七不思議少女   作:牧屋

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第22話 ヤクモとサギリ

 何の荒波もないまま、なんとなく数日が経った。

 廊下をぶらついていると、何やら腕を抑え、苦しみうめくノクターンと出くわした。

 

「どうしたの、ノクターン。どこか痛いの?」

「氷澄ネレよ、我に近寄るな……っ! くっ、右腕がうずく……!」

 

 顔中に汗を浮かべたノクターンが、こらえるように歯を食い締めながらネレを拒む。

 

「どうやら今宵も、奴が暴れているようだ……! ぐあぁっ」

「はいはい。いつもの発作だね」

「待て、ぞんざいな扱いをするな! 我々は助け合う盟約を結んだはずだぞ!」

 

 拒否られたからそのままフェードアウトしようとするも、今度は逆に引き留められる。

 

「我が右手には森羅万象を蝕み喰らう虚無が封印されているのだ! 付近に接近する神話級の高純度魔力を検知した瞬間、腹を空かしたコイツはおもむろに鎌首をもたげ――」

「分かったから、鎮まった後で教えてね」

「ま、待てと言っているうぅぅっ……」

 

 いちいち大騒ぎを始めるが、大山鳴動して鼠一匹。ここしばらくの付き合いで、ノクターンの奇矯な振舞いには慣れたものだ。

 

 

 

 また別の日。

 

「どうした、この程度か?」

「うう……勝てない……」

 

 シーラとの勝負は続いているが、戦績はすこぶる悪い。

 

「私の、まったく新しい攻守完璧のつよつよ剣が……思ったほどには通じないなんて」

「一つ課題を達成すれば、また新たな問題点が顔を出すものだ。成長に果てなどない。甘ったれるなよ」

「悔しすぎて、ちょっと死にたい」

「死にたいとか言うな。なら手加減されたいのかお前は」

 

 あれだけ苦労してもたまに一本取れる程度で力関係に変化はなく、がっくりきてしまう。

 

「それにしても……何がそこまで、突き動かす」

 

 小休止時、壁際に正座して薙刀の手入れを行っていたシーラが、ふと尋ねて来る。

 

「何が、って?」

「お前はこの数週間、獅子奮迅の働きを見せた。結果として、我々と盟を結ぶまでに至ったのだろう」

 

 確かに、イズルは相変わらずちょっかいをかけて来るし、ノクターンとは小競り合いじみた勝負を挟む程度だが、全体的に見て六不思議とは和解している。

 

「全ての問題は解決できていないだろうが、そこまで躍起になって勝負に浸る必要はもうあるまい。なのにお前は、相変わらず依然と同じように、あちこちで挑戦を続けている」

「……多分、そこまで行くのに、いっぱい負けたからだし、今もそうだからだと思う」

「ほう」

「負けた分を取り返したい……のかな。そのために必要なら何度でも挑むし、努力する。なんか私……負けたままなのが嫌なのかも」

「自分でもよく分かっていないのか。まぁ、普段のお前は温厚な方だ。それだけに、負けを認めたがらない面は目につく。とりわけ何かを賭けたり、重い条件の程より顕著になる」

 

 シーラは手を止め、ネレを見やる。

 

「……吸血鬼はプライドの高い種族だ。敗北は己の誇りを傷つける最たるもの。あるいはお前もそうなんじゃないのか」

「でも、負けを認める時は認めるよ。そもそも私、手術を受けて、吸血鬼の要素も大して受け継いでないし……」

「遺伝子をいじられたとしても、痕跡まで完全に消す事は無理だ。お前にかろうじて残された、吸血鬼としての気位かもな」

 

 極限にまで薄められた矜持の高さが、強い負けん気として表出している――。

 それっぽい理論だが、何か釈然としない。

 

「そうなのかな……私はもっと理由なく、ただ負けたくないだけって感覚だったから」

「生まれつきの性根という事か? それはそれで、ある意味素質があるな」

「素質」

「その反骨心も悪い事のみではない。強敵や困難へどこまでも歯向かわんとする心根は、時として道理を無理で通すものだ。実際、私もお前の実力以上の粘りには驚かされている」

「そういうシーラに守ってもらえるんだから、ノクターンも安心だね」

「どうしてそう思う」

「だって……ノクターンは戦闘要員、って感じがしないから」

 

