戦国のジークフリート ~牢人と龍神~ 作:第616特別情報大隊
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──無仏川の戦い
自分たちを主力に見せて進む橘たち。
物の怪たちは太鼓を叩き、歌い、笛を鳴らす。火竜衆も掛け声をひときわ大きく上げて自分たちの存在を誇示する。
「いいぞ。これで敵は我らを無視できまい」
橘はまるで万を超える軍勢が行軍しているかのように見える自分たちの軍勢を見て、満足気に頷いていた。
大百足の軍勢も橘たちが迫るのを見てこれを主力と考えたのか、渡河を阻止しようと対岸に布陣していく。そのことは先行する紅葉たちによって知らされた。
「大百足が釣れたやもしれぬ。このまま進むぞ!」
橘が兵たちを鼓舞し、兵はより一層音を立てる。
「橘様! 大百足が姿を見せました!」
「おお。成功だな。このまま引き付けるぞ!」
斥候が報告し、橘たちがこのまま大百足を誘引することを試みた。
ここで大百足軍の主力を引き付けておけば、西川軍が渡河して大百足軍を討つことができる。橘たちは囮だが、決して捨て駒ではない。
「前方に大百足軍! 数は1万を超えます!」
「やはり軍勢を隠していたか」
橘たちが無仏川の対岸に布陣するのに大百足軍の物の怪と屍兵たちが見えた。膨大な数の軍勢が布陣している。
「大百足! 出てきて俺と戦え! 七兵衛八太郎殿の仇討ちだ!」
「出てこい!」
又坐衛門たち化け狸がそう大百足の陣に向けて叫ぶ。
「我こそは大百足殿の配下がひとり牛鬼の大太郎五右衛門なり!」
そこで名乗りを上げたのは牛鬼の大太郎五右衛門だ。牛の頭をした鬼が甲冑を纏って巨大な槍を手に無仏川の対岸に姿を見せた。
「腕に覚えのあるものあれば出よ! 相手をしてやる!」
「俺が相手をする!」
大太郎五右衛門の名乗りに応じたのは橘だ。彼が前に出た。
「橘殿! ここは我々が!」
「ならん。お前が倒れれば士気に響く」
又坐衛門が声を上げるがそれを橘が押さえた。
確かに高度な訓練を受けている橘と少し訓練されただけの又坐衛門では練度に差もある。ここは橘が前に出るべきだ。
橘は前に出て大太郎五右衛門が川を渡って橘の前に立つ。
「牢人。覚悟しろ」
「貴様こそな、悪鬼」
大太郎五右衛門が槍を構え、橘は刀を構える。
その体格差においても、槍と刀という武器の差においても、圧倒的に大太郎五右衛門が優位。
「その首貰おう!」
「そう簡単にやりはせん!」
大太郎五右衛門が槍を突き出してくるのを橘が捌く。
猛烈な大太郎五右衛門の攻撃を橘は巧みに捌くが、橘の方から一撃を浴びせることもできず、状況は拮抗していた。激しい金属の音が無仏川に響き続け、橘と大太郎五右衛門が殺し合う。
「守ってばかりか、牢人!」
「貴様こそまるで攻撃が通っておらんぞ!」
大太郎五右衛門が嘲るのに橘がそう煽り返す。
橘はあえて殺し合いを長引かせていた。そうすれば無駄な出血なく、敵の注意を自分たちの方に引いておけるのだから。
これが正面から注意を引くとなれば合戦となり自軍にも被害がでる。まして川を挟んでいるのでは被害は確実だ。
橘は西川軍が渡河を完了するまで時間を稼ぐつもりである。
「ええい、小賢しい! 仕留めてくれる!」
大太郎五右衛門が猛攻を仕掛けるのを橘はいなし続け、大太郎五右衛門がますます苛立っていく。
「攻撃が荒くなってきたぞ?」
