ここは白と黒の世界。
なにもない、ただ2色が存在するのみの、果てしなく寂しく悲しい世界だ。
ただ、この空間には廊下のようなものがあった。白と黒の2色で彩られた、空間に存在する通路を駆ける人の少女──鹿目まどか。
彼女はひたすら駆ける。何かを目指すかのように──慌てた様子で走っている。
桃色の髪を靡かせながら走る彼女は、やがて行き止まりにぶつかる。白と黒の空間を貫くような廊下がある場所で終わった……っと思ったが、
(……いや、これ……ドア?)
広場で【EXIT】と言う緑色に輝く看板を見かける。不自然に階段が伸び、その奥は真っ暗でよく見えないが、まどかにはドアのようなものが見えるらしい。
恐る恐るまどかは階段を上り、変な構造のドアに手をかける。
重い。
開けようと押したドアは予想以上に重たいものであった。中学生のまどかでも、思いっきり力を入れないと開けられない。
それでもドアは開いた。異常に重たいドアを開け、まどかは静かに開眼する。
「──ッ!」
その瞬間、恐ろしい光景が目に入り──まどかはその場で固まってしまった。
まず整理すると、ここはどうやら大きな木の上らしい。空は暗く、輝きを失った無数の金色の歯車が空を舞っていた。何よりまどかが驚いたものは──空に浮かぶ巨大な物体。それはドレスを着た巨大な歯車の化け物であった。
都市は化け物を中心に破壊され、化け物は不気味な声を上げている。
まどかは静かに前に進み、もっと化け物の姿が見やすい場所へ移動した。
「…………ッ!」
荒れ果てた街の中に、一人の少女がいた。左腕に盾のようなものを装着した、まどかとは対照的な雰囲気を放つ黒髪の少女である。
少女は何かを決意したかのように跳躍し、歯車の化け物へ飛びかかった。だが、大きく飛び上がった少女に何故か──巨大なビルが降ってきた。
ビルとビルが衝突し、ドロドロとした黒煙と、ガラスの雨が降り注ぐ。
だが──それでも少女は生きていた。
黒煙の中から颯爽と姿を現し、少女はビルから飛び降りるように降下する。そんな少女を狙う七色の太い光線のようなものが伸びてきた。何発も、何発も……しかし少女は倒れない。避けたというよりは光線をかき消しているようであった。
左腕に装着している盾が、効力を発揮しているのだろう。
「ひどい……ッ!」
地獄のような光景を見ていたまどかが一言、素直な感想を叫んだ。
「仕方ないよ、彼女一人では荷が重すぎた」
しかし、まどかに釘を刺すような一言が何者からか放たれる。
ソイツは人間ではない。声は人間のようなもので、女性に近い者だったが……白い外見のマスコットのような4足歩行動物。
それが何かはわからない。どんな生き物かさえも──そもそも生き物なのかすら。
「でも、彼女も覚悟の上だろう」
そう語る白い生命体と、それを聞いているまどかの上空では──今も少女が戦っている。
戦況は最悪だ。黒髪の完全に押され気味、このままでは命さえ危ないだろう。突如放たれた赤色の一撃に少女は耐えられず、飛ばされて背中を何かに強打する。
「そんな、あんまりだよ! こんなのってないよ!」
あまりにひどすぎる光景に、まどかは感情的になり、気がつけば叫んでいた。
一方、大木の吹き飛ばされた少女は静かに瞳を開け、起きあがろうとする。それでも身体へのダメージが大きいようで、おそらく目もぼやけているのだろう。
意識はあっても、立ち上がれない。
「……っ」
少女とまどかの目が合う。大木の上で、少女は必死に何かを叫んでいるが、騒然たる空間のせいでまどかの耳に少女の叫びは入ってこない。
まどかはただ、少女のいる場所を見ていた。
だ、そんな時──隣の小さな白い生き物がまどかに話をかける。
「諦めたらそれまでだ」
その言葉に、まどかは小さく見上げる。
白い動物はまどかの行動が終わるのを確認した後、言葉を続ける。
「でも、君なら運命を変えられる」
「……っ」
小さく驚くまどか。その時、近くの赤く光る街灯が不気味な音を発し、まどかは恐怖と驚きから咄嗟に目を瞑り、両手で耳を塞いでしまった。
それでも白い動物は構わず──話を続ける。
