Aクラスは洞窟に引きこもっていた。
洞窟の入口はビニールで覆われ、中の様子はまったく見えない。Aクラスのリーダーである葛城が出てきたが、取り付く島もなく追い払われた。
ともあれ情報は出揃ってきた。
Aクラスは戸塚弥彦。
Bクラスのリーダーは指名するのは難しい。指名を放棄することも考えておく。
Cクラスのリーダーだが、あの様子だと全員がリタイア……ではなく、数人が潜伏するはずだ。
「きよぽん、何してるの?」
「簡易的だがシェルターを作っている」
オレは木の枝と葉っぱを組み合わせてシェルターを用意していた。
「どうしてそんな……あっ、堀北さんの?」
波瑠加は事情を知っているらしい。おそらく堀北と同じテントを使うはずだったのだろう。
「ふーん。これって暖かいの?」
「さぁ、どうだろうな」
「どうだろうなって、よくわからないのに作ったの?」
オレの煮え切らない返答に波瑠加がジト目を向けてきた。
実際のところは、それっぽく見えるようにしているだけで、手抜きもいいところだった。もっと隙間を埋めて、中に落ち葉を敷き詰めなければシェルターの意味はない。
「次は堀北さんを狙ってるんだ?」
「そうだな。堀北のことは入学直後から狙っていた」
「否定しないんだ。相変わらずクズだね。クズの小路くん」
「ようやくチャンスが巡ってきたんだ。堀北はこの島で堕とす」
堀北は簡単に口説けそうに見えるが、警戒心が非常に強い。理由がなければ一緒に行動せず、放課後になればすぐに帰宅してしまう。席は隣だが教室で口説けるわけもなく、今日まで手をこまねいてきた。
それに、ただ堕とすだけでは駄目だ。堀北を堕とすならひと手間加える必要がある。
オレは最後の仕上げをしてシェルターを完成させると、傍で眺めていた波瑠加を手招きした。
「波瑠加。少し疲れた。膝枕をしてくれないか」
「えっ。別にいいけど」
オレは波瑠加の膝で甘えさせて貰った。別に疲れていなかったし、もっとエロいことをしたい気持ちはあったが、今のオレの手はシェルター作りで汚れている。
「こっちは何時でも準備オッケーなのに、こんなの生殺しじゃない」
波瑠加が物足りなさそうな顔をしているのを、オレは見なかったことにした。
消灯時間になった。
オレは念のためテントに立ち寄ってみたが、池と山内が人を殺せそうな目をしていたので何も言わず立ち去ることにした。
昨日と同じ場所に向かうと、堀北が木に背中を預けて座っていた。
「……あ」
今夜も堀北は一瞬だけ嬉しそうな顔をしていた。
「近くにシェルターを作ってある」
「……どうして私にここまでしてくれるの?」
「困っている人がいたら助けるのは当然……なんて言っても、お前は信じないよな」
この世には無償の奉仕も存在しているのだろうが、オレや堀北には関係のない話だ。
「そうね。あなたは自分本位な人間よ。基本的に自分の利益にならない行動は取らない。一見善行に見える行動も、他者からの評価を稼ぐことを目的としているわ」
「そこまでわかっているなら、後はわかるだろう?」
「私に手を貸すだけの価値を見出したの?」
「お前が可愛い女の子だからだ」
「……最低ね」
口説かれている自覚はあるのだろう。堀北は目を逸らして俯いた。暗いため表情の判別は付かないが、おそらくその顔は朱色に染まっているはずだ。
堀北の手を引いてシェルターに向かう。
粗末な寝床に堀北は眉をひそめていたが、オレは何も言わずに堀北をシェルターに押し込んだ。
堀北に続いてオレもシェルターに入る。ちゃんと二人入れるように作っているが、予想通りの狭さだった。
「どうしてあなたまで入ってくるのよ!?」
「悪いが我慢してくれ。シェルターは一つしか作っていないからな。それとも堀北はオレに野宿をしろと言うのか?」
「……そんなこと、言えるわけないじゃない」
「それに二人の方が暖かいだろう」
「それは……そうだけど……」
堀北は不満そうだったがオレが勢いで押し切った。
肩を寄せると堀北が緊張したのがわかった。サバイバル環境だというのに堀北の身体からは甘い匂いがしている。女子の身体は不思議だなと思っていると、堀北の身体が熱っぽいことに気が付いた。体調が悪化している。
「堀北。お前が頑張っているところを、オレはちゃんと見ているからな」
「急にどうしたの?」
「言ってみたくなっただけだ」
「……馬鹿ね」
堀北がオレの肩に頭を乗せる。オレは堀北の手触りのいい黒髪を撫でていた。堀北が眠りにつくまで、オレは堀北に甘い言葉をかけ続けた。
