戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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黒姫と物の怪

……………………

 

 ──黒姫と物の怪

 

 

「岩陽の化け狐、岩陰の化け狸。そういう住み分けが起きたのは大昔のこと。私がまだ子狐だったときです」

 

 絹御前が橘たちに物の怪と黒姫との確執を語る。

 

「昔は住み分けなどなく、化け狐も化け狸もそれぞれ好きな場所で暮らしておりました。ですが、化け狐と化け狸は昔から何かと仲が悪いものでして、両者の喧嘩は日常茶飯事でした」

 

 狐と狸が仲が悪いのはよくよく御伽噺で語られるが、化け狐と化け狸の仲は殺し合いをするほどではないとはいえ悪いものだった。

 

「ある日、幼い化け狐と化け狸が肝試しとして黒姫様の神社から供物を盗むということをやってしまいました。黒姫様はそれにとてもお怒りになられた」

 

「それはお前らが悪いであろう。神から盗むとは罰当たりな」

 

「黒姫様。あなた様はその報復として盗まれた米粒と同じ数の化け狐と化け狸を殺し、許しを請うた両者の長を食らった。さらには岩陽では化け狸の暮らす里を、岩陰では化け狐が暮らす里を水に沈められたのですよ」

 

「当然であろう。わしは龍神だぞ」

 

 絹御前が責めるように言うのに黒姫はまるで悪びれない。

 

「竜種らしいことだ。驚くに値しないが呆れ果てる話ではある。この世界で自らにのみ価値があり、他は無価値と考える。もはや病的な価値観だと言えよう」

 

「いい加減にせい、やぶ医者が。何を責められる謂れがあるというのだ」

 

「それすら分からぬとは」

 

 不満そうな黒姫に椎葉がため息を吐く。

 

「大勢の化け狐が死にました。ですが、あなた様は荒ぶる龍神であられる。そうであるから諦めもついたものです。それなのにあなた様は我々に手を貸せと仰るのですか? 神であるあなた様が手を貸せと?」

 

「神であれば手を借りるなというのか」

 

「神は与えるもの。罰にせよ、ご利益にせよ。無論、供物は捧げますが、それは神事としてのものであり貸す、借りるのものではない。俗物の力を借りる神はもはや神ではありません。ただの物の怪です」

 

「言う言う」

 

 黒姫は絹御前の言葉に口では笑うが目は笑っていない。

 

「これは化け狐、化け狸とあなた様の関係ではないのです。他の物の怪にもあなたは暴虐であった。そのことを恨んでいるものは多いのです」

 

「分かった、分かった。もうお前らなど当てにせん。帰るぞ、橘」

 

 黒姫はそう言って立ち去ろうとする。

 

「待ってくれ。絹御前殿、確かに黒姫は神として殺した。今になって神ではない身として手を貸せと言うのは身勝手だ、それに納得した。だが、別の関係性もあろう」

 

「どのようなものですか?」

 

「神としてそなたたちに力を与えるというのはどうだ? どんな神も祭れば後利益があるというものだ。だから、人も物の怪も恐ろしいものを神として祭り、その祟りを静めようとしてきた」

 

 橘がそう絹御前に説く。

 

「黒姫はあくまで神として振る舞う。そのことにぶれはない。どうだろうか?」

 

「神から利益を得るには供物を捧げなければならない。黒姫様は今までも人身御供を始めとする供物を取りたてられた。我々に力を与えるならば何を供物として求められるというのでしょうか」

 

「それは……」

 

「今の我々は黒姫様に何かを捧げるつもりはないのです。我々からは言えるのはそれだけとなります」

 

 もう黒姫に関わるつもりはない。そう絹御前がはっきりと言っているようだ。

 

「絹御前殿。私はあなた方にこの竜種と協力しろとは言わない」

 

 そこでそう発言するのには椎葉だ。

 

