戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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宴の後に

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 ──宴の後に

 

 

 酒宴は夜遅くまで続き、ほとんどが酔い過ぎて寝てしまうと橘は城を二の丸に出た。

 

「おう、橘殿。酔い覚ましか?」

 

「そんなところだ、杉山殿、椎葉殿、そして絹御前殿」

 

 二の丸には火竜衆の頭である杉山、そして椎葉と絹御前がいた。椎葉以外は酔いを醒ますつもりか白湯の茶のみを持って月見をしている。

 

「橘殿も白湯を飲まれますか?」

 

「いただこう」

 

 橘たちは二の丸に敷いたござの上にどしと座り込んでいる。

 

「橘殿。竜種はどうなされた?」

 

「まだ飲んでおる。このままだと城の酒は一滴もなくなりそうだ」

 

「竜種とはそのようなものだな」

 

 黒姫はゆっくりではあるもののまだ酒に強い武将たちと杯を交わしていた。

 

「しかし、椎葉殿が“ねくろまんしい”の件で杉山殿に話があるのは聞いていたが、絹御前殿はどうしてここに?」

 

 そう、杉山と絹御前という組み合わせは接点がなく奇妙である。

 

「はい。我ら物の怪も人の兵法を知ろうと思うのです。これまでは必要のなかったことですが、今は必要となっていますから」

 

「うむ。俺ら火竜衆は傭兵であちこちで戦った。石山本願寺との戦にも出たことがある。あの織田信長公の配下としてな。だから、それなりに兵法には通じておるつもりだ。それを教えておる」

 

「杉山様のお話が興味深いものばかりです」

 

 杉山も絹御前が相手だと笑みを浮かべている。美人を相手に渋い表情を浮かべる人間はそうはいないものだ。

 

 しかし、杉山もただ鼻の下を伸ばしているわけではなく、またその目には酔いにも勝る戦士の色が見えた。鋭く、剣呑な色だ。

 

「それでも今回の戦は経験したことのないものだ。敵を悪鬼や亡者と罵ることはあっても本物の悪鬼と亡者を相手にしたのは今回が初めてだ。それに物の怪が味方だということもな。全く人生長生きしてみるものだ」

 

「私たちも初めてのことばかりです。これまで人の中でも武士と我々物の怪が交わることなどありませんでしたか。多くの武士は人の世の理を守ることをその使命としておられますから」

 

 杉山が唸りながら白湯をちびちびと啜り、絹御前が柔らかい言葉でそう語った。

 

「俺も牢人として諸国の戦場を渡り歩き、多くの戦を経験してきた。それでも悪鬼を斬り、亡者を屠り、物の怪と手を結ぶ戦は初めてだ。しかし、戦の常識がそう変わるわけでもないと分かった」

 

「ああ。それには同意する。俺たちの戦は奴らに通じるぞ。しかし、椎葉殿から聞いたが不死となるとそうはいかないようだが」

 

 そこで杉山が椎葉の方を見た。

 

「不死は確かに常識に反することだ。この世の理はまだ生あるものはいずれ死ぬ定めにあるとなっている。やがてそれが変わるとしても今は不死の道は王道ではない」

 

 杉山の言葉に椎葉がそう語る。

 

「戦も政も全ては死を前提にして設計されている。将軍とて死ぬし、帝とて死ぬ。だから後継者についての法があり、それを巡った争いがあった。死というものがないことを、不死をこの世界はまだ受け入れていない」

 

「そうでしょう。それは物の怪も同じです。物の怪は長く生きることはあっても死なないというわけではないのです。寿命や病、そして争いによって死にます」

 

「物の怪がそうであっても驚くことはない。形あるものはいずれなくなるという思想は古今東西どこにでもあるほどだ。唯一の例外は神ぐらいのものだが、信仰によっては神すらもうつろうという」

 

「栄えたものもいずれは滅びると言いますね」

 

「だから私は不死とは変わらないものではないとは思っていない。石のように硬くあっても水の流れに削られる。そうであるならば流れに応じて変わりながらも、存在し続ける道を選べばいいのだ」

 

 絹御前が頷くのに椎葉がそう語った。

 

