眠れない夜はトレーナーのせいなウマ娘たち
――ゴールドシチー
ゴールドシチーがトレーナーに見つめられている
「な、なによ…。そんなに見てきて…」
「シチー…」
ついに告白か!?
そう身構えるゴールドシチーにトレーナーは無慈悲に言った。
「最近体重増えてないか?」
「はーぁああん!?」
とっさに殴り飛ばしてしまったのはアタシのせいじゃない。
白目をむいて倒れているトレーナーを置き去りにして、ゴールドシチーはそう自分に言い訳した。
「ってなわけ!アイツって本当にデリカシーなくない!?」
寮に帰ってから、そうトウセンジョーダンに愚痴るゴールドシチー。
だが、トウセンジョーダンはなんとも言い難い微妙な顔をしていた。
「何よ、その顔?」
「いや、シチーがムカつくのはわかるんだけど、なんでそんなときにおにぎり食べてるの?」
言われてシチーは初めて自分がライスをパクパクしていることに気づいた。
「えっ?あれ…?」
「シチー、いつもトレーナーの話してるときに、何かを猛烈な勢いで食べてたから、わざとやってるのかと思ってたけど違ったの?」
トウセンジョーダンが不思議そうに聞いてるが、全然気づいてなかった。
「そんな…。アタシはアイツに気づかないうちにパクパクにさせられていたの?」
「いや、なんなのよパクパクって」
ゴールドシチーの脳裏に、パクパクですわー!と言っていた某お嬢様が思い浮かんだ。
そのお嬢様は、男のトレーナーができた瞬間激太りし、はいはい幸せ太りってやつですか。担当も決まってないアタシには関係ない話ですけど、男ができた程度でそんな風になるなんて、先輩もアスリートとしての自覚がないんじゃないですか、とか思っていたのに。
現実はアタシも、あのパクパクお嬢様と一緒のことになっているなんて。
ゴールドシチーが打ちひしがれていると、トウセンジョーダンが心配してきてくれた。
「だ、大丈夫、シチー?なんかアタシにできることあるなら手伝うよ?」
「ん?今、なんでもするって言った?」
「いや、言ってないから」
トウセンジョーダンは否定するが、ゴールドシチーがその肩を逃がさないと言わんばかりに強くつかんだ。
なんか安請け合いしてしまったかもしれないとトウセンジョーダが考えたとき、ゴールドシチーが鬼気迫る顔で言った。
「じゃあ、アタシと走ろうか」
「ちょっと!なんでこんな夜遅くまで走らないといけないわけ!?もうヘロヘロなんだけど!」
「うっさい!女の意地にかけても、痩せるまでアイツには会えないんだから!」
それから、夜遅くまでゴールドシチーがトウセンジョーダンと走っている姿がたびたび目撃されるようになる。
なお、倒れたトレーナーは夜に見回りに来たたづなさんに発見されるまで、ずっとグランドに放置されていた。
――セイウンスカイ。
菊花賞を前にして、セイウンスカイとトレーナーは記者会見を受けていた。
(ついにここまで来た。
皐月賞は私が勝った。
日本ダービーは…スぺちゃんに負けちゃったけど、次こそは絶対に勝って見せる。
もう才能も血統もないなんて言わせない)
静かな情熱を胸に、セイウンスカイはレースへの意気込みを語っていく。
会見は終始和やかな雰囲気で進んでいき、その時間が終わろうという時に手を挙げて立ち上がった記者がいた。
「あのー、すみません。
質問よろしいでしょうか?」
「はいはーい、何でしょう…!?」
セイウンスカイはその記者を見た瞬間、耳と尻尾が逆立った。
見覚えのある顔だった。
醜悪に見える笑顔に、他人の弱みを見逃すまいとするような目つき。
その記者はかつて皐月賞前のセイウンスカイにこう言ったことがある。
『優秀なトレーナーを才能の無いウマ娘が縛り付けていることを、申し訳なく思わないんですか?』
あまりにも横暴な言い方に、その記者はウマ娘関連の取材を出禁になったはずだった。
そんな奴がなぜここに?
驚きで動けないセイウンスカイ。
記者はセイウンスカイではなく、トレーナーの方を向いてこう言った。
「セイウンスカイさんはとても才能のあるウマ娘なはずなのに、前回の日本ダービーでスペシャルウィークに負けるという結果になってしまいました。
これはトレーナーであるあなたの責任であり、そのことについて全国のファンへの謝罪や、責任を取られたりはしないんですか?」
こいつは今なんと言った?
前は私のことを言葉の刃で無神経にずたずたに切り裂いたくせに、次は私のトレーナーに手を出すのか?
言葉にできない感情が湧き上がる。
自分が今どんな顔をしているのかわからないが、皆が私を見て恐ろしいものを見ているような顔をする。
いつの間にか、足元の床が轟音と共に陥没していた。
やだなあ、手抜き工事か何かかな?
