ホワイトルームが少子化対策組織だったら   作:二見健

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 暴力事件はピタリと止んだ。

 

 事情を知らない平田たちは警戒を続けていたが、Cクラスが何のアクションも起こさないことで、やがて事件の記憶は風化していった。

 

 そんなある日のことだった。

 

「ククク。テメェが綾小路か」

 

 廊下で遭遇したロン毛の少年が不敵に笑っていた。

 

「うちの石崎が世話になったな」

 

「誰のことだ?」

 

「まぁ惚けるしかないよな。今はそれでいい。だが次はねぇからな」

 

 三下のような捨て台詞を吐いて去っていった。

 

 何だったのだろう。石崎とやらの前にまずは自己紹介をしろと思ったが、どうでもいいか。

 

 オレが教室に入ると、桔梗が数人の男子たちに言い寄られていた。

 

「櫛田ちゃん! 今日こそは一緒に遊びに行こうぜ!」

 

「ええと……今日は用事が……」

 

「またそれかよ! いいじゃん! 最近全然遊んでないし、今回は俺が奢るからさ!」

 

 池寛治。桔梗に執拗に迫っている男子である。

 

 桔梗はオレに抱かれてから、なぜか他の男子と一切遊ばなくなっていた。そのせいで一部男子にフラストレーションが溜まっていた。

 

「櫛田ちゃん。池なんか放っておいて、俺と二人きりでどこか行かない?」

 

 そして山内春樹。奴は何時ものように寝言を吐いている。

 

 他にも数人の男子に言い寄られて、流石の桔梗も笑顔が引きつっていた。

 

「自業自得ね」

 

 堀北が冷たく吐き捨てている。

 

「可哀想とは思わないのか?」

 

「どこが? あれは彼女が自分自身で作り出した不始末でしょう。嫌ならきっぱりと断ればいいのに、曖昧な態度を取り続けるからよ」

 

 正論だが、それをすると桔梗はクラスのアイドルでいられなくなる。あれはあれで大変なのだ。

 

「……はぁぁぁ」

 

 などと思っていると、桔梗が大きな溜息を吐いた。桔梗に言い寄っていた男子たちが目を丸くしている。

 

 とうとう爆発しそうだ。そう思いながら眺めていると、桔梗がオレの隣まで駆け寄り、おもむろにオレの腕に抱き着いてきた。

 

「みんなごめん! 私、綾小路くんと付き合ってるの!」

 

「ええぇぇぇっ!?」

 

 男子たちが悲鳴を上げていた。女子たちも黄色い悲鳴を上げていた。

 

「どう言うことだよ! またやりやがったのか! クズの小路!」

 

「どうしてお前ばっかいい思いしてんだよ! クラスの奇麗どころを根こそぎ奪いやがって! 俺たちの分まで残しやがれ!」

 

「うわぁぁぁ! 俺たちの櫛田ちゃんが! こんなの有りかよぉぉ!」

 

 阿鼻叫喚の中、オレは腕に抱き着いている桔梗に声をかける。

 

「よかったのか?」

 

「いいんじゃない? いい加減あいつら鬱陶しかったし」

 

 桔梗が小声で言う。どうやら池たちのアプローチに嫌気がさしてクラスのアイドルを降りることにしたようだ。

 

「よかったね、桔梗ちゃん! これで人目があるところでも大手を振って清隆くんとイチャイチャできるね!」

 

「う、うん。佐藤さん、心配かけてごめんね」

 

「麻耶でいいよ。清隆くんの彼女同士じゃない」

 

 正気を疑うような会話が繰り広げられており、隣の堀北が頭を抱えていた。

 

「……頭が痛いわ。このクラスのモラルはどうなっているの?」

 

 オレの方を向いて言われる。まぁ、オレのせいだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 期末テストは無事に終わり、夏休みに入っていた。

 

 テストでは麻耶も愛里も安定して七十点台を取っている。これで心置きなく夏休みを満喫できると安心し切っていた。

 

「それにしても、この学校もたまには乙なことをしてくれるよね。南の島でバカンスなんて最高じゃない」

 

 オレたちは茶柱が言っていたバカンスに繰り出していた。

 

 南の島のペンションに宿泊するために、豪華客船に揺られているところである。

 

 船のデッキで海風を浴びているのは長谷部波瑠加。オレの女だった。

 

「きよぽんテンション低いよね。楽しみじゃないの?」

 

「あの茶柱の言うことだぞ。どうせロクでもないイベントが待っているに決まっている」

 

「考えすぎじゃない? 期末テストでは何もなかったよね?」

 

「だといいけどな」

 

 オレは展望デッキのベンチに腰を下ろし、ぼうっと景色を眺めていた。

 

 オレのテンションが低いのは無人島で厄介事が待っているからではない。すべては夏休みに入る一週間前、茶柱に呼び出されたせいだ。

 

 あの男が学校に接触してきた。そしてオレを退学にさせろと要求してきた。

 

