戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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首塚平原の戦い──前哨戦

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 ──首塚平原の戦い──前哨戦

 

 

 橘と黒姫は菅沼から馬を借り、首塚平原を目指した。

 

 首塚平原は以前岩陰でお家騒動が起きたとき、加勢を送った岩陽の兵が岩陰の兵と衝突した場所だ。いくつもの首級が戦功を示すために狩り取られ、首のない死体があちこちに転がっていたという。

 

 その首塚平原は日本では希少な平野だ。しかし、雨が降るたびに無惨川の支流が氾濫するのに巻き込まれることから開墾されていない。

 

「あれか」

 

 橘たちの視線の先に流れる無惨川の支流が見えた。

 

「浅いな」

 

「川幅も広くない」

 

 堤防などが整備されていない流れるがままの川が見えた。

 

「白姫の軍勢はどこだ? まだ来ておらぬのか?」

 

「そのようだ。だが、ここを目指している」

 

 黒姫が周囲を見渡して尋ねるのに橘がそう言って馬を進める。

 

「物見は既にこの付近で巴を見ている。気を付けろ」

 

「あの怨霊がな。流石にわしも怨霊を殺したことはない」

 

「そうだろうな。椎葉殿が間に合わなければ俺たちは巴を殺せん」

 

 既に西川友三自らが指揮する岩陽の軍勢がここに向かっており、そして白姫の軍勢もまたここから岩陽に攻め込もうと向かっていた。

 

 両軍がこの首塚平原を目指しており、ここで衝突するのは必然だ。

 

「岩陽の物見がおらんが」

 

「血の臭いだ。死体が近くにあるぞ」

 

「向こうだな」

 

 橘たちが首塚平原に茂っている野草をかき分けて進み、血臭いがする死体を探す。

 

「これだな。斬られておる」

 

「この太刀筋は間違いなく巴だ。近くにいるぞ」

 

 菅沼が派遣していた物見の兵たちが斬り殺され、死体が茂みの中にあった。その傷口からやったのが巴であると橘は確信した。

 

「敵がどう動くと思う、橘?」

 

「本隊が渡河する前に少数の部隊で橋頭保を作っておくつもりだろう。巴の姿が見えないが渡河は間違いなくここからだ。ここで渡られてしまうとこの平原では数が多い方が圧倒的に優位だ」

 

「そして敵は“ねくろまんしい”で亡者を生み出し、物の怪たちを軍勢に組み込んでおる。数は向こうが上だろうな」

 

「ああ。しかし、巴や白姫の先駆けはどこに……──」

 

 橘が周囲を見渡し、すぐさま抜刀した。

 

「ふん。流石に受けるか」

 

「不意打ちとはな。怨霊に名誉などないか」

 

 橘が抜いた刀によって突然現れた巴の刃が弾かれた。

 

「白姫様がお待ちだ。今回こそは連れてゆくぞ、橘」

 

「そうはいかん」

 

 巴と橘が刀を構えて睨み合う。

 

「どうして白姫は俺を連れてこいと言っている?」

 

「知らぬ。白姫様にはお考えがあるのだろう。あの方は崇高な方だ」

 

「ただの人食いの化け物だ」

 

「白姫様を愚弄するか!」

 

 巴が橘の挑発に乗って斬りかかってくる。橘はすぐさまそれを弾き身を守った。

 

 だが、防ぐことしかできない。巴を斬っても意味はないのだ。

 

「おいおい。わしを置いて始めるでない」

 

 そこで横合いから黒姫が燃え盛る刀“怨熱”で巴に襲い掛かる。

 

「無駄だ! 私には通用しない!」

 

「そのようだ。まるで斬った気がせん。中身がない女だな。その軽い頭にも何も詰まっておらんのだろう」

 

「何を……!」

 

 黒姫がにやりと笑って挑発し、巴の攻撃の矛先が黒姫に向かう。

 

「巴。お前だけでは任を果たせまい。他の物の怪どもはどこだ?」

 

「じきに大百足の配下のものが来る。それによって岩陽を蹂躙してくれるわ」

 

「そうはさせん」

 

 橘は周囲を見渡し、巴以外の敵の姿を探した。

 

