――サクラバクシンオー。
どれだけ飲んでも特に変化がないくらい酒には強い。
バクシーンの掛け声とともに2リットルのビールジョッキを一気飲みする『バクシン飲み』という宴会芸を得意とするようになる。
――マヤノトップガン。
初めてのお酒は綺麗な夜景の見えるレストランだった。
トレーナーに祝ってもらう20歳の誕生日は、ちょっとだけ特別な日になる。
出会った時よりもトレーナーを身近に感じるのは、それだけ成長したからだろうか?
いつからか可愛いという誉め言葉が、綺麗だと言われるようになったことがマヤにとってはくすぐったいけど嬉しかった。
「ねえトレーナーちゃん。マヤって綺麗になった?」
「ああ、もちろん。君はいつでも最高に輝いているよ」
でも、この胸の高鳴りだけはいつまでたっても変わらない。
今日マヤは少しだけ大人になる。
シャンパングラスで乾杯をして、初めてのお酒を飲んだ。
「……」
超絶苦み走った顔をしたマヤは速攻で残りのお酒をトレーナーに渡しキャロットジュースを注文しなおした。
このキャロットジュースの甘さを忘れられるまで、マヤはもう少しだけ子供でいようと決意した。
――スーパークリーク。
同棲している部屋で初めてお酒を飲んだクリークが、まさかの赤ちゃん言葉で甘えてくる異常事態発生!
これには長年一緒にいるトレーナーも驚きのあまり言葉を失った。
普段からしっかりしていて、誰かを甘やかすことが大好きな彼女の予想外の行動に、トレーナーはビデオでその姿を撮りながら存分に甘やかしてあげるのだった。
「よーちよちよち!」
「あぶぶっ!きゃっきゃ!」
あのクリークが、おしゃぶりを咥えて膝の上に寝転ぶ姿に感動すら覚える。
翌日にオグリキャップとタマモクロスを交えての、『トレーナちゃん、甘やかしてくれないと、ヤッ!』というタイトルのビデオ鑑賞会は大反響を呼び、クリークを除いた全員を大爆笑させた。
なお上映されている間、クリークは真っ赤になった顔を手で隠して、部屋の片隅で死んでいた。
――ウォッカ。
初めてのお酒に自分と同じ名前のウォッカを飲む。
トレーナーが度数が高いので一気飲みはやめたほうがいいという忠告も無視して、まるで麦茶でも飲むかのように一気飲み。
一秒で吐いた。
まじい!と叫ぶが、ある程度飲んでしまったので後の祭りである。
40度もアルコール度数があるお酒を一気飲みした代償はでかく、頭は痛くなるし、気持ちが悪くなる。
トレーナーに叱られながら、その膝を枕にして寝ていたウォッカは普段思っているが決して口にしていなかった自分の気持ちを口にしてしまう。
「俺はお前がいないとダメなんだぞ!」
「はいはい」
「なのに、他のウマ娘たちにデレデレとしてばっかりで、俺だけ見るようにしろ!」
「見てない見てない。俺は昔から今までずっとウォッカ一筋だよ」
ということを言っていたらしい。
次の日にスカーレットが、悪魔のように意地の悪い顔してその時の動画を見せてきた。
死にたくなった。
動画の自分は、まんま自分の父ちゃんが酔っぱらって母ちゃんに甘えている姿だった。
まさかカッコ悪いと思っていた父ちゃんと同じ姿をとっているなんて。
ウォッカは今度家に帰ったら少しぐらい父ちゃんに優しくしてあげようと思った。
――グラスワンダー。
私飲めませんという顔をしておきながら、底がないほどのざる。
大食いの勝者はスペシャルウィークに譲ったが、酒飲みの勝者は譲らない。
飲ませるだけ飲ませたトレーナーはべろんべろんだ。
完全に掛かっていますね。一息つけるといいのですが。
