「不幸だ……」
またしても、お決まりの文句を呟く彼──上条当麻。
頭や顔どころか、服にまで歯型がしっかりと残っている。それは全部、上条家の財政を悪化させている穀潰し──インデックスのせいである。
インデックスは怒ると噛みつく癖があるらしい。全く迷惑な癖である。そして、上条はほぼ毎日その癖の犠牲になっているのだ。慣れているとは言え、やっぱり髪付き攻撃は痛い。それ以上に同居人に噛まれる事がショックなことかもしれない。
「そろそろ寝る時間かぁ……」
時計を見て確認する。
今日はマトモな晩御飯を食べれて幸せであった。これまで、上条家の食卓と言えば安いレトルト食品のオンパレードであったが、今日はごく普通の生鮮食品を使ったマトモな料理。インデックスも「とうまの作ったご飯より500倍はおいしいかも!」と大絶賛のご飯であった。
だが、あれだけ大量にあったご飯の大半は──インデックスのお腹の中に消えたのだ。
はぁ、と上条はため息をつく。その時、コンコンと言う物音が響いた。
「ん、入っていいぞ」
ドアをノックされたようである。インデックスか……と思ったが、あの不思議シスターさんが礼儀正しく部屋に入ってくるわけがない。
いきなり豪快に扉を開け、上条の名前を叫びながら突撃してくるだろう。
なら、詢子あたりが妥当なものかと上条は思った。
しかし、
「当麻お兄ちゃん、お邪魔するね」
「えっ? か、鹿目?」
部屋に入ってきた意外な人物を視界に捉え、上条は思わず声を上げる。
「当麻お兄ちゃん、それじゃまるで初対面の人だよ? 今まで通りまどかでいいんだよ?」
「えっ、ああ悪かった。久々だから俺も緊張してたんだ」
「ティヒヒ、当麻お兄ちゃんも相変わらずだね」
上条は肝心な事を忘れていた。鹿目家の父と母が上条と面識があると言うことは、当然娘のまどかとも面識があるというわけだ。つまり、記憶にない昔のこと──上条とまどかは何処かで会っているということになる。それが何時、何処で、そこで何があったのか。
細かい事はおろか、まどかがどういう子なのかすら彼は覚えていないのだが。
(とにかく、知り合いだってんなら演技しねえとな)
記憶喪失であることは決してバレてはいけない。記憶のない上条は、覚えていない以前の上条を演技する必要があるのだ。
「ほらこれ、去年のお正月の写真だよ」
まどかが上条の隣に座ると、突然携帯電話を取り出し、画面を上条に見せつける。
温かく、柔らかくて甘い匂いのするまどかの感触も気になるが、それ以上に上条の興味を引いたのは携帯に映っていた写真である。写真はどこかの神社の鳥居をバックに、ジャージ姿の上条にしがみ付く桃色の髪の少女が移り込んでいた。
写真が映っている携帯の画面を、上条は本の僅かに頬を赤く染め、まどかのほうをチラチラ見ながら写真を見る。やっぱり……写真に写っているのは隣にいる子──まどか本人だ。
「ああ、そういえば去年行ったよなぁ」
本当は行った記憶なんてないのだが、写真が何よりの証拠だ。それに、自分が記憶喪失である事をバラせばまどかは悲しむか、あるいはインデックスのようにお怒りになるか。
どちらにしても、好ましい展開とは言えない。
それに上条はようやく、自分とまどかの関係が理解できたようである。
(そっか……俺とコイツは幼馴染みたいなモンだったのか)
そう、まどかは上条の妹分のような幼馴染。義妹とまではいかなくとも、彼の悪友である土御門元春が喜びそうなポジションにいる子──それが鹿目まどかという少女である。
「今年もまた一緒に行けるかな?」
「そうだなぁ……今もこうして再開出来たんだし、今年も行けるんじゃないか?」
「……うん! 私、楽しみにしてるね!」
──それから、上条とまどかの会話は続いた。何気ない日常会話である。ただし上条は学園都市の人間で、まどかは学園都市の外の人間である。その違いは非常に大きく、故にまどかは学園都市の話に興味を示し、上条も学園都市の外の話に興味を示していた。
さらに、2人には高校生と中学生という違いもある。その違いがあるだけで、無限に話題が沸いてきて2人の会話は留まるところを知らなかった。
そうしているうちに、上条にとって一日目の夜は更けていく、
「あっ、いけない! そろそろ寝ないと明日学校に遅刻しちゃうよっ」
「学校? そっかぁ、外の世界はもう夏休みが終わってるだったな」
「当麻お兄ちゃんはまだ夏休みなの?」
「今月の31日までが夏休みだな」
「いいなぁ~夏休みが長いって、羨ましい!」
「そうか? ぶっちゃけ補習受けてた記憶しかねえけどな」
