里にあった館より立派な館の前に案内された。館は広く、造りは豪華で強固と見受けられる。

 

「止まれ。何用で参った?」

 

 館の前の門では薙刀を持った狐面の男が2名いた。警備だろう。

 

「絹御前にお客人だ。黒姫様もおられる」

 

「黒姫様を里に案内したのか!?」

 

「絹御前の許可は得ている。通ってよいか?」

 

「ううむ。分かった。通れ」

 

 警備の化け狐に通されて館の中に入る。

 

「黒姫様ご一行ですね。絹御前がお待ちです。こちらへ」

 

 館の中では着物姿の狐面の女性が案内を代わり、館の奥へと橘たちを連れて行く。

 

「御前様。黒姫様方をお連れしました」

 

「通しなさい」

 

 色鮮やかな花畑で狐が戯れる様子を描いた襖の前で化け狐がそう言うと、襖の奥から妙齢の女性の声が響き襖が開かれた。

 

「ようこそ、黒姫様方」

 

 絹御前は九尾の狐であった。

 

 その姿はは美しく、若い女性のそれ。狐面を斜めにかぶり、その小柄な体を白と赤の着物で覆っている。またその長い髪は狐の毛皮と同じ色で背に伸ばしていた。

 

 その背には九つの尻尾。

 

「絹御前殿。俺は橘玄と申す。牢人だが、白姫を討つべく動いている。そちらも白姫を討つために軍勢を組織していると聞いたが、どうなのだろうか?」

 

「ええ、お侍。岩陰の物の怪でも白姫に下った大百足に歯向かったものは容赦なく殺されました。今やそのものたちは流民となってこの化け狐の里に辿り着いております」

 

 橘が尋ねるのに絹御前が優し気な口調で語る。

 

「そのものたちは岩陰を取り戻すことを訴えております。我々化け狐としても明日は我が身の話。そこで軍勢を組織する手助けをしているのです。その軍勢の主力は岩陰の流民たちとなります」

 

「保護した流民が軍勢を組織するのを助けるとは人情があるのだな」

 

 絹御前の話を聞いて橘はそれが善意故の行動と判断した。

 

「性悪化け狐が純粋に流民のことを思ったわけではあるまい。白姫と争わせて岩陰の物の怪を餌とするつもりであろう? 白姫と岩陰のもののけが殺し合えば得をするのはお前たち化け狐たちだからなあ」

 

 そこで黒姫が悪い笑みでそう言ってきた。

 

「そのような見方もあるでしょう。ですが、既を私が岩陰の物の怪を助けたことで、岩陰の化け狸という長年の宿敵に利したという意見もあります。そのような非難を覚悟の上で私は岩陰の物の怪たちを助けているのです」

 

「お前は批判されることを恐れずにやるべきことをやったとでも言いただけだな。なるほど。確かに化け狸と化け狸の仲は昔から悪い。どちらも人を化かす物の怪で縄張りを取り合っておったからな」

 

「今はこれまでの遺恨は横に置き、白姫という敵に立ち向かわなければなりません。私は今は化け狐と化け狸が手を結べるように努力するつもりです」

 

 黒姫が語るのに絹御前はそう宣言する。

 

「よい志であると思う。敵は白姫だ。あれは日の本の物の怪ではない。南蛮の邪竜だ。日の本に暮らす人間と物の怪、全てにとって脅威となるだろう」

 

「そうです。白姫は日の本に害なす存在。討ち取らねばなりません」

 

 橘は絹御前の働きに感心し、絹御前も橘の意見に同意した。

 

「では、わしらに加勢せい。わしらも白姫を討つつもりだ。あやつはわしのシマを脅かしておるからな。許されんことよ」

 

「それはできません」

 

「何だと?」

 

 絹御前がはっきりというのに黒姫が凄んで見せる。

 

「あなた様は自分が何をなさったのか忘れられたのですか? 化け狐たちは確かにあなた様に岩陽で暮らすことを許していただきました。ですが、そのために何匹の化け狐が犠牲になったか」

 

「覚えておらん。随分と昔のことだろう。いちいち根に持つな」

 

「そうはなりません。虫を踏んだものはそのことを忘れますが、踏まれた虫は一生それを忘れない。あなた様にとっては些細なことでも我々にっては違うのです」

 

 絹御前は黒姫に対してそう言いきった。

 

「竜種らしい傲慢さのツケというわけだ。これからは改めることだな。無論、そんなことができる殊勝な存在であれば最初からこのような揉め事は起こさなかっただろうが」

 

「やぶ医者が。うるさいぞ」

 

 椎葉が黒姫の状況を嘲り、黒姫が見るからに不満そうな態度を取る。

 

「絹御前殿。過去の遺恨は忘れると言ったばかりではないか。黒姫とも確執もこの場は横に置いておくことはできまいか?」

 

「黒姫様との確執は化け狸との確執はあまりにも違う。とても根の深い話です。聞くのであれば語るのですが」

 

「聞こう」

 

 橘は絹御前にそう申し出た。

 

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