場の空気が凍り付く中、その質問した記者だけが引きつった笑いを浮かべながらカメラを構えていた。
もう、自分が何をしていたのかも思い出せない。
焼けつくような感情に押されるように、一歩踏み出そうとしたセイウンスカイの手を、トレーナーがそっと握った。
「トレーナー?」
はっと我に返った。
振り返れば、トレーナーはいつものセイウンスカイを見るように、ちょっと困ったような優し気な笑みを浮かべて首を横に振った。
そして、機を逸したセイウンスカイの代わりに、トレーナーがマイクを持って話し始めた。
「質問を受けたのでお答えします。
確かにセイウンスカイは才能にあふれたウマ娘であり、そのスカイを勝たせることができなかったのは担当トレーナーの私の責任であり、応援してくださる皆様には申し訳ないことをしました。
ですが、こんな未熟な私をセイウンスカイは見捨てることなく、頼り、指導を素直に聞いてくれました。
私はこの信頼にこたえるためにも全力を尽くし、必ずや次の菊花賞ではセイウンスカイを優勝させてみせます」
その言葉を来た時の、セイウンスカイの心は荒れに荒れた。
(違う!本当に才能がないのは私!なんでトレーナーが謝るの!?)
焼き付くような痛みが胸に走った。
何かを言おうとしたセイウンスカイを遮って、ウマ娘と言えば定番である乙名史記者が感激の声を上げた。
「す、すす…、素晴らしいです!!
つまりトレーナーさんはセイウンスカイさんのためなら、一緒に日本一周耐久マラソンにも同行し、次のレースに勝てなければ腹を切ることも辞さないという覚悟を持っているということですね!」
「いや、そこまで大袈裟なことはしませんが…」
見当はずれの話し合いが起こり、場の空気が弛緩した。
小さな笑いが漏れる中、先ほどの記者がスタッフに声をかけられ、抵抗したのか引きずられるようにして会場から消えていった。
その光景をセイウンスカイは何もできず、最初から最後までじっと見ていることしかできなかった。
「いやー、今日の記者会見は大変だったなスカイ。疲れたりしていないか?」
トレーナー室に帰ってきたとき、トレーナーは真っ先にセイウンスカイを気遣った。
けれど、セイウンスカイはうつむいたまま、その言葉に応えるだけの余裕がなかった。
「スカイ?」
返事のないセイウンスカイを心配して、トレーナーが屈みこんで目線を合わせる。
「嫌だ見んな」
セイウンスカイはトレーナーの首に抱き着いた。
今の顔なんて絶対に見られたくない。
「どうしたんだセイウンスカイ?」
トレーナーの声から苦笑しているような雰囲気を感じる。
なんでもお見通しみたいな態度。
ずるい。
「なんであんな風に言ったの?」
「あんな風って?」
「自分のせいで私が負けたって…」
「俺のせいだよ。スカイには才能があるし、練習も…まぁ、もう少し真面目にやってくれてもいいけど頑張ってる。
そんな子が負けたのは、俺の責任さ」
「やめてよ、そんな全部自分のせいにするのなんて。
どうせ私なんて才能もないし血統だってなんもない。
練習さぼるのだって、どっか自分を諦めてるからなんだよ。
そんなやつかばったって、トレーナーに良いことなんてなにもないよ…」
「じゃあこれからそうじゃないって証明してやればいいさ。
大丈夫。
俺は君が一番だって信じてる。
これから才能も血統も二人で作っていけばいいさ」
頭を優しく撫でられた。
その手の感触が私の中にあった感情をあっさりと崩してしまった。
「私、悔しいよ…トレーナー…」
「うん」
「日本ダービーに負けたのも悔しい!あんな奴に好き勝手言われたのも悔しい!」
「うん」
「私はすごいんだって証明できなくて悔しい!
何より、私のトレーナーがコケにされたのがすごく悔しい!」
「うん。二人で皆を見返してやろう。
だから、泣かないでセイウンスカイ」
「泣いてなんてない!
こんなの…冗談だから!
いいかげん付き合い長いんだから、それくらいわかってよ……」
「そうだね。
もう間違えないよ。絶対に忘れないから」
トレーナーが離れようとしないセイウンスカイの頭を撫でつつ、ひっそりと夜は更けていくのだった。
――ビワハヤヒデ
「ゆっくりできているかなハヤヒデ?」
「ああ。ここの食事は全ての栄養素を満たしつつ、素晴らしい味わいを感じさせる。
おかげで私の肉体的にも精神的にも十分な休養になったよ」
URAが終わった後、ビワハヤヒデとトレーナーは温泉旅行に来ていた。
二人は温泉で汗を流した後、出てくる上質な料理に舌鼓を打っていた。
「それにしても、君は相変わらず私の心配ばかりする。
今回の旅行は疲労のたまっている君のために来たんだぞ。
私のことばかり気にしていたら、休めるものも休めなくなってしまうではないか」
「それについては申し訳ない。
最近疲れていることは自覚していたんだけど、ハヤヒデのためを思うとどうしても頑張りすぎてしまって…」
「んぐっ…!」
ハヤヒデは人参をのどに詰まらせた。
「だ、大丈夫かハヤヒデ!?」
「……大丈夫だ。
君はいつもそういうことを言う」
「そういうことって?」
「なんでもない!
こうなったら今日は私が君を、疲れが抜けきるまで完璧に労わろう」
ハヤヒデがトレーナーの横へ座りなおした。
「は、ハヤヒデ?ちょっと距離が近すぎないか?」
「いいや、近くない!
君のような奴にはこれを飲んでもらおう!」
ハヤヒデは酒の瓶を突き出した。
「お酒か?