「当麻お兄ちゃん、もしかして勉強苦手なの?」
「ぐはっ! 今ので上条さんは心にマリアナ海溝より深い傷を負いましたよっ!?」
「はわわっ! ご、ごめんね!」
最も、能力が全てという空気が充満している学園都市において、たとえ勉強が出来たとしても能力が使えなかったら、地位が向上することなんてありえないのだが。
「別に事実だからもういいよ。それよりまどか、そろそろ寝ないとまずいんじゃねえか?」
「う、うん! そうなんだけど……っ」
「……? どうした、顔赤いぞ?」
「きゃうっ!? な、なんでもないよ! おやすみ当麻お兄ちゃん!」
「あ、ああ……っ」
バタバタと、まどかは逃げるように上条の部屋(仮)から去っていった。なんだか恥ずかしさのあまりに逃げ出す感じだったが、そんなものが上条に伝わっているわけもなく、
「……なんだ、アイツ?」
ただ、一人でまどかの様子がおかしかった理由を悩んでいた。
最も、まどかの様子がおかしい理由は、誰が見たって悩むほどの事でもない。それでも上条当麻と言う男にはわからなかったのである。
まどかの胸に隠れている──ある莫大な感情の正体が。
──SGB──
上条当麻や鹿目まどかが寝ようとしていたその頃、見滝原のとある建物の屋上にて三人の人物が秘密裏に話し合いを行っていた。
「へぇ、それで
語尾ににゃーという、大変ふざけた口調で話すこの男。
短い金髪に青いサングラスをかけた、アロハにハーフパンツの少年は、妹と大きく記されたうちわを仰ぎながら喋っていた。
土御門元春(つちみかどもとはる)。
普段は上条当麻や青髪ピアスといった、悪友達との会話に花を咲かせる彼も、本来の姿は裏の社会で暗躍する
それも大変怪しいものだが……。
「ええ、2人はその筋のプロだと聞いてるわ」
「確かに、我々は対魔術師の技術に特化した人材を数多く抱えています」
土御門の近くには2人が立っている。
一人は少女だ。長い黒髪を掻き分ける仕草を頻繁に見せる容姿端麗な少女は、どうやら
一方、それに対して2メートルを超える日本刀を腰に下げる女。
後ろで束ねた長い黒髪、しなやかな筋肉を覆う肌は白く、絞った半袖のシャツに片足だけを強引に立ち切ったジーズンとウェスタンブーツ。この露出度の高い衣服は、どうやら「左右非対称のバランスが術式を組むのに有効」という理由があるらしい。
神裂火織(かんざきかおり) 。
彼女も土御門と同じ、
「しかも、ねーちんは世界に20人といない
「ええ、だからこそのお願いよ。一緒に
長い黒髪の少女──暁美(あけみ)ほむらは、土御門達にそう頼んだ。
通常、魔女やその使い魔と呼ばれる者達を倒すためには、魔法少女の魔力を込めた武器が必要なのであるが、その魔法少女に近い存在──魔術師ならどうであろうか?
種類こそ違うとは言え、魔法を使うと言う点では魔法少女も魔術師も共通している。
「その話はステイルから聞いています。ワルプルギスの夜と呼ばれる魔女はスーパーセルを起こし、周囲に甚大な被害を齎(もたら)すらしいですね」
「しかも、今回は見滝原(ここ)に発生する可能性が高いらしいが、歴史を辿ればソイツはどこにでも登場するモンらしい。下手をすれば学園都市──いや、世界を混乱させる存在だぜよ」
「ということは……あなた達っ」
ほむらは目を見開き、神裂と土御門をチラチラと交互に見る。
まさかとは思った。だけど、現実そんなに上手くいくものなのだろうか?
何があっても巻き込まず、それでもって守りたい対象がいるほむらにとって──あまりに都合が良すぎる話が、果たしてあるものなんだろうか?
今まで
それでも──絶望ばかりを見てきた少女を、彼らは見捨てなかった。
「あぁ、オレたちこの問題を解決する為に、イギリス清教(せいきょう)から派遣されてきた──魔術師なんだぜよ」
「それじゃあ……っ」
「はい、あなたと我々の目的は概ね一致するようです」
「それに、お前にだって守りたいもんがあるんだろ?」
「私は……っ」
守りたい。
その為に
魔法少女の本質や
ほむらはその強い決意を表すように、鋭い目つきで土御門達の事を見つめた。
「共にワルプルギスの夜と戦いましょう、私も協力します」
「それに今回の件には、
「……っ、恩に着るわ」
こうして、魔法少女と魔術師の利害関係が一致した。
イギリス清教
災いを齎(もたら)すと言われるワルプルギスの夜。
そして、今回の件に関わっているとされる
今まさに──新たなる戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。