8月28日、天気は晴れ。
黒髪のツンツン頭な高校生、上条当麻(かみじょうとうま)と銀髪の暴飲暴食シスター、インデックスはどういうわけか学園都市の外に来ていた。
近年になってから都市化が進んだここ──見滝原(みたきはら)には、とても日本の風景とは思えない西洋チックな町並みが広がっており、イギリス出身のインデックスは目を輝かせていた。
「見て見てとうまー! 日本にもこんなところがあるんだねー!」
「なんで俺ヨーロッパにいるんだっけ? あ、そっか……ここは『外』だったな」
通常、学園都市の外に学生が出るのは難しい。何故なら、機密保持と各種工作員による生徒の拉致を未然に防ぐべく、外に出る為には許可書だの血液採取だの、さらには保証人まで用意しなくてはならないという面倒臭い手続きがある……のだが。
上条の場合は一週間前に
この噂は爆発的に学園都市内に広がり、じゃあ上条の地位が向上したか……と、言えばそれは大嘘になってしまう。上条は
この騒ぎに頭を抱えた学園都市上層部は、上条を一時外へ退避させる事を決定。こうして上条当麻とついでにインデックスは、学園都市の外に出る事になったのだが……。
(しっかし、若干ヨーロッパみたいな所ってのが悪意を感じる……)
上条にとって西洋とはあまりいい思い出がない。そもそも、上条は一ヶ月ほど前以前の記憶は失っているのだが、記憶を失った後も三沢塾やヘビースモーカー不良神父の事もあり、西洋=魔術師と勝手に脳内変換されるようになってしまった。
見滝原(ここ)に来て嫌な予感がすると思ったのは、まさに今までの騒動のせいである。
と、ここで上条はインデックスの顔色を伺った。なにやら嬉しそうだが、上条にはインデックスが嬉しそうにしている理由がすぐにわかった。
このシスターは単純大食い娘だ。そして今、上条の鼻にもいい匂いを感じている。
大体の理由がわかった上条はため息をつき、
「食べるのはお世話になる家についてからな」
「そ、そんなことわかってるんだよ!」
「へいへい、精々
上条達がお世話になる先は鹿目さんという家らしい。なんでも、上条の父親とそこのお父さんが知り合いらしく、しかし上条の父親は海外出張で忙しいとの事で、そこで上条の父親はしばらく上条がお世話になる家を用意した。そこが鹿目家というわけである。
(父さん……か。結局会えなかったけどどんな人なんだろう……?)
くどいようだが、上条は一ヶ月以上前の記憶を完全に失っている。それはつまり、自分を生んだ親の顔や自分の生まれ故郷、自分が学園都市に入った経緯すら覚えていないというわけだ。
親や故郷の事を覚えていないとは、なんとも複雑な気分にさせるものだが……。
(まっ、考えたって仕方ねえか。とにかく、鹿目さんに迷惑かけねえようにしねえとな)
そんな事よりも、もっと重要な事が目前に迫っていた。上条は、いかにインデックスのお腹を満たして鹿目家の負担を最小限に抑えるか、真剣に悩んでいた。上条家の財政はただでさえインデックスの食費に消えているのに、今度お世話になる鹿目家は育ちざかりの子供もいるらしい。
学費や食費も半端じゃないだろう。そこにまた、腹ペコ上条ともっと腹ペコで大食いなインデックスが加わるのだ。きっと、鹿目家は1日もしないうちに財政難になるだろう。
長い事お世話になる予定はないが、自分達が去った後の鹿目家が心配だ。
なので上条はインデックスに我慢を覚えさせるか、それとも自分の有り金を叩いて何かを食べさせてあげるべきか、真剣に悩んでいたのだ。
前者は多分無理だ。インデックスは我慢ができない子である。なら後者、それは上条家の財政がさらに悪化するという意味だが、鹿目家を財政難にさせたくはなかった。
仕方ない。辛い日々が続くかもしれないが、人様に迷惑を掛けない為だと思い、上条は笑いながら振り向いてインデックスに声をかけ、
「よし、インデックス。鹿目さんの家に行く前に何か食って──」
言いかけた言葉が止まる。
さっきまで隣にいたハズのインデックスがいないのだ。
魔術師……なわけがない、そんな気配は全くなかった。それにインデックスが姿を消した理由として最もそれっぽいものがある。
食べ物。
そう、さっきから香る食べ物のいい匂い。インデックスは多分、このいい匂いに釣られて上条放置で何処かに姿を消したのであろう。
「早速インデックスさん迷子!? くそっ! 何か地元の学生がいっぱい歩いていて食欲シスター発見できねえし。ちくしょう不幸だ、やっぱりお前は脳に食い物しかねえじゃないか!」
道行く近所の見滝原中学校の生徒達が、上条のことを不審者を見る目で見ていたが上条はそんな事などお構いなし。思う存分頭を掻き毟って叫びまくっていた。
「おーいインデックス~」
いつまでも騒いでいるわけにはいかないと、とりあえが上条はインデックスを探すべく見滝原を走り始めた。大通から小道に恐る恐る入り、インデックスがいないか目を凝らす。しかしインデックスの気配はおろか、この小道には人の気配すら感じられなかった。
それでも上条はインデックスを見つけ出すべく、小道を突き進んだ……が、
「うわ、このままだと俺が迷子になりそうだっ」
冷や汗が出てきた。知らない街で上条が迷い始めたのだ。
と、ここで馬鹿な上条も一つ──いい事を思いついたようだ。
(そうだ、携帯だ!)
