戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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物の怪の軍略

……………………

 

 ──物の怪の軍略

 

 

 翌日。

 

「橘様方。こちらへどうぞ」

 

 化け狐に案内されて橘たちは館の一室に通された。

 

「橘様。こちらが化け狸の長である又坐衛門殿です」

 

「橘殿。俺が又坐衛門だ。そなたの武勇聞かせてもらった。信頼させてもらう」

 

 部屋で絹御前に化け狸の又坐衛門が紹介され、又坐衛門が深く頭を下げる。

 

「そして、こちらは岩陰からの物の怪たちのまとめ役である化けカワウソの小市太郎殿です」

 

「初めまして、橘殿。黒姫様もお久うございます」

 

 こちらは小さなカワウソだが、その実は物の怪のまとめ役である化けカワウソだ。小市太郎と紹介された化けカワウソも頭を深く下げる。

 

「このものたちの部下に戦の術を教授していただきたく思います」

 

「承知。俺の知る戦の術を教えよう」

 

 絹御前の求めに橘が頷く。

 

「では、まず聞くがそなたらはどのような戦いを想定しているだろうか?」

 

「それは白姫の軍勢を打ち破る戦いだ」

 

「それはこちらから攻めて破るのと敵が押し寄せるのを挫くのと、どちらだ?」

 

「むう。それは……」

 

 橘が慎重に尋ねるのに又坐衛門が言葉を詰まらせた。

 

「戦にはいくつか種類がある。そこから始めよう」

 

 橘はそういって戦を説き始めた。

 

「ひとつは野戦。軍勢と軍勢が原野や山林などでお互いに戦いを求めながら会敵し、そのまま戦い合うもの。城や砦に寄らず、純粋に兵のみで戦う戦だ。織田と徳川が浅井・朝倉の軍勢と戦った姉川の戦いのようなもの」

 

「それは分かりやすい!」

 

「だが、これは非常に難しい。小細工を使っても兵力の差の方がものを言う。何より両者の軍の絶えず動くため、指揮官は瞬時に判断を下さなければならない」

 

「それは……ううむ……」

 

「だが、この野戦こそが相手に損害を与える機会でもある。野戦で敗れて逃げる兵を追撃する際がもっとも相手に損害を強いることができるのだ」

 

 又坐衛門が唸るのに橘がそう付け加えた。

 

 そう、戦いはお互いが衝突し合っているときよりも、撤退する際の方が大勢の被害が出る。野戦においては特にその傾向があった。

 

「しかし、野戦でもただ兵を進めて敵と戦うだけではない。自分たちの有利な地形に陣地を作り、そこで敵を待ち伏せるという方法もある」

 

「それは愉快ですな。しかし、陣地とはどのように作るのでしょうか?」

 

「重要なのは建造技術と地形を読む能力だ。築城については技術を授けよう。建築に通じた物の怪を工兵として運用するのがよいが心当たりはあるか?」

 

 又右衛門が尋ねるのに橘が尋ね返す。

 

「一応ございます。我ら物の怪の中には人間ほどでないものの大工仕事をするものもおりますので」

 

「では、そのものたちに教えるとしよう」

 

 ここで小市太郎が答え、橘が頷いた。

 

「野戦とはこういうものだ。次にあるのは城を巡る攻城戦である」

 

 橘は次の話に進める。

 

「紅葉から聞いたということは岩戸衆の里での戦いのことだろう。あれは攻城戦に近かった。野戦築城より遥かに高度に築かれた城塞を巡る戦いは野戦とは異なる」

 

「どのようなものなのですか?」

 

「城は簡単には落ちない。攻める側は兵をぶつければ勝てるという話ではなく、奇襲することやあるいは兵糧攻めにするなどして敵を弱体化させる必要がある」

 

 小市太郎が尋ね、橘が続ける。

 

「守る側はそれに対応しなければならない。城とは守りに有利なそれであるが、飯には限りがあるし、どんな城も永遠にその堅牢さを誇るわけではないのだから」

 

「ふむ。それがふたつの戦いなのか?」

 

