戦国のジークフリート ~牢人と龍神~ 作:第616特別情報大隊
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──戦いの行く末は
「なんだ。見栄を張ったくせに負けよってからに。愚かなものだな」
現れた黒姫が嘲るようにけらけらと笑う。
「黒姫。何をしに来た? 椎葉殿は?」
「わしでは不満か?」
「お前は手を貸さぬと言ったではないか」
橘は鬼三武郎治平を仕留めるために椎葉にこそ来てほしかったのだが、来たのは手を貸さないと断言している黒姫の方だった。
「確かにわしは手を貸す気はないぞ。ただの気まぐれで来ただけだ。そう、気まぐれよ、気まぐれ。丁度崩しやすそうな山があって今日は天気が悪いからなあ」
「まさか」
橘は突如として桶をひっくり返したかのように大雨が降り注ぐのを見て呻く。
「絹御前殿! 又坐衛門殿! 退け! 山が崩れるぞ!」
そう、山が崩れる。
絹御前と又坐衛門が斬り結ぶのを止めて大急ぎで山の斜面を駆け上って逃げた。物の怪たちが後を追おうとするが、狐火がそれを妨害。
「首を寄越せ!」
「貴様が首を晒しておれ!」
橘もしつこく迫る鬼三武郎治平の首を刎ね飛ばして戦闘不能にし、それから絹御前とともに撤退する。
「さあ、崩れよ。盛大にな」
黒姫がにやりと笑ってそういうと鬼三武郎治平とその兵たちが駆けのぼろうとしていた山の斜面が崩れた。大量の水分を含んだ土砂が崩れ落ち、鬼三武郎治平と兵たちに向けて襲い掛かってくる。
「な、なあああ──」
「ぎゃああ──」
鬼三武郎治平と兵たちは土砂に巻き込まれて押し流され、悲鳴とともに押し流され、やがて悲鳴すら土砂に飲み込まれた。
そしてそのまま化け狐の里を攻めようとした鬼三武郎治平の軍勢はあまりにも呆気なく壊滅したのだった。
「何と……」
「ああ。すっきりしたな。こういう山は崩さねば面白くないからのう」
崩れた山を見て呻く橘に黒姫がけらけらと笑う。
「黒姫様。何故我々に加勢を……?」
「ふん。勘違いするな。わしは加勢などしておらん。ただ、腹の立つ白姫なんぞに味方する連中を流してやっただけだ。決してお前たちの戦のためにやったわけではないぞ、化け狐の長よ」
「そうですか」
黒姫が言い放つのに絹御前が頷いた。
「橘殿。不死が出たと聞いた。どこだ?」
そして、椎葉が前線に姿を見せる。
「こちらだ。土砂に押し流された」
「やはりか。竜種がやりそうなことだ」
椎葉はこれを予想していたのかさほど驚いた様子も見せず、橘とともに崩れた山の斜面を用心深く降りた。
「おのれえ……」
「こやつだな」
鬼三武郎治平は土砂に埋もれた状態で回復しようと試みていた。
そこに椎葉が現れ、鬼三武郎治平の“ねくろまんしい”を解呪していく。鬼三武郎治平から紫と黒の煙が立ち上り始めた。
「や、やめろ! 死にたくない! やめてくれ!」
「既に死んでいるのだ。受け入れたまえ」
叫ぶ鬼三武郎治平に向けて椎葉がそう言うと完全に煙が抜けきり、これまでの傷を受けて鬼三武郎治平は死した。
「これで里は守り抜けたな、橘殿」
「ああ。しかし、勝利を約束したのにそれを与えることはかなわなかった。物の怪たちの士気は下がってしまうだろう」
椎葉が言うのに橘がそう言って首を横に振る。
「そんなことはない、橘殿!」
そこで化け狸の長である又坐衛門がやってきて笑顔で言った。
「皆が自分たちが戦えたことを誇りに思っておる。あれだけの数の敵を相手に自分たちが戦えたのだと。それによって自信を持った。我らはこれでこれからも岩陰を取り戻すために戦うことができるぞ!」
