「何てことしてくれたんだ」
「はっはっは。ごめんちゃいモルモット君」
アグネスタキオンから聞いた衝撃の告白に、トレーナーは白目をむいた。
「それで解毒薬とかはあるのか?」
「ああ、さっきアリの行進を眺めていたら、うっかりと薬を持っていかれてしまったよ」
「終わった……。ちなみに、解毒薬の作り方は?」
「ここに作り方を書いている紙があるけど、何が書いてあるかタキオンわかんない」
「もうだめだ……。おしまいだ……」
「ということがあったからそれぞれで何とかしてくれ」
「「「「何てことしてくれたんだ」」」」
タキオンのトレーナーから聞かされた事実に、それぞれのトレーナーたちは白目をむいた。
「俺のところのシンボリルドルフとエアグルーヴは書類で紙飛行機作って遊んでたわ」
「俺のところのビワハヤヒデなんてこれが勝利の方程式だとか言って足し算間違えてたんだぞ」
「サクラバクシンオー……、お前どれだけバ鹿になっても、バクシンだけは忘れなかったんだな……」
「バクシーン!バクシーン!」
「ああ、二人で行こう!あの夕日に向かって!」
「バクシーン!バクシーン!」
画面の中に移っていたサクラバクシンオーとそのトレーナーは、二人で昼間に夕陽に向かって走り出して消えていった。
どうやら、サクラバクシンオーのトレーナーだけウマ娘にしか効かないはずの煙で賢さが下がっていたようだった。
他の同期のトレーナーたちが、そっと誰も移さなくなった画面を一つ閉じた。
「それで、この騒動をどう収めるつもりだ?アグネスタキオンがバ鹿になっている以上、ウマ娘たちを元に戻す方法はないんじゃないのか?」
「いや、方法はあるにはある。
しかし、アグネスタキオンの賢さが下がって科学者ぶっているだけの究極おバ鹿になった姿があまりにも可愛すぎるので、俺はしばらくこのままでもいいんじゃないかと思ってる」
「おいふざけんな!俺のとこのグラスワンダーは野原で寝ながらタンポポ食ってんだぞ!」
「そうだ!俺のとこのテイエムオペラオーだってひどい状況なんだぞ!」
画面の一つが、何やらポーズをとっているテイエムオペラオーを映した。
「ああ、太陽が僕を……ええっと……すごいピカピカしてて、それに照らされる僕は……、ええっと……なんかすごい!」
「見ろ!難しい言葉が言えないせいで語彙力が死んでるんだぞ!」
「うわははは。なんかおこちゃまみたいな言葉づかいだな」
「てめぇ……!」
テイエムオペラオーのトレーナーは激怒した。
アグネスタキオンの狂人トレーナーを後でぼこぼこにすると決意した。
「お前たちはいいよな。
そんなのんきで……」
「お、お前は……オグリキャップとスペシャルウィークのトレーナーじゃないか!!」
画面に映ったオグリとスぺのトレーナーは顔色が青く、悲壮な雰囲気を漂わせていた。
「これを見てもまだこのままでいいとか言えるのか…?」
画面が切り替わると、そこには山積みにされた料理を美味しそうに食べるオグリキャップとスペシャルウィークがいた。
「美味しいですねオグリキャップさん!ところで、私たちどれだけ食べてましたっけ?」
「いや、さっぱりわからないな(もぐもぐ)。
とりあえず、もっとたくさん料理を頼んでおこう」
「はい!
すみませーん!料理をとにかくたくさん持ってきてくださーい!」
「ああ、スぺさん。お昼はまだかね」
「やですねオグリさん。まだ私たち何も食べてないじゃないですか」
「なるほど。ならばこれは新しいお昼ご飯か。
うん、美味しい!」
混沌である。
かけらほどの知性がかけていたストッパーが、まったく機能しなくなっている。
「俺の財布はすでに底が抜けてるんだぞ。お前ら俺を虐めてそんなに楽しいか?」
「「「お、オグリとスぺのトレーナー!!」」」
叫びが重なった。
全員がそれぞれ顔を見合わせて頷いた。
「やっぱり今すぐ治そう!」
「「「異議なーし!!」」」
全員の気持ちが一致した。
「それで、元に戻す方法っていうのはどんなものなんだ?
