平安に生まれ変わったら九十九さんがいたんだが 作:位相波羅蜜光の柱
天元へ見せた態度、コロニー外で死んだ術師への言葉、脹相との会話、どこまで行っても彼は人間だと解釈しました。
「死滅回遊の終焉、ね……」
藤原穂乃果を一言で表すならば“自由”であった。
この場合に於ける自由という単語の意味は両面宿儺に対して使われるそれと少し似ている、たとえ相手が誰であろうとも己の敵となるならば撃ち破る暴虐であり予測不能で因果に囚われないという意味では。
両面宿儺が最強であるのならば彼女は最恐、ある意味では呪いの王よりも畏怖される存在。
「そうだなぁ、全部を話すにはいかないけど少しならいいか。あの、この世の何処より血と呪いに満ちた地獄を語るよ」
だが、目の前で過去を思い返す穂乃果にそのような気迫も絶対的な強さも感じなかった。
普段の異質な気配は鳴りを潜めて、全てを見透かすかのような紅の瞳は濁っていて、どこにでもいる少女のようであった。
「いや、確かに平安の方が正しく魔境ではあるし、流れた血の量も多いんだろうけどそういう事じゃないんだ。死滅回遊自体は平穏に決着を迎えた、問題はその後だ……あぁ、その前にまず僕の事からか」
羂索は黙っていた、こういう相手には沈黙が効果的であるということを知っていたからだ。
今の穂乃果からは、話したがり──どちらかというと腹に溜まった何かを吐き出しているようにも見えたが──の気配を感じた。
「そもそも、僕は死滅回遊が始まるまで呪術の呪の字も知らない一般人だった。だけどあの日、死滅回遊の開催と共に全てが変わった。羂索、オマエのせいでな」
「覚醒型のプレイヤーだったという事かな」
沈黙だけでなく、時折質問などを挟む。
これは千年生きた故のコツ以前に会話の基本だ。
「いいや、違う。受肉型だ」
「だとしたら何故君の意識はまだ残ってるんだい?……共生という手段を選べば話は別か、天使辺りならそのように動くだろう」
どこまでも戒律に囚われたあの術師であるのならば納得行く、天使と共生していたのならば死滅回遊を生き残ったのにも違和感はない。
「それも違うんだよ羂索。どうやら僕の精神は想像以上に堅牢で、僕に受肉した術師は少しばかり心が弱かった。そして僕が“器”でありながら“毒”の性質も兼ね備えていた事もある」
「……全く、君は本当になんなんだい?」
「想像通り、受肉の結果として僕は生き残って四百年前の術者は死んだ。そして、彼女の記憶が全て僕の中に流れ込んだ」
羂索は顎に手を当てて少し考えだした、そのような結果が起きる事を予想していなかったと言えば嘘になる。
だが、確率はあまりに低かった。
“檻”としての最高傑作である虎杖悠仁ならば並の呪物は濾過して己の物と出来るだろうが──当然の事ながら宿儺は無理──それを一般人の少女が成し遂げたとは考えにくい。
まぁ、少年かもしれないが。
「最初は混乱したし自己の同一性も疑った、だけどあの戦いの中でそんな事を悠長に考えている暇はなかった。僕に受肉しようとした術師には術式が無く、代わりにあったのは膨大な呪力と結界術。それでまぁなんとか誅伏賜死は凌いだ」
ちゅうふくしし、聴きなれない言葉だ。
だが結界術という言葉から察するに恐らくプレイヤーの領域展開だろう。
契約した術師の領域とは被らないため、現代の術師か覚醒型のプレイヤーだろうと推測した。
しかし穂乃果の口ぶりからするとその領域を受けたのは死滅回遊初期の事だろう、そこまでに領域に至れる程才能があるプレイヤーがいるとは思えなかった。
「死ぬ気で戦った、何度も死にかけた。どうしようもなく僕は弱かった」
そこで一旦言葉を切り、彼女は深呼吸をした。
「でまぁ、一億呪霊の誕生を阻止する身としてはここから先はあまり話せない。だけど、まず間違いなくオマエの計画は失敗に終わった。宿儺は五条に敗れ、オマエは高専の術師に敗れた」
「……」
人が死ぬのならばどうでもいいが、他ならぬ自分が死んだと言われたのだ。
羂索は多少の不快感を味わった、だがそれと同時に彼は計画の練り直しも視野に入れるべきだと考えていた。
