あるトラR その2   作:今日坂

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過去編終章22 「ふるきとも、あたらしきとも」(後)
を元にした、パンサーの過去の物語です。


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ままとのやくそく

 ある日の夕食どき。美味しそうなジャパリまんを前にしても、アムールトラはどうにも食欲が湧きません。少し時間を置いたら食べられるかも…と、それを寝室まで持ってゆくことにしますが、結局隣のパンサーに食べてもらう事にしました。

 

「ねえ、これ…、よかったら食べて。」

 

「え、いいの?ホントに⁉︎やったぁ!ありがとっ‼︎」

 

 そう言って、心底嬉しそうにジャパリまんにかぶりつくパンサー。その様子を見たアムールトラは、けげんな顔をしながら尋ねました。

 

「そんな、大袈裟じゃないか?ご飯なんて待ってれば自然と出てくるものだろ?」

 

 するとパンサーは、ジャパリまんを頬張りながら答えました。

「ん?ああ、確かアンタって、生まれた時からヒトに飼われてたんだったわね。それじゃあ自然界で食べものを見つけるのがどんだけ大変か、分かんなくってもしょうがないわ。」

 

もぐもぐ…ごっくん!

 そして食事を終えると、改めてアムールトラに向き直りました。

 

「ごちそうさま!あのね、アタシたち肉食獣がお腹いっぱい食べるのって、並大抵の苦労じゃないの。獲物を探すには足を棒にして歩き回らなくちゃならないし、いざ見つけてもほとんど逃げられちゃうのよ。

 なにせ草食獣だってアタシたちと張り合えるだけの持って生まれた能力があるからね、ツノだったり逃げ足だったり団結力だったり。追っかける方と逃げる方、どっちも命がけ。ヒトがイメージするような一方的な展開なんてあり得ない。

 だから、苦労して得た獲物を誰かにあげるのは、それこそ自分の命を分け与えたも同じなのよ。ヒトの価値観で例えるなら…、死に物狂いでかき集めた札束をポンって差し出すようなものね、アンタもあまり軽く扱っちゃだめよ。

 …もっとも、獲物がとれなくなっちゃったアタシが、偉そうに言える立場じゃないけどね。」

 

「えっ…、どういうこと?」 

 

「それはね…」

 それからパンサーは、自分の過去を語り始めました。

 

 

 動物だったころ、パンサーはその地に暮らす生き物たちを震え上がらせる恐ろしいヒョウでした。複数のライオンを圧倒できるほどの桁はずれの力に加え、ただの快楽のために無差別に狩りを行う残虐性…、それに恐れをなした動物たちは、目をつけられないよう祈りながら、息を潜めて生活するしかありませんでした。

 

 しかし力におぼれたパンサーは、さらなる刺激を求めてとうとうヒトに手を出してしまいます。そしてわずか数ヶ月のうちに近隣の村で何十人もの子供がさらわれ、さらにはそれを探しに行った大人たちまでもが何度も犠牲となった事で、悪魔のような人食いヒョウとして恐れられるようになりました。

 

 しかしいくら強くとも、武装した大勢のヒトには勝てませんでした。ある日、ついに大規模な山狩りが行われ、何発もの銃弾をくらってあえなく敗走してしまいます。なんとか草むらに身を隠しましたが、おびただしい出血で、もはやまともに動くどころか呼吸すらままなりません。追ってきたヒトらの足音も、すぐそこまで迫っています。さしものパンサーも死を覚悟しました。

 

ところが薄れゆく意識の中、最後に聞こえてきたのは意外な言葉でした。

「しっかりしろ、助かったんだ!」

 

 

 次に目が覚めた時、パンサーは温かい布団に寝かされていました。不思議な事に傷の痛みは消えていましたが、体がだるくて起き上がれそうにありません。そしてその周りには、心配そうに彼女を見つめる数人の子供がいました。

 とっさに威嚇して追い払おうとしましたが、その口から飛び出したのは獣の唸り声などではなく…

 

