あるトラR その2   作:今日坂

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自分なりにまとめたメリノヒツジとの決着です。
アムールトラがメリノヒツジの心に一旦入って追い出された後、ともえが危機に陥ったシーンから始まります。



かこのかがやき

 メリノヒツジはともえを軽々と持ち上げると、ニイィッと醜悪な笑みを浮かべた。あいつは私がビーストに変わるまで、あの子をいたぶり続けるつもりなのだという。

 

 「アムールトラがもっと聞き分けが良かったら、お前が痛い思いをする必要もなかったんだ…。可哀想になぁっ‼︎」

 

 そう叫ぶと、ともえを地面に投げつけた。しかしズタボロの私は、この子が地面に叩きつけられるのを止める事はもちろん、目の前の凄惨な光景から目を逸らす事も声を上げる事もできない。ならもう、できる事はこれしかない。私はビーストに抗うのをやめ、心の中で大きく叫んだ。

 

『お願いだ、その爪でみんなを守ってくれっ‼︎』

 

 途端に全身が黒い炎で覆われ、視界も心もどんどん飲み込まれて消えてゆく。しかし意識が途切れる直前、私の口から聞こえてきたのは、知らない子の勇ましい声だった。

 

「立つっスよアムールトラ!一緒にあのバカを止めるっス‼︎」

 

 

 僕はともえを投げ下ろした。もちろん死んでしまわないよう充分加減をしている。こいつの悶え苦しむ姿でアムールトラを真の怪物へと変貌させる事が、ひいては僕の積年の願いを叶えてくれるだろう。今度こそ、強者の糧となれるんだ!

 

ドプンッ!

 ところが、予想だにしなかった事態が起こった。鈍い水音と共に地面が波打ち、ともえを飲み込んだのだ。

 

「なっ…、これは⁉︎」

 

 慌ててあたりを見渡すと、少し離れた草陰から、ともえを抱き抱えたアムールトラが悠然と浮き上がってきた。それからヤツはともえを安心させるかのようにニッコリ笑いかけると、ひょうひょうとした口調で驚愕の言葉を吐いた。

 

「いやー、危なかったっスね。あとはアタシに任せるっス!」

 

「ふぇっ⁉︎」

 

「なっ……⁉︎」

 

 ともえが素っ頓狂な声を上げ、目を丸くしながら固まっている。だがそれは僕も同じだ、一体全体、なにがどうなってるんだ⁉︎

 

 しかしアムールトラは特にそれを気に留める様子もなく、笑顔を浮かべたままともえをそっと下ろした。それから改めて僕の方へ向き直ると、今度は失望と憐憫の入り混じったような眼差しでじっとこちらを見つめながら、大きなため息をついた。

 

「……メリノ、いったいどうしちゃったんスか…。早くこんなバカ騒ぎはやめるっス!」

 

 仕草も声も、在りし日のスパイダーさんと瓜二つだ。驚天動地とはまさにこういう状況を言うのだろう、この信じ難い光景を目の当たりにして、頭の中が真っ白になった。アムールトラの体は、ビーストの黒い炎がチロチロと揺らめいているのに加えて、ぼんやりとした輝きを放っている。今のヤツは一体…なんなんだっ⁉︎

 

「ふざけるなっ、そんな三文芝居で僕を止められると思うなぁ!」

 

 激しい動揺を悟られぬよう、僕は無理矢理声を張り上げた。しかしスパイダーさん…いやアムールトラは、少しも怯む事なく悲しみに満ちた視線を送り続けている。まるで僕のこれまでの行いが、全て見透かされているかのようだ。

 

 やめてくれっ!今にも心がガラガラと音をたてて崩れてしまいそうだ‼︎今すぐヤツを消さないと、頭がおかしくなってしまうっ!!!

 

 もはやオーダーなど気にかけていられない、僕は思い切り地面を蹴ってアムールトラに肉薄すると、咆哮と共に渾身の右の拳を繰り出した。

 

「があぁァァァっ‼︎」

 

いかにビースト化したとはいえ、満身創痍の体では到底かわせない一撃だ、これであの忌々しいものは全て吹き飛ぶ…はずだった。

 

ブオンッ!

 

 しかしアムールトラの姿がこつぜんと消え、僕の拳はむなしく空を切った。すると今度は、上空からスプリングボックの凛とした声が響き渡った。

 

 「その鎧、いかにゴテゴテと飾り立てようがそれはハリボテ!まさに貴様の弱い心そのもの‼︎この槍の前ではゴミ同然ですっ!!!」

 

 ハッとして空を見上げると、穂先が黒い炎で包まれた二股の槍を構えたアムールトラが、こちらめがけて恐ろしい勢いで向かってきている。咄嗟に防御の姿勢をとろうとしたが、それを掻い潜ったヤツの閃光のような一撃が、寸分違わぬ正確さで僕の額のど真ん中を打ち抜いた。

 

バカァン!

