戦国のジークフリート ~牢人と龍神~   作:第616特別情報大隊

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落葉城城下町

……………………

 

 ──落葉城城下町

 

 

 橘たちが岩陽国の主君西川友三が座す落葉城のその城下町に到着したのは黄葉城を出てから半日ほどのことだった。

 

「ここが落葉城城下町だ」

 

「ほう。また人間ばかりわらわらと湧いたものよ」

 

 まだ日は高く、活気のある城下町の様子を見て黒姫が呆れたように息を吐く。

 

「やれやれ。人間という奴は本当に次から次に生えてくるのだな。雨後の竹の子とてもう少し慎みがあるだろうに。ネズミのように無駄に増えよって」

 

「悪いことだと思っているのか?」

 

「そりゃあそうだろう。人が増えるから争いが増える。人が多ければ必要なものも増えるし、戦に駆り出せる人間も増える。あっちこっちでドンパチ、ドンパチとやかましいことこの上ない」

 

「確かにな。だが、人が増えたからこそ美味い酒も生まれたのだぞ」

 

「それについては文句はないぞ」

 

 橘が呆れたように言うのに黒姫はただ笑った。

 

「それで。本当に菅沼殿と顔見知りなのだな? このまま落葉城に向かうのか?」

 

「その前に少しばかり酒を楽しんでいきたい。気楽に飲みたいのだ」

 

「分かった。まだ日は高いが付き合おう」

 

 黒姫が言うのに橘が手ごろな店に入り、酒と肴を頼んだ。

 

 日が高いが酒を飲んでいる人間はそこそこいた。

 

「岩陰国のこと、聞いたか? 恐ろしい物の怪が済む場所になってしまったそうだぞ。旅の商人がそう言っていた。村という村に化け物がいると」

 

「どんな化け物だい?」

 

「死人が歩ているんだよ。首のない侍やら肉が腐った百姓とか、そういう物の怪どもが岩陰国に溢れていると。とある僧が言うに地獄の釜が開いたらしい」

 

「随分と物騒なことを言う僧だな。またぞろそうやって百姓どもを扇動して一揆でも起こさせようってのかね」

 

「本当に地獄の釜が開いたのかもしれんぞ。死人が歩いているのだからな」

 

 どうやら岩陰国の噂は庶民にも流れているほどらしい。

 

「死人が歩き回るのを南蛮の妖術なのか?」

 

 そこで橘がそう尋ねた。

 

「心当たりがある。“ねくろまんしい”という妖術が南蛮には存在する」

 

「それはどういうものなのだ?」

 

 豆腐を摘まみ、ぐびりと酒を飲み干して黒姫が言うのに、橘が首を傾げる。

 

「死霊術と日本語では言うこともある。生き物の魂を弄ぶ外法も外法よ。死体や怨霊を操り“ぞんびい”や“ぐうる”という手下とすること。それから自らを不老不死にするということを試すものだ」

 

「不老不死だと」

 

「そうよ。死霊術の究極的な目標は不老不死。大昔からどいつもこいつも目指して来た阿呆な夢物語だ。全く馬鹿らしい」

 

「白姫が不老不死ならば殺せんぞ」

 

 本当に馬鹿にしているように黒姫が酒を片手にそう言うが橘はそう訴える。

 

「お前、本当に不老不死なんてのが実現できると思っとるのか? 阿呆よの。老いること、死ぬこと。それをちゃあんと分かっておらん証拠だ」

 

「そうなのだろう。教えてくれ」

 

「まず老いと成長の区別はつくか? 赤子が言葉を喋り、歯が生えて乳から粥に食事が変わる。それは成長か、それとも老いか?」

 

「それは成長であろう。老いとは体の衰えではないのか?」

 

「では、お前は5年前と今、どちらが強いと言える?」

 

「それは……分からん」

 

「そういうことだ。不死も同様。死には病や怪我の苦痛から逃れるための側面もある。時として死は救い。無理やり生き続けたところでよい結果になるとは限らん」

 

 橘が唸るのに黒姫がそう語った。

 

「そもそも不老不死などこれまでどいつも実現できておらん。昔から不老不死とは権力者の醜い欲であり、御伽噺の世迷い事よ。クソくだらん」

 