 茶柱はオレにそのことを告げて脅しをかけてきた。Aクラスを目指さないなら、あの男の指示に従ってオレにあらぬ罪を着せて退学にさせると。

 

 前々から最低な教師だとは思っていたが、あそこまで酷いとは思わなかった。

 

『条件があります』

 

『今のお前が条件を出せる立場か? まぁいい。聞くだけ聞いてやる』

 

『茶柱先生がオレの女になってくれるなら、全面的に先生の指示に従いますよ』

 

『なっ、お前は何を言っている!? 女好きだとは知っていたが、教師の私まで狙っているのか!?』

 

『当然でしょう。先生は魅力的な女性だ。オレはあなたを抱きたいと思っている』

 

『ふ、ふざけたことを言う前に成果を上げろ! 話は終わりだ!』

 

 と言うわけで、茶柱との密会は切り上げられてしまった。

 

 茶柱をゲットできたチャンスなのに、しくじってしまった。どうやら急ぎ過ぎたようだ。ホワイトルームの最高傑作が何たる有り様だ。

 

 と言うわけで、オレは久しぶりのミスに落胆していたのである。

 

 溜息を吐いていると、展望デッキに三人の美少女が入ってきた。女子のトイレは長いとだけ言っておこう。

 

「清隆くん! なんで待っててくれないの!?」

 

「聞いてないが」

 

「あれ、そうだった?」

 

 首を傾げているのは佐藤麻耶。オレの女だ。

 

「波瑠加ちゃん、日焼け止めはちゃんと塗ってるの?」

 

「心配しなくても大丈夫だよ。朝起きてすぐに塗ってあるから」

 

 心配そうに声をかけているのは佐倉愛里。オレの女だ。

 

 そして女子のトイレが長かった理由の一つが判明していた。展望デッキに上がる前に日焼け止めを塗っていたようだ。

 

 波瑠加と愛里がウォータープルーフがどうのこうのと話しているのを聞いていると、オレの隣に美少女が座る。

 

「風が気持ちいいね、清隆くん」

 

 裏表のなさそうな笑顔を浮かべているのは櫛田桔梗。オレの女だ。

 

 桔梗はクラスのアイドルをしていたのだが、そんなアイドルを奪ってしまったオレは一躍クラス中の男子から恨まれていた。

 

「最初の一週間は島のペンションで集団生活で、次の一週間は豪華客船の船旅を満喫できるんだよね。きょーちゃんは新しい水着、買ってあるの?」

 

「一応ね。清隆くんに選んで貰ったんだ」

 

「えっ、何時の間に!?」

 

 夏休みに入ってすぐに麻耶と愛里、波瑠加の三人が一緒に水着を買いに行っていたのは聞いている。桔梗は女子グループの付き合いで参加を見送っていたのだが、後日ちゃっかりオレを呼び出して水着を買わせていた。

 

「清隆くん。桔梗ちゃんに優しすぎない?」

 

 麻耶もベンチに座り、不満をアピールしながらオレの肩を突いてくる。機嫌を直して貰うためにオレは麻耶を抱き寄せて耳元にささやきかける。

 

「麻耶。水着、楽しみにしてるぞ」

 

「……清隆くん。うん、水着、期待しててね」

 

 麻耶がメスの顔をしてオレにしなだれかかってくる。

 

 遠くで見ていたクラスメイトの男子が「クズの小路だ」と呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 わざとらしい船内放送の後、船が島を一周する。

 

 それから下船することになった。持ち物検査を受けて、鞄一つだけ持ってタラップから砂浜に上陸する。

 

 クラスごとに整列させられるが、オレの周りは美少女たちで固められていた。

 

 他のクラスからも「あれが噂のクズの小路かよ」と戦慄する声が上がっている。

 

 やがてAクラスの担任、真嶋によって特別試験の開催が宣言される。

 

 試験のルールを説明された後、オレたちは砂浜で今後の方針について話し合っていた。

 

「平田、ストップ。せめて日陰に入れさせてくれ。何人か辛そうにしているぞ」

 

「そうだね、試験に気を取られて気付かなかったよ。教えてくれてありがとう」

 

 オレの彼女たちが日焼けを嫌っていたから言っただけである。

 

 と言うわけで日陰に入ったばかりだったが、試験の方針について幸村と池、篠原が言い争いを繰り広げていた。

 

「あれ、放っておいていいの?」

 

「いいんじゃないか?」

 

「いや、止めようよ。時間の無駄でしょ」

 

 波瑠加がオレに呆れている。

 

 段ボールの簡易トイレに女子が拒否反応を起こし、篠原が仮設トイレを購入すべきと主張。対する池や幸村はポイントを節約するために篠原と真っ向から対立していた。

 

「段ボールとか絶対無理! それに男子も近くに居るんでしょ? きもい!」

 

 と篠原が罵る。

 

 言い方はともかくとして、女子にあのトイレは耐え難いようで、麻耶や愛里は何度も頷いていた。

 

「清隆くん、何とか言ってやってよ。流石にあのトイレは無理すぎるって」

 

