新章ですね。
突如として現れたヤンデレタグ
つまりそういうことです(?)
ではどうぞ
科学の過信は燃え尽きるまで
《
「最初からわかっていたことでしょう、ソレア?」
白いドレスを纏う赤い貴婦人は言う。自分の手元に銃は無く、至聖所の硬い地面に倒れ伏している。
「あなたに幸せな結末なんて訪れない。精々その
体から出た血液は赤い水溜まりを作って、ステンドガラスから漏れ差す光にテラテラと輝く。仰向けに倒れた自分の腹部と左脚は表面が抉り取られて骨や臓器が顔を覗かせる。肺が呼吸を求めても、血が器官に溜まって苦しい。
(ヒマリ、リオ、ウタハ、チヒロ、ヒナ、セナ、ミカ、ナギサ、セイア、サクラコ、ミネ……ごめん)
旧友たちの名に一人一人謝る。
(リン、■■■…………)
「先生……」
まだ残ってる右手、羽がボサボサの左翼、右足に杭を打たれて磔にされる。赤い茨が刺さるように巻き付いて、十字架と首が離れないよう絞め付けてくる。絞められて漏れる息もなくて、口端から血が重力に引かれて地面に染みを作る。
「───! ─────────!!」
サオリが何か叫んでいるけど、もう何も聞こえない。目も見えない、痛みも感じなくなってきた。
(■■■■■■■■■■■……)
》
――――――――――
「っはぁ!」
運ぼうと持っていた書類を落とす。留めてなかった書類が空気抵抗で左右に揺られて落ちるのを羽と錯覚して猛烈な吐き気が込み上げてくる。
「うぇ……」
急いでトイレに駆け込んで胃袋の中身をぶちまける。胃酸の苦くてヒリヒリする感覚が喉を支配して、不快感に満たされて吐く。出てくる物が無くなっても、暫くの間自分は便器に顔を突っ込んでいた。
「……最悪」
三度目の能力の暴走。今回のは過去一で最悪だ。いくら自分のとはいえ、骨や臓器が剥き出しの光景は耐えられなかった。不意打ちに頭の中に流れてくるから余計クる。
“ソレア、大丈夫?!”
口を濯いでトイレから出ると、先生に背中をさすられる。ソファに誘導されて腰を下ろすと、上質な反発が気怠い体を支えてくれる。
“何を見たの?”
まだ少し動いている自分のヘイローを見て先生は優しく訊ねてくる。自分から先生にこのことを言ったことはないけど、彼女が自分の“酷く限定的な未来感知”のことを知っているのはわかってるから自分は感知した《未来》を伝えた。
「まだアリウス関係の騒動は終わってない。トリニティのカタコンベの奥深くにあるアリウス自治区で、ゲマトリアのベアトリーチェが動く。サオリ達が危ない」
それに、
先生は自分の隣に腰掛けて、そっと抱き締めてくれた。先生の体温がじんわりと浸透して、このままでいたいと感じさせる安心感が自分の不安な気持ちを落ち着かせる。
“震え、止まったね”
「え?」
そんな自覚はなくとも、先生が言うならそうなのだろう。そもそも、自分が《未来》で死を予感しても震えることは無かった。
《未来》を知るのは怖いことだ。例え知るのが良い事でも悪い事でも、そうして辿っただけの結末を進む自分は生きていると言えるのか。毎夜自分は考えている。そして答えの無い答えを抱いて、眠りにつく。
今更自分が《未来》に怯えてるなんて、自分でも驚いてる。
“ソレアのことは先生が必ず救けるから”
先生は自分の手を両手で包み込んで花のように微笑む。傍から見れば、それは優しく先生だ。
でも、あの日から先生は少し変わった。元々世話焼きな所もあったけど、今の彼女は自分に……その……過保護だ。キヴォトスでは当たり前の小さな危険も『“危ない!”』『“大丈夫、必ず守るから”』と護衛対象である先生が自ら身を呈して自分を守ろうとしてくる。
この前なんて、紙で指を切ってしまった時には。
『“ソレア! 血が!”』
『あー、大丈夫です』
『“いや……やだよソレア。死なないで……”』
『待って待って待って、死にません。死にませんから』
『“……死なない?”』
『絶対大丈夫です』
『“……なら、よかった”』
…………個人的にはかなーりアウトだと思うのだが。先生みたいに身体が脆いのなら兎も角、腕と翼を欠損して死ななかった自分が指からの出血で死ぬなんて有り得ない。
