戦国のジークフリート ~牢人と龍神~ 作:第616特別情報大隊
……………………
──鬼熊来る
橘たちが化け狐の里に来て10日ほどが過ぎた。
「橘様。鉄砲が届きました」
「おお。よくやってくれた、紅葉」
橘の下に求めていた鉄砲が届いた。
「菅沼殿からは断られましたが、岩戸衆の伝手で。数が僅かで申し訳ありません」
「構わん。少しでもあるだけで戦は変わる」
手に入った鉄砲は僅かに10丁で弾も火薬も少ない。
「しかし、そなたにとっての主君は西川殿であり菅沼殿だろう。いいのか?」
「はっ。菅沼殿は家老としては手助けできないというお立場であり、本心としては支援を行いたいと仰っていましたので」
「そうか」
一国の家老としては物の怪を支援するなど認めるわけにもいくまい。
「化け狐、化け狸! 集まれ!」
橘が号令を下すと化け狐と化け狸たちが集まって来た。
「これが鉄砲だ。知っておるか?」
橘が集まった物の怪たちにそう尋ねる。
「知ってるがこんなに近くで見たのは初めてだ」
「臭いぞ。鉄臭い」
「嫌な感じがするなあ」
物の怪たちは少しばかり鉄砲に怯えているようだ。
「よいか。これは上手く使えばどんな相手だろうと討ち取れるものだ。だが、訓練するような弾とか役の余裕はない」
「では、どうするんですか?」
「俺がここで使い方を教えるから頭に叩き込め。聞いて覚えろ」
言ってることは無茶苦茶だが、これしか方法がないのは橘も分かっていた。
何せ弾薬とか役に余裕がない。
化け狐の里で火薬が作れるわけではないし、橘は無学故に火薬の作り方など知らない。医者であり学者である椎葉ならば知っているかもしれないが、そうだとしても今から作って間に合うとは思えない。
そう、簡単に鉄砲も火薬も手に入らないから重要なのだ。
「実戦では1発撃てれば十分。それ以上は求めない。1発撃ったら投げ捨てて槍を握れ」
「おうっ!」
そして、橘が鉄砲の使い方を物の怪たちに伝授する。
「実戦では俺もこれを握って戦う。忘れたら俺の方を見ろ」
「お侍なのに刀で戦わないのか?」
「俺は侍ではないからな。牢人故何だろう使う」
橘は物の怪たちにそう言って鉄砲の火縄や火薬の扱いを教えた。
「橘様。戦の準備は進んでいるでしょうか?」
「ああ。問題ない、絹御前殿。鉄砲も届いた。戦えるぞ」
「それは何よりです。お伝えしたいことが」
「聞こう。向こうで」
絹御前が他の物の怪に聞こえないように伝えたいことがあるというのを橘は察し、会話の場を移した。
「伝令の報告で岩陰から大百足の配下の兵が里に向かっているとのこと。兵を率いるのは鬼熊の鬼三武郎治平。かつては七兵衛八太郎に仕えていたものです」
「裏切り者か。であるならば、大百足に媚を売るために懸命に戦うだろうな」
絹御前が伝えるのに橘がそう言う。
「守りを固めさせよう。物見の兵を強化し、いつでも動けるように。これより兵は三交代で休ませる」
「分かりました。私も戦に」
「戦えるのか?」
「ええ。多少は」
「では、頼りにさせてもらおう」
橘は絹御前が決意したように言うのに頷いた。
それから敵の襲来に備える。
「椎葉殿。流石に物の怪は治療できないか?」
橘は休みながらいつでも応戦できるよう敵を待っていた。椎葉も絹御前に貸し与えられた建物で情報を整理しながら待っている。
「物の怪も治療できないことはない。だが、物の怪に人の薬は意味がないのだ。作用が異なるからな。よって、酒を飲ませ、傷口を洗うことしかできないだろう」
「それでもひとりでも助かるならばよいだろう」