 そこで太鼓と笛の音が響いてくる。白姫が岩陽征服を命じた大百足配下の物の怪たちが近づいているのだ。

 

「来たか。西川殿の軍はまだか? 椎葉殿は!」

 

 橘が焦りを見せたとき、橘たちの背後から無数の足音が聞こえて来た。それから複数の馬が駆ける蹄の音も聞こえる。

 

「そこの! 橘殿か!?」

 

「いかにも! 西川殿配下の武将とお見受けするが!」

 

「我は大平幸仁! 加勢に参った!」

 

 ここで西川軍がついに到達した。

 

 最初に首塚平原の川辺に到達したのは大平幸仁なる武将が率いる騎馬兵が200騎余り。長い槍を握り、和弓を背負ったものたちが一斉に川辺に広がる。

 

「白姫の軍勢が来るぞ! 構えろ!」

 

 大平幸仁が指揮する騎馬兵は弓騎兵としての側面もあり、騎乗したまま弓を構えて、その狙いを対岸に向けた。

 

 対岸からは太鼓と笛の音が聞こえ、やはり無数の足音が聞こえてくる。

 

 そして、現れたのは異形の物の怪たちが軍勢だ。

 

「な、なんだあれは!?」

 

「物の怪だ! 物の怪だぞ!」

 

 やってくるのは人間の兵だと思っていた大平幸仁配下の武士たちが動揺する。

 

「臆するな、各々方! 物の怪とて射れば死ぬ!」

 

 橘が叫び、刀を構えた。

 

 そこで対岸の物の怪たちの軍勢の中から黒い甲冑を纏い、百足の描かれた黒い旗を背中に翻した巨大で醜い鬼が姿を見せた。刀でも槍でもなく、巨大な斧を握っている。

 

「聞け、岩陽の人間ども! 我は羅城門! 大百足様が家臣のひとり!」

 

 その鬼は羅城門と名乗った。

 

「これよりお前たちを蹂躙し、岩陽を屈服させる! 覚悟しろ!」

 

 羅城門がそう叫ぶと物の怪たちが声を上げ、川に向かって一斉に突撃を開始。

 

「放て!」

 

 そこに大平幸仁配下の武士たちが一斉に矢を放つ。

 

「ぎゃっ!」

 

「進め、進め!」

 

 渡河しようとする羅城門の兵に矢が降り注ぎ、兵たちが倒れる。しかし、それでもなお羅城門の兵は突き進んできた。

 

「この怨霊はわしに任せておけ、橘! お前は白姫の兵を止めろ!」

 

「承知!」

 

 橘は川を越えて迫る羅城門の兵に立ち向かう。

 

「渡れ、渡れ! 巴様が黒姫を押さえている!」

 

「渡らせるものか」

 

 水から出る前の動きが鈍い羅城門の兵を橘が次々に斬り倒していく。

 

「射続けよ! じきに御屋形様の軍勢が到着する!」

 

 大平幸仁が命じ、羅城門の兵は矢で射抜かれて川に沈む。川がゆっくりと兵たちの血で赤く染まっていった。

 

「ここは渡さんぞ。散れ、物の怪ども!」

 

 橘は川から上がろうとする兵たちを斬っては蹴り倒し、迎え撃ち続けた。

 

 だが、羅城門の率いていた来た兵はあまりにも多い。万という単位である。橘がいくら一騎当千の兵であろうとこの数を前にしてはあまりにも無謀。

 

「どうする、橘! やはり川を溢れさせるか!」

 

「無用だ、黒姫! お前は巴の相手をしておれ!」

 

 黒姫が巴を斬り合いながら尋ねてくるのに橘がそう返す。

 

 確かに川を溢れさせれば白姫の軍は大打撃を受けるだろう。だが、同時に国としての岩陽国も大打撃を受けるのだ。

 

 民が死に、田畑は沈み、国が飢える。

 

「しかし、これは……」

 

 もう持たないかもしれないと橘が諦めかけたときだ。

 

「ものども! 続けえっ!」

 

「おおおっ!」

 

 菅沼の声が響いたかと思うと兵たちの上げる雄たけびが空気を振るわせた。

 

「来たか!」

 

「御屋形様が到着した!」

 

 そう、ついに西川友三率いる岩陽の軍が参戦した。

 

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