「がっ………!」

 

 兜が木っ端微塵となり、僕は衝撃で吹っ飛ばされ、無様に地面を転がった。一方のアムールトラは優雅に大地に降り立つと、憤怒に燃える瞳で僕を睨みつけながら吠えた。ぐわんぐわんと揺れる頭の中に、烈火のような怒声が突き刺さる。

 

「さっさと立ちなさい!貴様の力などそんなものですか⁉︎結局弱いものいじめしかできないなんて、恥ずかしいと思わないのですか‼︎ツノへの誇りはどこへっ⁉︎あの山で私を貫いた気概は、偽りだったのですかぁっ!!!」

 

「だ…まれ。だまれ!だまれぇぇぇっ‼︎」

 

 額への一撃など比較にならないくらい痛い言葉の数々が、僕の心をズタズタに引き裂いてゆく。それらを振り払うように、僕は金切り声をあげながら残された力を一気に砕けたツノへと注ぎ込んだ。

 すると漆黒の馬上槍のような長大なツノが形成された。僕はそれを振りかざすと、なりふり構わずアムールトラ目掛けて突進した。ところがヤツは眉ひとつ動かさずに槍を引っ込めると、ゆっくりと右手を前に突き出した。

 

ザキュッ!

 

 生々しい肉の感触と共に、僕のツノが黒い炎に包まれたアムールトラの右手を貫いた。しかし…、そこまでだった。どうゆうわけかツノがピタリと静止してしまい、これ以上動かせない。おまけにヤツはひるむどころか、こちらをからかうような目をしながら薄笑いを浮かべている。まさか、この痛みを楽しんでいるのか⁉︎

 

ゾクリ

 

 それを目にしたとたん背筋に冷たいものが走り、顔から冷や汗が滝のように吹き出した。さらには全身が締め付けられるような感覚に襲われ、呼吸も苦しくなってゆく。まるでヤツの黒い炎が巨大な手となって、僕の体を握りつぶそうとしているかのようだ。なんという事だ、これでは獰猛な肉食獣の口に自ら飛び込んでしまったようなものではないか。

 

「うわあぁぁっ⁉︎ちくしょう、ちくしょおおぉぉぉっ‼︎」

 

 恐怖に駆られ、僕は惨めにわめきながらがむしゃらに足をバタつかせた。しかしどんなに踏ん張っても、ツノを押し込む事も引き抜く事もできない。そんな状況で耳に飛び込んできたのは、取るに足らない抵抗をあざ笑うような懐かしい声…!

 

「いってえなァ……」

 

「クズリさんっ⁉︎」

 

「今度ぁこっちの番だなメリノォ…、歯ぁ食いしばれっ!っらあぁぁぁ‼︎」

 

 狼狽するこちらの都合などお構いなしに、アムールトラはツノごと僕を引き寄せると、雄叫びと共に激烈な乱打を放った。その息もつかせぬ猛攻に、僕の全身を覆っていた分厚い鎧が、まるで紙屑のように易々と打ち砕かれてゆく。そしてあらわになった胴体を、ヤツの両手が万力のような力でムンズと掴んだ。かと思うと体が勢いよく宙を舞い、あっという間に天地がひっくり返った。

 

「おらよぉ!!!」

ドシャァァァン!!!

「ぐふぅ!」

 

 威勢のいい掛け声と共に、僕は背中から地面に思いっきり叩きつけられた。全身がバラバラになりそうなほどの激痛が身体中を駆け巡り、禍々しいツノと鎧は跡形もなく消し飛んで、輝きとなって周囲に散らばった。

 

 そして僕の闘志は、体以上にこなごなに砕かれてしまった。もう立ち上がる事はおろか、拳を握りしめる事すらできない。こんな精も根も尽き果てた状態では、ただぼろ雑巾のように転がっているしかなかった。

 

 ところが不思議な事に、苦痛は次第に和らいでいった。そしてあたりの輝きも、徐々に光を増してゆく。…どうやら、いよいよ死が間近に迫ってきたらしい。そんなキラキラとした空間で大の字になって倒れている僕の傍に、アムールトラがやってきた。

 

 すでに黒い炎と謎の輝きは消えており、気迫は全く感じられない。つい先程まで竜巻のように荒ぶっていたのが嘘のようだ。正直この豹変っぷりは、直接目の当たりにしたのでなければにわかには信じがたいくらいだ。

 

 また、鋭い目には悲しげな光が宿っている。もはや僕の心に潜り込んで救う余力はないのだろう、だからせめて、情で見送るつもりなんだ。僕がこれまでさんざんパークの住人を苦しめてきたにも関わらず、だ…。そのあまりのお人好しっぷりには呆れるが、いかにもアムールトラらしい。

 

 …困ったな。これじゃあこいつの事を恨もうにも恨めないじゃないか。今、改めて痛感した、僕は完膚なきまでに叩きのめされてしまったんだ。こうなったらもう笑うしかない。

 

「…ふ…ふふ……。見事、と言うほかないな…。こんな土壇場で新しい技を繰り出すなんて、お前は本当に凄いやつだ…、感服したよ…。」

 

 僕はかすれた声で最大限の賛辞を贈った。堂々と戦い抜いた強者に対して、いまさら皮肉や恨み言を並べるのは無粋というものだろう。ところが当のアムールトラはというと、どうゆうわけだかオロオロしている。

 

「な、何があったんだ?ビーストの知らない声がしたところから記憶がなくて、気がついたらこんなになってて…。」

 

 …やれやれ、色々聞きたいのはこっちの方なのに、肝心のこいつ自身が一番事態を飲み込めていないようだ。まあいい、これから死にゆく僕にとっては、先ほどの出来事の真相などどうでも良い事だ。

 

 アムールトラはその強靭な体と強固な意志で、絶望的な状況を何度もひっくり返してきた。今回のケースも、大方こいつの強烈な思いがもたらした奇跡の類なのだろう。こんなデタラメなヤツに僕ごときがどんなに策を弄して挑んだところで、所詮勝てるわけがなかったんだ。

 

 なんだかスッキリしたところで、フーッと大きく息を吐き出しながらゆっくりと目を閉じた。すると全身から力が抜けてゆき、なんとも心地よい気分になってきた。まるで体中がふわふわの布団に包まれているかのようだ。このまま永遠に醒めない眠りにつけるならそれでいい、そう思って、目前に迫ってきた死の顎(あぎと)に身をゆだねようとしたまさにその時…

 

「コラッ‼︎」

ペチン!

