「来ます……!」って一番に敵の気配を察知する索敵能力最強キャラになりたい! 作:10年前のラノベみたいなのが好き
暗いくらい世界が開けて、視界いっぱいの情報が入って来る。
目の前には文字を書き記す為の黒板が、隣を見れば、ざわざわと揺れる少年少女達の姿があった。皆が一様に机に向かっている。その中には、司の姿をそのまま小さくしたような少女も居た。
「これから、授業を始める」
周りをキョロキョロと見渡していたのだが、部屋に入って来た女性の声によって我に返る。室内の喧騒も水を打ったように静まり返っていた。どうやら、教卓に立つ女性が先生なのだろう。女性の一声で空気が変わったのだ。
ビターチョコレートみたいな深い茶色の髪を後ろで結んで、ポニーテールにしている。キリッと切れ長の性格がキツそうな瞳に、スラッと綺麗な顔の輪郭。
彼女の着ている軍服のような服装が、女が組織に所属している事を物語っていた。
歳としては二十代前半。それも二十代になりたてという若さだ。まだまだ十代の幼さが抜け切れない年齢だというのに、彼女には落ち着きがあり気品があった。
何処と無く既視感が有る。俺はこの女を知っている。
──なんだよ。夢かよ……。
何度も何度も受けさせられた“授業”だったからか、とうとう夢にまで出て来たようだった。
「まずは、おさらいからだ。キミ達
夢だと解っても、終わりは訪れない。こういうのを明晰夢と言うのだったか。ぼんやりと考え事をしながら、強制的に授業を受けさせられる。
「キミ達の生まれる前……と言っても、私が生まれる前でもあるのだが、我々人類は生存の危機に晒された」
物語を言い聞かせるような語り口調。普段は厳しい彼女だが、語り部としては優れているように思う。紙芝居屋とか朗読劇とか、見た事は無かったが、こういう人が向いているのかも知れないと思わせるだけの才は有った。
「相手は、天使と悪魔。天使は地上を浄化する為に人間の根絶を掲げて、悪魔は世界を混沌に陥れる為に殺戮を目的として、降臨した」
紡がれるのは、この世界の歴史の話。創作の設定のようだが、実際にあった話だ。その証拠に地上には今も尚、当時の凄惨が残っている。それは“俺達が生まれた理由”でも有り、“俺達の生まれた理由”でも有ったのだ。
「たとえ相手が伝承の存在であろうと、人類だって『はい、そうですか』と受け入れる事は出来やしない。結果──我々の祖先は戦う事にした」
生まれてから何度も言い聞かせられた為に、いい加減飽きてきた。これで夢から覚めた後にも同じ事を口にされようものなら、俺は怒り狂うだろう。俺がやりたい事は、このような過ぎた話を延々と聞く事では無いのだ。
夢だからか欠伸も出せなくて、退屈な授業はもはや拷問の類いへと変わっていった。
「人類は天使を撃ち落とし、悪魔は人類を甘言で惑わせ、天使は悪魔を光で祓った。人類は天使に強く、悪魔は人類に強く、天使は悪魔に強かったのだ。まさに三竦みの状態が出来上がり、大戦は熾烈を極めた」
黒板に図解される、三角形に並んだ三つの丸。丸の中にはそれぞれ人、天、魔の文字が在った。更には矢印が伸びて、一目で相性が解るようになっている。
ゲームなら火・水・草、じゃんけんならグー・チョキ・パーの状態が我々にも有ったわけだ。
「だがしかし、今現在も我々人類は生き残っている。悪魔が天使との戦いで数を減らし、三竦みが崩れた事で、人間が天使を穿った。結果的に七十二体全ての天使を倒した人類は、大戦に勝利したのである」
ばんっと机を叩いてから、彼女は結末を述べる。その気迫に圧倒された少年達は顔を強張らせていた。
思えば、周りの少年少女達には見覚えが有った。だから、夢というよりは追憶に近いように感じる。
「此処で『めでたし、めでたし』といければ良かったが……大戦の余波によって地上を追いやられ、惨めにも地下で生き長らえているのが人類の現状だ」
知った顔で屈辱を語る彼女であったが、彼女を含め俺達は所謂地下世代だ。陽光の光ではなく、人工の光源を浴びて育った子供だ。
