本編始まったな。
先生ってぇ……素敵ですよねぇ?
優しくてぇ、頼りになってぇ、でも時々だらしなくってぇ、
…………あ!
ではどうぞ
「おや? おやおや……。こんにちは先生」
黒いだけの空間で、目の前の異形は私に語りかけてくる。その独特な雰囲気には既視感があった。
“……お前、ゲマトリアか”
「流石です先生。近くとも遠からずと云った推測です。自己紹介をしましょう」
合成音声で喋る機械のような男だ。見た目は精巧なアンドロイドだが、所々に獣毛や鉤爪が生えていたり、壊れていたりしていて不気味だ。生物なのか機械なのか判別がつかない。
「ワタシはドクトゥス。知者、観測者、予測者、記録者、記憶者。貴女の言う通り、ゲマトリアと関わりのある者です」
“何が目的だ”
「おや? ではでは……。貴女とワタシは初めましてですね? ええ、質問に答えましょう。」
気色の悪い話し方をする奴だ。ドクトゥスに警戒しながらどうしてこんな場所に来たのか考える。
「ワタシは貴女が紡ぐ物語を楽しみにしています。それはもう大いに。ですが……貴女はこの結末に納得がいってないようだ。一言、ワタシは貴女に手を貸したい」
何も思い出せない。キヴォトスやシャーレのことは覚えているのに、大切な……
「おや? 混乱している様子。お考え下さい、それはもう大いに。ゲマトリアと彼らが呼んでいる繋がりの中に居た時期がありまして。ええ、ワタシは此処に来たので偶にしか会ってませんが」
「貴女が思い出したい生徒、白故ソレアと名付けられた人物について。ワタシは貴女に全て話せます」
“!?”
ソレア……そうだ、全て思い出した。エデン条約調印式の日、巡航ミサイルから私達を護ってくれた私の大事な生徒のこと。
「おや? 思い出せたようで良かった。あの子も貴女のことをとても気に入っていたようだ。その招待状を渡すなんて、実は意外です」
ドクトゥスが私の胸ポケットを指さす。その中には、ソレアから貰った白い羽根が入っている。
“お前……ソレアに何をしていた!”
「おや? 現実味を感じれて良かった。質問への本題といきましょう」
壊れて錆びた機械の右腕と合成獣みたいに不成立な左腕を広げたドクトゥスは静かに話を始める。
「先ずは、白故ソレアについて。キヴォトス学園都市で最初に《色彩》と接触した存在」
“……は?”
「色彩を観測後、ワタシが回収。キヴォトスで唯一の外部から《崇高》を宿した人物として記録。後にゲマトリアの連中に存在が露見し、数々の実験を施されたと記憶。結果、白故ソレアは角と翼と飛行能力を獲得した」
“ま、待て……”
「ベアトリーチェによって《色彩》との回路を強制接続され、“酷く限定的な未来感知”能力を獲得。程なくして連邦生徒会長が直々に保護。その後……」
“待てと言っているだろ!!!”
「おや? 異議でもありましたか?」
“お前が何を言っているのか理解出来ない!”
「おやおや……。理解とは、ただ記憶することだけじゃありません。大まかながらでも要素を認識することが理解なのです。貴女は要素を知らないのです。理解など難しいことでしょう」
つまり、ソレアは最初からあのシロコと同じ存在だった。キヴォトスを滅ぼそうとしたシロコと、みんなを護ろうとしたソレア。二人の間で違うのは何だ……。
「結論、白故ソレアはキヴォトスを滅ぼすべく《色彩》が創り出した化け物である」
“…………………………は??”
「おや? 何を驚かれているのですか先生? 宿命、と言いましょうか。貴女が助けた砂狼シロコと助けられなかった白故ソレアは《本質》が同じということです。《色彩》とは何とも恨めしいですね。ええ、大いに恨めしい。紡がれて続いていくはずのこの物語に何故終わりを強要するのか、全く理解出来ない」
両手で壊れかけの頭を抑えながらドクトゥスは怒りに震える。
「……ええ、手を貸します。先生、此処は分岐点……乗換駅と云いましょうか。貴女が満足するまでじっくりと終着点をお選び下さい。ワタシは貴女の選択全てを大いに楽しみにしています。後、その羽根は絶対に失くさないでください」
流暢に動いていたドクトゥスがギギギ、と急に油切れを起こしたように鈍くなる。
「おや? おやおや……。時間切れです、先生。また貴女に会えるのを、ワタシは楽しみにしています。それはもう大いに」
――――――――――
「……ぇぃ。せ……ぇい」
懐かしい声が聞こえる。透き通っていて、決して雑音なんて思えないくらい幸せな音色。
「せん……せい。おき……ください」
でもこの声を聞くと悲しくなるのは何故だろう。
「先生! 起きて下さい!」
“は、はい!”
「もう、机で寝落ちするのはやめてくださいって言いましたよね? 仕事を頑張ってくださるのは嬉しいですが、貴女の体は一人だけのものじゃないことを理解して下さい。私を含め、貴女を心配している生徒は居ます」
“ソレア?”
「はい。……どうかしましたか先生? 私の顔に何か付いてますか?」
“い、いや……”
心配そうなソレアの顔が視界一杯に広がる。穢れの無い白髪、透明とも言い表せる白眼と蒼眼、純白って言葉がこれほど似合う子はいないだろう。
“何でもないよ”
「……乗り換えましたか?」
“……え?”