でも、君と旅行に来ているというのにお酒を飲むのは…」
「お酒は確かに体に良い影響があるとは言えないが、緊張をほぐしリラックスさせる効果がある。
君のような奴には、お酒の力を借りてでも休んでもらおう」
ハヤヒデが無理やり突き出した酒瓶を、トレーナーが仕方なしにコップを出してお酌される。
「URA優勝者である私からのお酌だ。ありがたく飲んでもらおう」
「えっ。というか、高校生と二人で旅行に来て、あげくお酒をお酌させるって、大人としてどうなの?
これって、ひょっとしてバレたら首になるくらいの不祥事じゃないの?」
「それは大丈夫だ。
この旅行は学園長に許可されている」
「なんで!?」
トレーナーは驚愕した。
なんにせよ心配はなくなり、煽られるままにトレーナーは酒を飲んだ。
久しぶりに飲む酒は、ずいぶんと美味しく感じられた。
「…美味いな」
「ふふっ、そうだろう。
君はこの三年間、私のことで忙しくて休む暇もなかっただろう。
だから、今日くらいはゆっくりとしていいんだ」
「…ああ。ありがとうハヤヒデ」
二人は笑いあって、これまでの思い出や苦労を語りあった。
穏やかな空気が流れ、しばらくするとトレーナーが眠そうに船をこぎ始めた。
「トレーナー君、疲れたのかい?」
「何だろう…。久しぶりにお酒を飲んだせいか、ちょっと…眠い…」
「それなら少し横になると良い。時間が経ったら起こすから」
「……ああ、ありがとう。ハヤヒデにはいつも助けられてばかりだな……」
その場で横になったトレーナーはすぐに寝息を立て始めた。
「助けられてばかり…。それはこちらのセリフだよ」
ハヤヒデが眠ったトレーナーの隣で、同じように横になった。
自分よりも大きく広い背中に、何度も手を伸ばそうとしてはためらって引っ込めるということを繰り返した後、そっと背中に体ごとくっついた。
暖かくて、落ち着く。
この背中に何度守られてきたのだろう。
「今までありがとう。そして、これからもよろしく頼むよ」
夢にまでこの言葉が届いてくれたらいいのに。
ハヤヒデはそう思って目を閉じた。
外から差し込む朝日と鳥の声で、ビワハヤヒデの目が覚めた。
「いかんな。あのままつい眠ってしまったようだ」
だけど、いつになく熟睡できた感じがある。
バシバシとハヤヒデの体が叩かれる。
「ああ。すまないな、トレーナー君。
どうやら心地よくて私も眠ってしまったみたいだ。
今起きるよ」
そう言って横を向いたら、トレーナーの顔がビワハヤヒデの髪に埋もれていた。
その体が痙攣したかと思うと、力尽きたようにトレーナーの全身が脱力した。
「おあああああああ!!!」
早朝に、ビワハヤヒデの絶叫が響いた。
この後、トレーナーは無事息を吹き返すことができたが、この『湯けむりウマぴょい殺人未遂事件』を苦に病んだビワハヤヒデは、とうとう自分の業と決別することを決意する。
「止めてくれるなブライアン!」
「止めるに決まってるだろ!私の姉貴が丸坊主になるなんて、みっともなくて一緒に町中を歩けなくなるからやめろ!」
夕暮れの崖際で、ビワハヤヒデがバリカンを持ちながらナリタブライアンに説得されている。
「ハヤヒデ!」
「トレーナー君…!」
息を切らして駆け寄ってきたトレーナーから、ビワハヤヒデはさっと視線をそらしてしまう。
「私は君に許されないことをしてしまった。
もう一緒にいる資格なんてないんだ!」
「そんなことはない!これを見ろハヤヒデ!」
そう言ってトレーナーが取り出したのは、ボンベなどもついたスキューバダイビングセットだった。
「それは!」
「これさえあれば、君の髪にうずもれても俺は死なない!
だから、もう一度俺と一緒にやり直そう、ハヤヒデ!」
「うううっ…!」
ビワハヤヒデはバリカンを落とし、その場に泣き崩れた。
ナリタブライアンに肩を叩かれ、トレーナーから頭をなでなでされたビワハヤヒデは、二人に手を引かれてゆっくりと家路へ帰っていくのだった。
――ヒシアマゾン。
「フフフッ!アタシを捕まえてみな、トレ公ー!」
「ハハハッ!待てよヒシアマゾーン!」
花が咲き乱れる丘の上で、トレーナーがなぜだかめちゃくちゃフリルのついたドレスを着たヒシアマゾンを追いかけていた。
「ほらっ、捕まえたぞ!
まったくいたずら好きなおウマちゃんだ」
「きゃー!捕まっちゃったー!」
腰に手を回され、トレーナーの胸に引き寄せられたヒシアマゾンは、普段の威勢の良さを全て忘れたかのようなふにゃふにゃ感でその胸にもたれかかった。
大きく吸い込んだ空気に、トレーナーの匂いが強く感じられた。
(ふにゃーん!トレ公の匂いが凄すぎて、このままじゃアタシ…女の子になっちゃう!)
