戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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……………………

 

 ──囮

 

 

 羅城門の率いる兵が血塗れ渓谷に近づいてきたのを物見の兵が確認した。

 

「敵は当然ながらこちらが渓谷の出口で待ち構えていると察するだろう」

 

 西川が陣配下の武将と絹御前たち物の怪、そして橘と黒姫たちにそう告げる。

 

「ここを迂回されたりなどすれば設置した陣は意味を持たなくなる。どうにかしてここに誘う混む必要がある」

 

 そう、血塗れ渓谷の出口で陣を布く西川の軍には問題があった。

 

 羅城門を兵を率いるほど訓練されているのであれば陣の存在に事前に気づくだろう。そうなれば渓谷を形成する山を越えるなどして迂回される。

 

 そうなれば西川軍は有利な状況で戦えず、壊滅してしまう。

 

「では、どうなさるのですか?」

 

「橘殿と黒姫様、そして絹御前殿の配下の物の怪たちが誘導することを申し出てくれた。彼らが羅城門を挑発し、渓谷に誘い込む。それがまず最初の段階だ」

 

 配下の武将が尋ねるのに西川がそう説明する。

 

「それから血塗れ渓谷の出口にて予定通りに敵を迎え撃つ。とは言え、無傷のものはもはや少ない。ここで主力を務めるのは火竜衆。そなたたちに決戦の主役を委ねるぞ、杉山。よろしく頼む」

 

「合点承知」

 

 傭兵である火竜衆。その頭は既に橘たちも会った長身で髭面の男。

 

 名を杉山権兵衛という。

 

「敵を迎え撃つだけでは十分でない。確実に打撃を与えねばならん。そこで敵の山越えを阻止すると同時に渓谷に向けて攻撃を放てるよう渓谷の両側に兵を配置し、そこから逃げる敵に矢を浴びせる」

 

 敵との決戦で敵戦力を壊滅させることこそが必要とされている。

 

 そのために敗走する敵の追撃のために渓谷の両側に兵を配置。渓谷の底に向けて攻撃できるようにする。

 

「以上だ。人間も、物の怪も、我らが岩陽のために戦ってほしい。ここで敵を逃せば岩陽の土地と民は亡者と悪鬼によって荒らされ周り、国は亡びるだろう。各々方、一所懸命に励まれたし」

 

「おうっ!」

 

 西川の言葉で武将たちが威勢よく雄たけびを上げて気合を入れる。

 

「では、我らは先に参る」

 

「うむ。頼むぞ、橘殿」

 

 まず敵である羅城門の兵を渓谷に確実に誘い込むために橘たちが囮になる。

 

「やれやれ。わしが餌の仕事をしなければならないとはな」

 

「お前はここに残って来た敵を斬ってくれるだけでもよいのだぞ?」

 

「馬鹿を抜かすな。わしが万全の状態で待っていると分かったら敵は来んぞ。羅城門がどれだけ阿呆でもわしに敵うとは思っておるまい」

 

「囮にしたところでそれは同じだろう」

 

 黒姫が肩をすくめるのに橘がそう言う。

 

「待ち構えている敵は強く見えるが、追う敵は弱く見えるものよ。そして、羅城門には白姫からわしを討ち取れと下知が届いているはずだ。岩陽を制するに当たっての一番の障害はわしだからな」

 

「それは確かに。それで逃げるお前を羅城門は追うというわけか」

 

「わしは逃げんぞ。ただ招いてやるだけだ。あの無礼な連中を地獄にな」

 

 橘が言い、黒姫が意地悪く笑った。

 

「橘様」

 

「絹御前殿。我々に同伴するものは?」

 

「私と化け狐が2名です」

 

「あなたが? 危険な任務だぞ。他のものを送った方がいい」

 

 絹御前が着物の袖を捲り、薙刀を握って現れるのに、橘が渋い顔をする。

 

「私だからこそ意味があるのです。黒姫様同様に私もまた白姫から狙われているでしょうから。黒姫様を警戒しても私がいれば羅城門が来ます」

 

「そこまで言うのであれば頼りにさせてもらおう」

 

 橘は絹御前が勇気を示すのにそれを無下にすることはしなかった。

 

