戦国のジークフリート ~牢人と龍神~ 作:第616特別情報大隊
……………………
──化け狐の里の戦い
激しく響いた銃声。
それによって攻め込んできた大百足の配下の物の怪たちが足を止めた。大将である鬼熊の鬼三武郎治平までもが。
「よいぞ。よくやった」
橘が鉄砲を持つ手が震えている物の怪たちにそう言って笑う。
鉄砲がこの時代において意味を発揮したのは何もその銃弾の威力だけではない。鳴り響く盛大な音もその銃弾と同じくらいの威力を示すのだ。
戦場と音の関係は根深い。指揮統制のための太鼓やラッパと言ったものから、敵を怯えさせ自らを鼓舞する戦士たちの鬨の声までそれらは戦争に密接に関わって来た。
銃声もその大きく、威圧的な音には意味がある。
それは銃声の後に起きる殺戮によって恐怖を呼び起こすのだ。死への恐怖と正体が分からないものへの恐怖の両方を引き起こす。
まさにそれは鉄砲という兵器が上げる鬨の声であった。
「射手は射よ! 石を投げよ! 相手は止まっているぞ!」
「おう!」
恐怖で怯んだ鬼三武郎治平の兵に向けて橘の側の物の怪たちが一斉に矢を射て、石を投げる。矢と石が鬼三武郎治平の兵たちに降り注ぎ、兵たちが撃破されて行く。
「臆すれば死ぬ。それが戦場だ」
橘がそう言い、矢と石で撃破されて行く兵たちを眺めた。
「ええい。ものども! 我に続け!」
そこで鬼三武郎治平が再生した右腕で刀を掲げ、陣地に向けて突撃を始める。
無数の矢と石が鬼三武郎治平を襲うが、不死の彼に通じない。
「鬼三武郎治平殿に続け!」
「大百足様のために!」
大将である鬼三武郎治平が自ら先陣を切ったことで、他の兵たちが戦意を回復させた。鬼三武郎治平に続いて再び兵たちが橘たちの陣地へと迫る。
「来るぞ! 槍を構えろ!」
「おう!」
橘たちは馬防柵などの阻塞の間から槍を突き出す。
「怯えるな。お前たちは勝てる。そう信じるんだ」
槍を握っている物の怪たちの手は震えていた。
初めての実戦で、かつ敵との距離が近い白兵戦だ。やむを得まい。
橘に出来るのは彼らが退くことがないよう彼が最前線に立って敵を迎えることのみ。
「化け狐どもの首級を上げろ!」
そして、ついに鬼三武郎治平と彼の兵たちが陣地に突入。
「突け!」
「ええい!」
一斉に槍が突き出され鬼三武郎治平と彼の兵が突かれる。
「怯むな! 阻塞を倒せ!」
不死の鬼三武郎治平は腹をいくつも刺されても平然と指揮を続け、彼の兵たちがカギ縄を阻塞に投げつけて引き倒さんと一斉に引っ張る。
「射手、射続けろ! 石も投げろ! 阻塞を崩させるな!」
橘は物の怪たちを鼓舞しながら必死に鬼三武郎治平の兵に立ち向かう。
「引き倒せ! やれえ!」
だが、ついに阻塞のひとつが引き倒されてしまった。
「我に続け! 化け狐どもの首を取れ!」
「わああっ!」
真っ先に鬼三武郎治平が破られた陣地に突入して刀を振るう。それによって物の怪たちが切り倒されて悲鳴を上げた。
「クソ。これ以上進ませるわけにはいかん」
橘は槍を投げ捨てると刀を握って鬼三武郎治平のところに向かう。
「橘様、加勢いたします!」
「絹御前! 頼むぞ!」
絹御前も合流して鬼三武郎治平に挑む。
「貴様は絹御前だな。その首、大百足様に捧げさせてもらおう!」
「できるものならば」
絹御前が薙刀を構えると彼女の周囲に狐火がいくつも浮かぶ。
「焼き払え!」