四日目の夜。
軽井沢の下着が盗まれた。犯人はおそらく伊吹だろう。
「軽井沢さん、テントの中で泣いてるよ」
軽井沢がこの程度で泣くだろうかと思ったが、わざわざ顰蹙を買うようなことを言う必要はない。軽井沢が被害者アピールをするために嘘泣きしていたところで、下着が盗まれたことに変わりはないからだ。
そして持ち物検査が始まった。
軽井沢の下着は池の鞄から出てきた。
「いやいやいや! 俺じゃねぇって!」
「この状況で嘘吐いてどうすんだよ」
「知らないうちに入ってたんだよ! 俺は何もやってねぇ!」
「その言い訳は無理があるだろ……」
池は山内に必死に言い訳をしていたが、その間も女子たちの監視は続いていた。池の不審な行動に、女子たちが疑惑の視線を向け始めていた。
「どどど、どうすんだよ! このままだと俺が犯人にされちまうぞ!」
「正直に言うしかないだろ。今名乗り出た方が印象がいいんじゃないか?」
「無理無理無理! そんなことしたら女子全員に嫌われる!」
山内は親友の不祥事に他人事だった。と言うより巻き込まれたくないとばかりに迷惑そうな顔をしている。
焦燥にかられた池は挙動不審に周りを見回し、その視線がオレのところで止まった。名案が浮かんだとばかりに勝ち誇った顔をする。
「おい、綾小路! お前が盗んだんだろ!」
「池。お前は何を言っている」
「お前らも知ってるよな!? こいつはテントで寝てないんだ!」
池が周りにいた男子に声をかけた。
そう言うことかとオレは嘆息する。
「綾小路は何時もどこかで野宿してんだよ! きっと何か悪いことをしてるんだろうなと思っていたら案の定だったな! こいつにはアリバイがない! こいつが一番怪しいんだ!」
「綾小路くん。どう言うことかな?」
平田が眉をひそめながらオレを問い質す。下着泥棒の件ではなく、オレが野宿していることを訝しんでいるようだ。
「オレは池と山内から嫌われているからな。初日からずっとテントを使わせて貰っていない。だから外で野宿している。それだけのことだ」
「池くん。それは本当なの?」
「あ? 知らねぇよ。そいつが勝手にどっかで野宿してんだよ」
下着泥棒の疑惑から目を逸らすために、池は必死にオレに罪を擦り付けようとしていた。
肝心の証拠は未だに池の鞄の中にあるのに、よくやるものだ。
ともあれ池の鬼気迫る弁明によって数人の女子がオレにまで疑惑の目を向け始めていた。さっさとこの茶番を終わらせるかとオレは池の鞄に手を伸ばそうとする。
「綾小路くんにはアリバイがあるわ」
そこで発言したのは堀北だった。
「私は彼のアリバイを証言できる。昨日の夜、私は綾小路くんと一緒にいたからよ」
「……なっ」
池が口をパクパクさせている。
堀北も言わなくてもいいことを言ってしまったな。結果はもう決まっているのだが。
「クズの小路! お前、堀北にまで手を出したのか!?」
山内がぶち切れているが、その話は後にして欲しい。
オレは今度こそ茶番を終わらせるために池に告げた。
「往生際が悪いぞ。池、早く持ち物検査を受けるんだ」
「違うんだ! 綾小路がオレの鞄に下着を入れたんだ! そうに決まってる!」
池が鞄を抱きしめながら後退る。怪しすぎる態度に平田が厳しい目を向けた。
「池くん。まさか本当に?」
「最低! クラスのために色々と頑張ってくれてる綾小路くんに罪を着せようとするなんて、あんた何を考えてるの!?」
「お、俺じゃねぇよ! 綾小路なんだ! 信じてくれよぉ……」
篠原が軽蔑するように吐き捨てると、池は首を横に振り「俺じゃない、俺じゃない」とうわ言を呟きながら、急に身を翻して逃げ出した。
「うわあぁぁぁぁぁっ!」
「池くん!?」
平田が池を追いかけて走って行った。帰宅部とサッカー部だ。池はすぐに捕まるだろう。
池も伊吹の被害者なのだが、オレに罪を着せようとしたせいで同情は湧かなかった。素直に助けを求めてきたら、平田を抱き込んで軽井沢の下着を隠滅できたんだけどな。
その後、平田が池を説得して、点呼にだけは池を参加させるようにしたらしい。
点呼に参加しなければポイントがマイナスされる。男子からも嫌われることになる。クラスでの居場所がなくなると言ったそうだ。
平田もキツいことを言うものである。
五日目の夜。
下着泥棒の犯人は池ということになったものの、女子の警戒心は高まってしまった。女子たちは隣人が性欲にあふれるサルであることを思い出したのである。