しかし、生まれたての雛鳥なら露知らず、地下に窮屈さを感じているのは皆同じだった。地下とて限界が有り、人口増加に伴い、食糧難も問題として上がっている。発達した文明でも増え続ける人間全てを何一つ不自由無く生かすという事は出来なかった。
「けれど、我々は人類史を変え得る、現状を打破する可能性の、花を咲かせる事に成功したのだ。それが、N世代と呼ばれる【異能】持ちの子供達だ」
目の前の彼女は、先程の話よりも、寧ろ此方の説明に対して悔しそうに歯噛みした。
人類が至った異能持ちの子供達。彼女は俺達よりも一つ上の世代であり、最もN世代に近かった
その結果、この世代に押されたのは“マイナス世代”と呼ばれる俗称であり、烙印だったのだ。
「だから、お前達は人々の期待を背負って生まれたわけだ。我らの地上に跋扈する怪物を殲滅してくれ、ってな。つまりは期待に応える為に、よく学び、よく遊び、よく励め!」
講師をする女性は活を入れる。純粋無垢な周りの少年少女らは、よっぽど嬉しかったのか呆けていた。
だからだろうか、彼女が最後に漏らした『……お前達にはそれが許されてるんだからな』なんて、後ろ向きな言葉は耳に入っていないようだった。そう、ぼうっとしていた俺以外は、な。
「おい、お前! 草薙一九太! 貴様、私の授業を聞いているのか!?」
急に自分に向いた矛先に、驚く。夢の中だというのに、まるで自分が怠けていたのを注意されたみたいだった。
──そういえば、こんな事が前にも……。
***
「……くん、……てください。草薙くん、……てください」
夢の中で何かを思い出しそうになった時、急に意識が浮上するような感覚に襲われた。眠っていた躰に、誰かが呼び掛けている声が飛び込んで来る。実に聞き馴染みがあり、安心する声音だった。
「草薙くん、起きてください」
どうやら車内で爆睡していたらしい。寝心地の悪いシートのせいで、躰中がぴきぴきと痛んだ。だらしなく垂らした涎を拭い、ぐぅーっと伸びをすれば、ある程度の眠気が去っていくようだった。
窓の外を見れば、夕陽が沈み掛かり、夜の帷が下りる寸前だ。
「すまん、寝過ごしていたみたいだな。手間をかけさせた。ありがとう、司」
本来、もう少し早く起きようと心掛けているのだが、どうにも躰は言う事を聞かない。寝起きの情け無い顔を手で解して、礼を述べた。
そして、ちょうど車が停止し、目的地に到着した事を示した。
「いえ、手間だなんて……。そう! 私は草薙くんのペアですから! 寝坊助さんなパートナーを起こすのもペアの役目です!」
えっへん、と胸を打った司。彼女とは長い付き合いではあるが、こういう委員長然としているというか、他人のやりたく無い事も率先して引き受けてしまうきらいがあった。だからこそ、彼女には危うさが有るようにも感じていたのだった。
「……そうか。それなら今後も頼りにしようかな」
「はい!」
司の言葉に甘える、意気地の無い返答ですら彼女は笑顔で返してくる。こうまでされると気が引けるのが人間で、俺も少しは努力しようと奮起した。
***
適当な場所に停められた送迎車から降り、地下へと続く出入り口まで歩く。
歩を進める事、数分。廃墟だらけの無人街の中の一つの建物の前で足を止める。
他と変わらない荒れ果てた建築物。しかし、此処こそが地下への出入り口となっていたのだ。
地上に行く人々が限られているが為に許された、見窄らしい隠し場所。だが、木を隠すなら森の中、未だ侵入者無しの堅固さだった。
「えぇっと、此処をこうしてあーして……」
俺達は慣れた手つきで廃墟内のダイヤル式地下扉を開くと、下へと続く階段を降りて行く。
やがて現れたのは、一つのエレベーター。これにもコマンドが有り、間違った手順で進めばカードキーを使わない限り開かない仕様らしいと聞き及んでいた。
二階、四階、四階、一階、閉じる、開く、五階、二階、三階、閉じる。
正規の方法でボタンを押すと、箱が下へと動き始めた。
下がり下がり、揺られ揺られ、そして止まる。ちん、っと音を鳴らしたエレベーターは役目を終えたように扉を開いた。
「やっぱり、帰って来たって感じがしますね」
目先に広がる景色に、司は言葉を零した。