 シーラはしばらく、まじまじとネレを眺めたかと思うと――肩を揺らして忍び笑う。

 

「それこそいらぬ心配だ。ノクターン様は私など及びもつかないほどお強い」

「そ、そうなの……!?」

 

 先日の不良グループとの戦い。ノクターンの立ち回りはビデオで見たが、殴り合いよりも、どちらかというと話術や詐術で相手を翻弄し、勝ちを掴んでいる印象が強い。

 動きは軽くしなやかで、腰を据えて戦う正統派のシーラと比べて見劣りはしないが、さりとて大きく上回っているとも思えなかったのに。

 

「あれがノクターン様の本気とでも思ったか。あんなものはほんの一側面でしかない」

「そうなんだ……」

 

 シーラは立ち上がり、何事か思案を巡らせるように、武道場内を歩き始めた。

 

「……今までの侵入者は、全て敵だった。……無論、今もノクターン様をお守りするという意志に陰りはない。今後も戦いは続くはずだ」

 

 ただ、とシーラは立ち止まり、物思いにふけるみたいに俯く。

 

「だから……そうでない者とは、どう接するべきなのか分からなかった」

「シーラ……」

「お前に邪心がない事は、早い段階から見抜けていた。なのに苛烈な扱いをしてしまった」

「でも、私は」

「いや、聞いてくれ。今思うと、私は空恐ろしかったのかもな。外から来る存在が。……聖地を冒し、安寧を脅かす、不届き者達。それ以上の実態など、知りたくもなかった」

 

 シーラは少し沈黙する。ネレはその間に、足音を殺して背後へ回った。

 

「……すまなかっ」

「えいっ」

 

 無防備なうなじめがけ、ていっと軽く手刀を浴びせる。

 

「な、なにをするっ!」

 

 兜は頭部をすっぽり包むが、首筋はそれなりに露わになっており、シーラは驚きと怒り、半々といった感じに振り返る。ネレは真っ向から見据えた。

 

「気を許すのと油断は違うよ。そんな張り合いなくなったら困るの」

「はぁ……?」

「そういうのは、せめて私が勝った後教えて欲しかった。著しくモチベーション下がった」

「今はどう見ても、湿っぽくもほろりと来る会話を交わして和解する流れだったろうが!」

「早く続きをやろうよ」

「なんでまだ臨戦態勢なんだお前はっ! 空気を読め!」

「早く」

 

 びしゅっと身構えるネレに、シーラは嘆息し。

 

「恐るべき負けず嫌いっぷりだな。少々、恐怖すら感じる」

 

 スイングされる薙刀を、ネレはステップして躱す。風圧だけで銀の髪が幾本か、散った。

 

「うん。その調子でお願い。これからもよろしく、師匠」

「誰が師匠だっ」

「なら、先生?」

「呼び方の問題ではない……! 敬意を払うのをよせと言っているのだ。我々はあくまで対等な協力者だろうが、不必要に慣れ合う意味はない」

「気に入られたらもっと多くの事柄を学べるかもしれない。必要な馴れ合いだと思ったから呼んでみたんだけど」

「これも前から感じていたんだが、戦いの事になると結構打算的になるなお前は……っ!」

 

 シーラ戦で負った傷を、イツハに治療してもらうべく、家庭科室を目指していた矢先。

 角を曲がった踊り場で、ノクターンとイズルが何事か話し合っている場面に出くわした。

 

「……では、イズルはあくまで、反対の立場を貫くと?」

「確かに氷澄には助けてもらったよ。でもそれとこれとは話が別だ」

 

 どうも、ネレに関する話題らしい。なんとなく息を潜め、気配を消して耳をそばだてる。

 

「あいつが現世人である事には違いないんだ。放置しておいたら、何か厄介ごとを引っ張って来る恐れだってあるじゃん」

 

 ふーっ、とノクターンは長々と息を吐き。

 

「お前は何事もまず、否定から入るよな。たまには物事の美点から探してみてはどうだ」

「六不思議はお人好しが多いから、オレみたいなのが一人は必要でしょ。五十年はこの芸風で通してるんだから、それこそ今更」

 