「しないのならばしないで結構。もう神として祭る気もないならば結構。だが、その上で聞こう。本気で軍勢を組織されるおつもりか? 岩陽という人の国で物の怪が無断で軍勢を組織することの意味が分からないわけではあるまい」

 

「なるほど。警告ですか。確かに理解はしております。我ら物の怪は人に長らく恐れられてきましたから。我らが軍勢を作ることで岩陽の人と敵対することは我々も避けたいと思っております」

 

「では、どのように対策をなされるおつもりか?」

 

「人に来ていただくつもりでした。監視と指導のために正直なところ、我らが戦という戦を戦ったこともない。私にしたところで軍勢など率いたこともないのです」

 

 椎葉の問いに絹御前がそう返した。

 

「ほう。物の怪の軍勢を人に任せると仰るか。それは竜種と協力するのと同じくらい異論が湧きそうではあるが」

 

「話し合いは既に済んでおります。化け狐も化け狸も合戦の心得はなし。他の物の怪においても単独で戦う術は知っていても、まとまった軍勢として戦う術は知らず。もし、白姫の軍勢と戦えば負ける。その点に合意は得られました」

 

「しかし、あなた方を人が本気で戦を戦えるように指導するとお考えか? 白姫が倒れた後にあなた方は人に牙を剥かぬという保証はあるまい」

 

「そこは信じていただくしかありません」

 

 椎葉が言い詰めるのに絹御前がそう返すのみ。

 

「それのような言い分では岩陽も物の怪を支援したりなどせぬぞ。むしろ、今の状況を内患とみて討ちに来るであろう」

 

 そんな絹御前に椎葉はそう言った。

 

「それであるならば俺が戦の指導をしよう」

 

 だが、そこで橘が声を上げる。

 

「白姫と戦うものはひとりでも多ければいい。そうであろう」

 

「あなたはその見返りに黒姫様と手を組め、と?」

 

「そうは言わん。ただし、人を襲わぬということだけは約束してほしい」

 

「……分かりました。私としては同意しますが、一応他のものにも意見を求めます。今日はここにお泊りください」

 

「物の怪たちで話し合うのか?」

 

「はい。岩陽の化け狐たち、岩陰の化け狸たち、そしてそれらに属せずとも白姫と敵対しているものたち。それらで話し合います」

 

「分かった。決定を待とう」

 

「では、お部屋へご案内します」

 

 橘たちは今日は岩陽の物の怪頭、絹御前の屋敷に泊ることとなった。

 

 部屋に案内され、橘たちが顔を合わせる。

 

「本気で物の怪に戦を教えるつもりか?」

 

「白姫は物の怪を使ってきた。益雲寺の戦いでも岩戸衆の里の戦いでも。こちらも同じようにせねば負けるであろう」

 

「連中は戦をのやり方を教わったとて恩を感じるような殊勝な連中ではないぞ」

 

 橘の説明に黒姫が不満そうにそういう。

 

「それはお前への加勢を断られたから言っているのか?」

 

「当然だ。化け狐どもはわしが庇護してやったというのに恩を忘れおってからに」

 

 黒姫はそう文句を言いながら胡坐をかいた。

 

「話を聞いた限り庇護していたようには思えないが」

 

「あやつら化け狐がどうして岩陽の物の怪頭の地位を得たと思うか? わしが他を殺したからよ。確かに化け狐は殺した。だが、他はもっと殺した。これを恩に思わぬとはな。とんだ恩知らずもいたことだ」

 

「それは恩には感じないだろう」

 

 殺しに来る存在に恩を感じるものなどいるはずがない。

 

「よいか。人間も物の怪も生えてくる。次々にな。この世にはバランスが必要よ。増えすぎれば減らすという存在が必要なのだ。放っておけば増え続けて要らぬ揉め事を引き起こすというもの」

 

「では、そうではない龍は特別だと」

 

「龍は無駄に増えはせぬ。減らす必要もないが、増やす必要もない。龍が増えればそれこそ世が乱れる」

 

 橘が言い、黒姫はそう言ったのだった。

 

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