持久戦になれば人間である橘が不利になるのだが、橘は相手を挑発し、自分は冷静に少ない動きで応じるため橘の消耗は少ない。
橘は大太郎五右衛門を撃破するよりも、とにかく怒らせ、引き付けることを狙った。
「大太郎五右衛門!」
そこで橘と激戦を繰り広げている大太郎五右衛門を呼ぶ声がした。
「大百足様!」
現れたのは輿に乗った大百足だ。
「退け。お前を失うわけにはいかん。そのような牢人と一騎打ちをする必要はないのだ。我々は数で勝っている。数で押しつぶせばよい」
「承知」
大百足の指示で大太郎五右衛門が川の向こうへと引き、それと入れ替わるように物の怪と屍兵は前に出た。
「まだ西川殿が渡河しておらぬだろう。時間を稼がねば」
「前に出ろ! 大百足の手下どもを倒せ!」
橘が言い、又坐衛門が声を上げる。
「ものども、前へ!」
「構えろ!」
絹御前の合図で化け狐たちが弓矢を構え、火竜衆は杉山の合図で鉄砲を構えた。
「進め!」
「おおおおっ!」
大百足の号令で屍兵を先頭に大百足の軍が無仏川を突破して進んでいくる。
「撃てえ!」
火竜衆の構える鉄砲が一斉に火を噴き、屍兵たちを叩きのめした。火竜衆の使う弾には椎葉が呪いをかけているため亡者である屍兵はあっさりと倒れる。
「射手、矢を放て!」
さらに無数の矢が大百足の軍勢に降り注ぎ、ばたばたと兵が倒れた。
しかし、それでも相手は1万を超える数だ。多少の打撃では意味をなさない。
「進め! 大百足様のために!」
「おおおおっ! 進めえ!」
屍兵を盾にして物の怪たちが無仏川を突破し、対岸に到達。そのまま橘率いる軍勢との乱戦に突入した。
「槍を構えろ! 押し返せ!」
「おうっ!」
化け狸たちが槍を構えて前に出る。無数の槍が突き出され、屍兵も物の怪も突き殺された。それでも大百足軍は止まらない。
「橘。加勢してやる」
「頼むぞ、黒姫」
ここで黒姫が戦いに加わり“怨熱”を振るう。
「ほうれ! 撫で斬りにしてやるぞ!」
「突破を許すな!」
黒姫と橘が前線で暴れることによって大百足軍の歩みが遅くなる。
「撃てえ!」
火竜衆と化け狐たちは引き続き鉄砲と弓矢で攻撃を続け、物の怪と屍兵を薙ぎ倒した。だが、そろそろ前線を支える化け狸たちが押され始めている。
「不味いぞ。陣が崩れる」
橘がそう呻いたとき雄たけびが遠くから響いてきた。
「我に続けえ!」
西川軍だ。渡河を完了した西川軍の騎馬隊が菅沼を先頭に大百足軍の脇腹に突っ込んできた。見事なまでの騎兵突撃が成功し、大百足軍に動揺が走る。
「今だ! 押し返せ!」
橘たちは反撃に出て大百足軍を対岸へと押し戻そうとする。
「押せっ! 押せえ! 根性を見せろ!」
「皆のもの! 頑張ってください!」
又坐衛門と絹御前が掛け声を上げ、懸命に津波のように押し寄せていた大百足軍に立ち向かう。ひたすら攻撃に出たことと菅沼の騎兵突撃もあって次第に大百足軍が押し戻されて行く。
「橘殿! よくぞ持ちこたえてくれた!」
「西川殿!」
さらに菅沼に続いて西川軍本隊が到達。
「このまま大百足軍をここで撃滅する! やるぞ!」
「おお!」
橘たちは西川軍と挟み込む形で大百足軍を攻撃。
「大百足様を逃がせ! ここは撤退だ!」
そして、ついに大百足軍が崩れた。
ばらばらになった彼らが撤退していく。
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