「来ます……!」って一番に敵の気配を察知する索敵能力最強キャラになりたい! 作:10年前のラノベみたいなのが好き
「やっぱり、人工肉ってあんまり美味くないな……」
器に盛られた肉のような物体を一噛みすると、限りなく肉に似せた紛い物の味が口内を支配した。溢れる肉汁、舌触りの良い肉感。ただ、食感だけが肉のそれとは程遠く、自然と顔を顰めてしまう。
「そうですか? 一昨日のシチューと比べたら美味しいと思いますよ?」
「あれは本当に酷かったな……」
向かい側に座る司は、小さな口でもごもごと味わうように咀嚼してから疑問をぶつけた。
確かに、一昨日の汁物は最悪だった。ガリガリ、ホクホク、ニチャニチャ、トロトロ。煮詰めても尚、決して食感を失わない物体が、個人こじんで主張しあって『自分達はシチューですよー』という顔をしている。混ぜて汁にしておけば大抵は食えるだろうという浅はかな考えによって作られていた最低な粗悪品だった。
だいたい、この地下都市の食文化は常軌を逸していた。ただ必要な栄養素を補う為に、一食で全てを摂取できるようにと生み出された、完全食という名の人工肉。化学によって齎された、食糧難を救いつつ人間に必要なものを最効率で得られる完璧な食事。その反面、味だとか食感だとか、食の楽しみを度外視して成り立っているのだ。肉に寄せていても化学感が抜け切っていない。これでは、本物を知っている身としてはどうにも満足できなかった。
「なんだかなぁ……」
文句を言おうと他が出てくる事は無い。仕方なく味気ない食事を食べ進めていく。この躰では本物の肉なんて食べた事無い筈なのに、どうしてか代替品を受け付けない。魂レベルで拒絶しているという事なのだろうか。
そもそも、この地下都市には食事を楽しもうという考えが欠如していた。それもその筈で、こんな閉鎖空間で家畜を育てて食べようなんてのは、あまりにも非効率的だ。完璧な食事が得られるというのに、わざわざ面倒な事をする必要も無い。
しかし、だからと言って完全にゼロかと言われるとそうでもなかった。物好き扱いされてはいるが食に拘る人間も居る。一瞬で無くなってしまう物に高い金を出している変人。それが彼らに貼られたレッテルではあったが、居るには居るのだ。なんとしてでも美味しい物を食べたいって連中が。
けれど、現実は残酷だ。食べられるような動物の大体が先の大戦で死滅したらしい。辛うじて連れてこられた家畜も、地下空間で育て、繁殖させ続けるのは困難で、今尚残り続けているものを食べようとなると莫大な資金が必要になる。研究所で増やしているのが居るには居るらしいが、あれは食用には向かないだろう。
かくして、食文化は極めて合理的な完全食の道へとシフトしたのだった。
「草薙くんは食事にお金を使ってるんですか……?」
「たまに、な」
司が不思議そうに問う。
俺達異能持ちのN世代は、任務を熟すと決して少なく無い給金が出る事になっていた。それを使えば地下で売られている食べ物にも手が届くのだが、別に高い金払ってまで切望するような食通というわけでも無かった。ただ少し嫌気が限界に達した際に贅沢しちゃうくらいの、人間らしい使い方をしているだけだ。
「司は、何に使ってるんだ?」
会話のキャッチボールを楽しむ。訊かれたから訊き返した、それだけだった。
思えば、司は何にお金を使っているのだろう。彼女から何かを買ったという話をされた憶えは無い。それに年相応に何かに入れ込んでいるという素振りも無かった。
「実は、あまり使っていないんです。こういうのってどうしたら良いのか判らなくって……」
彼女らしいといえば、彼女らしい答えだった。しかし、年頃の少女が無欲だというのも不安になる。