「橘殿。武運を祈る。羅城門から不死を引き剥がすのは任せよ」

 

「椎葉殿。頼むぞ。不死の物の怪は鉄砲でも殺せぬからな」

 

 椎葉は陣地に残り、そこで羅城門の不死を引き剥がすという任を受けている。

 

「では、参ろう。馬へ乗れ」

 

 橘たちは西川から授かった馬で羅城門の軍が陣を敷いている場所へと向かう。

 

 橘を先頭にした囮部隊が首塚平原を駆け抜けていく。未だ西川軍の兵士の死体も、羅城門の兵の死体も放置されており、カラスが腐肉を漁りに飛び交っている。

 

「見えた。あそこだ」

 

 日が暮れ始めた頃合いに橘たちは羅城門の陣を見つけた。

 

 百足の描かれた黒い軍旗が翻った陣幕があり、物見の兵たちが周りに立っている。物見の兵は白姫に付いた物の怪たちだ。

 

「どうする?」

 

「なあに。挑発するだけだ。盛大に煽ってやろう。得意だろう、黒姫?」

 

「ははっ! わしのことが分かってきおったな」

 

 橘が言い、黒姫がけらけらと笑った。

 

「白姫のものども! まだここにいるのか!」

 

 橘がよく通る声で叫び、羅城門の陣に向けて告げる。

 

「なんだっ!?」

 

「人間どもだ! いや、化け狐もいるぞ!」

 

 それに羅城門の陣で兵たちが騒ぎ始めた。

 

「おうおう! 岩陰で白姫なんてあばずれに従う阿呆ども! 出てこんかあっ! このわしに怖気づいたか!」

 

「黒姫だ! 黒姫がいるぞ! 羅城門様に知らせろ!」

 

 黒姫も続いて叫び、羅城門の兵たちが慌てて陣から出て来た。

 

「黒姫! その首貰うぞ! 貴様の首を白姫様に捧げ、不老不死をいただく!」

 

 そして、羅城門自らも陣を出てその斧を振りかぶって雄たけびを上げた。

 

「ほざけ、雑兵が。わしの首、取れるものなら取ってみい!」

 

「進めえ! 黒姫と化け狐どもを残らず討ち取れっ!」

 

 黒姫と羅城門がそれぞれ声を上げて、羅城門の兵が動き始める。その兵は物の怪も亡者も次々に駆け始め、黒姫たちに向かった。

 

「行くぞ、皆のもの!」

 

「おう!」

 

 橘が馬を走らせ、黒姫たちが続く。

 

「逃がすな! 追え、追え!」

 

 その後ろから羅城門の兵が猛追する。

 

 羅城門の兵の中には死んだ馬にまたがった亡者からなる騎馬隊もおり、それが橘たちに急速に迫っていた。

 

「敵の騎馬隊に追いつかれそうだな。適当に相手して蹴散らすぞ」

 

「承知だ。やってやろう」

 

 橘は死んだ兵から得た槍を構えて言い、黒姫は“怨熱”、絹御前は薙刀、化け狐たちは弓を構えて頷いた。

 

「一気に蹴散らす」

 

「亡者狩りだ」

 

 橘が馬を急旋回させ、黒姫と絹御前が続く。そして化け狐たちは騎乗から矢を亡者たちに向けて放った。

 

 矢で射抜かれた亡者たちが落馬する中に橘を先頭にして黒姫たちが突っ込んだ

 

「そらっ!」

 

「散れい、雑兵ども!」

 

 橘が槍を構えた騎兵突撃を実施し、横合いから殴り込まれた亡者の騎馬隊が崩れる。さらに黒姫が燃え盛る“怨熱”を手に突貫して亡者たちを次々に斬り倒した。

 

「橘様! 離脱を! 追手が迫っています!」

 

「ああ。行こう、絹御前殿!」

 

 絹御前が追いすがる亡者の騎馬隊を薙刀と狐火を持ってして撃退し、橘たちは再び血塗れ渓谷への撤退戦を続けた。

 

「いいぞ、いいぞ。ついてこい、悪鬼と亡者ども」

 

 橘は確実に敵を血塗れ渓谷に引きずり込んだのを確認してにやりと笑った。

 

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