元より渋谷事変の際は乙骨や九十九の不在時を狙うつもりではあったが、死滅回遊では彼らも巻き込むつもりではあった。
複数のコロニーにより彼らを分断すれば、特級とはいえ一人ならばどうにかなるだろうと試算である。
「敵対者に言えるところはこれくらいだ───嗚呼、安心してよ。渋谷での活動まで止める気はない。
彼らは語らう、いずれ殺し合う事となる二人は平和な空気を吸いながら──とは言っても表面上だけではあるが──茶会を楽しんでいた。
「力尽くで奪い取ろうとはしないのかい?君程縛りに精通している人間ならいくらでも方法はあるだろ?」
「それ冗談?無理難題の縛りを可能とする程縛りについて熟知してる人間が何言ってんだよ。まぁ、死滅回遊になっても二人を復活させなかったりしたら、僕も手を考えるさ」
とは言うものの、千年前帝も宿儺も巻き込んだあの戦いの隙を突いて契約した完璧な縛りなのだ。
ペナルティ覚悟で挑む以外に方法はないだろう。
「……他にも聴きたいことはあるが、今日のところはこれでお開きといこう」
「はぁ?まだ僕の『波乱万丈穂乃果様の人生エピソード!』は……あァ成る程」
山には透明な帷が仕掛けられてある、それが突破されたのだ。
間違いなく五条悟でも乙骨憂太でもないことは確かだが、呪術師である事もまた間違いないだろう。
「そんじゃあまたな、羂索」
「私も逃げるとしよう、幸い空を飛べる呪霊は用意してある──最後に一つ聞いていいか?」
「別にいいけど、何?」
先程の彼女の話を聞いて、一つ疑問に思った事があった。
そしてそれを聞かなければいけないと言うのは、単なる直感であった。
「死滅回遊、つまり私の作ったゲームに巻き込まれた結果君は絶望を味わった筈だ。なのにも関わらず、平安で私に好意的な感情を向けたのはなんなんだい?復讐に至ってもおかしくない感情が、君にはあったのだと思うんだけど」
「あぁ、それね。少し言うのは恥ずかしいけど簡単なことだよ」
はみかみながら、彼女は言った。
「僕がオマエを知ったのは高専の術師により死滅回遊が平定された後、つまりオマエが死んだ後だね」
そして、彼女の瞳はもはや濁ってなどなく。
「閉じない領域、無理難題の縛り、空性結界、術師の呪物化……どれか一つでも呪術史に名前を残せる偉業だ、そして僕の結界術ではそこへ辿り着けなかった。もちろんオマエの事を恨んでいた時期もあるけどさ」
結界術を識った僕にとってそれらの難易度は嫌でも理解できた、と彼女は付け加えた。
「それでもオマエは、僕の憧れだった」
そのような事を言われるのが千年間無かったかと言うともちろん違う、何度も教えを請われた事もあった。
だが、だが。
目の前にいるのは自分が生涯追い求めてきた結界術の超天才にして呪法の女王、雲の上の存在。
それが自分に憧れていたと?何だそれは。
「……そうか」
嗚呼、嗚呼全く。
こんな感情はここ七十年感じた事はない。
「もう私は帰るよ。ではまた、次は殺し合うかもしれないね」
本当に、
「ははっ、だとしたらオマエを殺した後に花くらいは供えてやるよ」
心の底から喜ばしい。
「烏が死んだ……わけではないね。これは、捕らえられたのかな?」
茶会の場から遠く離れたその場所で、冥冥は独り言を呟いていた。
先日上層部から受けた依頼は藤原穂乃果の監視というものだった、冥冥自身としても彼女には非常に強い興味があり、値段を釣り上げる事なく依頼を了承したのだ。
だが、今現在カラスからは同じ映像しか流れてこない。
映像が写真のように止まっているのだ、これは生物の目を媒介としている以上あり得ない事であり、このような所業が可能なのは時を止めるとも言われる“災天”の術師──すなわち藤原穂乃果しか居なかった。
「虚式にも興味はあるけど……何よりも術式反転による死者蘇生が気になるところ」
一級術師冥冥、彼女は頭の中でそろばんを弾いていた。
この後憂憂が穂乃果に嫉妬したというのは言うまでもない事柄だろう。
Qこんな羂索な羂索じゃない!
A檻主の平安でのコミニケーションが何とか少し彼を変えたということで……