この地下都市、食に関してはダメダメだが、他の娯楽は発達している。なんでも与えられる世界で、人が機械になってしまわない為の最大限の工夫だった。異能持ちの子供が現れたからこそ、民間人は心配事も無く遊んでいられるというわけである。
「あの……草薙くんさえ良ければ、今度私に美味しい物を教えてくれませんか?」
「あぁ、構わないよ」
「本当ですか!? 絶対ですからね?」
子供のようにはしゃぐ司。よっぽど美食に興味が有ったらしい。こんなにも期待されると腕が鳴るというものである。
「時に草薙くん、この後も暇だったりは……?」
「この後は……。悪い、行かなくちゃならない場所がある。入り用なら埋め合わせは必ずするから」
「いえ、大した事ではありませんから」
「そうか……?」
手振りで否定する司の姿に、申し訳ないとは思いつつも席を立つ。俺は彼女にもう一度詫びを入れてから、食堂を離れ、足早に市場へと向かったのだった。
***
「五和、入るぞ」
消毒臭い、閑散とした施設。ちかちかと点灯する蛍光灯は、換え忘れているのか放置されているのか。自分の声すら煩く思う程に静まり返った廊下は、酷く冷たく感じる。
重厚なスライド式ドアを三度ノックしてから室内に入ると、広い部屋の中にぽつんと置かれたベッドが目立った。その上で儚く座る少女に自然と目が行く。
「久しぶりですね、兄さん」
少女──
病衣を着込んだ薄い躰。日に焼けていない透き通る程に白い皮膚。それなのに、唇だけがほんのり桜色に色づいていた。
五和は俺を「兄さん」と慕ってくれるが、血が繋がっているわけでは無い。ただ、彼女も【異能】持ちで幼い頃から交友を続けるうちに、そう呼んでくれるようになっただけだった。
「久しぶりって言っても三日前も来ただろ?」
「三日も前ですよ!」
「大袈裟だろ」
出来る限りを尽くしてはいるが、それでも彼女は満足しないらしい。けれど、それも仕方無かった。彼女はどうにも腫れ物のように扱われている節が有ったのだ。只人とは違う、脅威となり得る特異な力を持っている為か、はたまた……。
五和の躰を見る。
全身を包帯に覆われた痛々しい姿。白い生地が血濡れして、紅く染まっている。綺麗な顔に貼り付けられたガーゼが、片方の瞳を隠していた。
──そして、彼女の右腕は肘から先が欠損していたのだ。
このような傷を負った為に、彼女の漆のように艶めきを魅せていた長髪は、顎先までで乱雑に切り揃えられていたのだった。
「今日は旧時代のリンゴの缶詰が手に入ったんだ。切られてるやつじゃない、丸々一個保存加工されて残ってたものだぞ」
俺はベッド脇の丸椅子に腰掛けると、五和に見せるように缶詰を取り出した。そのままの勢いで缶を開くと、中に入っていたリンゴを見せてやる。
「これが本物のリンゴ……。すごいですね」
ほぉ……、っと小さく感嘆する五和は、手元の果実のようにほんのり頬を染める。
見舞いといえばリンゴ。少し値は張ったが、運良く本物のリンゴが売られていて良かったと思う。大戦前の超未来の科学力を持って保存加工された缶詰だ。収穫直後のように瑞々しく新鮮、まさに『かがくの ちからって すげー!』って感じの一品だった。
ちなみに、この缶詰こそが地下都市に美食家が存在する所以であった。どんな食材も料理も出来たてほやほやみたいに保存されている缶詰。それが出土するのだから、人々はトレジャーハンターのように駆け回り、高い金を払うのも厭わなかったのだ。
「ほら、これがうさぎリンゴだ」
「ふふっ、可愛いです」
所持していたナイフで器用にカットしていく。我ながら上手くいったと思う。切り分けたリンゴを紙皿に盛り、五和に差し出した。
「それじゃあ、有り難くいただきますね……。あっ……こっちの手はもう無いんでした……」