「そうだ」

 

 又右衛門が確認し、橘がそう言った。

 

「もっともこのふたつにはいずれも攻める側と守る側があるから4つと言えよう。その上で尋ねるが、白姫の軍勢とどう戦いたい?」

 

「それはやはり攻撃あるのみだろう!」

 

 橘が尋ねると又坐衛門が答える。

 

「となれば、まずはどうあれ白姫の軍勢の規模を把握しなければならない。守るにしても攻めるにしても敵を知らねば戦えない」

 

 橘が説明を始める。

 

「そして、攻めるのであればまずは野戦で勝利すべきだ。攻城戦は守る側に有利である。強固な城に籠る相手を屠るは難儀。野戦において敵を叩くことが重要であり、城に入る前に殲滅するのが理想だ」

 

 そう物の怪たちに説明する橘。

 

「確かに。しかし、橘殿。我々は白姫のそれより寡兵である。そのような状況で攻撃を仕掛けて勝てる兵法などあるものだろうか?」

 

「あるにはある。寡兵で戦うのは避けよと多くの兵法書で書かれてきたが、本当に局所的な勝利を得るためだけならば寡兵にても戦うことはできる」

 

 小市太郎が心配するのに橘が続けた。

 

「攻撃と防御の特徴を述べていこう。攻撃は自分たちが攻撃したい場所と時間を選ぶことができる。それによって戦の主導権を握ることができるのだ」

 

「例えばどのような状況になるのだろうか?」

 

「大軍は常にその全ての兵を戦場に投じられるわけではない。山や渓谷、森と言った障害物が多い地形では大軍を一斉に投じるできず。そこで寡兵を投じて戦うのだ。局所的な数の優位を作り、敵を各個撃破する」

 

「おお。そのような方法が」

 

「戦いようはあるがやはり数が多い方が勝つのは必然だ。特に攻撃においては」

 

 小市太郎が感心するのに橘は首を横に振る。

 

「守りは言うまでもなく有利だ。事前に陣地を作っておくこともできるし、敵の行動を制限する地形も選べる。しかし、いつ攻撃されるかやどこから攻撃されるかの主導権は敵の側に渡すことになる」

 

「やはり攻めるのみなのだな。攻めて、攻めて敵を屈服させねば」

 

「いや。そうとは限らん。下手に攻めれば寡兵では当然負けることが多い。理屈の上での戦い方はあるが、実戦とは頭で考えるようにはいかないものだ。実戦では机の上の兵法と違い血が流れるからな」

 

 又坐衛門が勢いよく語るのに橘がそう指摘した。

 

「よって俺はまずは守ることを提示したい。守りの戦いで兵は実戦経験を積み、敵には損害を与える。陣地を作る訓練にもなる。それに今はまだ敵について分かっていないことが多いことも考えねば」

 

 白姫の軍勢はその規模も戦い方も分かっていない。そのような状況で寡兵で攻撃を仕掛けるのは無謀を通り越して愚かである。

 

「堅実でよろしいかと。もはや我ら物の怪は多くを失いました。これ以上失うことは避けなければ」

 

「私もそう思います。今は着実に物事を進めていくべきかと」

 

 絹御前と小市太郎がそれぞれ同意した。

 

 それから戦いを求める又坐衛門をふたりが窺うように見る。

 

「俺も異論はない。確かにいち早く岩陰を取り戻したい気持ちはあるが、これ以上同胞たちを無駄死にさせるわけにはいかんことぐらい分かっておるつもりだ」

 

 又坐衛門も納得したかのように見えたが彼はずいと姿勢を前に出した。

 

「ただし、俺たちはもう負け過ぎている。皆疲れ果て、士気はそう高くない。守りに入ってじわじわと真綿で首を締められるようなことになれば瓦解するだろう」

 

「士気を上げる勝利が必要と言いたいのだな」

 

「その通りだ。勝たせてくれ、橘殿」

 

「分かった。俺が勝たせてみせよう」

 

 橘が又坐衛門にそう請け負った。

 

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