 

 可愛らしい怒号と共に額にデコピンが飛んできて、僕の意識は無理矢理引き戻された。ぼやけた頭でもよく分かる、この声と感触はアムールトラじゃない…なら、あいつしかいない。

 

 やれやれ、こんな時まで邪魔をするのか…、ムッとしながらもしぶしぶ目を開けると、はたして帽子をかぶった小さなヒト…、ともえが傍で屈んでいて、これまたムスッとした顔で僕を睨みつけている。

 

「変にカッコつけないで!そんなんじゃ、できる事もできなくなっちゃうよ‼︎」

 

 やはりこいつは苦手だ。この曇りのない真っ直ぐな眼差しを見ていると、カコ様を思い出してしまう。

 

「すまなかったな、怖い思いをさせて。…頼むからこれ以上、そんな目で僕を見ないでくれ………、えっ⁉︎」

 

 その瞳の中の思いもよらない光景に、思わず声が出た。なんとそこには、白いもこもこした毛皮で覆われて、ちんちくりんで眠たげな目をしたヒツジのフレンズが映っていたのだ。これはまぎれもない……僕だっ‼︎

 

 慌てて上体を起こして体を見回すと、いつの間にやら僕はすっかり元の姿に戻っていた。

 

「ど、どうなってるんだ、一体…⁉︎」

 

「てめぇはもう、自分を飾り立てる必要がねぇって事だ!」

 

「いぃっ!!?」

 

 突然の大声にドキッとして顔を上げると、ともえの隣にはクズリさんとスパイダーさん、そしてスプリングボックが並んで立っていた。彼女たちに再び会える日を何度夢見た事だろう…、しかしいざその時が来てみると、にわかには受け入れられないものだ。僕はあまりの衝撃に呆気にとられ、口を開けたまま固まってしまった。

 

「おいおい、せっかくの感動の再会だってぇのに、なんだそのあほズラはっ⁉︎」

 

 クズリさんは軽口を叩きながらニヤニヤしている。いけない、早く何か返事をしなきゃ…。で、やっとの思いで声を絞り出したけれど、今度は舌がもつれてうまく喋れなかった。

 

「ク、クズリしゃん、これはいったいどういゆ…」

 

「それはだな……あー………、だりぃからパス。あとはオメーらに任せるわ。」

 

 そう言って、クズリさんは右手をヒラヒラ振りながらフイっと顔を背けた。その隣でやれやれという顔をしながら、スパイダーさんが続けた。

 

「…まったく。よく分かってないなら、始めっからそう言えばいいんスよ。さて、久しぶりっスねメリノ。アタシらはお前の心の中にいた輝きっス。こんなにはっきりとした形を保ってられるのは、お前が体を傷付けてまで覚えていてくれたおかげっスよ。」

 

 そしてスパイダーさんは穏やかな笑みを浮かべながら、僕の胸をトントンと優しく叩いた。しかしその表情は、すぐに悲しげなものへと変わっていった。

 

 「…けど、いつしかお前は自分の信念にこだわりすぎて、アタシたちがどんなに叫んでも聞く耳を持たなくなったっス。これじゃあマズイってんで、シベリアンがお前の心にダイブしてきた時いっせいにその中へ飛び込んで、力を貸す事にしたっスよ。」

 

「えぇっ⁉︎…でも、それだけであんなふうになるなんて…」

 

 僕もスパイダーさんに技を託された事があるが、一回限りで消えてしまったし、それ以上の事は何も起こらなかった。しかしアムールトラは3人分もの技だけでなく、仕草や声までも完璧に再現してみせたのだ。いくら本人たちが手伝ったところで、あれほどまでのことが瞬時にできるようになるとは思えない。

 

「お前の疑問はもっともっス。今回、アタシたちは技を託したんじゃなく、一時的にあいつの体を借りて大暴れしたっスよ。」

 

「でもでも、そんな事ができるなら、最初っから僕の体を操ればよかったんじゃ…」

 

「お前と違って、シベリアンにはアタシたちを受け入れるだけのちゃんとした土台があったんスよ、気付いてないってだけで。それだけじゃあない、あいつにはいろいろとややこしい事情があるっス。」

 

「???」

 

 僕の頭の中が?でいっぱいになった。てんで話が飲み込めずポカンとしていると、今度はスプリングボックが、淡々とした口調で語り始めた。でもチラチラと向こうに視線を送っているから、僕よりもアムールトラに聞いてもらいたいみたいだ。

 

「飛び込んだ私たちは、アムールトラの魂の声を聞きました。そして、彼女自身も気付いていなかった数多くの事実を学ぶ事ができたのです。   

 まず最初に言っておきたいのは、本来のビーストの力は、長い年月の間にすっかり失われているという点です。」

 

「えええっ⁉︎」

 

 いきなり信じがたい言葉が飛び出してきて、思わず耳を疑った。それじゃあ僕がこれまで追い求めたものはなんだったっていうんだ⁉︎

 するとスパイダーさんが、すかさずフォローしてくれた。

 

