コーラル。
とある星系にある惑星、通称ルビコン3にて産出されたこの未知の新物質は、恒星間航行が一般的になるほど繁栄を極めた人類に、更なる恵みをもたらした。
それはエネルギーであり、食糧であり、また医療分野でも応用することもできた。多くの可能性を秘めるコーラルは、様々な革新的な技術を生み出すこととなり、そして、同時に様々な思惑の入り乱れる争いの火種にもなった・・・。
しかしそれも過去の話。゙アイビスの火゙と呼ばれる、ルビコンのみならず周辺星系まで巻き込んだ未曾有の大災害によってコーラルは焼失。大きな損害を出した企業たちは次々と星外へと撤退。後に残されたのは僅かに生き残った人々と、重篤なコーラル汚染。そして廃星として打ち捨てられたルビコンのみ。
全ては過去の話。もう既に終わったことであると、そう、思われていた。
焼失したと思われていたコーラルの存在が、ルビコン3で再び確認されるまでは。
「・・・また来たのか。よくもまあ、飽きないことだ」
コツ、コツ、という硬質な音を聞きつけて、薄汚れた白衣の男は手元の端末から顔を上げた。入口に杖を突いたスーツの男が立っていた。
白髪交じりの髪を後ろに撫で付け、メガネをかけた初老の男だ。白衣の男はその顔を知っている。何度も取り引きをしている相手だ。お得意様と言ってもいい。それほどには、スーツの男はここにやって来ては、残っだ在庫゙を引き取っていく。
「617たちは、その後どうだ? ハンドラー・ウォルター」
「・・・」
問いかけへの返答は、沈黙。
そこには、白衣の男の言う在庫が載せられていた。
様々な機械や、アームに支えられたライトに囲まれた手術台。ベルト状の拘束具を何十にも掛けられているその姿はミイラを思わせる。違う点といえば、こちらはまだ生きていることだろう。生命維持装置に繋がれ、機械に生かされてこそいるが。
強化人間。かつてコーラルがもたらした恵み・・・その中の一つであり、同時に負の遺産とも呼べるもの。手術や薬物投与によって人間の体を強化、拡張し、常人を超える反応速度や負荷限界を得た彼らは、正しく戦いの道具として多くの戦場で運用されてきた。
「まあいい。在庫処分の手間が省ける・・・。今回のこれも旧世代型。機能以外は死んでいるものと・・・」
「御託はいい、起動しろ」
白衣の男の言葉を遮り、ウォルターが言い放つ。言われずとも知っている。ここにある゙在庫゙とやらはどれもこれも、コーラル代替技術が出てくる前に施術を施され、そして戦場で消費されることもなくただ処分を待つだけの旧式なのだから。
男が手元の端末を操る。最低限命を繋ぐだけだった生命維持システムが、覚醒を促すべく動き出す。体中に繋がれていた細い管の束がプチプチと音を立てながら外れていく。脳深部に埋め込まれたコーラル管理デバイスが起動。休眠状態にあった脳機能を目覚めさせていく。
それに合わせて部屋の奥に鎮座していた鋼鉄の巨人・・・
「621・・・お前に意味を与えてやる」
「仕事の時間だ」
◇◆◇
―――ルビコン3、衛星軌道上空。
一つの流星がルビコンの空に落ちようとしていた。
何基もの大型ブースターと重厚な耐熱殻からなる突入カプセルである。
「ルビコンが近い。そいつを起こしてくれ」
<了解です ハンドラー・ウォルター>
COMが無機質に返答し、突入カプセル内のACに載せられている621の覚醒を促す。
「621、仕事の時間だ」
『・・・』
返事はないが、気にすることではない。続きの指示を出そうとして、ウォルターは何やら様子がおかしいことに気がついた。よく耳を澄ませてみると、すぅすぅという規則正しい吐息が微かに聞こえる。こいつ、もしや・・・? イヤな予感を感じつつ、いやまさかそんなはずは・・・と否定しつつ声をかける。
「621?」
『・・・』
「おい621、返事をしろ」
『・・・あと・・・ごふん・・・』
あまりにもベタベタな寝言だった。仕事柄多くの強化人間を見てきたが、ルビコン3への突入を前にして眠りこけているような奴は初めてである。
「621、寝ぼけている場合か。突入カプセルの電源を落とす。合図をしたら起動しろ。わかったか?」
『・・・あい・・・』
いまだ眠そうな返事に一抹の不安を感じるが、ルビコン3の衛星軌道上に睨みを利かせている惑星封鎖機構の衛星砲は待ってくれない。
こうしている間にも、不法侵入しようとしている
「・・・いまだ、起動しろ」
頃合いを見て合図を送るウォルター。しかし、突入カプセルに動きはない。まさか本当に寝落ちしたのか。COMが連続で警告を鳴らす。超遠距離から照準されたのだ。焦りからマイクに向かって力の限り叫ぶ。
「621? 621早くしろ! 間に合わなくなるぞ!」
しかしその叫び声も虚しく、衛星砲の一射が突入カプセルを射抜いた。爆発、炎上し破片がルビコンの空へと降り注ぐ。
「621ー!」
To be continued・・・→