「そう考えてもらえるとありがたい。しかし──」
椎葉が筆を止めた。
雷鳴がとどろき始めた。雨音はしないが風ががたがたと小さく戸を揺らす。
「竜種め。何のつもりだ」
「これは黒姫の仕業なのか?」
「ああ。竜種の干渉だ」
「ふむ」
橘は何かあると思い外に出た。
「橘様! 物見の報告です! 敵が来ました!」
「ついに来たか。俺に続け!」
そこですぐさま化け狐がやってきて報告し、橘が声を上げて駆ける。
物の怪たちは槍、弓、石、そして鉄砲で武装している。さらに馬防柵などの野戦陣地を構築するための建材を抱えた物の怪たちが続いた。
「こちらです、橘様! 敵の大将が見えます!」
「鬼熊の鬼三武郎治平か?」
「はい! 裏切り者です!」
絹御前の情報通りにやって来たのは鬼熊の鬼三武郎治平だ。
赤い甲冑を纏い、刀を下げた鬼のような熊が物の怪たちを引き連れて、化け狐の里へと近づきつつあった。
「橘様。どう迎え撃ちますか?」
そう尋ねるのは絹御前。
彼女は着物の袖を引き上げ、薙刀を構えている。女武芸者然とした格好だ。
「まずは俺が挑発して来よう。敵は戦功を焦っているはず。挑発して冷静さを失わせれば付け入る隙はできるだろう」
「分かりました。お気を付けて」
橘は物の怪たちを布陣させる場所を盆地に続く山の斜面は上り坂の方に配置し、自らはひとりで迫りくる鬼熊の軍勢へと向かった。
「何やつだ! 名乗れ!」
「俺は橘玄。牢人だ。そちらも名乗れ、物の怪」
鬼三武郎治平が声を上げるのに橘がよく通る声で名乗りを上げた。
「俺は岩陰の物の怪頭、大百足様の家臣がひとり! 鬼熊の鬼三武郎治平なり! 大百足様の命にて大百足様に盾突く物の怪どもを成敗しに参った!」
鬼三武郎治平がそう名乗りを上げる。
「そうか。すぐに引き返せばお前が無惨にも負けて大百足に失望されるのは避けられるぞ。俺も血気盛んな青侍にきつい現実を押し付けるのは良心が痛むのでな」
「なんだと。俺を侮辱するか! 許さぬぞ! 討ち取ってくれる!」
「かかってこい!」
鬼三武郎治平が単騎で突撃し、それを橘が迎え撃つ。
刀で突撃してくる鬼三武郎治平に対して橘は居合の構えを取った。
「一閃」
そして、橘が刀を抜くと鬼三武郎治平の刀を構えていた右腕が斬り飛ばされる。刀を握った右腕は宙を舞い、くるくると回転しながら地に落ちた。
「やはり素人。相手ではないな。まだやるか、青侍?」
「おのれえ……! ものども、かかれっ!」
そこで鬼三武郎治平が大声で叫び、物の怪たちが一斉に橘に向かって来る。
「釣れたな」
橘はそう呟くと追ってくる物の怪どもを引き付けながら山道を駆けのぼり、味方が築いた陣地に向けて走る。
「鉄砲を」
「はい!」
化け狐が橘に鉄砲を渡し、橘は鉄砲に弾を込めて素早く構えた。
「鉄砲を持った兵たちは前に出よ。構え!」
「お、おうっ!」
橘同様に鉄砲を構えた化け狐と化け狸が前に出て銃口を迫りくる敵に向ける。
敵は橘を討ち取ろうとてんでばらばらに前進してきていた。足の速い物の怪が自然に前に出て孤立し、後方と離れているのが橘には分かっていた。
「まだ撃たないのか!?」
「まだだ。まだ引き付けろ」
物の怪たちが焦るが橘がそれを鎮める。
「今だ撃てっ!」
そして、鉄砲が凄まじい銃声を響かせて前方に迫っていた物の怪たちを吹き飛ばす。銃弾が敵の物の怪を貫き、その血肉を引き裂いていく。
さらに物理的な影響だけでなく、精神的な影響も生じた。
鬼熊の鬼三武郎治平の兵が足を止めたのだ。
……………………