そのままタクシーに乗せられて、向かう先はグラスワンダーの実家。
親が酒で酔ったトレーナーを見たとき、母親はあなたもなのねと嬉しそうに言って、父親はまるでかつて自分にもこんな時があったと言うような懐かしさと少しばかりの同情が混じった目をしていた。
グラスワンダーの部屋には一つの布団に二つの枕。
もはや独走状態。
笑顔でやっていることがえげつない。
「ふふっ、これからもよろしくお願いしますね。トレーナーさん」
次の日の朝、隣でグラスワンダーが寝ている時のトレーナーの反応はどうだったか、それは二人しか知らないことである。
――マルゼンスキー。
ボロボロのアパートの一室で、マルゼンスキーは湯呑みについだ酒をグイっと飲みほした。
アルコールでよどんだ目に、ブラウン管テレビの中で華やかに走るウマ娘たちが映った。
「けっ!私だって足の怪我さえなければあなたたちと一緒に走ってたんだから!」
過去の栄光を思い出し、今の自分を忘れるためにマルゼンスキーはもう一度酒をあおった。
「ただいまー」
玄関からトレーナーが帰ってきた。
夕日が差し込む部屋の中で、酒臭い部屋の様子からマルゼンスキーがまた長い時間酒を飲んでいたとトレーナーは察した。
「マルゼンスキー。体に悪いからそんなに酒を飲むのはやめるんだ。じゃないとレースに復帰できなくなる」
トレーナーの忠告にマルゼンスキーはやけっぱちに笑った。
「ふん!こんな足になったウマ娘が今更昔みたいに走れるものですか!」
グイっと酒を飲み干して、湯呑みを壁に投げつけた。
軽い音を立てて割れた陶器を、トレーナーは痛ましそうな目で見て無言で片づけた。
マルゼンスキーはその献身的な態度が気に食わなかった。
「トレーナー君はいいわよね。自分の好きなトレーナーを続けれて、若くて才能のあるウマ娘たちを育てるのは楽しいでしょ。
そのくせ私はこうして昼間っからトレーナー君のお給料で、ダラダラとお酒を飲んでるだけ。
私みたいな年増なんておよびじゃないわよね」
「そんなわけないだろ!僕は今でも君が他のウマ娘たちよりも速く走れることを信じてる。
だから、今はゆっくりと体を治してまた僕と一緒に走ろう」
「まだ言うの!」
マルゼンスキーはトレーナーの頬を叩いた。
トレーナーがしなっと倒れて、さめざめと泣きだした。
その弱った姿は酒で酔ったマルゼンスキーの嗜虐心をそそった。
舌なめずりして、マルゼンスキーはそトレーナーの腕をつかむと敷きっぱなしの布団へと連れていく。
「ふふふっ、こっちに来なさいよ。天国に連れて行ってあげるわよ」
「いやっ!酒で酔った勢いでなんてだめだ!」
「ぐへへっ。嫌がってても、体は正直ね…!」
献身的に支えてきたトレーナーはマルゼンスキーの乱暴な態度に、ついに愛想をつかして実家に帰ってしまう。
意地を張るマルゼンスキー。
傷心のトレーナーをかっさらおうとしてくるシンボリルドルフとの愛憎渦巻く戦いが始まる。
「……ウーンウーン、トレーナークン」
「さっきからマルゼンスキーは何の寝言を言ってるんだ?」
「さあ?」
マルゼンスキーはトレーナーの膝の上で飲みすぎにより青い顔をして寝ていた。
「あっ、でも…」
「ん?」
「なんか『私が悪かったから実家から帰ってきて』って言ってるね」
「……それは昔のドラマか何かの場面かい?」
「ははっ。
どんな夢を見てるのかはわからないけど、僕と君は最高のパートナーなんだから、どこかに行ったりなんてしないよ」
そんな言葉をトレーナーがかけると、マルゼンスキーの寝顔が少しだけ穏やかになった。