自分が先生に辛い思いをさせてしまったのもあって、自分からじゃ過保護を拒めないっていうか。先生がこうなった責任が自分にあるっていうか。…………急募、先生を元に戻す方法。
「先生、そういえばミレニアムがどうとか言ってませんでしたか?」
身の危険を感じて無理矢理話題を変える。消えかかったハイライトが戻ったのを見て安心したのも束の間、先生の一言は自分をどん底へと突き落とした。
“ソレアの義手をエンジニア部に依頼したんだ。もうできたらしいから本人が取りに来てくれって”
――――――――――
ミレニアムサイエンススクール。〈千年難題〉と呼ばれる7つの難題に立ち向かう研究者が集まって、研究機関が増えた結果誕生した生粋の技術学校だ。ミレニアム学園とも称される本校は、キヴォトスにおいて最先端、最新鋭の多くを生み出している。その影響力はトリニティとゲヘナにも引けを取らず、キヴォトス三大学園の一角を担っている。
そんな凄い学園の如何にもな部室の前で、自分は深ーいため息をつく。
(……先生が依頼したってことは、もうこの怪我のことが伝わってるってこと)
もう何もかも諦めて扉を開ける。油と金属の独特な匂いがする工房には、エンジニア部三人の顔が揃っていた。豊見コトリと猫塚ヒビキ、後は……
「やあ、遅かったじゃないか」
エンジニア部の部長、白石ウタハ。自分のミレニアムの旧友であり、自分が愛用しているシグヌスとカエルムの試作機の製作者だ。
「……久しぶり」
「久しぶり? ああ、確かに君にとってはそうだろうさ。私は君と過ごした日々を昨日のように思い出せる。あれだけ楽しかった開発が、君が急に居なくなってからの時間は苦痛で仕方なかった。捜索依頼は何故か揉み消され、君が残していったこのハンカチを見る度に私は君の無事を祈っていたよ。何もかも捨てて探しに行こうと何度考えたことか。君に見つけて貰う為に賞を沢山取ったよ。毎夜君と研究をして過ごした光景が目に浮かぶんだ、思い返せば君はいつも笑ってた、それなのに何故急に消えたりしたんだい? 私には理由がわからなかったよ。何かに巻き込まれたのか? それにこの夥しい火傷の痕と腕と翼はどうしたんだい? 何があった? 誰にやられた? 私のソレアに手を出すなんて許せない。教えてよソレア?」
最初はあったハイライトがものの数秒でさよならしていった。捲し立てるように話すウタハ。最後に名前を呼んでくるあたり普通にブレーキ壊れてる。助けて先生……いや先生も駄目だった。
「落ち着いてよウタハ。急に居なくなったのは本当にごめん。でも何があったかは言えない……ごめん」
「…………ソレアがそこまで言うなら追求はしないよ。
「そうだね。ところで義手は?」
「はい、ソレアさん」
モフモフ可愛い犬耳のヒビキが義手を渡してくれる。義手の見た目は人の腕というよりガントレットのような金属調のゴツめの義手だ。
「装着は?」
「ここを接続部に当てると勝手に始まるよ」
ヒビキの言う通りに義手を左肩に付けると、液状に見える金属が右肩まで肩甲骨や首周りを覆うように広がる。すると、神経が通ったみたいに義手が動き出した。
「これまた……」
「説明しましょう! これはナノテクノロジーを活用した義手──」
「あ、説明ありがとう。もういいよ」
「アッハイ」
コトリの説明は要らない情報までついてくるらしいから早々に切り上げる。義手を弄ってると、ウタハが悔しそうな目で自分の右翼を見つめていた。
「すまない。義翼は無理だった。耐久性と重量を考えると、現代の技術では作れない」
「ありがとうウタハ、でも大丈夫。飛べなくなるのは悲しいけど、後悔は無いから。にしても凄いね。サイズもピッタリだし……」
ここで白故ソレア、違和感に気付く。義肢は本来、型を取って何度も修正をして製造する物のはず。それをどうやってここまでピッタリのサイズを? 義手本体の方にナノテクノロジーは使われていない。耐久性を上げる為に装甲を重ねてるから自動サイズ調整なんて機能が作動した様子は無い。つまり、最低でもエンジニア部は自分の腕のサイズを知ってることになる。先生が教えた? いや、口頭は無理だしデータとして持ってる訳ない。ということは……?