「そんなに意外っスか?お前は全盛期のビーストの力を間近で見たっスよね、それと比べたら、今の力は弱すぎると思わないっスか?」

 

「確かに。…でもそれは、空腹のせいだと…」

 

「なるほど、一理あるっス。メリノらしい論理的思考っスね。でもそれだけじゃあないんスよ、これが。」

 

「…話を続けます。」

 

 とここでスプリングボックは軽く腕を組んだ。

 

 「では、アムールトラがビーストと呼んで恐れた影とはなんだったのか。あれは本来、彼女が長い眠りにつく前に出会った多くの者たちの記録の塊だったのです。優れた洞察力と戦闘センスの持ち主だったアムールトラは、他の者と接する中でその行動や技の全てを精神に刻みつけていたのです。」

 

…こほん。

 

 今度は右手を口元まで持ってきて、軽く咳払いをした。それからピンと右の人差し指を伸ばすと、考えを整理するかのように、それを揺らしながら続きを話し始めた。

 

 「…ではなぜ、これまで誰かの技を使うのはもちろん、そういったそぶりすら見られなかったのか。

 確かにアムールトラには、他者を再現できるだけの正確な記録と、それらをこなせるだけの強靭な肉体がありました。しかし実際にこれを行うとなると、精神と肉体を一致させる必要が…、つまりは自らの意思を一時的に消し去り、他者の記録に身をゆだねなければなりません。なぜなら自己は、他者を再現するうえで最大の障害となるからです。

 しかし意図的にこれを打ち消すなど、自決でもしない限りまず不可能です。こういった制約から、結局この力は使用されるどころか、彼女の意識に上ることすらありませんでした。」

 

「ちょ、ちょっと待って⁉︎アムールトラは相手の心に入り込んで、記憶や言葉を共有してましたよ⁉︎」

 

 「確かに、精神世界では似たような事をしてたっス。けど、じゃあおんなじ事を現実世界で行えるかってぇと、答えはNOっス。なにせそのまんまでもアホみてぇに強いシベリアンが、わざわざそんな危険を冒してまで他人を真似る必要なんて、さらさらないっスからね。

 けど、極度の飢餓や大怪我で極限状態に陥った、ってんなら話は別っス。そんな時に発現した記録こそが、さんざんシベリアンを苦しめ続けたビーストの正体っスよ。…あ、ちなみにさっきの戦いでは、アタシたちはこの仕組みを利用してシベリアンの窮地を救ったっス。」

 

「…その記録は、いったい誰のなんですか?まさか…」

 

「…もう分かってるっスよね?それは…」

 

「…その不届き者の名は…」

 

 そして2人が同時に叫んだ。

「ウルヴァリンっス‼︎」

「クズリですっ‼︎」

 

 ああやっぱり!聞くまでもなかった…。さらに2人は、ため息混じりに続けた。

 

「長い長い時が過ぎ、記録のほとんどは忘れられ、読み込めなくなったっス。そんな中かろうじて残っていたのが、同じビーストでライバルでもあったウルヴァリンのヤバい性格と一部の格闘術とでっかい鉤爪、それと黒い炎だったっス。で、これらが発現したのが例の影ってワケで…まあ、言ってみれば劣化版ビーストっスね。

 しかしオリジナルと比べたらよわっちくても、それ以上に弱体化した今のフレンズたちにとっちゃぁ、脅威であることに変わりはないっス。そのうえ傍目には見境なく暴れ回ってるようにしか見えないときたら、避けられて当然っスよ…。」

 

「その結果、危機的状況に陥ったアムールトラを助けるために発現していたはずのビーストの力は、かえって彼女を孤立させ、追い詰める要因となってしまったのです。

 …まったく、嘆かわしい。かつて彼女の周りには信頼できる仲間が数多くいたというのに……、なぜ!よりによって貴様なんかが残ってしまったのか⁉︎」

 

「…そもそも、アンタが生前にもうちっと礼儀をわきまえて行動していたら、シベリアンがここまで悩み、苦しむ事はなかったっス。……聞いてるっスか?」

 

 と、一通り語り終えたところで、2人は怒りと呆れのこもった目でジロリとクズリさんを睨んだ。一方彼女はというと、少しは後ろめたさを感じているのか、視線を泳がせつつポリポリと頬を掻いている。

 

「………あの〜、クズリさん…?」

 

「るっせえなぁ…、そいつぁオレの性分なんだからしょうがねーだろぉがぁっ‼︎だいたいな、オレの力がなけりゃ、アムールトラはとっくの昔にくたばってたぜ!なにせこいつときたら、腕っぷしは強ぇのに生きる気力がまったくねぇ!」

 

 ここで唐突にアムールトラをビシッと指差すと、キッと睨みつけた。

 

 「いいか!てめぇん中にはなぁ、今でもオレたちの記録が残ってんだ!たとえ忘れちまったからって、消え失せたワケじゃねぇっ‼︎だがてめぇが消えちまったら、オレも含めてみーんな巻き添えだっ‼︎ 過去も今もひっくるめて、てめぇを必要としてるヤツらがごまんといる事を忘れんなぁっ!!!」

 

 こう一方的にまくし立てると、言ってやったぜ!とでも思っているのか得意げに鼻を膨らませた。アムールトラは戸惑っているが、そんな事はおかまいなしだ。すると今度は、ニヤリと笑いながら僕の方へと視線を落とした。