俺たちで協力できることがあれば、なんでも協力するぜ」
「お、お前たち…」
アグネスタキオンのトレーナーが感動している。
「へっ!お前のためじゃなくて、賢さが下がったウマ娘たちのためにやるんだからな。勘違いするんじゃねぇぞ!」
「ふっ。ここは普段のライバル関係を忘れて手を取り合いましょうか」
皆の想いが一つになった。
アグネスタキオンのトレーナーが感動に震えた。
「ありがとう。ありがとう皆!」
「それで、僕らは何をすればいいんですか?」
アグネスタキオンのトレーナーは目元をぬぐって皆にあるものを見せた。
「それは…」
「にんじんですか……?」
「ああ、そしてこれだ」
アグネスタキオンのトレーナーは背後にあったガラス張りの小部屋を見せた。
「それはなんですか?」
「それはな…題してトレーナー人参で釣る作戦だ」
「「「トレーナー人参…?」」」
この時、誰もこの作戦のヤバさをわかっていなかった。
今はまだ。
「うおおおー!!てめえ!自分が何してんのかわかってんのかー!!」
「狂人め!次のレースで覚えておけよ!ぼこぼこにしてやるからな!」
「はっはっはー!全員往生際が悪いぞ。いい加減諦めたまえ!!」
学園の外でトレーナーたちがそれぞれガラス張りの個室部屋に外から鍵をかけられて閉じ込められている。
しかも、皆が上半身裸になって、首から人参を沢山ぶら下げている。
一体何のためにこんなことをしているのか、それをわかっているのは閉じ込められているトレーナーたち以外にいない。
そこで、アグネスタキオンのトレーナーが手元のマイクを操作して、学園内に放送を流した。
『あー。テステス。
皆聞こえてるかな?実は今皆のトレーナーが外で美味しい人参をぶら下げながら裸になってるよ。
もしも気になるウマ娘たちは、ぜひとも僕たちに会いに来てほしいな!』
「「「「やめろー!!」」」」
全トレーナーの必死の叫びだった。
しかし、もはや放送は流れてしまった。
最初の数秒は何も変化はなかった。
静かな空気が漂っている中、『へっ、驚かせやがって』『僕のウマ娘たちがこんな餌に引っかかるわけがありません』とか油断した感じで話し合っていた。
しかし、遠くから地鳴りのような足音が聞こえ始めたことにより、その余裕はあっさりと消え去った。
学園の方から全力で走ってくる、ウマウマウマウマ娘たち。
あまりに力強い走りと、らんらんと輝いている眼に全てのトレーナー達が恐怖した。
「トレーナー、トレーナー!!」
「あははっ!あんな美味しそうな格好して、美味しそうなものをぶら下げてるなんて、食べてくれって言ってるようなもんだよ!」
「ひひーん!!ひひーん!!」
「「「「うぎゃあああ!!」」」」
全員が悲鳴を上げた。
普段は理知的にふるまっているウマ娘たちが、理性ゼロでこちらに突撃してくる姿は想像を絶する。
それぞれのウマ娘たちがガラス部屋にぶち当たってくるが、それは銃弾すら通さない強化ガラス。
いくら力の強いウマ娘たちでもそう突破できるものではない。
「くそ!エサは目の前にあるっていうのに!」
「なぜだか見えない壁があるんだが!」
ガラス小部屋のドアはダイヤル式の南京錠でロックされている。
全員が適当な番号を入れてロックを外そうとするが、もちろん開かない。
「一体どうやれば開くんだ!?」
「みんな、ドアのとこに何か書いてあるよ!」
ウマ娘が指さした紙にはこんな文字が書かれていた。