匂いを堪能していたヒシアマゾンの目の前に、大きな花束が差し出される。
「この花でさえ君の美しさには及ばない」
「トレ公……好き!」
ヒシアマゾンがトレーナーに抱き着けば、二人は花畑の中で一つに重なりあう。
「ここを俺たちのエデンにしよう」
「じゃあ、アタシはトレ公のイブになる!」
見上げていたトレーナーが目を閉じてゆっくりと近づいてくる。
空に輝く太陽ですら二人を祝福しているようだった。
ヒシアマゾンはあふれる喜びを胸に、トレーナーを受け入れるためそっと目を閉じ……。
「ああああーーーー!!」
ヒシアマゾンが顔を真っ赤にしてベッドから飛び起きた。
「ああああーーーー!!」
ヒシアマゾンが壁に向かって、何度も頭を打ち付ける。
壁は粉々になった。
「ああああーーーー!!」
「のだーーーー!?」
シンコウウインディがヒシアマゾンに顔面をアームロックされ、めちゃくちゃに振り回される。
「ご、ご乱心ー!
ヒシアマ姐さん、ご乱心ー!
至急応援求む!」
「ちょっとー!ヒシアマ姐さんに何したのよ!?」
「何もしてないわよ!」
「早く鎮圧部隊を!ぐえっ!」
「もうだめだ…おしまいだ…。
美浦寮は皆殺される…!」
この深夜に起こった騒動は、ヒシアマ姐さんの乱と呼ばれ、本人の消したい記憶なのに永久に語り継がれるのであった。
――カレンチャン。
クリスマスの日、カレンチャンはかつてトレーナーと約束をしたレストランに来ていた。
「今日のレストランはどうですか?
夜景が綺麗な場所だと聞いていたんですが」
「はい!私も話だけは聞いていたけど、こうして見るとすごく綺麗で嬉しいです!」
「良かった。予約が全然取れなかったから、気に入らないと言われないか心配していました」
そう言って笑うのは、最近の仕事で知り合った男性で、その人は優しくて誠実でとてもかっこいい人だった。
デートに誘われ、何度か一緒に出掛け、十分に段階は踏んだ。
ここに来たのは、最後の仕上げと言えるのかもしれない。
順番に運ばれてくる料理を食べながら、二人で話をする。
話は面白くて、私の言葉にも真剣に耳を傾けてくれる。
なのに、集中できない。
私は、どうして約束をしたあの人と一緒に、ここにいないんだろう?
「どうかしましたか、カレンチャン?」
いつの間にかぼーっとしていた。
「う、ううん!なんでもないよ、お兄……」
「おにい?」
「あっ……、いえ、なんでもないんです……」
胸が苦しくて、笑ってみたのに自分でもいつもの笑顔でないのがわかる。
カワイイというよりも、綺麗と言われることの方が増えた。
きっと今の私の笑顔は可愛くない。
一体、いつからそう言われなくなったんだろう?
「少し仕事の疲れがたまっていたのかもしれません。
気を使わせてしまってすみません…」
「それでしたら食事は控えめにして、早めにホテルに行きましょう。
そこででしたらゆっくりと休めます」
ああ、次はそうなるんだ。
妙に冷めた感じで、その人についてレストランを出ようとしたとき、女の子と大人の男性が店に入ってきた。
「わー!すごい綺麗なレストラン。ありがとう、お兄ちゃん!」
「カレンが喜んでくれてよかったよ」
全身が硬直した。
その二人は見間違えようがなかった。
それは子供のころの私と、かつてお兄ちゃんと呼んでいた、私を無敵にしてくれていた人だった。
「でも良かったのお兄ちゃん?私はまだあの約束はまだまだ先のことだと思っていたのに」
「いや、本当はここに来なかったのは、俺が君みたいな素敵な女の子に釣り合っているか自信がなかっただけなんだ。
でも、それじゃあ一生後悔しそうだったから、ここに来たのは俺の決心と覚悟がついたからなんだ」
「お兄ちゃん、それって…」
子供の頃の私が驚きと、喜びに満ち溢れた顔をしている。
それを私は、途方もなく遠い場所から見ていた。
「それじゃあレストランに行こうか。楽しみにしていたんだろ?」
「うん!私お兄ちゃんとこうしてここに来たかったの!」
二人が手をつないで、仲良くレストランの中に入っていく。
すれ違った二人を目で追って、私は思わず叫んでいた。
「待って!」
二人は振り返らない。
一瞬でどこまでも遠くなってしまった二人を追いかけるようにして、私は走り出した。
「待って!」
手を伸ばす。
私はいつの間にか泣いていた。
「次は…、次は間違えないから!」
必死に叫んだ声に、子供の頃の私が振り返った。
その子は、とてもカワイイ笑顔でこう言った。
「うん。
次は間違えちゃだめだよ」
そこで目が覚めた。
「………夢かー」
呟いて目元を拭うと、なぜだか濡れていた。
真っ暗な室内でもう一度眠ろうとして、何度も寝がえりをうちながら目をつぶるが、気持ちが荒れてとても眠れそうになかった。
カレンチャンが寝ることを諦めて、スマホを取り出してトレーナーにメッセージを送ってみる。
『お兄ちゃん起きてる?』
時刻はとっくに深夜を過ぎている。
しばらく返信を待ってみたが、もう眠っているんだろうと諦めてスマホを切ろうとしたとき、トレーナーからメッセージが届いた。
『どうしたのカレン?
ひょっとして眠れない?』
返事が来たことが無性に嬉しい。
『うん。なんだかちょっとだけ悲しい夢を見ちゃって眠れなかったの。
少しだけカレンとお話ししてくれない?』
『そっか。俺も子供のころは怖い夢を見たら眠れなかったから、カレンの気が済むまでいくらでも話し相手になるよ』
子供か…。
本当はあのレストランに行けるくらいの大人になりたい。
でも、もしも夢で見たような大人になるのなら、自分がすることは待つことじゃない。
『ありがとう、お兄ちゃん!
