「ふっふふーんふっふふーん。今日はトレーナーさんとお買い物ー」
「ご機嫌だなヒシミラクル」
「そりゃそうですよ!この間なんて、山に行ってまで水泳トレーニングをやらされましたからね。こうして息抜きでもしないと、やってられませんよ」
「悪かったって。その代わり、今日はヒシミラクルの行きたいお店に付き合うし、お昼は俺がおごるよ」
「やったー!何たのもっかなー。お寿司にステーキ、パフェにパンケーキ―」
「お手柔らかにな」
はたから見てもわかるくらい、はしゃいでいるヒシミラクルに、トレーナーは連れてきてよかったなと思った。
そんな時、鼻歌を歌っていたヒシミラクルが家具屋の前で足を止めた。
「ト、トレーナーさん…!」
「どうしたんだヒシミラクル?」
「あれ見てください。すっごくおっきくてふかふかのベッドですよ!」
ヒシミラクルは小さく歓声を上げながら、いそいそと展示品であるベッドに寝ころんだ。
「わたしこういう家具屋で一日過ごすの、すっごく好きなんですよ。特にこんなでっかいベッドには目がないんですよねー」
「そうなんだ。なんだか休みの日も、ヒシミラクルらしい過ごし方をしてるんだね」
「あー。トレーナーさん、こういう過ごし方の良さがわかってないなー。
トレーナーさんも横で寝てみたらわかりますよ」
「えっ?」
トレーナーは思わず耳を疑った。
ズブいズブいとは思っていたが、まさか異性を隣に来させるほどズブかっただろうか。
逡巡しているトレーナーに、ヒシミラクルは少しだけ恥じらうような視線を向けた。
「えーっと、もちろんこんなことトレーナーさんじゃなきゃ言ったりはしませんけど、気が進まなければ別にいいですよ…」
「…それじゃあ、お邪魔します」
トレーナーは遠慮がちに、ヒシミラクルの隣に寝転がった。
ベッドの匂いに混じって、トレーナーの匂いをかぎとってしまったヒシミラクルが、なぜか急に恥ずかしい気分になり、その気持ちをごまかすようにまくし立てた。
「ほ、ほらほらどうですか、トレーナーさん?ふかふかで、腕だってこんなに伸ばせちゃって、すごくいいベッドでしょ」
「これは…、たしかに気持ちいい」
「そうでしょうそうでしょう。きっとこんなベットで眠れたら、どんな厳しいトレーニングをされても、次の日には気分爽快!完全リフレッシュ!しているはずなのにな〜」
わざとらしくチラチラ見てくるヒシミラクルに、トレーナーは苦笑した。
「まぁそうなってくれたら、俺ももっと容赦なくミラ子をトレーニングできるから、いつか買ってもいいのかもな」
「ひどっ!トレーナーさんは、本当に鬼トレーナーですね!そんな人の言うことを聞くのなんて、わたしぐらいしかいないんですから、いつか絶対に買ってくださいよ!」
「はいはい」
「むぅ。わたしはこの約束、絶対に忘れませんからね」
2人の視線が、ベッドの上でふいに重なり合った。
確かに、こうして目線が合うのは悪くないのかもしれないと、どちらかあるいはどちらもがそう思い、2人は遠い未来でも、お互いが一緒にいることを疑わず、楽しそうに笑いあった。
「ご来店ありがとうございました」
家具屋で働く、さやか(24歳彼氏なし)は、死んだ目で、去ってゆくウマ娘とトレーナーとおぼしき男性を見送った。
眩いほどの青春の紫外線のせいで、一気に老け込んだ気がする。
私にも、あんな時期が、あった?あったよね?
どんなクレーム客よりも、1番きつい精神的ダメージを負った気がするさやかだった。
「君ちょっといいかね?」
「はーい。どうなされました…か…」
さやかが振り向いた先に、燕尾服を着た男性が、なぜだか下半身だけブーメランパンツを履いた状態で立っていた。
「…お客様、その格好はどうしたんでしょうか?」
「なに。そのベッドを見ていたら、ズボンが勝手にはじけてしまってね」
ひと目見た瞬間から、歴代ぶっちぎりでやばい客だった。
さやかの警戒レベルがマックスに振り切れる。
「それよりも、そのベッドを売ってくれ」
「お客様。このベッドは展示品でありまして、お売りしているわけではないんです」
「そんな事はどうでもいいから売ってくれ。何なら言い値で買おう」
「そういう問題ではないのです」
「言い値で買うっつってんだろ!早くワシにそのベッドの感触を堪能させろ!」
「もしもしポリスメン?」
「あっ!こいつ警備員まで呼びやがったな!止めろ!ワシは紳士じゃ!見てわからんのか!?」
「うるせえ!とっとと歩け変態!」
引きずられていく変態を見ながら、さやかはポツリと呟いた。
「…彼氏作ろう」
できれば、さっきのウマ娘の子みたいに、うんと幸せそうな顔にしてくれる男性がいい。
そう高望みをして、さやかは自分の仕事に戻っていった。