『1234+4321の答えがロック解除の番号だよ』
「「「まったくわからない」」」
全ウマ娘たちが膝をついた。
それでも、全てのウマ娘たちは目の前の極上のご褒美を手に入れるために、果敢に問題を解こうとする。
「はっはっは!賢さ1の状態でこの問題を解こうとすれば、普段の賢さトレーニングの何倍もの負荷がかかりとてつもない効果が見込めるだろう。
これで下がった賢さを強制的に引き上げるのがこの作戦のポイントだ」
「トレーナー君……全然わからないよー……」
「あっ、そこは自分の指を数えて、全部でいくつになるのか数えてみるとわかりやすいぞアグネスタキオン」
アグネスタキオンは涙目になりながら指を数えた。
「ああ……俺のビワハヤヒデがあんな問題で頭を抱えてるとこなんて見たくなかった……」
「スペシャルウィークがわかってないのは……いつものことだな」
それぞれのトレーナー達ががっかりとしている時、シンボリルドルフとエアグルーヴのトレーナーが入っている個部屋から大きな音が聞こえてきた。
見れば、シンボリルドルフとエアグルーヴが二人で部屋のドアに蹴りをいれている。
「あっ。あれは鍵をどうにかするよりも、力づくで開けることを選んだみたいだな」
「ちっ、貴様!そんなけしからんかっこうで誘うとは、どうやら自覚が足りんようだな。
体にわからせてやる!」
「トレーナー君!今の君は実に焼肉定食と言ったところだ!
私でも我慢の限界だよ!」
「お、お前たち!誰でもいいから助けてくれ!」
二人の鬼気迫る迫力に、トレーナーはすっかりと怯えている。
「俺たちも外のウマ娘がカギを開けてくれないと出れないから、助けに行くのは無理だ。
大丈夫。ウマ娘が全力で蹴ってもびくともしないように作られているから」
「あの二人が見たこともないようなヤバい顔をしてるぞ」
「彼女たちの名誉のためにも、今見ていることは絶対に口に出さないようにしましょう」
「おいっ、あのガラスにひびが入ってきてないか?」
「「「はっ?」」」
よく見てみれば、確かに小さな線が蹴りに合わせて少しずつ増えている。
「おい、あのガラスはウマ娘が全力で蹴っても壊れないんじゃなかったのか?」
「ふむ。どうやら、あの二人は賢さが下がった分、普段は理性で押さえつけられていた力が解放されているのかもしれないね」
「火事場のバ鹿力ってことか……」
「おいおいおい。あいつ死ぬんじゃね?」
中のトレーナーは震えているが、ガラスが割れる前にシンボリルドルフとエアグルーヴの体力が切れた。
「くっ!なぜ割れない!」
「しょんぼりルドルフ」
九死に一生を得たような顔をトレーナーがした。
しかし、その安寧を打ち破らんとする奴が来た。
「よお。私の力が必要か?」
「お、お前は……」
「ナリタブライアン!!」
「いやーー!!」
中のトレーナーが悲鳴を上げた。
彼が担当している最後のウマ娘が満を持して登場した。
「ふっ、貴様と肩を並べることになるとはな」
「普段は競い合っている我々が、ともに一つのゴールを目指すんだ。
破れぬ壁などないだろう」
「ごちゃごちゃと言わなくていい。私はただ、中の極上の獲物を食いたいだけだ」
ペロリとナリタブライアンが薄く笑いながら舌なめずりをした。
トレーナーは泣きながら懇願した。
「ミンナハナシアオウ」
「「「せーの!!」」」
ガシャン!!
「ショウキニモドッテ」
「「「せーの!!」」」
ガシャン!!