又坐衛門がそう言うと化け狸たちがやってきて歓声を上げる。
「ありがとうございます、橘様。里は救われました」
「いや。この戦を戦った皆のおかげだ。俺だけがなしたことではない。化け狐たちもこれから白姫を討つために戦ってくれるか?」
「もちろんです。さあ、勝利を祝して宴を開きましょう」
「うむ」
橘たちはそのまま絹御前の館に案内され、そこで開かれる宴で持て成された。
「我らが勝利に!」
又坐衛門は赤くなった顔で何回も勝利を祝った。
「岩陰から逃げてきてずっと負けっぱなしだった俺たちがやっと勝利できた」
「そうだ。あの鬼三武郎治平を相手に化け狸と化け狐が勝ったんだ! 俺たちなら大百足の裏切者だって討ち取れるぞ!」
今は誰もが勝利を祝っている。化け狐も、化け狸も、他の物の怪たちも。
「どうぞ、橘様」
「ああ」
絹御前が酌をし、橘も酒を味わった。不思議を花のような香りと風味がする酒だ。それでいて強い酒なのだがなかなかいける。
「橘様。このまま我々は勝てるでしょうか?」
「俺たちと物の怪だけでは勝てぬだろう。何としても岩陽国の助けが必要だ。岩陽国の大名である西川殿の加勢が得られれば岩陰を白姫から解放できるかもしれん」
「そうですか……」
化けカワウソの小市太郎は人の助けが必要と言われて少し落ち込んだ。
「大丈夫だ。家老の菅沼殿は物の怪のことを気にかけていらっしゃる。きっと加勢してくださるだろう。その暁には白姫の首を取り、岩陰をあの南蛮の邪竜の手から解放しようではないか!」
「ええ。そうしましょう!」
橘が物の怪たちを鼓舞し、物の怪たちは大いに盛り上がった。
「して、黒姫はどこに?」
「黒姫様はお外で飲んでおられます」
「そうか。少し見てくる」
橘がそう言って立ち上がろうとしたとき絹御前が手を握った。
「宴の主賓が出ていかれては場が冷めてしまいます。もう少しだけ、ここに……」
「分かった。もう少し飲もう」
絹御前が酌をし、橘は杯を傾ける。
「橘様。これまでもあのような戦を戦ってこられたのですか?」
「そうだな。似たような戦はあった。寡兵で衆を戦うことはよくあることだ。数で勝る戦いというのはなかなか望めない。例えば──」
酒に酔った物の怪たちに橘が戦の話を聞かせ、物の怪たちが盛り上がる。
「橘殿の指揮してくださるなら我々は喜んで人と手を取りますぞ!」
「そうだ、そうだ! 越後の軍神のようなお方よ!」
物の怪たちは戦いに勝利したことに興奮し、酒に酔っている。こうやって士気を養えばこれからも戦っていけるだろうと橘は安堵した。
「では、そろそろ」
酔い過ぎた物の怪たちが宴の開かれている広間の畳でいびきをかき始めたころ、橘は絹御前に断って外に出た。
「黒姫」
「なんだ?」
黒姫は館の外で月を見ながらひとりで飲んでいた。
「お前は物の怪たちを助けたつもりはないだろうが、俺は助かった。礼を言う」
「おうおう。感謝せい。わしは祟り神だからな。ちゃんと祭らねば祟るぞ?」
「では、酒に付き合おう。ひとりで飲んでもつまらんだろう」
「よい心がけだ」
そして、橘と黒姫はともに月を見上げて酒を味わった。
「黒姫。これからもともに戦ってくれるか?」
「無論だ。加勢してやる」
ふたりはそう言葉を交わし、花の香りのする酒の杯を傾ける。
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