あのね、カレン、お兄ちゃんに一つだけお願いがあるの』
『なんだい?』
そのメッセージを打つのはとても時間がかかった。
長い沈黙の後に送ったメッセージを送る時、少しだけ手が震えていた。
『あのレストランにカレンを連れて行って』
返事はすぐには来なかった。
祈るような気持ちでカレンチャンはスマホの画面を見つめて待ち続けた。
長い時間が経ち、諦めようとしたカレンチャンの元に一つのメッセージが届いた。
慌ててそれを読んだカレンチャンは、とても嬉しそうな顔に少しだけの涙を浮かべてこう返した。
『ありがとう、お兄ちゃん』
「大好き」
小さく呟かれた言葉は、メッセージになることはなく、ただ夜の静寂の中に消えていった。
だって、その言葉を伝える瞬間は、あの夢の続きにあるのだから。
――シンボリルドルフ。
「トレーナー君、トレーナー君!」
どこか焦ったようなシンボリルドの声で目を覚ました。
ぼんやりする頭と視界で辺りを見渡すと、薄暗い体育用具が並んだ室内と、俺の担当ウマ娘であるシンボリルドルフがぶっとい鎖で上半身を後ろ手にぐるぐる巻きにされていた。
「よかった!気が付いたようだね」
「…ルドルフ。
………まさかそんな趣味に目覚めたのかい?」
そう言ったとき、シンボリルドルフの顔が安堵から憮然とした顔へと変わっていった。
「君が目を覚まさなくて私は疾痛惨憺していたというのに、もっと他にかけるべき言葉はないのかい?」
ぺしりとルドルフの尻尾が俺を叩いた。
「それで、ここってひょっとして体育館の用具室かな?
なんでこんなところにいるんだろう?」
「トレーナー君は覚えていないかい?
私たちは理事長に頼まれたことを理由に、君を伴ってゲームの先行体験をしに来ていたはずだ」
「ああ、あのVRウマレーターとかいう、怪しさ満点の…」
「そうだ。私はゲーム筐体に入ったところまでは覚えているのだが、それ以降の記憶がない。
そして、気づいたらこのように鎖で満足に身動きできない状態にされていた。
トレーナー君はここに来る前に、何があったか覚えていないかい?」
「ふむ、俺もせいぜいルドルフがゲームの中に入るところまでは覚えているけど……あっ!」
「何か思い出したかい?」
「あの時、後ろから声をかけられて、振り向いたらゴールドシップがいたわ」
「…なるほど。
委細承知した。おそらく、今回のことはゲームの噂を聞きつけてやってきたゴールドシップが、私たちを排除して自分がゲームをやるために行ったことだろう。
この私に巻きつけられた鎖も、目が覚めた私たちに妨害を受けることを危惧してつけられたものだろう」
「あー、なんか推測なのに、それが一番の正解な気がするよ」
「となれば、いずれ彼女がこの鎖を解放しに来てくれると思うのだが…」
ちらりと、小さな喚起窓から見える空には、綺麗な満月が見えていた。
「……これは推測だがおそらく正解だ。
我々はゴールドシップに忘れ去られている」
「やっぱりそれかー……」
二人してがっくりとうなだれる。
ルドルフと違って俺はなんの拘束もされていないので、どこかから出られないかと倉庫内を調べてみる。
「だめだ。携帯はなくなってるし、扉も…鍵が閉まっててこっちからは開かないようになってるな」
「ああ。彼女はあれで破天荒なように見えて、こういういたずらには神算鬼謀の計画を立てる。
脱出しようにも、鍵は開かず、窓は通れず、おまけに先ほど大声で助けを求めてみたが誰もいる気配がない。
月の位置から察するに、現在の時刻は真夜中ほどだと思われる。ゆえに、私たちの声に気づく者はいないだろう」
「まいったな。下手したら朝に誰かが来てくれるまで、ここに閉じ込められていないといけないのか」
そう言うと、ルドルフが落ち込んだように顔を伏せた。
「すまない、トレーナー君。
私が君を連れてきたせいでこんなことになってしまった」
耳がぺたんと倒れてしまっているルドルフ。
どうやら、こんな場所に閉じ込められていることに責任を感じているようだ。
でも、そんな責任はルドルフの勘違いである。
「謝らないでくれルドルフ。
もしも君がいつの間にか居なくなってたら、心配で心配でたまらなくなってたよ。
こうして君と一緒にいられるなら、俺は何も不安なことなんてないよ」
「トレーナー君…」
硬い表情が崩れて、柔らかいいつものルドルフが帰ってきた。
「思えば、最近は忙しくて、君と語り合う機会がなかった。
だから、こうして強引にでもその機会を作ってくれたゴールドシップにはむしろ感謝してもいいくらいさ」
「…そう言ってもらえると、とても嬉しいよ。
かくいう私も、最近は生徒会の仕事で多忙を極めていた影響か、君とこうして語り合える時間を嬉しく思っているよ」
状況は何一つ好転してないというのに、ルドルフと俺は一緒に笑いあった。
そうして俺たちは、薄暗い用具室の中で語り合った。
最近あったことや、ルドルフの相変わらずなジョーク。
それと、今度どこか一緒に行きたいところはないかとか、二人の会話が尽きることはなかった。
多忙を理由に距離が離れていたことが、ゴールドシップのおかげで元の気やすい関係に戻っていけることは感謝できることだった。
そうして少しの時間が経った後、なんだかルドルフが挙動不審になってきた。
「ルドルフ、どうかしたの?」
「い、いや、そろそろここを出なければ明日の業務に差し障りがあると思ってね。
この語らいも愉快喜悦ではあったが、生徒会長が寝ぼけているようでは示しがつかないだろう?」
「それもそうだね。
けど、出口はないし、人も来ない。
それなら人が来る朝までここで過ごしていた方がいいんじゃないか?」
「…そ、……それが、トレーナー君……。
本当は、こういうことは言いたくないんだが…」
ルドルフが近くまで寄ってきて、恥ずかしそうな声でこう呟いた。
「も……、漏れそうなんだ……」
この時になって初めて、俺はのんきな顔をして崖っぷちに立たされていることに気づいたのだった。
「お、おーい!!誰かいないのか!?