五和はリンゴに手を伸ばそうとして、先の丸まった右腕を向けた。しかし、空の手虚しく、届きはしない。彼女は一瞬顔を曇らせてから、恥ずかしそうに笑う。その様子が、何とも痛ましくて押し黙るしか無かった。
「左手は不慣れなので、兄さんが食べさせてください。……あーん」
雛鳥のように口を開く五和に、仕方無くリンゴを持っていく。しゃくりと音が鳴ると、新鮮さが際立った。
「これがリンゴなんですね……。なんだか不思議です。もっとください」
五和は早く、早くと急かして此方に口を向ける。小さな口を忙しなくもごつかせ、中が空になる度に彼女は口を開いた。俺もどうしてか楽しくなって、ついつい餌付けしてしまう。
「ふぅ〜、もう大丈夫です」
「そうか」
二つ、三つを食べ終えると、彼女は満足したのか笑みを見せた。普段から少食なのもさる事ながら、すっかり胃が小さくなってしまっている。
「俺が包帯変えてやろうか?」
傷だらけのままで碌な施術もされていない、辛うじて生かされているような五和の現状に納得できない。それでも、当事者である彼女が嘆きもしないのなら、俺が騒いだところで傍迷惑だろう。
「じゃあ、お願いしましょうかね」
了承を得て、歩み寄る。すると──。
「えいっ♪」
「は!?」
近づいた事で、彼女の左手が俺の腕を捕えて、強い力で引かれる。少女の非力な躰からは決して出ないであろう剛力。意表を突かれた俺は、されるがままになってしまう。たとえ成人男性であっても敵わない力。これが彼女の【異能】だった。
「ふふ♪ どうですか? 自分より歳下の女の子に押し倒されるのは。今は兄さんが下ですよ」
五和に組み敷かれる。吐息が混じり合うくらいに近付いた彼女の顔は、すごく興奮しているように感じた。彼女の顔貌が目の前にある事で、綺麗に整っている事を再確認させられる。
「【異能】さえ使えば、兄さんだって……他の誰だって私には敵わないんです。だから今も、情け無い姿を晒しているんですよ」
花咲五和の異能は、念動力だ。手を介さずとも、自身の何百倍もの重さの物体を持ち上げてみせる力だった。それだけではなく、拘束、捻り、放出。所謂サイキッカーのような事を彼女は異能によって、してみせる。手傷を負った今でも十分機能する異能だ。
「今日はどうしたんだ? 人肌が恋しくでもなったのか?」
熱く、のぼせたみたいな表情をする五和に問う。いつもの彼女であれば、このような意味の無い行為はしない。だからこそ、ついつい勘繰ってしまうのだ。
「人肌が恋しい……? 恋しい……そう、かも知れませんね」
五和は、何か腑に落ちる事があったのか、納得した様子を見せた。
「そろそろ、遊びは終わりだ」
「え〜?」
そう言うと、彼女はがっかりとした。少女の軽い躰をずらして、拘束から抜け出す。口では残念そうにしていても、彼女は異能を使ってこなかった。
「もうこんな時間か……」
時計を確認すると、短針が九の数字を指していた。もう直、消灯時間がやって来る。本当はもっと居てあげられたら良いのだが、そうもいかない。
「そうですか……」
「今度はパイナップルの缶詰を持って来るよ。切り分けられてない、芯だけを取り除いたドーナツ状のやつをさ」
「パイナップル! 食べた事ないです! 約束ですよ?」
「あぁ。約束する」
五和と些細な約束を交わす。子供みたいに指切りをして、忘れないように戒めた。自分が出来る、精一杯の事をしよう。ただそれだけの事だった。
「また来るよ」
「楽しみにしてますね」
彼女に別れを告げ、踵を返す。五和はまた、独りぼっちの夜を過ごすのだろう。そう思えば思うほどに、帰路に着く足取りは重くなった。
これは、贖罪だ。いつか死ぬ、その時まで彼女の下へと足繁く通おう。俺にはそれくらいしか出来ないのだから。
***
暗い部屋の中で、少女は独り、窓の外を眺めていた。朝も夜も無い世界を彩る照明器具。都市は何時だって賑わっていて、眠らない。ただ彼女──五和だけは病院のベッドの上で孤独を感じていた。
