「前にさ、あたしが焼いたにんじんをトレーナーさんに食べさせようとして、断られたことがあるんだけど、シービーはなんでトレーナーさんが食べてくれなかったんだと思う?」
「それって、どうやって食べさせようとしたの?」
「どうって…、あたしがかじって、熱くもないし甘みも抜群なのを確認してから、はいって差し出したんだよ」
ざわっ!
にぎわっていた教室が一瞬にして静まり返った。
「我ながらめっちゃ上手に焼けた自信作だったのに、どうしてトレーナーさんは食べてくれなかったんだろうな?」
「ふーん。なんでだろうね?
アタシのトレーナーはアタシの焼きにんじん食べてたのにね」
ざわっ!
衝撃的な事実に、またも教室がうねるように騒いだ。
「マジで!?どうやったら食べてくれたんだよ?」
「トレーナーの家でせっかく美味しかったやつを食べてくれなかったから、何も言わず口にいれちゃった。なんだか色々と言ってた気もするけど、黙ってやっちゃえばいいんだよ」
「シービー、それって……」
エースは眉間にしわを寄せていた。
ミスターシービーのあまりにうらやましいが自由すぎる行動に、苦言を呈してくれるのではないかと、その場のウマ娘たちは期待した。
「めちゃめちゃ良いじゃん。あたしもやろうっと!」
そうじゃないだろと、全員が心の中で突っ込んだ。
「でしょ。どうせこれからずっと一緒にいるんだから、エースも早くニンジン食べさせておいた方がいいよ」
「へへっ…。さすがあたしのライバルは、一足も二足も先に行ってるな。
そうと聞いたらうかうかしてられねえ!アタシのすげえ焼きニンジンを、早速トレーナーさんに食べさせてくるよ!」
「頑張ってね。なんだかあんな話しをしてたら、アタシも久しぶりに、トレーナーの焼きニンジンを食べたくなっちゃった。
今からでも、あの美味しくて甘いやつを、トレーナーは焼いてくれるかな?」
カツラギエースとミスターシービーは、それぞれのトレーナーの元へ足早に駆けて行った。
静まり返っていた教室は、二人が出ていった後、ささやくような話し声から、大きな喧噪により揺れ動く。
「あの二人、まさかあんなところまで進んでるなんて…!」
「私だって、焼きニンジンあーんをやってみたかったのに!」
全員が、行き場のない憤りを、中央で手を組んで、黙して語らないシンボリルドルフに向けた。
「ルドルフ会長!あんな自由が許されていいんですか!?」
「私だって学生だから我慢してるのに!」
シンボリルドルフは、それらの言葉に答えず、黙って席を立って教室の出口へと歩いて行った。
なぜ、シンボリルドルフは正当な不平の声に答えないのか?
誰もが疑問に思っていた時、ルドルフのポケットから、一本の串が零れ落ちた。
「あれ?会長、何かの串が落ちましたよ」
「なっ!?君!それを拾ってはいけない!」
ルドルフの静止は一瞬遅かった。
傍らにいたウマ娘は、その串を拾い上げた瞬間に、ほのかに香るニンジンの香りと、男性の匂いをその串から嗅ぎとった。
「この匂い…!会長、あなたまさか!?」
シンボリルドルフは全てを聞き終わる前に駆けだしていた。
「皆!会長はすでに焼きニンジンを経験済みよ!」
「会長!あなたも裏切ったというのですか!?」
「そんなの許せないわ!」
「吊るせー!今こそ王を吊るすのよ!」
たくさんのウマ娘たちが、慌ただしく教室を飛び出していく。
もうもうとほこりが舞い上がる教室で、一人状況についていけなかったシリウスシンボリは、彼女に似つかわしくない遠い目つきでぽつりと呟いた。
「……焼きニンジンってなんなんだ?」