「ダレカタスケテ」
「「「せーの!!」」」
ガラスが割れた。
「ぎゃあああーーー!!」
最後に大きな悲鳴が上がった後、彼は三人に飲まれていき、後には沈黙だけが残った。
「………」
「………」
「ここで見たことは墓までもっていくようにしよう」
「「「「異議なーし!!」」」」
全員が心を一つにした。
その時、軽い音と共に、ロックの外れる音がした。
「トレーナー君ー!ようやく解けたよー!」
「アグネスタキオン!」
ヘロヘロで涙目になりながらアグネスタキオンがドアを開けてトレーナーの胸に倒れこんできた。
今までどんなレースや実験でもここまで疲れたところを見たことがないほど疲れている。
「賢さは戻ったのかい?」
「ああ。いきなり乳児から成人になれと言われているほどの無理難題を吹っ掛けられている気がしたが、どうにか解くことができたよ。
でも、私の思考力をフル活用したせいで、エネルギーは空っぽだ。何か食べるものを作っておくれよ」
「わかった。解毒薬を作るのは何か食べてからにしようか」
アグネスタキオンが元に戻ったことにより、どうやらこの事態は解決しそうだ。
全員がほっと胸をなでおろす中、一人のトレーナーがあることに気づいた。
「あれ?アグネスタキオンが元に戻れば薬が作れるのなら、そのトレーナーだけをエサにしてこの賢さトレーニングをすればよかったんじゃないですか?」
「…確かに」
全員がアグネスタキオンのトレーナーを見た。
トレーナーは照れ臭そうに笑って言った。
「だって、一人でやるだけじゃつまんないじゃん」
「お、お前ー!」
「わかってて僕たちを巻き込みましたね!」
「狂人!狂人め!」
「はっはっは。そうほめないでくれよ。
そうだ。とりあえず問題は解決したわけだし、頑張っているウマ娘たちにご褒美を上げないといけないね」
何を言っているんだという顔を全員がした。
アグネスタキオンのトレーナーは、それはそれは楽しい顔をすると、大きな声でこう言った。
「みんなー!その鍵の番号は5555だよー!!」
「「「「裏切者ー!!」」」」
全員の心が綺麗に一致した。
答えを聞いたウマ娘たちの眼の色が変わる。
「みんな聞いた!?」
「中山の直線を駆けるよりも早く番号を入れるのよ!」
「ゴーゴーゴーゴー!」
全員が鼻息を荒くして、扉を開け放った。
いくつもの悲鳴が上がった気がするが、それもやがては聞こえなくなる。
アグネスタキオンのトレーナーは、アグネスタキオンを横抱きに抱えると、そっとその場から歩き始めた。
「止めなくていいのかい?」
「まあ、たまにはこういうバ鹿騒ぎも良いものだろ?賢さが下がっても、想いが変わっているわけじゃない。
これはあの子たちが普段したくてもできずに心で抑えていたことに、ちょっとだけ言い訳を与えてあげただけの話さ」
「ふふっ。まあ私は自分の実験のせいで、周りがどうなろうと知ったことじゃない。君が止めないならそれでいいだろう。
それよりも私にとって目下興味があることは、君が作ってくれる手料理だけだ」
アグネスタキオンの鼻先に、彼がぶら下げている人参が良い香りを放ちながら揺れている。
ふと思いついて、アグネスタキオンはその人参を一口かじってみた。
「アグネスタキオン?」
トレーナーがアグネスタキオンを不思議そうに見る。
口の中に広がる、人参の甘みと香り。それとトレーナーの素肌の匂いを吸い取った香りがした。
美味しさ以上の満足感がある。
これは何だろう。
アグネスタキオンは知りたかった。
「今日の料理はこれで作ってくれたまえよ」
「いいけど、これ俺の体に密着していたやつだから、あまり衛生的に良くないかもしれないぞ」
「いいさ」
アグネスタキオンは笑った。
「まだ私にだって、言い訳を言うだけの権利はあるだろ?」
トレーナーに歯を突き立てたい欲望を隠し、精一杯のわがままをアグネスタキオンは言った。