戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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物の怪の正体

……………………

 

 ──物の怪の正体

 

 

「牢人が腕を売りたい、と?」

 

「そうだ。物の怪を斬ろうではないか」

 

「物の怪の話が広まっておるのか」

 

 この黄葉城の主は横谷宗像という西川家の家臣のひとり。年中、金に困っているように気難しい顔をしてひょろりとした中年だ。

 

 武将として特に優れたるものがあるわけではない凡夫と言える男だが、忠誠心だけはあった。これまで横谷家のもので西川家を裏切ったものはいない。

 

 この戦国の世においてそれは貴重な素質と言える。

 

「物の怪は確かに出る。皆、恐れておる」

 

「ならば斬ろう」

 

「待て待て。まずは話を聞け」

 

 橘がずいと申し出るのを横谷が押さえる。

 

「恐らく物の怪は坊主の怨霊だ。だから、下手に刺激すると余計に祟られるかもしれぬ。近々僧を呼んで供養するつもりだ」

 

「坊主の怨霊? 獄楽という僧は本当に死んだのか?」

 

「それが分からんのだ。あやつはどうにも胡散臭い僧だった。そもそも本当に僧だったかも怪しい。だが、あやつを追い払ってから物の怪が出るようになった」

 

「では、死んだかどうかは?」

 

「分からん」

 

 なんだそれはという感想を誰もが思った。

 

 その僧が死んだかどうかも分からないのに物の怪の正体は坊主の怨霊だと言っている。何ともお粗末な話であった。

 

「わしが見定めてやろう」

 

 そこで黒姫がそう言い放った。

 

「ふむ。お主は?」

 

「とある霊験あらたかな僧の娘よ。わしならそれが本当に僧の怨霊か、あるいはただの物の怪かを見定められるぞ」

 

「ほう! それはよい。では、見定めてもらうとしよう」

 

 ほとほと物の怪に困り果てていたのか、その獄楽という僧と同じくらい胡散臭い黒姫の申し出を横谷はあっさりと受け入れてしまった。

 

「物の怪はどこに出る?」

 

「二の丸の井戸の傍だ。恐ろしい物の怪だぞ」

 

「では、参ろう」

 

 橘は横谷自らに案内されて二の丸の井戸へと向かった。

 

「あそこか?」

 

 二の丸にはそれこそ幽霊であろうと物の怪であろうと出てもおかしくないような薄気味の悪い井戸があった。

 

「今は誰もあの井戸を使おうとせん」

 

「物の怪はいつ現れる?」

 

「井戸に寄ってみよ」

 

 なるほど。近づくものを襲うのかと橘は井戸に歩み寄る。

 

 橘が井戸に近づくと突然風が吹き荒れた。だが、それを無視して橘は井戸に寄った。

 

「飢えておるのです……。流民が飢えておるのです……」

 

 そこでようやく物の怪が姿を見せた。

 

「ひいっ!」

 

「出た!」

 

 横谷と兵が悲鳴を上げる。

 

 それも当然。現れたのは首のない僧だった。ぼろぼろの僧衣を纏い、錫杖を握った首のない僧が恨めしい声を上げながら橘の前に姿を見せる。

 

「お前が物の怪か」

 

「飢えておるのです。食い物をくだされ」

 

「食い物はない。あるのはこれだけだ」

 

 橘が瞬時に抜刀し首なし僧に斬りかかる。

 

「何をするか!」

 

「斬るつもりだ。大人しく斬られろ、物の怪」

 

「ごめん被る!」

 

 首なし僧ははきはきとそう喋り、僧の周りに青い炎が浮かぶ。

 

「面妖な。だが、その程度のもの」

 

「燃えろ!」

 

 青い炎が橘に襲い掛かるが橘はそれ巧みに躱し、首なし僧に肉薄。

 

「物の怪を、斬る」

 

 斬撃が僧を袈裟懸けに斬るように放たれるも橘は戸惑ったような表情を浮かべた。人を斬った手ごたえがしなかったのだ。手に伝わってきたのはまるで豆腐でも斬ったような感触のみ。

 

「ひょえ!」

 