慌てた様子でポケットから携帯電話を取り出し、それをガバッと開く……が、悲惨な事に携帯電話に電源が入っておらず、ボタンを押しても電源が入らない。
電池切れ。
そういえば、と上条は思い出す。三日前から充電した記憶がない。あんまりメールはしないタイプの上条だが、昨日は悪友の青髪ピアスや土御門元春(つちみかどもとはる)と、スク水少女について熱い議論を交わしていた気がした。
そのせいで4日は持つハズだった充電が、一気になくなってしまったのだろう。
「……不幸だっ」
上条はいつもの口癖を呟き、深いため息をついた。
……瞬間。
世界が世界が一変した。
単なる路地裏だったはずのそこは、不気味な色で彩られた奇妙な空間へ変貌した。
(なんだ……?)
不思議に思った上条はキョロキョロと、顔を左右へ振りまわす。
ステイルの人払いのルーン……とも違うようだ。ステイルのソレとは違い、世界そのものが変わってしまったような摩訶不思議な雰囲気。
思わず、上条の拳に力が入る。
「まさか……魔術か?」
一方通行(アクセラレータ)の仕業なわけがない。御坂美琴(みさかみこと)と言う
あの常盤台のお嬢様(?)は精々、自身の能力である超電磁砲(レールガン)でコインをふっ飛ばしたりビリビリと電撃を放ってくるだけだ。
そもそもソレは超能力のものとは何かが違う。やはり魔術、それもステイルのルーン魔術とはまるで別物な感じである。どう考えてもお友達になりましょうと言う空気ではない。
そこで、上条は一つの大切な事を思い出す。
「──ッ! インデックス!」
不気味な空間を走り回り、上条はインデックスの名を叫んだ。しかし、白い修道服を着た少女の姿はおろか、インデックスの独特の声すら全く聞こえない。
ここにはインデックスはいないのか。
それとも、インデックスは既に何者かに襲われてしまったのか。
インデックスが消えた原因を考えていた──その時。
「──、」
ケタケタケタと、上条の周りで不思議な生命体のようなものが、聞いてるだけで背筋が凍る不気味な笑い声をあげていた。
さらに上条の頭上では誰にも持たれていないハサミが、勝手に動いて重そうな鎖をチョキチョキと切刻んでいた。細かく切断された鎖の中の数本が、勢いよく上条目がけて降ってきた。
当たれば、人間などペシャンコにしてしまう鎖の大群。
「くそっ!」
上条は咄嗟に右手を頭上へ突き出す。逃げても無駄だと思ったんだろう。そのせいか上条は逃げずに右手を頭上へ突き出したのだ。普通に考えれば自殺行為であった。しかし……降り注ぐ鎖の中の一本が上条の右手に触れた瞬間──。
ガラスが砕けるような音が響き、鎖は粉々に砕け散った。
それが異能の力なら神の奇跡だって打ち消す、上条の右手に宿る能力だ。特別喧嘩が強くなるわけでも女の子にモテるわけでも、成績がよくなるわけでも幸せになるわけでもない。むしろ神の奇跡を打ち消すので、不幸を呼ぶ右手であるのだが──それでも異能の力を打ち消せる。
つまり、魔術師や超能力者と対等に渡り合える事が出来るのだ。
「右手で打ち消せた……やっぱり魔術か!」
驚きの直後、確信した──これは魔術だと。
上条はキョロキョロと、周囲を見回した。周囲には異形の生命体に、再び上条を押しつぶそうと宙を舞う鎖の数々。鎖を相手にしていてはキリがないだろう。なら、と思った上条は──、
「──おォァああっ!」
ダッ! と駆け出した上条は拳を握り締め、一体の異形の生命体に狙いを定める。
得に反撃しようとする素振りは見せない。チャンスと感じた上条は、その主砲である右拳を一気に異形の生命体へと叩きこんだ。