皇帝が膀胱底止(ぼう『こうてい』し)してるんだ!誰かここを開けてくれー!」
「ふ、ふふっ…!トレーナー君、この状況で私を笑わせるのはやめてくれ!
力が抜けてしまうではないか!」
ルドルフが俺のジョークに笑いながら内またになってもじもじしている。
しまった。
つい冗談を飛ばしてしまったが、冗談を言っている場合じゃない。
このままでは皇帝の威厳が地に堕ちてしまう。
とりあえず、俺は用具室の中にあったバケツを持ってきて、ルドルフの前に置いておいた。
「これを渡しておこう。苦痛に耐えきれなくなったら使ってくれ」
「これにしろと言うのかい!?」
ルドルフが驚いているが、漏らすよりはましだろと言っておく。
とりあえず、皇帝の威厳を保つために俺は何とかしてここから脱出するために扉を開けようとする。
しかし、分厚い鉄でできている扉の鍵を開けることはできなかった。
「だめだ…。
ここから出る方法はない。万事休すか?」
「いや…。方法は一つだけある」
そう言うと、ルドルフの全身から電流が弾けだす。
それはルドルフが本気になった時の力の発動。
「幸い今の私は上半身は使えないが、下半身は鎖に縛られていないおかげで自由だ。
なので、私の残り少ない余裕を振り絞って、用具室の扉を蹴破る。
トレーナー君は危ないから離れていてくれ」
「わ、わかった」
慌ててルドルフの後方に移動するが、果たしてあの扉を開けることなんてできるのか?
半信半疑であったが、この日俺は自分がまだまだウマ娘に対する理解がまだまだ足りていないことを痛感させられることになる。
扉から少し距離を開けたルドルフは、小さな呼気と共に軽いステップを踏み込み、全身の電流がひときわ眩しく輝くのと同時に渾身の力を込めて蹴りを打ち出した。
鉄の扉はすさまじい轟音と共に、ひしゃげ、フリスビーかのような軽さで体育館へと吹き飛んでいった。
「よし、開いたな」
軽々しく言っているが、ウマ娘って本当にヤバいんだな。
そんな蹴りの威力を見て、トレーナーはあることを決意する。
仮に将来ルドルフと付き合ったりすることがあっても、浮気だけは絶対にしないようにしよう。
トレーナーくんの浮気者!万死に値する!
そんな言葉とともに蹴りで土手っ腹に穴を開けられる姿が想像できてしまった。
「うっ!」
「ルドルフ!?」
ルドルフの体がグラリと倒れそうになるところを、慌てて抱きかかえた。
「大丈夫か!?ひょっとして怪我でもしたんじゃ」
「トレーナーくん、今ので私の限界は本当にあと1歩だ。トイレまで抱えて連れていってくれ…」
泣きそうな顔でシンボリルドルフが言った。
どうやらもう色々とやばいらしい。
「わ、わかった! ちょっとの間だけ我慢しろ!」
俺はルドルフを横抱きにすると急いでトイレの位置へと走り出した。
その間ルドルフは目を閉じ歯を食いしばりながらぐっと我慢をしている。
どうやら先ほどの蹴りが本当に限界一歩手前までルドルフを追い込んでしまったようだ。
真っ暗な校舎内を走り、緊急事態と言うことで女子トイレに無断で入った俺は個室の中でルドルフを下ろした。
「よし! もうこれで大丈夫だな俺は外に行ってるから終わったら呼んでくれ!」
「ま、待ってくれ!」
慌てて出ようとした俺をルドルフが止める。
何かと思って振り返れば、ルドルフはもじもじとしながらも顔を真っ赤にして、何度も言おうか言わんまいかの葛藤の末に小さな声で俺にこういった。
「わ、私は今鎖で縛られて手手が使えないんだ。だから、ト、トレーナー君が……私の、パ、パっ…パンツを下ろしてくれ!」
「は?」
いま、この皇帝はなんて言った?
そうか、パンツを下ろしてか……。
パンツを下ろして。
パンツを。
パンツ。
パンツ。
「えっ?なんで?」
「トレーナー君!呆然としてないで早く私を助けてくれ!こんなこと本当は私だって頼みたくないが、今は君に頼るほかないんだ!」
「あ、ああ…。わ、わかった」
なんだこれは? 一体どうなっていると言うんだ!
俺がルドルフのパンツを下ろすのか?