 首なし僧が悲鳴を上げて後退り。

 

「そこまで」

 

 そこで黒姫が声を上げた。

 

「狸よ。何をしている?」

 

「く、黒姫様っ!?」

 

 橘の後ろから黒姫が首なし僧を見るのに首なし僧が悲鳴染みた声を上げる。

 

「岩陰の化け狸であろう。岩陽で、このわしのシマで何をしておる?」

 

「そ、それは……その……」

 

「皆に正体を見せい」

 

「は、はい!」

 

 ぽんと気の抜けた音がすると首なし僧が姿を消し、1匹の子狸が姿を見せた。

 

「狸だと?」

 

「化け狸よ。人をからかって楽しむ悪戯坊主どもだ。さて、訳を申し開け」

 

 橘が眉を歪め、黒姫がそう命じる。

 

「岩陰の化け狸の里は落ちました! 大百足が裏切ったのです!」

 

「何だと? 岩陰の物の怪頭はお前たちの長であろう」

 

「そうです。代々岩陰の物の怪たちは化け狸の長である七兵衛八太郎に従っておりました。ですが、白姫です! あの化け物が来て何もかも……」

 

「ふうむ。何があった?」

 

「あの化け物は大百足とその一味に不死を約束し、他の物の怪たちを裏切らせたのです。七兵衛八太郎の親分は殺され、他の化け狸たちも大勢が……」

 

「そうであったか。だが、岩陽でわしが認めたのは化け狐どもだけだ。お前の言う流民というのも中身は狸どもだな?」

 

「お許しを、黒姫様!」

 

 こうなるとどっちが恐ろしい物の怪なのか分からない。

 

「そうだのう。久しぶりに狸鍋にするか。生きのいい狸が大勢おるようだからの」

 

「ひええ!」

 

 じゅるりと舌なめずりする黒姫を前に狸が震え上がる。

 

「待て。白姫が物の怪を従わせたというのか?」

 

「そ、そうです、お侍。白姫は物の怪たちを従わせております。俺たち化け狸やいくつかの物の怪たちは抵抗しましたがあえなく……」

 

「ふむ」

 

 項垂れる化け狸を見て橘が同情した。

 

「黒姫。このものたちを岩陽に住まわせてはくれぬか?」

 

「わしがそれで何の得をするというのだ」

 

「白姫を敵とするならば力になるやもしれぬ」

 

「ほう。わしに狸と手を結べと?」

 

 橘が言うのに不愉快そうに黒姫が問う。

 

「味方は多い方がよかろう。それともそこまでして狸鍋が食べたいか?」

 

「言いよる。そうだな、狸よ。ことによっては許してやる」

 

 黒姫が化け狸を見下ろす。

 

「お前がこの橘の家来になるのであれば許してやろう。お前とその一味もだ。裏切ったりしてみよ。一族郎党狸鍋だ」

 

「はい! 分かりました、黒姫様!」

 

 子狸は頭を地面に擦り付けてそう約束した。

 

「よいだろう。化け狐の里に行け。そこなら受け入れてもらえるであろう。白姫と戦うときは加勢せよ。恩を忘れるな」

 

「ははっ!」

 

 子狸は深く頭を下げるとそそくさと去った。

 

「全く。あんな化け狸に慈悲をかけるとはな。存外甘い男だな、お前」

 

「敵の敵が必ずしも味方だとは思わん。だが、白姫は岩陰国の物の怪たちを味方に付けているという。それに歯向かうものは多い方がいいだろう?」

 

「だからと言ってた化け狸どもをな。裏切るやもしれぬぞ?」

 

「その時は斬り伏せるのみ」

 

「真の武士だな」

 

 からかうように黒姫は笑った。

 

「横谷殿。この通り物の怪は払った」

 

「そ、そのようだな。いやはや驚かされた。狸だったとは!」

 

 橘が報告するのに横谷がこくこくと頷く。

 

「実によくやってくれた。今日は城に泊るがよい。酒でもてなそう」

 

「それはありがたい」

 

 そして橘たちは横谷によって黄葉城でたっぷりと酒をごちそうになった。

 

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