 黒姫がくくっと低く笑い残った酒を全て飲み干す。

 

「いろいろなことを知っているのだな」

 

「伊達に長く生きてはおらん」

 

 橘は黒姫が見た目以上に聡い女であることを知った。

 

「さて、そろそろ行くか。城にはもっといい酒もあるだろう」

 

「ああ。行こう」

 

 橘たちは通りに出る。

 

 落葉城のある落葉の街はそこそこに栄えている。

 

 それは堺の街や京の街、今や天下の安土の街に比べれば田舎も田舎。市場に並ぶ品は魚ばかりで珍しい品などない。

 

 だが、それでも人々はそれなりに満足している。

 

「首のない侍が首塚平原にも出たそうだ。恐ろしい、恐ろしい」

 

「御屋形様はどうなさるのだろうか……」

 

 だが、その暮らしに暗雲がかかるように恐ろしい噂が流れていた。

 

「首塚平原は岩陽と岩陰の国境。白姫は岩陰国から打って出るつもりか」

 

「岩陰は風水的に陰陽の陰の気が強い。死という陰の気を操る死霊術にとっては打ってつけの地というわけよ。南蛮には陰陽思想はないが、白姫はこの地を訪れるにおいて学んだのだろう。面倒な化け物だ」

 

「南蛮にはどのような考えがあるのだ?」

 

「わしも詳しくは知らぬぞ。ただ四元素という考え方はあるそうだ。火、風、水、土の4つの物質にこの世の全ては説明できるという思想だ。道教の五行思想に似ておるから思想としてそう目新しいものでもないが」

 

 黒姫が少し考えながらそう説明した。

 

「例えばだ。わしは冥府山と無惨川を治めておる。五行思想においては荒ぶる冥府山の火と土をまず司る。無惨川は溢れる流れる水。そして山には木があり、鉄という金がある。わしという存在は五行を内包しておるのよ」

 

「ふむ」

 

 黒姫が語るのを橘がじっと聞く。

 

「これが南蛮の四元素となると冥府山の火と土、無惨側の風と水となる。というようにいずれでもわしのことは説明できる。もっともわしはこの森羅万象が5つや4つの属性で説明できるほど単純だとは思っておらんがな」

 

 これはあくまで人がでっち上げた思想であって現実とは違うであろうと黒姫。

 

「俺はお前と違って無学な男だ。己の腕力と技量だけで生きてきた。だが、俺も学ぶべきなのだろうか? 敵の思想について」

 

「やめとけ、やめとけ。馬鹿の考えなんとやらだ。生兵法は大怪我のもとというだろう。人には役割というものがある。考えるのができんのであれば考えることができるものに任せよ。わしのようなものに、だ。お前は刀を振り回しておればよい」

 

「そうだな。今さら学べるとは思えん」

 

「かねてより学びのできるのは余裕があるとき。人生に余裕がなければ学んでなどおられん。生きるのが何よりも一番であり、ただ生きるのであれば今を把握しておくだけ十分だからな」

 

 そう言いながら黒姫は市場の商人に冷やかしをしながら城下町を進む。

 

「今を把握することこそ学問ではないのか?」

 

「お前は今日を生きるのに五行や四元素がどうたらという屁理屈を必要とするのか? 働き、飯を食い、酒を飲んで寝るだけの生活に僧侶博士のご高説はいらん。違うか?」

 

「俺の人生はつまらんものだ。俺は武具を振り回して殺すことしかできん。しかし、俺が病になれば医者が必要になる。その医者は病を癒すため今を把握することにおいて俺より数段上のものが必要であろう?」

 

「だから医者になるのは坊主や武家や商家の人間など余裕があるものだけよ。余裕のない百姓の家に生まれた医者がおるか?」

 

「見たことはないな」

 

「そういうものだ。ただ忌まわしい話であるが、余裕というものがあるからこそ考えるべきでないことを考える。死霊術もそれよ。人生で時間を持て余しているから死体を弄ろうなどと考える。真に阿呆な話だ」

 

 忌々し気に黒姫が語り、橘たちは落葉城を目指した。

 

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