「避けようのない滅びを、嘆きを、すべて君が覆せばいい。その為の力が君には備わっているんだから」
「……ホントなの…………? 私なんかでも……ホントに何かできるの? こんな結末を変えられるの?」
まどかは小さな歩幅で少しずつ進みながら、半信半疑で白い動物に問う。
白い動物の答えは簡単だ。
「もちろんさ、だから──」
一言告げると、くるりとまどかのほえへ振り返り、小さく頷きながら──、
「
一瞬戸惑った。
本当に自分が力になれるのか。この白い動物の言うことが本当なのか。
それでも何かをしたい。目の前で少女が苦しんでいるのに。それ以前に、あの化け物が発生したせいで多くの人々が死んでいるというのに。今までだって、多くの友達を失ったのに。
みんな頑張っていた。あの化け物を倒す為に必死だった。でも自分は? 自分はあの化け物を倒すために何かをしたのだろうか? いいや、していない。していないからこそ、あの少女は化け物に一人で立ち向かっているのだ。だからあの少女は負けそうになっているのだ。
まどかは──その事実が許せなかった。
「……ッ」
何かを決意し、真顔でまどかは白色の生命体を直視した。
◆ ◆ ◆
「……っ!」
目が覚めた。
布団が気持ちいい。カーテンの隙間から太陽の光が入りこんでいる。ピンク色の動物の抱き枕の抱き心地は極上であった。
「……ふぁぁ、夢オチ?」
起きあがり、抱き枕を抱きながら一言そう言った。
そう、夢オチ。
今までまどかは──夢を見ていたのである。
天変地異の中、一人で化け物と戦う少女をバックに、魔法少女にならないか? と勧誘を受ける不思議で意味不明な夢であった……。
──SGB──
まどかの朝が早いように、居候の上条当麻の朝も早かった。
「いてええェえええェェええええッ!」
「う、かっぷぁっ! 朝からなんてモノを見せているのかなとうまは!」
「ちょ! インデックスさんアレはですね! 男の生理現象だから仕方ない事でして……って、そもそも人の布団に勝手に潜り込むお前はどうなんですかあああァあああッ!?」
「とにかくとうまは配慮が足りないんだよ! とうまのエッチ!」
「朝からなんなんだよ! ああもう、不幸だあああああああッ!」
馬乗りされた上条は、インデックスに頭をガブガブと連続で噛まれていた。格闘ゲームで体力ゲージが三本、一気に青から赤に減ったような気分である。
「それで、とうまはどんな夢を見ていたの?」
「え? ゆ、夢って……ハハッ! 上条さんが変な意味の夢を見るわけがないでしょう!」
本当は寮の管理人とアハハウフフな展開になる夢を見ていたのだが、噛み付き癖という嫌な悪癖を持つインデックスに、そんなトンデモな告白が出来るわけがなかった。
既に服が何着かダメージを受けているし、こんな若いのに頭皮のダメージについて真剣には考えたくない。とにかく、彼は噛まれない選択肢を選ぼうと必死である。
「ホント? 天にまします我らの父に誓って言える? 変な夢を見ていなかったって」
「誓います絶対見てないです! アレはホントに生理現象で仕方ないモンなんですー!」
「やっぱりとうまはとうまなんだね……仕方ないから特別に許すんだよ」
「えっ?」
渋々、インデックスは上条から降りると、静かに部屋の外へと向かっていった。
「お、おかしい……っ」
本気でそう思った。
あのインデックスが──あの程度の言い訳で納得するハズがない。
にも拘らず、インデックスは割とあっさり退き、上条の部屋(仮)から退室。噛み付かれも怒鳴られもしなかったのだ。
上条にとっては幸運かもしれない。しかし、それはそれで気持ちが悪い気がした。
(それにしても……)
部屋の中を見回し、自然が背景のカレンダーを見る。今日は8月29日、上条とインデックスの学園都市の外滞在2日目。滞在は明日までであり、8月31日……要するに、夏休み最後の日は学園都市に戻って、翌日から始まる学校の準備をするというわけだ。
「……さて、そろそろ起きるかぁ」
滞在2日目。学校もないし、何かに巻き込まれる気配もない。
今日は何をして過ごそうか。そんな感じで上条の朝も始まったのである──。