こんな寂しい夜、通信を使えば兄は快く応じてくれるだろうか。いや、忙しい人だ。自分が迷惑をかけてしまってはいけない。五和はずっと、兄の事だけを考えていたのだ。
だから、今日は楽しかった、と五和は幸せを噛み締める。
草薙は大袈裟だと笑ったけれど、三日も会えなかった事は五和にとって大問題だった。医者や看護師は面倒臭さそうな顔をして、彼女に接した。元々、五和には友人なんて呼べる交友関係が皆無だったから、唯一彼だけが……草薙だけが彼女の下へと来てくれる存在だったのだ。
だから、その限られた時間は魅力的で、愛おしくて。だからこそ、あのような大胆な行動に出てしまった。
出てしまった故に、彼女は疑問を抱いたのだ。
「兄さんは、死んでも良いって思ってる……?」
草薙と絡み合った時、五和の中にあるビジョンが流れて来たのだ。それは、草薙一九太が思想する独自の考えだった。
花咲五和の【異能】は、念動力だけに有らず。
他人の思考を読み取る、読心術。テレパシーも彼女の異能の一端であった。と言っても、最近芽生えた微小な力に過ぎず、全てを読み取る事は出来ない。それでも、思考の節々を感じ取る事が出来たのだ。
五和は、この力を誰にも話していない。兄と呼び慕う草薙一九太にも、だ。
「……ずるい、ずるい、ずるい」
自分は兄の事でいっぱいなのに、想い人の彼の中は、既に何かが埋めつくしている。草薙の中を支配する何かが、五和にとって憎くて、妬ましくて仕方無かった。
「兄さんが死んでも良いやって思ってるのは別に良いんです。でも──死ぬなら、私が先ですから」
五和の瞳は途端に濁る。草薙が生に執着していないだとか、この際どうでも良かった。ただ、自分を置いて死ぬのは嫌だとか、先立たれて自分だけが取り残された世界を味わいたくないだとか、そういう想いだけが彼女には有ったのだ。
「あぁ、どうしたら兄さんの“傷”になれるんでしょうか。一生、深く深く残り続ける、躰を蝕むような傷痕に、私はなりたいんです」
自分が、草薙を支配する何かを塗り替えたい。五和はその為に草薙より早く死ぬ。彼の中で生き続けられるなら、
「あの時の兄さんの顔は最高でした! 私の失くなった右腕を差し伸べた時の表情なんて、忘れられません!」
五和は、そんな草薙の姿が愛おしくて堪らないのだ。だから、つい悪戯してしまう。苦い顔をする彼の表情が好きで好きで、意地悪してしまうのだ。
「……あんなの、兄さんのせいじゃ無いのに、何時までも引きずっている」
事故とか悲劇とか、そういう類いの果てに起きたものだった。誰のせいでも無かった。勿論、草薙も五和も悪く無くて、むしろ被害者だったのだが……。
「まあ、そのおかげで今が有るわけですから」
五和は満足気に呟いた。今の状況は、怪我の功名だったのだ。
「……そうですね。まずは、もっともっと兄さんに意識してもらうところから始めましょう。親しければ親しい程、愛していれば愛している程、傷は深く抉るのですから──」
五和は思索する。いつか彼を曇らせるような、とびっきりの死に様を御披露目出来るように。いつか彼の全てを支配するような、“完全”になれるように。深い深い思考に入った。
孤独は飢えを深める。
孤独は愛を再確認させる。
孤独は心を強くしてくれる。
けれど、孤独は心の闇をより一層際立たせもする。
傷付いた五和の心には乱雑に包帯が巻かれている。ただ癒える事も無く日に日に増していく傷口は、闇と呼ぶ以外に無い彼女の心そのものであった。それを隠すように強引に巻かれた包帯が、彼女の闇を覗かせはしなかったのだ。
五和は今日も独り、傷付いた心を癒してくれる存在を待っていた。
(あかん……!性癖が抑えられへん!)