 しかしだな、とノクターンはネレの弁護へ回ってくれているようだが――当のネレは、踊り場の手前にだらしなく寝そべる、一体のロボット犬へ目が惹きつけられていた。

 あの赤色のフレームは、確かヤクモの方だったか。サギリは一緒でないらしい。

 この二体は基本的に、イズルの命令へ従い、校舎や施設の外側を巡回している。

 シーラはもっぱら中を見て回っているため、お互い持ち場を分担している感じだ。

 同時に気分屋でもあるのか、休憩時や暇な時などは、適当にうろついていたり、遊んでいたりと、かなり好き勝手に動いている。

 今回はイズルとともに見回りを行っていた風だが、途中でイズルがノクターンと出会った事で手持無沙汰になり、暇を持て余してだらけているのかも知れない。

 

(……という事は、今はヤクモは……無防備!)

 

 ヤクモは今、完全にオフモード。背後に潜伏するネレに気づいていない可能性は高い。

 これは、コミュニケーションを取るチャンスかも知れない。今までは素っ気なくあしらわれてばかりではあったが、ネレとしてはヤクモやサギリとも、仲良くなりたい。

 

(というか……触りたい! もふもふはできないけど、すべすべしたいっ)

 

 初めて見た時は襲われる格好だったが、大型犬を克明に再現した丸みのあるフォルムとしなやかな動き、見れば見るほど犬そのものな仕草や挙動の数々など、ネレを魅了するには充分であった。

 

(大丈夫。私はどれだけ邪険にされても挫けず、あの子達をつぶさに観察してきた。そんな私の脳が告げている。今こそ、絶好のチャンスだって……!)

 

 動物と仲良くなるには何はなくともまず餌付けである。忠実な猟犬であるロボット犬とて、例外ではない。

 それに、どうすればヤクモ達と距離を縮められるか、ノクターンに尋ねた事がある。

 

 ――ならばいい事を教えてやろう! ヤクモとサギリは定期的に、イズルの『部屋』にあるガレージで、パーツの交換や各部のメンテナンスを施されている。そして二体の動力源は……ずばり、電力だ!

 

「電力……つまり、電池……ッ」

 

 こんな時に備え、ポケットには電池を隠し持っていた。

 それも単一から単三と、どんな規格や好みにも合うよう複数、用意済みである。

 

「……私達、そろそろ仲直りするべきだと思うんだ」

 

 ネレは物音を立てていたずらに刺激しないよう、静かにヤクモの正面へ回った。

 

「これまでにもずっといがみ合って……っていうか、一蹴され続けて来たけれど。今日は誠心誠意を込めた贈り物があるの」

 

 これ、と両手で作った皿にありったけの電池を乗せ、おずおずと差し出す。

 

「タダでと言わないよ。この黄金色のお菓子……受け取って」

 

 ヤクモはわずかに頭を動かし、ネレの手元を見やったが――ふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまう。

 

「……もしあいつが害をなすと分かったら、オレがどうにかする。止めないで欲しい」

「我には何かを命じる権限などない。その覚悟と意思は尊重しよう。だが――」

 

 一方の踊り場では、ノクターンとイズルの真面目な空気の会話が続いているが、すでにネレの耳へは入っていなかった。

 ヤクモは好印象を抱いてくれたはずだ。分かる。これまで彼らを観察し続けたのだから。

 

「ほら、ほら。照れてないで、いっぱい食べなよ。いっぱいあるよ。ほら」

 

 そのまま、ずいと一歩進み、上体と腕を伸ばし、鼻先にまで電池を近づける。

 ヤクモは小さくうなったかと思うと――寸時。振りかぶられるは右の前脚。

 

「ぐふっ」

 

 至近距離から見事な右フックを喰らったネレは、踊り場まで吹っ飛ばされたのである。

 その拍子に二人に見つかり、ネレは倒れたまま遠い目で天井を見上げ、事情を説明した。

 

「――ファハ、ファーハハハ!! は、腹がよじれる! 最高だぞ氷澄ネレ!」

 するとノクターンはしきりに肩を震わせ、小気味よく笑い始めたものである。

「ヤクモは電池式じゃないよ。見れば分かるでしょ」

 

 イズルはヤクモを撫でて落ち着かせながら、呆れかえった目でネレを一瞥した。

 

「……メカの事は、よくわかんない……」

 

 ネレは手の中に転がって来た単三電池を捕まえ、力なく握るのだった――。

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