人々によって築き上げられた地下空間。人工の光や、近未来チックな建物で溢れかえっている街。狭い閉鎖空間だったが、何一つ不自由が無いとまでは行かなくても、おおよそ人間らしい営みは送られるだけの豊かさが此処には有った。まさに、地下都市といった具合である。
俺には、この場所を故郷とまで言えるようなホーム感は無かったが、此処で生まれ育った彼女にとっては、この世界こそ帰るべき場所だったのだ。
地下都市の整備された街路を道なりに進んでいく。
すれ違うのは、活気に満ち溢れた笑顔の民衆。まるで地上に出る事なんて忘れてしまったかのような、瓶に閉じ込められたノミみたいな愚鈍さだ。実に人間らしい弱虫な姿だった。
***
やがて、辿り着いたのは地下都市の中心部。権力を誇示するかのような大きなタワーが特徴の建物だった。俺達は、その立ち入り難い雰囲気の施設の中に我が物顔で入って行く。此処こそが、まさに俺達N世代の生まれ故郷、研究施設だった。
中に入ると、白一色で統一された廊下が飛び込んで来た。そのあまりにも目疲れする清潔感に、思わず顔を顰めた。全然慣れない落ち着けなさに辟易としてしまう。
入って来たそのままの勢いで向かったのは、ある一室。他の何にも目をくれないで、面倒事をとっとと終わらせてしまおうと考えたのだ。
「草薙一九太、御縁司、帰還致しました」
「よし、入って来い!」
ノックをしてから簡易的に入室を呼び掛ける。すると中から、凛とした声が返ってきた。
この研究所は軍事施設も兼ねている。通常なら上官に入室を願う際には、もう少し礼儀作法に細心の注意を払わなければならないが、そこは俺達異能持ち。只人ならすんなり捻ってしまえるという事で、咎められる事は無かった。だからこそ、戦闘能力の無い俺も虎の威を借る狐のように大きい顔をしていられたのだった。
「御苦労だったな、草薙、御縁」
言われたままに入室すると、中にいたのは見慣れた女性の姿だった。
昔と変わらないビターチョコレートみたいな髪の毛をポニーテールにしている。性格の強そうな瞳は、しっかりと此方を捉えていた。……いや、夢の中で見た彼女よりも少し雰囲気が柔らかくなっただろうか。そう思えるのは、これまでの長い付き合い有ってのものだ。
女性──
マイナス世代と呼ばれた子供達の多くは、その境遇故に腐っていったが、彼女はそうでは無かった。燃え滾るような野心を押し込め、憎悪の対象である筈のN世代の講師という立場すら甘んじて受け入れた。そして、組織に入り込んだ後に、ぐつぐつと煮えた向上心を存分に発揮し、めきめきと位を上げていった。結果、彼女はこうして俺達を指揮し、使う側の人間にまで上り詰めたのだ。
「鷹月さん、私も草薙くんも傷一つ無く、無事に帰って来ました」
「あぁ、そのようだ。何時も乍ら、二人共良い働き振りを見せてくれた。感謝する」
司が報告を始めると、応えるように恋路さんも労いの言葉を掛けてくれる。ペアのおかげで、普段通り卒が無く終えられた為、報告も短い。これで任務中の緊急事態とか、違和感等が有れば詳細に話さなければならず、長引いてしまうところだった。
「しかし、やはり草薙の【異能】は優秀だな。地中の敵にすら反応してみせるのか」
「御世辞でも有り難く受け取っておきますよ」
「いや、世辞では無いのだがな……」
柄にも無く御世辞を述べる恋路さんに、ギャップ酔いしてしまいそうになる。この人の事だから、『良い上司とは、偶には部下を褒めてやらないといけない』みたいな空気を入れられたのだろう。不器用な人だ、と鼻で笑った。
「草薙、私はお前を買ってるんだ。その力は大いに役立っている」
「ありがとうございます」
「……」
どうやら異能を褒められていたらしい。まだまだ至らないところばかりだが、悪い気はしない。けれど、索敵能力最強を目指しているが、俺の異能なんてありふれていた凡愚だ。別段買われるような特別さは無い。
「それじゃあ、お開きという事で……。二人は自由にしてくれて構わ──」
「──恋路ちゃん! ちょっと匿ってほしいッス!」
恋路さんが解散の命を出そうとした時、それはやって来た。嵐のような一過性の……けれど騒がしい人が入って来た。