バキン! と生命体はバラバラと崩れて姿を消した。だがその直後、数百と戯れている生命体が一斉に上条に襲いかかってきた。後方へ一歩ずつ跳躍しつつ、時々右腕を振るい、拳を当てて生命体を打ち消していくが、上条一人で相手をするにはあまりにも数が多すぎた。
「く、そ──キリがねえっ!」
そんな上条を襲うかのように、頭上から鎖が何本も落下してきた。それらは上条には直撃しなかったものの、上条のすぐ前に落下した鎖が埃を舞い上げた。
「──ぐっ!」
そのせいで視界が遮られる。
咄嗟に上条は腕をクロスさせ、右目だけは閉じず最低限の視界を確保しながら、自分の身を守ってみせた。上条自身にダメージはなかったが、舞い上がった埃のせいで視界は悪い。霧の日に峠道を走るよりも視界が悪く思えた。それでも、時間が経つにつれて埃は何処かへ飛んでいく。
ようやく視界が回復し、上条は咳き込みながら両目を開けた……が、
「……っ!?」
上条の眼前に異形の生命体達が迫って来る。四方で戯れる生命体に完全に囲まれ、こんな状況では頼りの
数の前には優れた能力も無力なのである。
どうしようもないと判断した上条は、咄嗟に身を屈めて防御の態勢に入った。
……次の瞬間であった。
「な、なんだ──?」
包み込むような何かが上条の周囲で巻き起こり、彼を包囲していた異形の生命体や彼を押し潰そうとしていた鎖が、一瞬にして一斉に数十メートルほど吹き飛んだ。
何事か。驚いた表情になった上条は周囲を見回す。
吹っ飛ばされた生命体以外には誰もいない、いるハズがない。
「危なかったわね」
「──っ!」
それなのに背後から──全てを包み込むような優しげな声が聞こえてきた。
身体ごと振り返ると、奇妙な背景から伸びている不気味な階段から、やや大人びてはいながら上条よりは少し幼く見える、どこかの学校の制服を着た少女が現れた。縦ロールの金髪に、インデックスとは対象的な胸を持ち、左手に不思議な物体を持つ少女は微笑みながら上条に近付く。
優しくも怪しげな雰囲気を放つ少女を眼前に、上条は自然と後退りをする。
その態度は初対面の人に対し──失礼極まりないものだ。
「──でももう大丈夫」
にも関わらず──金髪の少女は安心感ある言葉を掛けてきた。
見た所、悪いヤツには見えない。そう思った上条は勇気を振り絞り、
「ぉ、オイお前、ここは危な──」
「さて、ちょっと一仕事片付けちゃおうかしら」
少女は上条の言葉など聞かず、怪しげな動きを見せる。すると、次第に制服姿だった少女の衣服が変化してゆく。インデックスが普段見ている、超機動少女(マジカルパワード)カナミンのように。
少女は余裕そうな笑みを浮かべたまま、一気に何十メートルも飛び上がる。手を一振りすれば無数の単発式マスケット銃が、少女の周りに次々と現れる。
ソレは上条が知っている、ステイル=マグヌスのルーン魔術とは明らかに違う。どちらかと言えばアウレオルス=イザードの
上条が唖然とする中、無数のマスケット銃が一斉に火を噴いた。無数の弾幕が異形の生命体へと降り注ぎ、大地を揺るがすような大爆発を起こす。
赤い炎に黒い煙が立ち込める中、金髪の少女は優雅に着地してみせた。
それと同時に奇妙な世界は崩壊し、上条が気付いた時には元の路地裏に戻っていた。
「世界が……戻った?」
「魔女は逃げたみたいね」
「お、お前は一体?」
「そうね、自己紹介がまだだったわ──巴(ともえ)マミよ」
不思議な魔術のようなものを扱う少女──巴マミ。
この2人が交差した今──物語は動き始めた。