「ウタハ……」
「どうしたんだい?」
「私の腕のサイズ、よくわかったね」
「ああ、それは──」
「この超天才清楚系病弱美少女ハッカーの手にかかれば容易いことです」
車椅子で工房に入ってきたのは、ミレニアム史上三人しかいない学位『全知』を獲得した正真正銘の天才、明星ヒマリ。
ふふん、と自慢気に自分とウタハに近付くと、サラッと衝撃の一言を言う。
「あなたの情報は常日頃から見ていますので、腕のサイズを知るくらい。簡単なことです」
……『全知』って凄い。自分の記録情報は連邦生徒会の一番セキュリティの強固なデータサーバーにあるはずだが、それを彼女は常日頃からぶち破ってるらしい。
「ヒマリも久しぶり」
「あら? ちゃーんと私のことも覚えててくれたんですね。あまりにもミレニアムに戻ってくる気配が無いから、てっきり記憶喪失だと思ってたんですが……」
「……色々あってね」
「あなたは
おっと、ヒマリさんよハイライトは何処に……。
「ヒマリ? ソレアは
「ふーん……?」
二人の間に流れる不穏な空気。……もう駄目みたいですね。助けてヒビキ、コトリ……って居ない!?
(どうしてこうなった……)
何が彼女達をそうさせるのか。何を間違えてしまったのか。自分の中に答えは……いや無いかも、わかんない。わかっているのはウタハとヒマリが険悪なムードを醸し出していること。何故か胃がキリキリしてきた。
「やめなさい二人とも。ソレアの前で情けないと思わないの?」
二人目の乱入者。誰かこの場を収めてくれと思いながら振り向くと、ミレニアムの生徒会であるセミナーの会長、調月リオが靴音を鳴らして入室する。
「久しぶりねソレア。少し痩せたかしら?」
(これは……どっちだ?)
リオとの交流はウタハやヒマリほど深い繋がりでは無かった(と思い込んでる)。ならばこの空気に改革を齎してくれるのは彼女しかいない!
「全く、二人してソレアを困らせたら駄目じゃない」
(よし、そうやって二人を……)
「ソレア、はい」
─カチャリ。
「カチャリ?」
何の違和感もない自然な手つきで何かを首に嵌められる。それはチョーカーと呼ぶにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして繊細すぎる首輪だった。
「リオ?」
「やっと見つけた」
「リオ?」
「もう離さない」
リオのハイライトがいつの間にか消えていた。怖いよリオ、綺麗な顔が台な……いや美人は怒っても美人だな。
「GPSと心拍数計測と健康診断の機能が付いた首輪よ」
「待って」
「1分毎に計測された位置情報とデータが私達の元に届くようプログラムされてるわ」
「待って」
「何かの間違いで外れないよう、外部からの衝撃では絶対にロックが解かれない仕組みにしたわ」
「待って待って」
「自信作だよ」
「私も協力しました」
ミレニアムの天才三人の合作。確かにこれは素晴らしい物なのだろう。自分の首に着いてなければな!
力ずくでも外そうと首輪を手にかけた瞬間、リオが自分の胸に手を当ててそのまま押し倒される。リオの柔和な肉体の重みが全て自分の肌に乗せられる。顔を擦り付けて指で火傷の痕をなぞられ、擽ったさとリオの細くしなやかな指の冷たさに一瞬反応するのと、揶揄うかのような笑みを浮かべてリオは更に顔を近付けた。
「こんなに怪我をして……痛かったでしょう? もう大丈夫、私達がずっとあなたを守ってあげる」
「……誰かに守られるほど私はヤワじゃない」
「ならこの傷はどう説明するのかしら?」
「…………」
「あなたが連邦生徒会の一員でシャーレ所属なのは知ってるわ。でも、だからといってあなたが傷付くのは到底看過できないことなの」
真紅の瞳は哀しそうに自分を見続ける。自分はやるべき事をした、その結果がこの怪我なら自分は後悔はない。でも、この怪我で傷付く誰かがいるのは……少し悲しい。自分に生きる価値が無いとか卑屈な考えはしていないけど、リオの顔を見ると嫌でもこう思う。
最善は尽くされたのか?
先生は《未来》を変えることが出来た。自分はどうだろうか、それは抗えないものだと諦めていたのではないのだろうか。
「約束してソレア。もう何処にも行かないって、ずっと私の傍に居てくれるって。あなたは
「
「
……誰かこの状況の最善を教えてはくれないだろうか?
なんやかんやで無事(?)シャーレに帰還したソレアであった。
《》で義手が無い?
妙だな……