「あぁ、もう! 仕事中に『恋路ちゃん』と呼ぶな! 二人はもう行け! 私は此奴に話が有る!!」
「痛いッ! 痛いです!」
抱きすがってくる来訪者の頭を、掴んで離さない恋路さんは、雑に俺達を部屋から追い出す。
恋路さんの友人の、桃色の髪をサイドテールにした来襲者──
***
台風から避ける為に部屋を後にした俺達は、少し雑談する。
「大丈夫でしょうか……」
「まぁ、大丈夫だろ」
「初夏さんの方ですよ」
あぁ……、っと得心した声を出した俺は、少しばかり彼女に同情した。
恋路さんは異能こそ持たないものの、対人戦においては鬼のような強さを誇る。そんな人を怒らせてしまえばどうなるか、語る必要は無かった。
「あの、草薙くん! この後のご予定は……?」
司と二人で施設内を歩いていると、急に彼女に問われる。
「別に、此処の食堂でテキトーに飯でも済まそうかと思ってただけだ」
「ご、ご一緒しても良いですか……?」
「あぁ……。どうせなら一緒に食うか」
珍しく彼女に同伴を願われる。俺達は任務に出ていたせいで、碌に食べられていなかった。別に俺と食べる必要なんて無いだろうが、彼女が言うのならば、喜んでお受けしようと思う。
そうして、目的地を同じにした俺達は、再び歩みを進めるのだった。
***
「……さっきのは何ですか?」
恋路に絞められる一歩寸前という所で、ライカは口を開いた。口調が変わり、自分の躰を貫くような鋭い視線に、恋路は思わず手を緩めた。
そのおかげで、するりと拘束から抜け出したライカは再び話し始める。
「草薙くんとの会話ですよ」
「──っ!? 聞いてたのか!? いったい、いつから!?」
ライカが嘆息しながら呟くと、恋路は途端に親に恋人とのデートを見られたかのような、小っ恥ずかしさに襲われる。顔を真っ赤にする恋路に対して、尚もライカの追撃は止まない。
「最初からですよ……」
「最初からって……」
呆れたといった具合に表情を変えたライカは、恋路に細めた目を向けた。睨むような、問い質すような視線に、恋路は怯んだ。
「きょ、今日はだな? 草薙を褒めてやろうと思って、頑張ったんだ!」
「あれで、ですか?」
「うぅ……」
恋路は、ライカに言い詰められて、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。人前では見せない彼女の弱々しさが、其処には有った。
恋路とライカ。旧友の二人だからこそ、立場も忘れ、偽りの仮面も脱ぎ捨て、腹を割って話が出来たのだ。
「だって無理だろ!? 今まで、どれだけ素っ気無く接して来たと思ってるんだ!? 今更素直に褒められるものか!!」
「はぁ……」
友人の情け無い姿を見ていると、溜め息が増えるのはどうしてだろうか。ライカは遂に逆上して来た恋路に対して、冷たくあしらった。
「其処を素直にならないで、どうするんですか」
「だってぇ……だってぇ……」
めそめそと駄々っ子のように眉を下げる恋路を見て、ライカは『なんだこれ……』と見下した。恋とはこれ程に人を変えてしまうのか。何年も前の野心に燃えていた鷹月恋路は何処へやら。今ではすっかり牙を抜かれていた。しかしそれでも、捨てたわけでは無い。ただ、息を潜めてしまっていたのだ。
「そんなので良いんですか……? いつか草薙くん奪われちゃうかも知れないですよ?」
「そんな事無いだろ! アイツの良さを解ってるのは私だけだよ」
ライカが焦燥感を持たせる為に放った一言を、恋路は笑い飛ばして見せた。
「……ダメだこりゃ」
「でも、そうだな……。誰かに奪われるなんてのは、ちょっと嫌かな……」
恋路は想像する。
他者が草薙と一緒に楽しそうに笑う姿を。
会話に花を咲かせる姿を。
二人、添い遂げる姿を。
あまり実感は湧かなかったが、考えれば考える程に心の奥がちくちくと痛んだ。──どうして其処に自分が居ないのか、と。
恋路の髪色はビターチョコレート。しかし、彼女の恋は、何処までも甘く、喉を焼くようなホワイトチョコレートみたいに甘い、純粋無垢なものだったのだ。
キミ達の好きな、曇らせ出来そうな要素も入れときましたよ。マイナス世代を