 

 「…ってえ事だメリノ。すぐに納得できなくてもかまわねぇ、これから何度でも教えてやっからよ!」

 

 そう言ってひょいと腰をかがめると、僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。…まったく、この方の勢いについてゆくのは骨が折れる。そんな相変わらずのクズリさんを前にして、僕は思わず苦笑した。すると目から涙があふれ出した。視界がうるんで世界がぼやけてゆく。

 

「あなたに教師役は無理ですよ……、ああぁっ…!!!」

 

 今度はクズリさんらの隣に、ディンゴ、カコ様、ヒグラシ博士、そしてヒツジのお母様が現れた。さらにはこの周りのキラキラも、しっかりとした像こそ結んでいないが僕と縁のあった者たちだと、はっきりと感じ取ることができた。

 

「みんなっ…!来てくれたんだ…‼︎」

 

 そしてちっぽけな僕の周りに集まって、手を差し伸べてくれた。それらに支えられながら立ち上がると、僕はアムールトラとともえに向き直って深々と頭を下げながら、ありったけのお詫びの気持ちを込めて謝った。

 

「ごめんなさいっ…!…僕は、取り返しのつかない事をしてしまった。美しいパークをめちゃくちゃにし、そこに暮らす多くの生き物たちを傷つけ、苦しめてしまった。本当は、いろいろ迷惑をかけたパークのみんなにもお詫びしなきゃならないんだけど…、僕にはもう、時間が残されていないんだ。」

 

 そうしている間にも、体がきらきらとした輝きへと変わってゆく。それから顔をあげ、改めて2人と向き合った。  

 

「そしてありがとう、大切なみんなに会わせてくれて。僕は長い間ひとりぼっちで過ごすうちに、自分の殻に閉じこもった。そしていつしか、心の内にある多くの声に耳を傾ける事すらやめてしまったんだ。

 そんな中でも、頭の中に浮かんでくるのは真っ暗な過去の鮮明なイメージばかり、そしてこれと向き合わされるだけの苦痛に満ちた日々…。アムールトラ、延々と続く孤独と過去への後悔がどれだけ心を狂わせるか、君は身をもって知っていると思う。」

 

 この間、罵声が飛んできたり、蔑みの視線が浴びせられることはなかった。2人はただ、黙って僕の話に耳を傾けてくれている。それが嬉しくて、僕はちょっとした思いを述べた。

 

「その…余計なお世話かもしれないけど…、アムールトラ、君は昔からなんでも自分だけでこなそうとしてた。けど、どんなに優れた力を持っていても、一人でできることには限りがあるんだ。必要な時には誰かを頼ってほしい。

 そしてともえ、君は周りを引っ張ってまとめる事で、己の信じる道を切り開いてゆく。そんな時の君の眼差しは、僕が尊敬してやまないヒトにそっくりなんだ。でもその道は間違ってる時もある、おかしいと感じたら、あまり無茶せず引き返してね。

 …一人では、立ち止まる事もあるかもしれない。けどお互い支え合って進んでゆけば、この先どんな困難が待ち構えていたとしても、きっと乗り越えられる。…僕なんかがいなくても、明るい未来への道が見つかるはずだよ。」

 

 よかった、なんとかここまで語りきることができた。正直、こんな僕の言葉を静かに聞いてくれるなんて思ってもみなかったよ、君たちには感謝してもしきれない。

 すると2人は寂しげな表情を浮かべたあと、同時に同じような疑問を口にした。

 

「…なあ、私はなぜここにいるんだ?」

「…ねえ、あたしって一体なんなの?」

 

 やっぱりそこが気になるよね。自分たちが何者であるかは、彼女らにとってとても大切な事柄だ。しかし僕にはもう力がない。体の輪郭がぼやけ、声すらも途切れ途切れになってゆく。

 

「できる事なら君たちと、とことん思い出を語り合いたかったよ…。でも大丈夫…。可能性に満ちた明日に向かって歩いてゆけば、おのずと答えはついてくるだろうから…!」

 

 これが精一杯の答えだ。僕だけでなく、クズリさんたちも全身が輝きとなって消えてゆく、いよいよこれでお別れだ。そして消滅の直前、僕は2人に向かって小さく手を振りながら、最後まで胸に秘めていた思いを口にした。

 

「…じゃあ、さよなら‼︎もし今度会えたら、僕の大好きな本を一緒に読もうよ!!!」

 

 ───結局最後の最後まで、僕は青鬼にはなれなかった。けどアムールトラ、君は間違いなく、パークのみんなから愛される赤鬼だよ───

 

 

 そう言って、たくさんのきらめきと一緒にメリノヒツジらは消滅した。私には4人のフレンズが消えていったようにしか見えなかったけれど、メリノにはもっとたくさんの者たちが見えているみたいだったな。

 

 正直、彼女達が言っていた事はちんぷんかんぷんな所も多かったけど、私がビーストと呼んで恐れていたあの影の正体が、過去の記録…つまりは思い出である事は分かった。

 

 ということは…、私は、ひとりぼっちなんかじゃなかったんだ!心の中にはたくさんのヒトやフレンズがいて、たとえ忘れてしまっても、直接お話しする事はできなくても、遠い過去から今のこの瞬間まで、ずうっと私の中で生き続けてくれてるんだ‼︎ならクズリって子が言っていたように、これからはもっと自分を大切にしないといけないな。

 