「失せろ!」

 

 というヒトの言葉でした。ギョッとして両手で口を押さえましたが、そこにあるはずの牙や毛皮の感触がありません。いやそれどころか、顔も手も形そのものが変わっています。困惑したまま何度も体中をなで回した後、ようやく彼女は自分がヒトの少女の姿へと変わっている事に気付きました。

 

 なんと、意識を失う直前に突然天から降り注いだ七色の光を浴びた事で、パンサーはフレンズとして生まれ変わっていたのです。そうしてとうとう見つかってしまったのですが、そんな事情を知るものが他にいるはずもありません。おまけに衰弱していたせいかアニマルガールの特徴が現れなかったため、ヒトたちは彼女をあわれな被害者と勘違いし、麓の村へ連れてゆく事にしたのです。

 

 そんなわけで、パンサーは村の教会が運営する孤児院に保護され、治療を受ける事となりました。そこには彼女に両親を◯されて行き場をなくした子供たちと、その世話する一人の修道女がいました。

 ところが食べ物を差し出されても、ヒトのほどこしなんて…とはじめは手をつけませんでした。しかし空腹には勝てず、結局ガツガツと頬張ることに。そのうまさと自身のふがいなさに、思わず涙がこぼれました。

 

 こうして孤児院での生活が始まりました。ここへ連れてこられた当初は早く元気になってヒトに復讐することばかり考えていたパンサーでしたが、温かく接してくれる修道女や無邪気な子供たちと過ごすうちに、徐々に心境に変化が現れます。ある時は、もじもじしながら修道女をママと呼んで甘えたり。またある時は、子供らに引っぱられながら遊んだり。そんなこんなですっかり元気を取り戻す頃には、明るく素直で面倒見のいい、立派なお姉ちゃんになっていました。しかしみんなと仲良くなればなる程、この子らを悲しませる原因となった自らの行いを悔いる気持ちも大きくなってゆきました。

 

 ところが、そんな平穏な日々は長くは続きませんでした。ある日、セルリアンの襲撃により村は一瞬で地獄と化しました。至る所で銃声と断末魔が響き渡る中、修道女は子供たちを地下壕へ隠すと猟銃を構えました。なんと、表で戦うというのです。

 

「ママ、行っちゃダメ!」

 

 嫌な予感がしたパンサーは、修道女にすがりついてなんとか引き留めようとしました。しかし修道女は彼女の顔をまっすぐ見つめると、その頬を優しくなでながらこう告げました。

 

「みんなを、お願いね。」

 

 これを聞いたパンサーは、目を潤ませつつも口をギュッと結びました。そして無言でコックリうなずくと、そっと体を離しました。この様子に彼女の成長をはっきりと感じたのでしょう、修道女は幸せそうな微笑みを浮かべながら、金属製の扉の向こうへと消えてゆきました。

 こうして残されたパンサーたちは、互いに身を寄せ合いながらその帰りを待つことにしました。

 

 それからどれくらいの時間が経ったでしょうか、ノックする音とともに、扉の向こうから「あけて…」とくぐもった女性の声が聞こえました。

 

「ママが帰ってきた!」と、はしゃぎながら扉を開けたパンサーたち、しかしそこに現れたのは、得体の知れない化け物…擬態したセルリアンでした。姿形こそ修道女にそっくりでしたが、真っ黒な体は返り血でべっとりと濡れており、さらには顔の真ん中でギラリと光る巨大な一つ目がこちらを睨んでいます。この信じられない光景を前に、子供たちは大きく目を見開いたまま固まってしまいました。

 

 するとそいつは、何度も「あけて…」と呟きながら襲いかかってきました。ハッと我に返ったパンサーはとっさに一番近くにいた子の手を掴むと、その脇をすり抜けて脱兎の如く逃げ出しました。本当はみんなを助けたかったのですが、今の彼女の力ではこれが精一杯だったのです。