「私も……男の人とあれを共有するのは、厳しいです……」

 

 愛里が泣きそうになっていた。

 

 仕方がない。オレも自分の彼女があんな段ボールトイレを男子と使い回すところなんて想像したくなかった。

 

「ちょっといいか?」

 

「クズの小路? どうせお前は女子の味方するんだろ。引っ込んでろよ」

 

 池に罵られる。実際にこれからオレは女子の味方をするので池の言葉は正しいのだが、言われて引っ込むのは格好が悪い。

 

「いいから聞いてくれ。トイレは一つだけだと絶対に足りない。早朝などで絶対に混雑する」

 

「だからどうしたんだよ! それを上手いことやりくりするんじゃねぇか!」

 

「トイレを我慢して体調を崩し、リタイアする者が出たらマイナス三十ポイント。我慢できずにその辺で用を足した者が居れば環境汚染でポイントがマイナスだ。ポイントの節約に反対するつもりはないが、必要経費とは分けて考えて欲しい」

 

「……そうだな。お前の意見はわかった。納得できるだけの根拠もある」

 

 幸村が悔しそうな顔をしながらも納得してくれたのに対し、池は「はぁ?」と顔をしかめていた。

 

「綾小路くんありがとう! どっかの男子と大違いだね!」

 

 余計な一言を付け足した篠原に苦笑しながらオレは麻耶たちのところに戻る。

 

 池は孤軍奮闘して粘っていたが、風向きが怪しいことに気付いて意見を撤回した。それでも不満そうにオレの方を睨んできた。たかがトイレで大袈裟な奴である。

 

「綾小路くん、ありがとう。助かったよ」

 

 平田に声をかけられる。

 

 これから平田は男女の仲裁役として動き回るのだろう。

 

 オレは平田の未来を想像して激しく同情した。尋常ではない量の負担が圧し掛かるのだろうが、ぜひとも折れずに最後まで頑張って貰いたいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 探索チームを放った結果、池がスポットのあるベースキャンプを発見してきた。お手柄である。

 

 そこは奇麗な川が流れている平地だった。テントを設置するスペースもあるし、悪くはない場所だと思う。

 

 そして、そこで新たな問題が発生した。

 

「川の水を飲むって正気!? お腹を壊したらどう責任を取るのよ!?」

 

 篠原の悲鳴じみた声が森の中に響く。

 

「はぁ!? こんなに透き通ってて奇麗な水だぜ? 飲めるに決まってるだろ!」

 

「平田くんも見てないで池君を止めてよ!」

 

 またしても平田が仲裁に駆り出されていた。

 

 トイレの次は水である。

 

「えっと……僕も、飲めそうだと思うけど……」

 

「平田くん大丈夫? 無理して池の肩を持たなくてもいいんだよ? 川の水を飲むなんて普通じゃないよ」

 

「……水のことは後にしようか。日没までにやることはまだ沢山あるからね」

 

「絶対無理! 綾小路くん、こっち来て!」

 

 先ほどのトイレ問題で口を挟んだせいだろう。篠原から呼び出しを食らってしまった。

 

「人気者だね、清隆くん。モテモテじゃん」

 

「清隆くん、ふぁいと!」

 

 麻耶に茶化されてげんなりする。でも愛里の応援が可愛かったので少し元気が出てきた。

 

「またお前かよ! どうせまた女子の味方をするんだろ!」

 

「話ぐらい聞いてくれ……」

 

 池がくわっと目を見開いている。その顔は怖いというかキモい。池は常々モテたいと言いまくっているのに女子に嫌われてもいいのだろうか。

 

「この特別試験は実際にとある企業が行っていた研修を参考にしている。安全対策は取られているはずだ。脱水で死者を出すような仕組みにはなっていないと思う。なので川の水は飲める……とまでは、まだ断言できないか」

 

「うんうん、そうだよね」

 

「で、川を利用できるのはスポットを占有しているクラスだけと、わざわざ看板を立てて教えてくれている。そんなことを書いておくってことは、この川が試験において重要ってことになる。この川がライフラインとして使える可能性が多少上がったな」

 

「……えっと、そう、だね?」

 

 雲行きが怪しくなってきたのを感じたのだろう。篠原が歯切れの悪い喋り方になる。

 

「最後に、腹痛で大量のリタイアを出すのを学校側が望んでいるとは思えない。この川は学校側が用意した攻略法の一つだとオレは思う。オレの憶測ばかりで申し訳ないが、まずは数人に飲ませて様子を見ればいいんじゃないか?」

 

「うん……ありがとう……」

 

 水購入を否定された篠原が意気消沈していたが、オレの言葉に納得してしまったのだろう。釈然としない顔でお礼を言われた。

 

 篠原はそんなに可愛くないので、どう思われても平気なのだが、女子全体の評価に関わるので嫌われるわけにはいかない。頭ごなしに否定するのはやめておいた方がいい。

 

「清隆くん、格好よかったよ」

 

 彼女たちのところに戻ると愛里が褒めてくれた。少し癒された。

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