 胸に手を当てながらそんな感慨にひたっていると、ふと寂しげに震えている小さな背中が目に入った。…まあ、無理もないか。無数の化け物どもとの激闘を、ずっと間近で見ていたんだから。私はともえの肩に右手を添えると、そのままそっと抱き寄せた。するとこの子は潤んだ瞳で私を見上げた後、ギュッとしがみついてきた。

 

 可哀想に、こんなに怯えて…。表向きは勇ましかったけれど、やっぱり相当怖かったんだな…。

 

 私はともえを抱きしめながら、これからのことについて思いを巡らせた。さっきまでのやり取りで私の過去はいくらか知る事ができた、けれどもまだ不明な部分もある。それにともえについては、ほとんど何も分からずじまいだ。

 …でも、きっと大丈夫。メリノヒツジも言っていたように、一緒に歩いてゆけばいつか答えは見つかるだろう。

 

 こうしてともえの温もりを感じながら物思いにふけっていると、私たちの目の前に6つの影が現れた。それらはゆらめきながら徐々にしっかりとした像を結んでゆき、ついには6人のヒトの姿となった。

 

 まず目を引いたのは、こちらに向かって敬礼をしている軍服に身を包んだたくましい男だ。その鋭い眼光とは裏腹に、とても穏やかな表情をしている。

 またその傍に立っているいかめしい風貌の老人は、「しっかりやれよ」とでも言っているかのようなおごそかな笑みを浮かべている。

 その隣では、土埃で汚れた白衣をはおった黒髪の凛々しい女性と、くたびれた白衣をまとった少し気弱そうな男性が、にこにこと笑いながら手を振っている。よく見るとこの男のヒトの右足は膝から下が無くなっていて、女のヒトが彼の体をしっかりと支えている。

 そして優しそうなおばあちゃんと可愛らしい片腕の女の子が、それぞれ花束を抱えながら幸せそうにほほえんでいる。

 

 このヒト達を見ていると、胸の奥がジーンと熱くなり、目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちてきた。誰なのかは思い出せないけれど、私にとってすごく大切なヒトたちに違いない。私の心の中で、ずっと見守ってくれてたんだ。

 

「ありがとう!もう私は大丈夫だよ‼︎」

 

 こう大声で叫びながら、ブンブンと大きく手を振った。すると影がまばゆい光を放ち始め、周りのキラキラした空間と一緒にパアッと弾けた。そのあまりのまぶしさに、私たちは思わず目をつぶった。

 

 そして気がつくと、あの原っぱに佇んでいた。あたりを見渡すと、遠ざかってゆくセルリアンの群れとラッキービーストらの後ろ姿があった。どうやらメリノヒツジは、あらかじめ自らが敗北した時の命令を奴らに下していたようだ。

 

 空を覆っていた闇が散り散りとなった事で、暖かな日差しがあたり一面に降り注いでいる。さらにはそれを待っていたかのように、私たちの周りを気持ちの良い風が吹き抜けていった。

 

「吸い込む空気は冷たく、吐き出す空気は温かい…か。」

 

 ふとこんな言葉を呟くと、私は澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込んだ。冷たく清々しい感覚が身体中に広がってゆく。それから今度は、ゆっくりと息を吐き出した。するとなんだか、生きているって実感がひしひしと湧いてきた。

 

 ───カララン───

 とここで、向こうから乾いた音がした。なんだろうと思ってそちらを見ると、キラリと光る3つの腕輪が地面に転がっていた。

 

「あれっ、これって…」

 

「…ああ、メリノヒツジのだ。」

 

 私はしばらくそれらを見つめたあと、ともえからもらった花のブローチを胸のポケットから取り出して、メリノヒツジが着けていた腕輪のそばにそっと置いた。そして奥歯を噛み締めながら、両の拳をきつく握りしめた。

 

 私の中では、彼女を可哀想だという思いと憎いという思いが絡み合っている。

 もちろん、あれほど長い間苦しみ続けてきたのだから、もっときちんと弔ってあげたいという気持ちはある。しかしだからといって、パークを蹂躙し数多くのフレンズらを苦しめた罪を易々と許すことはできなかった。

 

 いつかやってくるであろうヒトの脅威からパークを守るためには、フレンズはかつての強さを取り戻さねばならない。そのためには私(ビースト)が必要で、自身はその生贄となる…。この一方的で無責任な理想に振り回され、どれだけたくさんの者たちが傷付き泣き叫ぶ事になったか。思い返しただけで胸が痛くなる。

 

 思えばメリノヒツジは、自分の意に沿わない者を見下し、その苦しみを当然の報いだとして無視し続けていた。おそらく自身の行いこそが絶対的な正義であり、それ以外を悪だとみなしていたんだろう。そうやって己の全てを正当化しているうちに、いつしか自らの信念のみをよりどころとした彼女には、もはや他者の声など届かなくなっていたんだ。

 

 だから、今はこれくらいが精一杯だ。もっと時間が経ったら、少しは意識も変わるかもしれない。ともえも同じような気持ちなのだろう、腕輪とブローチに軽く触れながら、なんとも言えないような面持ちで唇を噛んでいる。

 

 そこへ、拘束から解放されたフレンズ達が、歓声を上げながら私たちの下へと駆け寄ってきた。涙声で叫びながら真っ先にともえに飛びついてきたのはイエイヌだ。

 

「わふぅぅっ!よがっだ、どもえざ〜ん‼︎」

 

