戦国のジークフリート ~牢人と龍神~ 作:第616特別情報大隊
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──絹御前の献身
「ほう。わしに願いとはな。随分と意見が変わったではないか」
黒姫が絹御前の言葉に意地悪気に笑う。
「紅葉から話を聞きました。橘様でも倒せぬ亡者が白姫の軍勢にいるということを」
「ああ。おるな。それの相手をわしに任せたいと申すか?」
「物の怪たちにその気はありません。物の怪たちは生贄になるぐらいならば戦って死んだ方がよいと言っています。亡者に死を覚悟して挑むものは多くおるでしょう」
「ならば、わしに何を任せたいというのだ?」
絹御前の言葉に黒姫が不可解そうな顔をした。
「死なぬ亡者と戦ってどれだけの犠牲が出るでしょうか? 物の怪たちは死を覚悟していますが必要なのは勝利することであって死ぬことではありません」
絹御前が語る。
「勝てなければ犠牲に意味などなく、我ら白姫に立ち向かう物の怪は白姫に付いた大百足の軍勢より弱小のそれ。次々に勇気ある物の怪が死ねば、戦に敗れることは必然」
「くどい。結論を述べよ」
絹御前の語るを無視して黒姫が命じた。
「私の身を捧げます。ですので、黒姫様のご助力を」
絹御前がそう言って深々と頭を下げ、黒姫に平伏した。
「なるほど。だが、自らを犠牲にするとはな。物の怪らしからぬ発想」
「我が身ひとつで大勢が救えるならば本望です」
「だが、他のものが納得した話ではないのだろう?」
黒姫が絹御前にそう指摘した。
「その通りです。他の物の怪たちは私が生贄になることを認めようとはしないでしょう。ですので、これはあなた様と私の間だけの密約としていただきたいのです」
「ならん」
「……何故ですか?」
絹御前が首を横に振る黒姫に尋ねる。
「他のものが知らぬのにわしがお前を食えば、わしが勝手に襲ったようではないか。他の物の怪たちはそのことに納得などせぬぞ。それにお前ひとりだけでわしの加勢を借りようなど考えが甘いわ」
黒姫がそう言って嘲り酒の杯を呷った。
「そうですか。残念です」
絹御前は感情を見せずそう言い、俯く。
「絹御前殿。気を落とすことはない。死なない亡者の数は恐らく限られる。そなたが気にしているのは首無し武士だろうが、あれについてもいずれは倒せるようになる」
「俺としてもその首無し武士である藤堂邦孝は恩師の息子だ。安らかな眠りを与えたい。できる限りの協力はしよう」
気を落としただろう絹御前に椎葉と橘がそれぞれそう言う。
「ありがとうございます、橘様、椎葉様」
しかし、絹御前はやはり黒姫の加勢が得られないことを気に病んでいるようだ。あまり浮かぬ顔色を一瞬浮かべた後に退室していった。
「黒姫。ケチなことを言わず加勢してやればいいではないか。白姫は我らの共通の敵であろう。共に戦えばよいではないか」
「最初から連中がわしに加勢すると言っていれば戦ってやったのだがな。あれこれ文句を言いおった後で協力しろと言ってくるのは気に入らん。気分を害した」
「全く」
わがままな黒姫に橘がため息。
「竜種とはこういうものだ。己の気分だけで動く迷惑な存在。故に好かんのだ」
「言う言う。だが、わしはそれに値する力を持っておるのでな」
椎葉が苦言を呈するが黒姫は全く気にせず酒を呷った。
「ともあれ、物の怪たちに戦を教えなければな。酒はこれぐらいにしておこう」
「もっと飲め。わしだけ飲むのでは楽しくない」
「お前もあまり深酒をするな。ここはお前に恨みを持っているものが大勢いるのだ。寝首かかれても知らんぞ」
「お前がわしを守ればよかろう」
「勝手なことばかり言うな」
橘たちはそこそこで酒を止めて化け狐たちが準備した部屋で床に就いた。
「む」
深夜に小さな物音に橘が気づき、目を開く。襖の開く音だ。
「起こしてしまいましたか」
「絹御前殿? どうされた?」
襖から現れたのは絹御前だった。
「橘殿について紅葉より聞きました。ご家族を亡くされたと」
「……ああ。白姫によってな」
絹御前が言うのに橘がそう返す。
「そうであるならば」
絹御前が立ち上がり、そっと着物を脱ぐ。
「どういうつもりだ?」
「黒姫様は決してこういういうことはされないでしょう?」
「恐ろしくてしようとも思わんな」
裸体のまま床にいる橘に寄る絹御前に橘がそう返した。
「そうでありながらあなた様は黒姫様の信頼を得ておられる。そして、戦にも長けておられる。我々に必要な方です」
「俺の信頼はその身を汚さずとも得られるぞ、絹御前殿。好きもせん男と寝たところでそなたも気分がよくなるわけではなかろう」
絹御前が身を寄せようとするのに橘は自分の掛布団を取って絹御前に押し付け、その裸体を隠した。
「抱いてはくださいませんか?」
「残念だがその気はない。俺がどういっても黒姫が意見は変えないぞ。あれは己の欲するがままに生きる自由な女だ。裏でどうこうしうようとするのは無駄だぞ。それに戦のことであれば心配するな。どうにかする」
「そうですか」
絹御前はそう言って下がる。
「心配なのは分かる。白姫は得体のしれない相手だ。俺も恐ろしかった」
「今もですか?」
「分からん。もう二度と恐れぬように努力はしてきた。どんな戦場にも立ったし、物の怪も斬った。だが、もう一度白姫の前に立ったとき恐れぬかどうかは断言できん」
橘がそう絹御前に語った。
「人も物の怪も恐れるものです。それは当然の感情。恐怖があるが故に生き残れるのです。恐れを知らぬものは危険に気づかぬのですから」
「かもしれんな。だが、敵を前に臆するなと教えられてきた。戦場で臆すれば隙を生み、敵の刃を浴びると。だから俺にとって恐れとはやはり弱点だ」
「確かな勇気があられるのですね」
「そうありたいと願う。勇敢であり続けたいと願う。背中に逃げ傷を負うことがないように。死はも打恐れぬが、死ぬとしても武士として、そして意味のある死を得たい。何も守れずにいては死ぬにも死ねぬ」
絹御前が言うのに橘がそう言って小さく笑った。
「それにそなたも勇気があるではないか。物の怪たちのためにその身を黒姫に捧げようとした。そして、今も。何も勇気とは戦場に立つことだけで示されるものではないぞ」
「ええ。私は橘様のようには戦えません。だからこそ、できることをしなければと」
「それは実に勇気あること。その気持ちを持ち続ければきっと報われる」
そして橘が頷く。
「さあ、その恰好では風邪をひくぞ。早く着物を」
「夜分に申し訳ありませんでした。失礼します」
橘に言われ絹御前は着物を再び纏って去った。
「いつまで見ているつもりだ?」
そして、橘がそういう。
「なんだ。気づいておったのか」
「当然だ。盗み見が下手な奴よ」
黒姫が窓から入ってくる。どうやら覗いていたようだ。
「せっかくだから抱けばよかったことを」
「不要な貸し借りは作りたくない。それにあのような女の弱みに付け入るようなことは好かんのだ」
「おうおう。男気を見せるな。なら、その男気に免じてわしを抱かせてやろうか?」
「冗談はやめてくれ。恐ろしくてならん」
黒姫がからかうのに橘も苦笑いを浮かべたのだった。
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