いったい前世で何をしたら、こんな担当ウマ娘のパンツを下ろすと言うわけのわからない事態に遭遇する羽目になるんだろう
俺はまだ混乱した頭で、ルドルフの前にしゃがみ込んだ
「それじゃあ、下ろすぞ」
「う、うん…」
最後に目を合わせてそう尋ねると、ルドルフはトイレの前で立ち尽くしながら、色々なものに耐えているような真っ赤な顔で小さくうなずいた。
俺はルドルフの制服のスカートの下から、ゆっくりと両手を差し込んだ。
その手を上に動かすにつれ、手の甲を柔らかなスカートの裏地がさわさわと撫でていく。
俺はなるべくその光景を見ないように目をつぶりながら手の感覚だけをあてにしてパンツに向かっていくと、ゴムで締められたスカートの上段まで到達し、その時偶然指先がルドルフの横腹をそっと撫でてしまった。
「ひゃん!」
ルドルフから今まで聞いたことがないような高い声が漏れた。
「ト、トレーナー君…、そこ弱いから…」
「す、すまん!」
幸い、今のはくすぐったいだけで済んだようだ。
俺は脇腹をつかないように注意しながらその下、パンツの両端の部分をルドルフの体に沿って、指の腹で撫でるようにして探していく。
「んんっ!」
ルドルフが何かに耐えるように身悶えした。
俺は頭の中で必死に鋼の意志、鋼の意志と唱え続けた。
指先に布地を触った感触があった。
(これはパンツだ!)
そう頭の中で叫んだ。
俺は肌と布地の間に指を入れ、ゆっくりと下へ下ろしていく。
「んっ、んん!」
ルドルフの足を指の背でなぞると、なぜか押し殺したような声が聞こえてくる。
鋼の意志!鋼の意志!
忍耐力と理性がガリガリ削られていくのを感じながら、指の感覚でようやく下まで下ろしきったことをわかった。
「座る時のスカートを上げてくれ…」
ルドルフが便座に座るときに、スカートを間に挟まないよう俺は細心の注意を払ってそれを補助した。
俺は何も見ていない。薄目で見てるだけで何も見ていない!
そう自分で思い込むしかなかった。
「…もう大丈夫だ。
すまないが、トレーナー君は少し離れていてくれ」
「わかった!じゃあ俺は外にいるから終わったら呼んでくれ!」
一刻も早くこの場から離れたかった。
理性が持たん時が来ているのだ!
だが、そう思ったのがいけなかったのか。
慌ててトイレから出ようとした俺の足は、下をろくに見ていなかったせいかルドルフが出していた足に引っかかってしまった。
「あっ!?」
「うわっ!」
お互いにしまったと思った。
しかし、もう後の祭りだ。
俺はトイレの床に倒れてしまい、この場から離脱する機会を逃してしまった。
「やっ、やだ…!」
シンボリルドルフの、羞恥に満ちた声が聞こえた。
その後に聞こえてきたものは、小さな蛇口から勢いよく水が流れているような音だった。
「あぁあっ……!」
ルドルフの後悔と恥ずかしさ、それと抑えきれない解放感から来る快感の声。
今まで、俺はこの子と付き合ってきて、一体何を見て聞いていたんだろう?
そんな疑問が浮かぶほど、俺は彼女の初めてを感じていた。
金縛りにでもあったかのように、ピクリとも動けない中、最後に小さな水音が数回聞こえた後ルドルフの声が聞こえた。
「終わったよ、トレーナー君……」
俺はその場に立ち上がると、ルドルフに背を向けて言った。
「……すまん」
申し訳なさで俺の胸はいっぱいだった。
だが、それに追い打ちをかけるかのように、ルドルフがある言葉を言った。
「……いいさ。
それと、もう一つだけ…頼みたいのだが…」
「なんだい?」
「…………その、拭いてくれないかい?」
なにを?
あっ、…あそこか。
瞬間、浮かんだ妄想を振り払うために、俺はトイレの壁に頭を叩きつけた。
「トレーナー君!?」
「ははは!いやー、おでこに蚊が止まってただけだから、気にしないでくれ!」
額が切れて血が流れてきたが、これくらいの痛みがなければどうかなってしまいそうだった。
天を仰ぎ、胸の前で十字を切った。
どうか俺にこの試練を耐えきれるだけの理性を…。
もはや毒を食らわば皿まで。
ここまで来たら、最後までやり遂げて見せようじゃないか。
「わかった。やってみせようじゃないか」
目は閉じたまま、トイレットペーパーを手探りで巻き取った。
「目が見えないから声で誘導してくれ」
「ああ。そのまま手を下に」
声に導かれるようにして手を動かしていく。
下に行くにつれて、指先にほんのりとした熱が伝わるのも、気のせいだと思い込むことにした。
「そこだ。そこを拭いてくれ」
どうやらたどり着いたらしい。
俺は想像の中で、ここだろうと思う位置をそっと、冷静に拭った。
いや、嘘はやめよう。
俺はもはや一ミリも冷静じゃなくなっていた。
ルドルフの息が全力疾走をしたかのように荒くなっている。
紙越しでも伝わるようなかすかな熱と感触。
もし。
もしこの手に少しでも力を籠めれば。
その時俺、達はどうなってしまうのだろうか?