「イエイヌちゃん、心配してくれてありがとう!ほら、あたしは大丈夫だよ‼︎だからっ、ね、ちょっと落ち着いて…」

 

「いやです!もう離しません‼︎離しませんよ〜っ!!!」

 

 イエイヌは尻尾をちぎれんばかりに振りながら、ともえにギュッとしがみついている。そのあまりの勢いに、さすがのともえも圧倒されている。

 すると今度は、なにやら興奮冷めやらぬ様子のロードランナーがやってきた。

 

「やったじゃねえかよ、おい‼︎急に消えちまったから心配したずぇ。なんかよぉ、あんにゃろうが地面に叩きつけられたとたん、そこから輝きが吹き出してお前らを飲み込んだんだ。

 そんでそれが弾けたと思ったら、「ごめんなさい、ありがとう、さようなら。」ってメリノヒツジの声が何度かこだましてさ、その後でまたお前らが現れたんだ。一体なにがどうなってんだ⁉︎」

 

 そこへ、オオコノハズクとハツカネズミが大声で割って入ってきた。

 

「武勇伝は後回しなのです!とっとと体を休めるのです‼︎」

 

「そうですよ!皆(みな)を守り抜いた英雄を、ボロボロのまま放置してはいけませんっ‼︎」

 

「ああっ⁉︎ごめんなさいアムールトラさん、あたし、気が回らなくって…」

 

「…はは、いいよ。長い夜だったもの、みんな疲れてて当然だ。」

 

 体はボロボロだけど、大慌てするともえを見たら思わず笑みがこぼれた。そういえば、最後に笑ったのはいつだったろう…、もう何年も経ってしまったような気がするな。

 それから私たちは、お互い支え合いながらリャマのレストランへと向かったのだった。




あるトラ本編を読んでいて、これはこういう事なんじゃないか?と自分なりのエピソードを想像していた事柄がいくつかあります。

 一つは「ビーストとは何か」です。クモ型セルリアン戦でのビーストの戦い方は直線的かつ暴力的で、クズリと似ていると思いました。さらに過去編に現れた全盛期のビーストは、天を引き裂き大地を砕く凄まじい力を誇っていましたが、それに比べると現代での力はだいぶ衰えているように感じました(物語の終盤で、アムールトラには飢餓というデバフがかかっている事が判明しましたが)。

 なので、物語のどこかでアムールトラはクズリを食べてしまうのだろう、そしてその思いを引き継ぐために幻影を身にまとったのだろうと考えました。

 もう一つは「メリノヒツジとの決着」です。暴走する彼女を止めるのは、現在を生きるフレンズ達の力と過去のみんなの思いだろうと思いました。

 結局のところ、本編ではこういった展開にはならなかったわけですが、せっかく思いついたので自分なりの結末としてまとめてみることにしました。 

 こちらの物語では、アムールトラが完全に記憶を取り戻す事はありません。さらに、彼女がビーストだと考えていたのは不完全なクズリの記録となっていますし、本来のビーストの力は、長い眠りの間に思い出と共に失われてしまった事にしています(これについては、あんな弩級の自然災害のような超パワーを活かせる展開を思いつかなかった、という点も大きいです)。

 また作中で彼女は3人のフレンズ+ビーストの力(黒い炎)を再現して戦いますが、これは「フレンズがセルリウムを宿したらビーストとなる」という創作や、「もし大極変化の効果を現実世界に持ってこれたらどうなるか」というアイディアが元になっています。

 しかしはじめっからこの展開を思いついたわけではなく、当初は3人がビーストの衝動を抑えてアムールトラの正気を保つ、くらいの予定でした。ですが考えてゆくうちに、この3人に顕現して暴れてもらおう、いやどうせならアムールトラに彼女たちの技を再現してもらおう、となりました。

 ここに至るまでの理屈もいろいろ考えてみましたが、もしかすると矛盾があったり分かりにくかったりするかもしれません。疑問に感じた点などあれば、聞かせていただけると助かります。



 さてここからは、この作品におけるキャラクターや独自の展開などの設定をご紹介します。

◉アムールトラ
 本編とは異なり、彼女の持っていたビーストの力はすでに失われています。そして、今までそれだと思われていたのは実はクズリの記録でした!というオチです。
 しかしアムールトラが再現できたのは、かろうじて読み込めた記録です。当然彼女が知っている範囲でしかありませんし、長い年月の間に読み込めなくなった部分もあるので、本来のクズリと比べるとおかしなところもあります。

 戦闘面で再現されたのは、シャヘルで共闘したビーストクズリです。ただあの時は彼女自身もビースト化していて認知機能に問題がありましたし、一緒にいた時間も短かったので、あくまでアムールビーストと類似した力を再現するに留まりました。
なので、クズリの持ち味である投げ技や衝撃波、および戦闘センスなどを使う事はできませんでした。
 行動パターンの面では、付き合いの長かったノーマルクズリの割合が大きいです。ただ物語途中で別れてしまったため、舎弟(メリノ)ができた終盤のクズリよりも荒々しいです。

 その役割は強敵との戦闘にとどまらず、すぐ生きる事を諦めるアムールトラのフォローもしていました。極限状態に陥った彼女にむりやり食糧を口にさせたり、強引に危機を乗り越えさせるなどです。ただやり方が雑で乱暴だったために、周囲を怯えさせる結果となってしまいました。