女子たちは男子のテントの移動を主張し、平田はそれを受け入れるしかなかった。
完全にバラすのは手間だったが、七人用のテントなのでかなり大きい。一度畳んでから移動させるしかなさそうだ。
オレが幸村や三宅たちとテントを運んでいると、男子の下品な笑い声が聞こえてきた。
騒いでいるのは山内や本堂たちだった。
「あー、やべー。めっちゃ抜きてー」
「昨日の夜、お前トイレでシコってただろ。戻ってくるの遅かったし」
「シコってねぇよ! 大きい方だったんだよ!」
「ぎゃははは! 隠すなよ!」
運ばなければならないテントは二つあるのに、もう片方のテントは手付かずで残っている。それにも関わらず、下ネタで盛り上がっている山内たちは何もするつもりはなさそうだ。
ぶつぶつと文句を言う幸村を三宅が宥めていた。
そして夜になる。今晩もオレは堀北と一緒にいた。
「体調はどうだ?」
「別に、問題ないわ」
そう言う堀北だが、その吐息は熱っぽかった。今のところは微熱だが、こんな生活を続けていれば悪化の一途を辿るだけだろう。
「私はクラスのリーダーよ。リタイアするわけにはいかないわ」
「そうは言っても肺炎になったら命に関わるぞ」
「大袈裟ね。こんなの大したことはないわ」
「堀北。オレはお前が心配なんだ」
「私を甘く見ないで。あなたが下心を抱いていることはわかっているから」
オレはシェルターの中で堀北と見つめ合っていた。
堀北はオレの言葉が虚飾にまみれていることを理解している。それでもオレの甘言からは逃れられない。孤独を極めている堀北にとって、現状コミュニケーションを取れる相手はオレしかいないのだから。
六日目。
試験は最終段階に入っていた。
明日の昼には試験が終わる。仏頂面をしている伊吹だが、未だ何の成果も得られていない。その胸中は焦りで満ちているはずだ。
堀北がスポットを更新する時だった。
「あっ、ごめーん」
軽井沢の取り巻きの女子、森寧々がわざとらしい声を上げながら堀北にぶつかった。
キーカードを機械に読み取らせていた堀北は転びそうになってカードを落としてしまう。
堀北は慌ててカードを拾い、森を睨み付けた。
「あなたは何をしているの!? 今のは明らかな利敵行為よ!」
「わざとじゃないって。ちゃんと謝ったじゃん」
「リーダーの情報は何があっても絶対に守らなければならないのよ。あなたはこの試験を甘く見過ぎているようね。やる気がないなら何もしないでくれないかしら」
「そこまで言わなくてもいいでしょ。どうせ誰も見てないんだから」
「そうだよ。ちょっとしたミスで怒りすぎ」
「堀北さんリーダーだからって調子に乗ってない?」
頭ごなしに叱責されたせいで、森の表情には反感が色濃く出ていた。
他の女子は森を庇いながら堀北を批難する。
堀北は何も悪いことはしていないのに、なぜか集団から責められていた。
収拾が付かなくなってきて、平田が「みんな、切り替えて行こう!」と声を上げている。
平田は堀北に心配そうな目を向けていたが、堀北の窮状を見ているだけだった。堀北に肩入れすれば女子からの協力を得られなくなり、Dクラスが崩壊するとわかっているからだ。
「あーあ、堀北さんかわいそー」
オレの隣で心にもないことを言っているのは桔梗だった。
「誰かさんのせいで、あんなに追い詰められて。ここまでする必要あったの?」
「必要ならあった。今ので伊吹は確信しただろう」
オレは桔梗の頬が緩んでいることを見なかったことにした。
堀北がカードを拾うところを見せるだけのつもりだったが、大声で森を叱ったのはいい誤算だった。これで伊吹の迷いは消えたはずだ。
「それもこれも桔梗が頑張ってくれたお陰だな」
「別に大したことはしてないけどね。『堀北さんってリーダーとして頑張ってるよね』って言っただけだから」
「たったそれだけで、森はあんなことをしたのか?」
「清隆くんは知ってる? 凡人ってね、頑張ってる人の足を引っ張りたくなるんだよ?」
オレには理解できない感覚だった。
ともあれ森は桔梗に操られて堀北を虐め、リーダーの情報を流出させたわけだ。
伊吹が動くのは今夜だろう。
堀北は毎晩シェルターで野宿をしている。伊吹はそのことを知っている。
野宿を続けている堀北の体力はもう限界だ。手抜きのシェルターでは体力の回復もできず、オレが励ましていなければとっくに力尽きているような状態である。伊吹は満身創痍の堀北からキーカードを奪ってくれるだろう。