そんな欲望に必死に耐えている俺を、ルドルフの熱のこもった声が動かした。
「それじゃあ、最後に、そこを…なぞってくれ」
言われた通りに動かした指が、何かの凹凸を撫でた。
「きゃうん!」
甘い。
脳を溶かすような甘い声が聞こえた。
その声は、今まで俺が抱いていた、公平無私の精神を粉々に破壊しつつ、自覚すらしてなかった獣欲を解き放った。
その欲に導かれるように、俺は反射的に目を開けてしまった。
ルドルフの潤んだ瞳と俺の目が合った。
「…見られてしまったね」
見たこともないほど真っ赤になった顔が伏せられた。
ルドルフが小さな声で言った。
「恥ずかしい…」
プツンと何か決定的なものが切れる音がした。
おいおい。理性が死んだぞ。
やっぱ、鋼の意志って役に立たねぇわ。
「恥ずかしいか?」
自分の心がブレーキを失ったのがわかった。
でも止まれない。
俺は目を開いたまま、トイレを流し、ルドルフのパンツを元に戻した。
その間、俺は全て見ていた。
「トレーナー君…」
「だったら、恥ずかしくなくなればいい」
縛られたままのルドルフを横抱きにした。
近づいた顔には、少しの不安とそれ以上の期待。
「君の全部を見せてくれ。隠すとこなんてどこにもないくらいに」
溢れる欲望を抑えずに、俺は言った。
嫌われるかもしれない。
今までの信頼が崩れるかもしれない。
でも、この気持ちを止めることは、到底不可能だとわかっていた。
「……はい」
ルドルフが、心なしか嬉しそうに頷いた。
もう、この夜は眠れない確信があった。
俺は、ルドルフを抱いたまま歩き出した。
その夜を俺とルドルフがどう過ごしたのかは、墓まで持っていく秘密だ。
ただ、一つだけ言えることは、裸に鎖というのはとても良いということだ。
翌日、学園に登校してくる生徒たちの間に衝撃が走った。
「やあ、皆おはよう」
門から登校してきた生徒会長がにこやかに挨拶をしてくるが、なぜだか鎖に縛られていたからだ。
なぜ?
全員の頭の上に?が浮かぶが、本人はいたって涼しい顔をして、それどころか上機嫌なようにも見れる。
「あっ、会長おはようー…って、うえええぇー!?どうしたのさ会長!?
なんで鎖なんて巻いてるの!?」
空気を読まないトウカイテイオーが理由を聞いてくれたことに、全員が内心で『でかした!』とテイオーをほめたたえた。
「おはようテイオー。
実は昨日気づいたらこうなっていてね。
およその理由は想像できるが、あいにく解除する方法がなくて、仕方なくこのまま出てきたというわけだよ」
「そ…、そうなんだ…」
鎖に縛られながらいつもの5割り増し笑顔のルドルフに、テイオーは怯えた。
「あー、ダリいなマックイーン。
なあ、学校サボってテキサスバーガー食いにメキシコに行かね?」
「もう!帰ろうとしないで、さっさと行きますわよ!」
ゴールドシップを引きずりながら登校してきたメジロマックイーンとシンボリルドルフの目が合った。
「やあ。おはようメジロマックイーン」
「あら生徒会長。おはようございま…ひっ!」
マックイーンが小さく悲鳴を上げた。
にこやかに挨拶してくる鎖巻き会長にビビったからだ。
「どしたマックイーン?…げっ!」
ゴールドシップがまずいものを見たかのような顔になった。
「お、おおお、よお!会長じゃねぇーか!
そんな活かしたファッションしてるなんて、パリコレにでも出てきたのかよ?」
「ああ。隠さなくていいよゴールドシップ。
君がやったということはもう承知しているのでね」
全員がマジかよこいつという顔をして、ゴールドシップは白目をむき、メジロマックイーンは屠畜場に送られる直前の豚を見るようなまなざしでゴールドシップを見た。
「へっ!バレちゃ仕方ねぇ!
この鍵を返してほしけりゃアタシを捕まえて」
「開けてくれ」
「へい」
シンボリルドルフの発する全開の威圧に、ゴールドシップは即座に膝を屈し、鍵を開けた。
重たい音を立てて鎖が落ち、自由になったシンボリルドルフがこれからどんな殺戮ショーを繰り広げるのかと全員が恐怖した。
しかし、ルドルフは何もすることなく、鷹揚に笑って言った。
「このいたずらのおかげで私は本願を成就させることができたので、そこは礼を言おう。
だが、君の天真爛漫なさまは好感の持てるものだが、度が過ぎてしまうとエアグルーヴに怒られてしまうよ」
「お、おう」
あまりの反応の無さに、ゴールドシップの方が戸惑った。
「ああ、それと」
ルドルフが鎖を持ち上げる。
「これは貰っていってもいいかな?
記念としてとっておきたいんだ」
「いいけど、記念ってなんだ?」
「ふふっ」
ルドルフはそれに答えることなく、鎖をおもちゃのように振り回し、周囲に恐怖と衝撃波を振りまきながら去っていった。
「何があったっていうのさ、カイチョー…」
なんだかシンボリルドルフが遠くに行ってしまった気がしてならないトウカイテイオーだった。
その後、生徒たちの間で夜になるとどこからともなく金属同士が擦れるような音がするという報告がされ、それは成仏できない鬼ウマ娘が大鉈を引きずって学園を彷徨っているのではという噂がまことしやかにささやかれるようになったのは余談である。
あとは短編ばかりなので、長くないねえ