◉メリノヒツジ
 一見無敵ですが、その本質はスプリングボックに暴かれた通りで、言うなれば寂しさのあまりわめき散らしている駄々っ子です。
誰かにすがりたくて仕方ないのに、それでいて変にプライドが高いので、理想(というかわがまま)を振りかざす事でしか周りと関われません。アムールトラの糧となりたがるのは、もう孤独な生活に戻りたくないからという思いもあります。

 そんなメリノを止めるには現在だけでなく過去の力も必要だろうという事で、彼女は自らの心の中にいた輝きたちに心身共にコテンパンにされます。個人的に精神戦よりも拳のぶつかり合いの方が好きな事もあり、そのような格闘描写が本編よりもだいぶ多くなりました。
 またアムールトラやともえ以上に過去に思い焦がれていたメリノには、やはり思い出深いみんなと会わせてあげたいという気持ちもあったので、その輝きらと共に幸せにこの世を去る展開となりました。ただ、あのみんなの姿が実際に現れたものだったのか、それとも涙が見せた幻だったのかは私にも分かりません。

 話の都合上、アムールトラの視点だけでは表現しきれなかった箇所はメリノヒツジ視点となっています。その間、物知りなメリノにはできるだけ難しい言葉を使ってもらいましたが、元の姿に戻ってからはくだけた表現となっています。

 ちなみにメリノの最期は、『Undertale(アンダーテール)』という名作ゲームのトゥルールートに出てくるラスボス『アズリエル』をイメージしています。あの終盤の盛り上がりは凄すぎて、何度見ても涙が出てきます。私もあんなふうに人の感情を揺さぶる作品を書けたらなあ、と思った事もありました。


◉スパイダー、スプリングボック
 本編では特に絡みのなかった2人ですが、こちらではアムールトラとビーストにまつわる長ったらしい設定の解説役となっています。

 スパイダーはともかく直情熱血型のスプリングボックがいるのはなぜ?と思われるかもしれませんが、これはその体を貸してくれたアムールトラの恩に報いようという、彼女なりの精一杯の感謝の表れです。
 しかし一見そつなくこなしているように見えますが、実はかなり戸惑っていました。合間合間に腕組みや咳払いをしていたのは、そのわずかの間に頭をフル回転させ、情報を整理するためです。そんな解説が不慣れな彼女にとって、ちょこちょこメリノの質問に答えてくれたスパイダーの存在は、さぞありがたかった事でしょう。
 

◉クズリ
 クズリたちはメリノの理想に共感を示してはいませんが、それが間違っているとも言っていません。ここで問題となっているのは、心の中にいる彼女らの声すらも届かなくなってしまったメリノの姿勢です。どんな理想を掲げようが、他者をかえりみず強引に己のやり方を押し付けるその姿は、ヴェスパー親娘と似ています。

 しかし自らの殻にこもりきり己の正義を振りかざす者を止めるのは、並大抵の事ではありません。
 メリノを打ちのめすだけなら最初から彼女に出張ってもらえば事足りたのですが、その心を折るまでは難しかったでしょう。そこでスパイダーとスプリングボックは、あえて説得や叱責をする事で揺さぶりをかけ、メリノが自らの過ちに気付いて立ち止まるチャンスを与えました。
 しかしかえって意固地になってしまったメリノは、尊敬する兄貴(姉貴?)であるクズリに、ケジメとして死の一歩手前までボコられる結果となりました。


◉クズリたちの正体
 彼女たちはメリノの輝き(サンドスター)で形成された過去の記憶です。なので、持ち主が消えれば一緒に消滅します。本来はあのように現実世界に姿を現すことはできませんが、メリノの輝きが充満したあのキラキラした空間では、アムールトラに力を貸した後、特別に顕現する事ができました。
 まあぶっちゃけると、アムールトラに口寄せさせただけではメリノは聞く耳持たないだろうと思ったので、彼女たちに姿を現してもらう必要があったのです。


◉フレンズの死後の世界
 メリノの最後の言葉は、いつ、どこで、どんなフレンズなのかも分からないけれど、自分のように本が好きな子が産まれたらよろしくね、という感じです。
 あの世での再会や、霊との会話ではありません。


◉ともえ
 どんなにイエイヌに止められてもビースト(アムールトラ)に寄り添おうとするし、強大なメリノヒツジに対しても逃げずに自分の意思を伝えるなど、目の前の危機には驚くほど毅然と立ち向かいます。カコさんに似たのか、その無謀ともいえる行動は時に周りをヒヤヒヤさせます。
 逆に目に見えない漠然としたもの、特に自身の出生や将来についてはあれこれ思い悩む子です。


◉ともえのデコピン
 モデルにしたのは『ダイの大冒険』のひとコマ。倒れているノヴァの手をとったマァムが、関節を決めてなかば無理やり立ち上がらせるシーンです。
 周囲のフレンズには「死にあらがって強くなれ!」と強要していたのに、いざ自分が打ちのめされたらあっさり死を受け入れようとしたメリノに、ともえは苛立ちを覚えました。
 その姿勢もさることながら、この子にはメリノがヒツジの姿に戻ったことも顕現したクズリたちも見えていたので、これらを知らずに消えるなんて許さない!と思ったのです。
 なお、これくらいはやってもらわないとキラキラ空間にいる意味がない、という筆者の思いもありました。


◉本編から引用した台詞
◯「いったいどうしちゃったんスか…。」
→ 『であいとさいかい(中編)』

◯「いってえなァ……」
→『オオカミをかるもの』


ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
拙作ではございますが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
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