 

『ママ……、ごめんなざい、ごべんなざいっ!!』

 

 パンサーは心の中でこう叫びながらも、どうにか表に飛び出しました。しかし彼女の目の前に広がっていたのは、あちらこちらで火の手が上がり、そこらじゅうでセルリアンが蠢いている絶望的な光景でした。

 

『立ち止まっちゃだめだ!』

 

 咄嗟にこう判断したパンサーは、今にもくじけそうな気持ちをなんとか奮い立たせ、死にものぐるいで燃えさかる家々の間を駆け抜けました。しかし通りに出たところで、道に転がっていたなんだか大きくて柔らかいものにつまずいてしまいました。

 

べシャン!

 地面に広がっていたぬめりのある液体に頭から突っ込み、パンサーの視界が赤く染まりました。そのあまりの生臭さにむせ返りそうになりながらもどうにか顔を上げると、今度は口から心臓が飛び出そうになりました。なぜならこの塊が、見慣れた服をまとっていたからです。そう、血だまりの海に横たわっていたのは、あの優しかった修道女の変わり果てた姿だったのです。

 

「マ…マ……?いけないっ、あなたは見ちゃダメ……、っ‼︎」

 

 目を覆いたくなるような惨状を目の当たりにし、パンサーの胸は今にも張り裂けそうでしたが、一緒に逃げてきた子を悲しませないよう必死に声を絞り出しました。ところがそちらへ顔を向けた事で、さらなる残酷な事実を突きつけられます。なんと彼女が握っていたのは、切断された子供の手首だったのです。この子は逃げている途中で、声をあげる間も無く一瞬でセルリアンに切り刻まれていたのでした。

 

「う…そ……、そんっ…な………!……う……うぅ………」

 

 全身から力が抜けてゆき、肉塊のそばでうずくまるパンサー。その口から、くぐもったうめき声が漏れています。そして、その手から滑り落ちた小さな手首が、真紅の海に波紋を広げてゆきました。

 

パシャリ、バシャ、ドシャッ

 そんな彼女を嘲笑うかのように、無数の足音が四方八方から迫ってきました。生き物の気配にひかれ、大小様々な格好をしたセルリアンが、血だまりを蹴散らしながらワラワラと集まってきたのです。

 

…ぅ……ゥウ……ヴ…!

 

 しかしそれまでの小さなうめき声が、地の底から響いてくるようなうなり声へと変わってゆきました。もはや風前の灯火かと思われたパンサーの心は、悲しみや絶望よりも、燃えさかる怒りと憎しみで真っ黒に染まっていたのです。

 彼女はまるで糸で吊るされているかのようにゆらりと立ち上がると、グイと右手で顔をぬぐいました。血で汚れた髪の間からのぞく双眸は黄色い炎を宿していて、ヒトのものとは思えない針のように鋭い瞳孔がセルリアンの大群を睨みつけています。そして、その猛獣のような両の眼からほとばしる炎が、徐々に全身へと広がってゆきました。すると身体中の血液が煮えたぎるような感覚とともに、尖った耳と長い尻尾、さらには鋭いキバとツメが生えそろい、四肢やスカートなどに飛び散っていた血しぶきがまだら模様へと変わっていったのです。

 

グオアアアァァッーーー!!!

 

 血に飢えた獣(けだもの)のような絶叫が周囲をビリビリと震わせると同時に、彼女の全身から漆黒の闇が吹き出しました。それに飲み込まれたセルリアンが、あっという間に原型をとどめぬほどバラバラに切り刻まれてゆきます。

 それに続いて、今度はパンサーが目にも止まらぬ速さで飛び込んできました。彼女はセルリアンに肉薄すると、本能のおもむくままに爪を閃かせました。それだけではありません、振り回し、噛み砕き、投げ飛ばし…、彼女が触れたもの全てが、一瞬で粉々に打ち砕かれてゆきます。その様子はさながら、荒れ狂う暴風のようでした。

