戦国のジークフリート ~牢人と龍神~ 作:第616特別情報大隊
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──縊鬼山への進軍
橘たちは椎葉が火竜衆の使う銃弾に不死を殺す呪いをかけ、さらに兵糧などがしっかりと準備されたのを確認して稲穂城を発った。
「概ね3日の日程で縊鬼山には到着するな」
ひとりで移動するならばもっと早く縊鬼山に辿り着くだろうが、軍隊というものはそうはいかない。
軍はもっとも遅い速度の兵科に速度を合わせる。今回の場合は兵糧や火竜衆の弾薬などを運ぶ輜重だ。輜重は重い積み荷を馬や牛で運ぶため、その速度は決して早くない。
だが、輜重がいなければ兵站が途絶え、兵は飢え、戦えなくなる。
「橘殿。行軍の経路は決めておるのだな?」
「岩戸衆のものたちが地図を作ってくれておる。それに従うし、後は黒姫が、な」
杉山は尋ねるのに橘が黒姫の方を向いた。
「あの辺りはわしの庭よ。案内してやる。ついて来い」
「だそうだ。黒姫の知識はこっちにとって白姫に対して優位な点になる」
白姫の軍は縊鬼山の地形を知らないが、橘たちは黒姫が知っている。それは間違いなく情報という面において白姫の軍に有利だ。
「それでは参ろう、橘殿!」
「ああ。又坐衛殿、化け狸は頼りにしている。化け狐の里ではそなたらの貢献は多大なものであったからな」
「城を一夜で作るのだろう? 橘殿も頼りになる御仁だ」
又坐衛門はすっかり橘を信頼しているようだった。
「化け狐たちも鍛錬の成果をお見せしますよ」
「そうであろうな、絹御前殿。そなたは杉山殿から兵法を教わったようだからな」
「ええ。それから鉄砲を少しながら西川殿から賜りました」
「ほう。そうなのか?」
絹御前が告げるのに橘が興味深そうにそう尋ねた。
「ええ。10丁ほどですが賜りました。杉山殿から訓練も受けております。きっとお役に立てるかと存じます」
「では、火竜衆には拠点で迎え撃つことを任せるが、化け狐たちには追撃を頼もう」
「承知」
それぞれの役割を再確認してから縊鬼山へと出立した。
縊鬼山の麓には小さな村落がいくつかあるが、山の中には集落はなく、ただただ自然のままの原生林が広がっている。
縊鬼山の中には地元の猟師たちが獣を狩るための獣道が幾分か整備されているのみ。他に街道などは僅かに小さなものがあるだけだ。それもほとんど未整備で馬車の車輪が何度も取られてしまう。
「押せ、押せ!」
火竜衆と物の怪たちがぬかるみに嵌った馬車を押し出し、歩みを続ける。
「構え! 奥せ! 根性を見せろ!」
「せい!」
皆が一致団結して縊鬼山を登り続けた。
「橘様」
「紅葉か。敵の位置は分かったか?」
ここで紅葉が合流。
「敵はまだ縊鬼山の麓です。兵を集結させているようであり、一気に縊鬼山を制しようというつもりなのでしょう」
「では、こちらも急がなければならないな。引き続き敵を監視してくれ」
「承知」
紅葉は再び情報を集めるために敵陣に向かった。
「橘。登ってくる敵を防ぐならここだぞ。他は傾斜が厳しくて登れん」
「確かに。皆、よく聞いてくれ。ここに城を作る」
橘はそう言って地図を指さす。指している場所は縊鬼山の斜面だ。
「杉山殿。これまで通過した村々に人をやって百姓たちを雇って来てくれ。人手が必要だし、西川殿から銭は受け取っている」
「合点」
火竜衆から馬に乗ったものが人手を集めに麓の村々に向かう。
「そろそろ説明してもらえるか、橘殿。城などすぐには作れないぞ」
「城と言ったが実際に作るのは化け狐の里を守ったのと同じ野戦築城だ。しかし、今回はもっと大規模にやる」
橘がそう言って縊鬼山の血を指さして説明を始めた。
「まずこの山の木々を切り倒して斜面に阻塞を構築する。馬防柵と土塁だ。敵の突撃を阻止し、矢を防ぐためのもの。これを3段に重ねて行う」
「ふむ。前よりもよっぽど大きなものだな」
「ああ。それから兵を配置する。火竜衆の鉄砲隊は1、2段目。物の怪の射手は3段目だ槍兵は全ての段の後方に」
又坐衛門が頷くのに橘がさらに指示を出した。
「さあ、敵が来るまでに城を作り上げるぞ。急げ!」
「おう!」
橘が指示を出し、物の怪と火竜衆が木を伐採し、そして土を掘り起こして陣地を作っていく。鉄砲のための銃眼が備わった土塁や馬防柵だ。
「人を連れて来たぞ!」
さらにそれらに麓の百姓たちが加わり、作業が進む。
橘は作業を指示し、ときとしてやって見せて教えながらも、周辺の地形を観察していた。黒姫もそれに同行している。
「他の場所は勾配が急で登るのは難しいな。確かにここだけのようだ」
「であろう? まあ、必要とあればわしがまた地滑りでも引き起こしてやる」
縊鬼山はそこまで高い山ではないが、なだらかな山でもない。
冥府山の火山及び地震活動の中で生じた山のひとつで勾配は厳しい場所が多い。かつては雨が降れば土砂崩れを起こしていたこともある。
最近では木々がしっかりと根を張ったことで土砂崩れの頻度は減った。だが、依然として勾配は急である。
「橘様。敵が動きました」
「不味いな。敵の規模は?」
「1万を僅かに超えないほど」
「ふむ。対するこちら2000程度。やれるか……?」
戦力差は5倍。圧倒的に橘たちが不利だ。
「橘殿! 城はできたぞ!」
「よし。敵が来るぞ、皆! 配置に就け!」
杉山が叫び、橘が命じる。
兵が一斉に動き、この縊鬼山を守るための砦へと配置に就いた。
「敵は他の道を通ることはできない。間違いなくここを攻撃してくる。そして、この陣地の正面に投入できる戦力は限られる。数の優位を敵は維持できない」
「ええ。ここで敵を迎え撃ちましょう」
「そして、勝利を」
橘たちが陣取るのはそれなりの勾配がある山の斜面であり、そこに阻塞が並べられ陣地が作られていた。
その3段構えの陣地にて火竜衆が、物の怪が敵を迎え撃つ。
迫る白姫の軍勢は白姫に下った大百足の配下である山姥の鬼ヶ夫人に率いられている。彼らの斥候が陣地を見つけ、鬼ヶ夫人に報告した。
「陣地があると? 迂回することは?」
鬼ヶ夫人は斥候に出ていた兵に尋ねる。
「他の斜面は登ることが困難な地形となっています。そちらを登ったとなると登っている途中で攻撃されるなどすれば甚大な被害が出ます」
「ふむ。相手の数は?」
「500から700程度と見ております」
「大した数ではないな」
鬼ヶ夫人が斥候の兵の言葉に頷いた。
「正面から撃破してやろうぞ。屍兵を前に出し、敵陣を蹂躙し尽くし、突破せよ。そのまま冥府山へと侵攻するのだ」
「はっ!」
鬼ヶ夫人の下に着いた物の怪の武将たちが頷き、兵を進めた。
「この広さでは進める兵は限られる。いかようにするべきか?」
「進められるだけの兵を全て進ませましょうぞ」
「うむ。そうしよう。数はこちらが優位だ。必ず勝てる」
そして、兵が山の斜面を登ってくる。
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