「いえ、独り言です。そんなことより、朝食できてますよ。冷めないうちに食べましょう」
“う……うん”
ソレアに促されてベッドから起き上がる。先に行ってますよ、と一足先に部屋を出た後ろ姿を見て、
私は、何かとんでもないことを仕出かした気がしてならなかった。
――――――――――
日付を確認しようとして、予定表に書かれた文字に驚く。
『エデン条約調印式』
ソレアが死んだ、キヴォトス最大の悪夢の日。ソレアが運転する車に乗って、まだ何処も壊れてない古聖堂に向かう。
“…………”
「先生、着きました」
ソレアが車のドアを開けた音で我に返る。私には今の光景が夢に思えて仕方がなかった。
「先生? 顔色が悪いですね。救護騎士団か救急医学部に診てもらいましょうか」
“大丈夫。私は平気だよ”
「……そうですか」
あの日と同じ会話、同じ景色、私はあの日を追体験している。
険悪なゲヘナとトリニティの空気に耐え切れず古聖堂の中に入って、椅子に座って高ーい天井を見上げる。
“暇だ……”
「こういった大事な式典は始めるのに時間が必要なんですよ」
“ソレアが居てくれて良かったよ”
口に出してからハッとなる。このままではあの日の二の舞だ。
“ソレア!”
必死にソレアの袖を掴むと、ソレアは瞠目して驚いた。
「何ですか先生」
“行っちゃ駄目だ”
「!? …………もしかして先生」
「こんにちは、先生、ソレア」
「……ヒナ」
白崎ヒナの声がソレアの言葉を遮った。流れる気まずい空気、ソレアは好機とみて離脱を謀るが、何とかソレアの袖を離さずに済んだ。
「二人で何してるの?」
“ヒナ、ソレアが逃げようとするから捕まえてて”
「えぇ……。わかった、大人しくしててソレア」
「ちょっ!」
ヒナは慣れた手つきでソレアの両手に手錠をかける。当然のように出現した手錠に私とソレアは言葉を失った。
「ヒナ……これは?」
「? 手錠だけど」
「うん、聞き方が悪かったね。なんで手錠持ってるの? いつもはこんな物持ち歩いてなかったじゃん」
「? また突然居なくなるのが嫌だから」
「……………………」
いつも通りの顔で笑うヒナ。けどその目は全然笑ってない。
「って、こんなことしてる場合じゃないんだ!」
“いいから何もしないでよ”
「っ……! 先生、貴女知ってるならなんで……!」
「なんで私───」
―ドゴォオォォォォォォ!!!!!
次の瞬間、古聖堂が爆発した。巡航ミサイルは誰にも止められることなく、調印式に集まったゲヘナとトリニティの生徒を吹き飛ばした。
~~~~~
「先生…………、先生!」
ヒナに体を揺らされて気が付く。ミサイルの衝撃に気絶したらしい。ヒナも頭から血を流し、右腕を痛そうに抑えている。
“大丈夫?”
「平気、それよりソレアが……」
“ソレアがどうしたの?”
私達の近くに居たからあの日と同じことにはなっていないはずだ。それでも、私の不安は消えてはくれない。
「ソレアが変なの!」
――――――――――
(嗚呼……)
《未来》は変わった。先生のあの様子、たぶん
(嗚呼…………)
辺りを見回せば、重傷の生徒達、乱れた指揮系統、押し寄せるアリウス生徒。
(嗚呼………………)
自分が焼かれれば、少なくともこの惨状は無かった。きっと先生は優しいから、自分を助ける為にこの状況を甘んじて受け入れたんだ。先生は良い大人だから……。
「襲撃だ!」
「ナギサ様は?!」
「わかりません! サクラコ様も同様に行方が……」
「トリニティの仕業か!?」
「忌まわしいトリニティ風情が!」
満たされた憎悪が溢れるのは一瞬だ。戦場は一気に混戦へと変貌する。
「はぁ……」
カエルムとシグヌスをホルスターから抜く。恐らく、アリウスの狙いは先生。この
「ヒナ、先生を守ってて」
「ソレアは?」
「終わらせてくる」
気絶している先生をヒナに託して戦場を駆け回る。撃つのはアリウス生徒だけ、トリニティとゲヘナに構うほど余裕は無い。先生が戦場に居る時間が長くなればなるほど先生が怪我する確率が高くなる。
先生を中心に渦巻を描くように殲滅していく。
(練度はそこそこ……。痛ッ!?)
全速力で走っているのを狙撃される。急所は外れたが、補足されたのは間違いない。強烈な痛みに悶えながら狙撃手に数発撃ち返す。弾は遮蔽物に命中して礫を撒き散らす。
「うわぁぁぁん! 命中したのにピンピンしてます……、もう終わりですぅ!」
ピンピンはしてないけ……ど……。
「……ヒヨリ?」
「ふぇ?! ソレアさん?」
アリウスの昔の知り合い、槌永ヒヨリ。彼女が居るなら必然的に…………。
「ソレア……か……?」
自分がアリウス自治区に居た時の知り合い。アサルトライフルの銃口を自分に向けた錠前サオリが居た。
自分は望む、イグニスの翼を。
自分は覚えている、あの日の約束を。
高評価と感想待ってます。