 

 

 ……数刻後、おびただしいセルリアンの残骸の中心に立っていたのは、アニマルガールの姿をしたパンサーと獰猛な人食いヒョウ…かつての彼女の姿をした巨大な影でした。

 

フーッ…、フーッ……

 

 静まり返った村の中に響くのは、2匹の獣の荒々しい息遣いだけ。どちらも鬼のような形相で、全身をわななかせながら赤い涙を流していました。

 

 

 

「──その日からアタシは、狩りができなくなった。獲物をつかまえる事はできるんだけど、いざトドメを刺そうとすると、あの炎と血に染まった光景が浮かんできちゃう。冷たくなったママの体に、おびえきったあの子たちの顔…。そうなるともう、ダメだった。

 これは遊びなんかじゃない、生きるためには必要な犠牲だってどれだけ自分に言い聞かせても、どうしても体が動かなくって。」

 

 それから数日後、パンサーは空腹のあまり森の中で動けなくなっていました。もちろんあの影を使えば獲物にありつくことはできたでしょうが、彼女はあえてそれをしませんでした。動物であった頃に犯した罪の重さと子供らを守れなかった己の無力さに打ちひしがれ、このまま飢餓ではててもかまわないと考えていたからです。ところが、倒れている所をパークに発見されたのです。

 

 「村がセルリアンに襲われたって情報をキャッチしたパークは、生き残りが逃げ込んでいるかもって森を調査してたんだ。そしたらアタシを見つけたってワケ。アタシも最初はほっといて!って追い返そうとしたんだけど、『ひとりぼっちで消えてゆくのも心細いでしょ』ってボスが傍へやってきてね、アタシをほめてくれたんだ。あのヒトは村に残った爪痕から、セルリアンと必死に戦ったフレンズがいたんだろうって見当をつけてたの。」

 

 「それからね、優しい口調で身の上ばなしやパークの理念なんかをゆっくりと語り始めた。まるで子供に絵本を読み聞かせてるみたいだったよ。それにつられて、アタシも自分の事を話したりした。

 そしたらこう言ってくれたんだ、

『あなたがフレンズとして生まれ変わったのは、ヒトとの関わりの中で生命のぬくもりを学ぶため。そしてあなたが力に目覚めたのは、セルリアンのうごめく過酷な世界でも生きのびて欲しいと、あなたを大切に思っていたヒトたちが願ったからでしょう』って。」

 

 この言葉に心を動かされたパンサーは、自らパークに協力を申し出たのです。

 

 「アタシは約束を果たせなかった。けどここにいれば、ママもあの子たちもきっと喜んでくれるって思ったの。それから数えきれないくらいセルリアンやヒトを蹴散らしてきたけど、今でも任務以外の◯しはぜんぜんダメ。なにせ力におぼれていっつも血に飢えていた昔のアタシは、あの時ぜーんぶ飛び出しちゃったからね、辛い思い出だけこっちに押し付けて。」

 

 そのあまりにも壮絶な過去を聞いたアムールトラは、視線を落としてうなだれました。

「…その…なんて言ったらいいのか…。ごめん、嫌な話をさせて。」

 

 するとパンサーは、慌ててこう言いました。

「あ、いいのいいの!アタシが勝手に話したんだし、いつかアンタには教えようって思ってたしね。」

 

「ありがとう。やっぱり君は優しい子なんだね、みんなから好かれるわけだよ!」

 

「えへへ、ありがと、アムールトラ。そういうアンタは、アタシの何倍も強くて優しいフレンズよ、憧れちゃう!」

 

 そしてお互い笑顔で軽く拳を突き合わせたあと、2人は眠りにつきました。




 本編では語られることのなかった、パンサーがアニマルガールの姿となったきっかけと影との分離を中心にまとめてみました。
 影は彼女の持っていたどす黒い部分ですが、もしもこれが表へ飛び出さなければ、パンサーもビースト化していたかもしれません。
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