狐火が一斉に鬼三武郎治平に襲い掛かり、彼の不死身の肉体を焼く。
「ぐぬおお! これしきのこと!」
「俺もいることを忘れてくれるな!」
鬼三武郎治平が立ち直ろうとしたとき橘が横合いから殴りつける。橘の刀が瞬時に鬼三武郎治平の両手を斬り落とし、さらには目を潰した。
不死身の化け物は殺せないだろう。だが、戦えなくすることはできる。
「このまま封じるぞ、絹御前!」
「ええ。やりましょう」
橘たちは鬼三武郎治平の相手を続け、物の怪たちは引き続き兵の相手をした。
「ひ、引き倒される!」
「頑張れ! 敵をやっつけるんだ!」
しかし、これまで士気を鼓舞していた橘が引き抜かれたことで物の怪たちはこの劣勢の戦いの中で戦意を喪失していき、じわじわと押されて行く。
阻塞が次々に倒されて行き、兵たちが物の怪に襲い掛かる。
数においては鬼三武郎治平の兵の方が圧倒的に多い。倒しても倒しても次々に背後から次の兵が湧きだし、押し寄せてくるのだ。
「ものども、退くな!」
橘が戦線が後退しつつあることに気づいて叫ぶが、戦線が下がるのを止められない。
「うわああ!」
「や、やられた!」
物の怪たちは悲鳴を上げいる。当初の威勢は失われていた。
「不味い。総崩れになる」
橘は戦場の空気を読み取り、それが敗走のそれになりつつあるのを掴んだ。
戦場には空気がある。また総崩れになる前には独特の空気が流れている。
士気の崩壊は連鎖するからだ。ひとりが士気を喪失して後退すれば、その隣のものも逃げ出してしまう。それが大きくなり、やがては総崩れになるのだ。
その気配が既にこの戦場から窺えた。
「紅葉! おるか!」
「はっ!」
「物の怪たちを予備陣地まで後退させろ! そこの兵と合流させるのだ! それから椎葉殿を急いで呼んでくれ!」
「畏まりました!」
紅葉が伝令として走る。
「撤退だ! 撤退せよ! 予備陣地まで下がるのだ!」
総崩れになれば戦力が丸々失われる。それを避けるには撤退させるしかない。
「撤退すれば不利な地形で戦うことになるがやむを得ん」
後退した先の防衛にはより多くの兵が必要だった。それが問題だ。
依然として鬼三武郎治平の兵の数は物の怪たちより多く、物の怪たちは数で劣っている。寡兵で戦える陣地も放棄した今において勝利はかなり危うくなってきた。
「勝利を約束したが厳しいかもしれん……」
橘はそう言いながら再び再生を完了した鬼三武郎治平と対決。
「ふはははっ! 貴様らは打ち破られつつあるぞ! 兵どもが逃げておる! さあ、その首を差し出せい!」
「誰がくれてやるものか」
橘が鬼三武郎治平の刀を弾きながら再び致命傷を狙う。
「絹御前! そなたは物の怪たちの撤退を支援せよ!」
「はい!」
逃げる物の怪たちを追わんとする鬼三武郎治平の兵を前に絹御前が立ち塞がり、薙刀を振るって兵たちを蹴散らす。
「絹御前殿! この又坐衛門、加勢に参った!」
「又坐衛門殿! ではともに!」
棍棒を抱えた又坐衛門も加わり、橘、絹御前とともに殿を務める。
しかし、数の暴力は強力だ。次から次に兵が現れては絹御前たちの守りを突破して、逃げる物の怪たちを追おうとする。
「まだか、椎葉殿……!」
椎葉がいなければ鬼三武郎治平は倒せない。
橘がその到着を待つ中、現れたのは──。
「おうおう。やっておるのう。とんだ負け戦ではないか」
黒姫だった。
……………………