戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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戦が終わったのちのこと

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 ──戦が終わったのちのこと

 

 

 次の目標を黒鬼城に定めた西川軍だったが、そのための兵糧を集める時間が必要だった。そのため暫し赤鬼城に留まっている。

 

 そんな中で橘が西川に呼ばれた。

 

「橘殿。そなたの戦働きは目覚ましいものがある」

 

 西川はそう言って話を切り出した。

 

「そなたは牢人と言えどそれに報いねばならぬだろう。そこで私の娘の婿養子となって、その家格を以てして岩陰を治める気はないか?」

 

「私が岩陰を?」

 

「そうだ。北右近殿はもう死んでおるだろう。岩陰の武士たちも。そなただけが生き残りだ。そうであるが故にそなたが岩陰を治めるべきなのだ」

 

 西川からの申し出は意外なものであった。

 

 彼はただの下級武士であった橘を岩陰という一国の主に使用としているのだ。いくら自分の養子とした上だとしても破格の扱いだろう。

 

「どうであろうか? そなたもこの戦のあとのことを考えねばならぬことは分かるだろう。白姫を討った後もこの岩陰は残るのだから」

 

「ええ。しかし、その任は私には重すぎます。辞退させていただきたい」

 

「そうか。そうであるならばそなたの意見を尊重しよう」

 

「代わりにひとつお願いしたいことがあります」

 

「なんだろうか? 可能な限り便宜を図ろう」

 

 橘が告げるのに西川がそう尋ねた。

 

「私に忘却神社の神主の職をいただきたい」

 

「忘却神社の神主になりたいのか? しかし、あそこは……」

 

「自分で畑でも耕して食っていきましょう。荒れた境内も自分で片付け、整えましょう。ただ、神主の職だけいただければそれで結構」

 

 忘却神社は荒れ果て、何もない場所だ。祭りすらなく、氏子がいるかも怪しい。

 

 そんな神社の神主になったところで何の意味もないだろう。

 

 それでも橘はその地位だけを望んだ。

 

「分かった。では、忘却神社を管理している菅沼と話しておこう。恐らくは菅沼も異論はあるまい。しかし、本当にそれでいいのだな?」

 

「はい。それでいいのです」

 

「うむ。分かった。時間を取らせてしまったな」

 

「いえ」

 

 橘は西川に頭を下げて退席した。

 

「橘」

 

 そこで黒姫が姿を見せた。

 

「聞いていたのか?」

 

「ああ。随分と馬鹿なことを言い出したな」

 

 橘が尋ねるのに黒姫が呆れたようにそう言う。

 

「今からでも岩陰を貰ってこい。わしの神社なんぞ貰っても何にもならんぞ」

 

「いや。俺に大名など務まらん。そんな器ではない」

 

「では、他に貰えるものがあるだろう」

 

 首を横に振る橘に黒姫がそう告げる。

 

「この戦が終わればまた戦の前に戻るだけ。俺にはもう何も残されていない。できればこの戦で死にたいぐらいだ」

 

「何を馬鹿なことを」

 

「いいから聞いてくれ。この戦が終わったとて俺の家族は戻らん。それだけは確かな事実なのだ。だが、俺は今から新しく家族を作るような気にもなれない」

 

 黒姫が僅かに憤るのに橘が続ける。

 

「だから、この戦が終わったらお前と余生を過ごしたい。お前と酒でも飲んで一緒に過ごすことぐらいが俺が望める幸せであろう」

 

「橘……」

 

「どうだ? お前はどう思う?」

 

 黒姫は見たこともないような困惑した顔をしているのに橘が尋ねる。

 

「……好きにせい」

 

 黒姫はただそう言って橘の前を去った。

 

 それから西川軍は兵糧を十分に集め、前進を再開した。

 

「橘殿」

 

「どうした、椎葉殿?」

 

 次の攻撃目標である黒鬼城に進む道中で椎葉が橘に話しかけてくる。

 

「今日は竜種がやけに大人しいが何かあったのだろうか?」

 

「少し戦が終わった後の話をしてな」

 

「ふむ。どのような?」

 

「俺はこの戦が終わったら西川殿から忘却神社──黒姫を祀っている神社の神主の職をもらうつもりだ。そのことで黒姫は困惑しているようだった。もっと利益になるものをもらえという感じでな」

 

「それは確かに竜種らしい考えではあるが。しかし、橘殿はどうしてあの竜種などを祀っている神社の神主などに?」

 

「俺には古い友も家族もいない。全て白姫に奪われた。だからだ。だから、この戦が終わってひとりになるぐらいな黒姫と、と思ってな」

 

 椎葉も怪訝そうにするのに橘はそう返した。

 

「……橘殿。まさかあの竜種に本気で好意を抱いているのか?」

 

「そうかもしれん」

 

「であるならば、そなたの好きにされるがいい。そなたの人生だ」

 

 椎葉はそうとだけ言ってそれ以上追及しなかった。

 

 西川軍はそのまま前進を続け、黒鬼城に向けて前進。

 

 しかし、そのまま黒鬼城に攻め入ることはしなかった。

 

「黒鬼城はとても強固な城だ」

 

 軍議の場にて西川がそう言う。

 

「何の策もなくそのまま攻め入れば手痛い打撃を受けよう。よってここは敵を城から釣り出そうではないか」

 

 西川は攻城戦を容易にするための野戦を計画したのだ。

 

「黒鬼城の傍には川が流れる。その川の上流に陣を布く。そして、そこに兵を集めて敵を釣り出す。こちらの数を多く見せ、敵に城に攻め入られれば負けると思わせるのだ」

 

「なるほど。しかし、白姫は守りに入っています。釣れるでしょうか?」

 

「釣らねばならん。そして、さらには合戦で勝利しなければならない。そのため十分な備えをしておく必要がある。陣を整えておくのだ」

 

 武将のひとりが尋ね、西川が地図を示す。

 

 彼は岩戸衆が作った地図を見ながら、どこにどう野戦陣地を設置するのかをずっと考えていた。今、その考えを披露する。

 

「かねてより野戦築城は我らの得意とするところ。また得てして攻めるより守る方が優位。ここは敢えて敵に先に打たせ、それから返す刀で黒鬼城に攻め入るのだ」

 

「なるほど。それは良い案だと思います、御屋形様」

 

「では、人を集め、早速築城にかかるぞ」

 

 岩陰の村々の多くは無人だったが、山間の目の届かない場所にはまだ人がいた。それらを集めて西川軍は野戦築城を開始。

 

「太鼓を叩け! 喝采を上げろ!」

 

 それからより多くの兵が士気高く集結しているように見せるため太鼓が叩きならされ、兵士たちは大声で叫ぶ。

 

 何が困るかと言えば野戦築城が不十分であることより、敵が合戦に応じないのが一番困る。そうなると守りに長けた北家が誇る黒鬼城に無策なままに攻め入ることになってしまうのだ。

 

「敵は来るのでしょうか?」

 

「来なければまた我らで忍び込むことになるかもしれない」

 

 絹御前が心配そうに尋ねるのに橘がそう返す。

 

「橘様。ところで、黒姫様には何かあられたのですか?」

 

「ん? そういうと黒姫に妙な様子でもあったのか?」

 

「ええ。今日はお酒もあまり飲まれず、ぼんやりとしておいででした」

 

「そうか。それは困ったな」

 

 絹御前の言葉に橘はそう呟いた。

 

「俺も少し考えなければならないな。無条件に受け入れてもらえると思っていてしまった。黒姫にも考えはあるだろう」

 

 橘はそう言って遠くに見える黒鬼城を見つめる。

 

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