「それはどのような道なのだ、椎葉殿?」

 

「私もまだはっきりとは言えない。ただ、そういう道は必ずあるはずだ。今は模索を続けていき、いずれは全ての人間から苦しみをなくしたい」

 

 橘が尋ねると椎葉はそう言って首を横に振った。

 

「俺は長生きすれば面白いことに出会えるとは思うが、絶対に死にたくないとは思わんな。しかし、死ぬならば畳の上ではなく、戦場で武士として散りたいものよ」

 

「それについては俺も同意する、杉山殿。その死に全く意味がないことがもっとも恐ろしいことだ」

 

「そうだな。何かを成せれば死んでもよい。それが戦場に立つ男の矜持だな」

 

 橘と杉山は同じ戦場を転々としたものらしく意見があった。

 

「医者としては戦場で死ぬ人間がいなくなるぐらい医学が進歩してほしいものだ」

 

「ええ。戦場で死ぬものにも残されたものがいるのですから」

 

 椎葉と絹御前は彼らの意見とは相いれない。

 

「おうおう。なんだ、お前たち。もう酔いを覚ましておるのか?」

 

 そこで黒姫の声が聞こえたかと思うと頬をほんのり種に染めた黒姫がやってきた。

 

「ああ。そっちは随分と深酒をしたみたいだな?」

 

「まだまだ飲み足りんが酒は盛り上がって飲まんと面白くない。他の連中は化け狸も酔いつぶれてしまったからもう盛り上がらん」

 

 橘がからかうようにいうと黒姫がそう言って同じござにどすと座る。

 

「化け狐。わしにも白湯を持ってこい」

 

「畏まりました」

 

 黒姫が言い、絹御前が白湯を取りに行く。

 

「して、何を話していた?」

 

「不死について。それから戦についてだ」

 

「つまらん話だな。いかにもそこの根暗なやぶ医者が好きそうな話題だ。もっと華がある話はないのか?」

 

「そうは言われてもな」

 

 黒姫が橘の肩をゆすって急かすのに橘が困った表情を浮かべた。

 

「それではわしが話題を振ってやろう。こうして野郎どもが雁首揃えておるのだ。聞くことはひとつよ。どのような女子が好みだ?」

 

 にやりと笑って黒姫がそう尋ねた。

 

「俺はかかあがいる。かかあ一番と言うておかなければならんな」

 

「つまらんことを言うな。ほれほれ。欲望を吐きだしてみい」

 

 杉山がけらけらと笑って言うのに黒姫がずいと身を乗り出して尋ねる。

 

「それなら若くて胸と尻のデカい女だ。少し色黒だといいな」

 

「ほうほう。おい、やぶ医者。お前は?」

 

 そこで次は黒姫が椎葉に話しかけた。

 

「興味がない」

 

「まさか男の方がよいという口か?」

 

「私はそういう嗜好を否定はしないが、そちらにも興味がない。長く生き過ぎるとこうなるようだ。お前もそうなのではないか、竜種?」

 

「そうだな。わしも昔はいい男にときめいたりしたものだが、今ではさっぱりご無沙汰だな。わしが目が肥えたせいかもしれんが」

 

「また傲慢なこと」

 

 黒姫がにやにや笑いながら言うのに椎葉は肩をすくめる。

 

「橘。お前は?」

 

「俺か? そうだな……」

 

 橘の肩に手を回し酒精と甘い香りを漂わせながら黒姫が尋ね、橘はじっと黒姫の酔いのまわった顔を見つめた。

 

「お前のような女子がいいな」

 

「は……?」

 

 黒姫が言われた言葉の意味が分からぬというように一瞬ぽかんとする。

 

「ふっ! ははは! わしに惚れたか! よいよい! 見る目があるな!」

 

「冗談だ。龍神様は恐ろしい相手だよ」

 

「照れ隠しをするでない。これはよいぞ。その話を肴に飲み直すか」

 

「あまり飲み過ぎるなよ。明日敵が来ないとは限らんのだ」

 

 黒姫が上機嫌なのに橘は苦笑いを浮かべたのだった。

 

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