七不思議少女   作:牧屋

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第24話 レインボゥ事件

 

 千狩市の人口は大戦期を経ても、いまだ緩やかな五万人程度を維持。気候は温暖で、海沿いにあり、漁業が盛ん。山も川もある、観光地としても知られた自然豊かな場所だ。

 華やかな都会の生活は期待できないが、さりとてよほどの町外れにでも行かなければ、田舎の風景に出くわすような事もなく。

 

(まったりした平和な町なんだけどなぁ……近頃はなんだか騒がしい出来事ばかりだぜ)

 

 思いふける伊予原が待ち合わせ場所へ出向くと、すでにネレは来ていた。

 

「あ……伊予原くん。来てくれてありがとう」

 

 こちらを振り返るネレは、薄青色の涼しげなワンピースに、カーキ色のスカートと、普段とは違う外行きの服装で、静かな雰囲気とあいまってよく似合っていたのだが――。

 

「俺も結構早く来たつもりだけど……ってデカッ!?」

 

 肩にかけている巨大なバッグのインパクトが目につき、それどころではない。

 ざっと幼児くらいなら入れそうなサイズであり、下部には何か仕舞われているのか、硬質な膨らみが見える。

 

「いやいや、なんだよそれ。図書館に引っ越しでもする気か?」

「違うよ。中に入ってるのは昼食用のお弁当。今日は長期戦になると思うから……」

「そ、それにしたってオーバーすぎないか? だいぶスペースが空いて見えるぞ」

「今日だけで本を調べきれなかったら、いくらか借りて帰るつもりだから。大きめのバッグにしたんだ」

 

 用意の良い事だ。確かに吸血鬼のネレなら、男の伊予原よりも断然腕力はあるだろう。

 ぽかぽかとした陽気の下、図書館行のバスに二人で乗り込む。

 空いた座席へ並んで座り、緩やかな振動に揺られながら目的地への到着を待った。

 

「それで……上手くいってるのか?」

 

 無言で前を向いているネレへ視線を移す。

 今日のネレは珍しく、目に見える範囲では怪我をしていない。

 

「うん。六不思議とは、同盟を結んだよ」

 

 淑女然とした少女から、また突飛な単語が出て来て、内心面食らう。

 

「ええと……つまり、友達になれたって事か?」

「ううん。目的を一致させた同志」

 

(よ、よくわからん……)

 

「け、けど良かったな? いい感じにまとまったみたいで」

 

 誹謗中傷が書き込まれる裏サイトや、陰湿なイジメ、癒着といった、普段は決して表出せず、それでいて音もなく蝕む学校の裏の顔。

 七不思議の怪談も、関わった者が悪意や恐怖から広め、他者を惹きつける――本質的な意味では同類だろう。

 しかしながら、五十年前から言い伝えられ、被害者が多数出続けている実績もあいまり、こと『負の面』たる格においては比較にならない。

 

(気を揉むだけだった俺と違って、氷澄は成果を出してるもんなぁ……)

 

 学校に蔓延するしがらみや先入観に縛られない、転校生ゆえの発想や決断力が実を結んだのだろう。

 

「なんかさ……今の氷澄、晴れやかな顔してるぜ」

「そうかな」

 

 ああ、と頷く。心の繊細な機微というほどではないが、喜怒哀楽のうち、二種類程度ならばそれと分かるくらい、ネレを見慣れていた。

 

「氷澄が六不思議と仲良くなってるのはいいんだが……ちょっと前には郊外の倉庫で爆発事故があったみたいでさ。治安が良いのか悪いのか分からねぇな」

「そうなんだ……知らなかった」

「なんでも、例の不良グループのリーダーがその現場で大怪我して、病院送りになったって話だぜ。あんな動画が広まった後だし、あいつらもう、実質解散だろうな」

 

 事故というのも、どうせ不良のやる事、何かバカな真似をして自爆したに違いあるまい。

 

「天下のニーメゲル人をあれだけ落ちぶれさせられる六不思議……改めてすげぇよな」

 

 ネレは答えず、何か考え込む風に窓辺へ頭を傾け、流れゆく風景を眺めていた。

 

 

 

「で、具体的には何を特定したらいいんだ?」

 

 昼頃ながら、人もまばらな図書館へ足を踏み入れ、伊予原は尋ねる。

 

「郷土史。この地方に古くから伝わる名士とか、企業とか、貴族とか……」

「貴族……つまり豪族みたいなもんか。分かった。――あ、受付には氷澄から話してくれよ。俺だと無視されるし」

 

 とりあえず、関連したコーナーへ向かい、この町を発展させた功績のある有名人や、歴史ある家名など、それらしい名前が記された本をかき集めていく。

 二人がかりとはいえ、机に積み上げられた本は柱よろしく高く、うへぇ、と声が出る。

 

「こんなもん全部見てたら、一日じゃとても足りないぜ。もう少し条件絞り込めないか?」

 

 するとネレは、思い出すみたいに目線を斜めに落とし。

 

「……魔法会合」

「なんだって?」

「魔法会合、って呼ばれる集会が、昔あったみたいだよ。この資料に書かれている人達が、もしかしたら出ているかもしれない」

「へぇ、初めて聞くなぁ、そんなの。どこで知ったんだ?」

「夢」

「お、おう」

 

 この程度ではもはや驚くまい。

 

「それと……食伏っていう姓を見つけたら、教えて。重要だから」

「食伏ぃ? なんか変わった姓だな。ならまぁ、見逃しはしないか」

 

 キーワードを頼りに、二人で椅子に座り、それぞれ資料へ目を通していく。

 正直活字本は苦手だが、人手として名乗りを上げた以上、男として弱音は吐けない。

 

 ちらり、と対向のネレの様子を窺う。文句ひとつ言わず、ただ黙々と――いつもより眉をひそめ、真剣な眼差しでページをめくり続けている。

 

「あのさ、氷澄。手を止めないでいいから、聞いてくれ」

「なにかな」

「何もかも全部上手くいって、区切りがついたら、俺にも何があったか教えてくれないか」

 

 現状、伊予原にはこの調査が何の役に立つのか、その価値が全然分からない。

 さりとて、六不思議へ会いに行く勇気もない。あの夜は何気にトラウマだった。

 そんな足手纏いなりに妥協を求めた、ワガママである。

 

「別に、いつでもいいよ。伊予原くんの事、もうみんなに教えてあるし」

「お、おう。それを聞いて俺はどんな顔すりゃいいんだ……」

 

 それなりに意気を振り絞ったつもりなのだが、拍子抜けした。色々な意味で恥ずかしい。

 そんな話をしながら、早くも数時間。ついに伊予原とネレは、その名前を見つけ出した。

 

「食伏家……魔法一族に連なる、由緒ある家柄……」

 

 あちこちの本に散らばったワードをかき集め、整理ししたセリフを、ネレが呟く。

 魔法一族とは、と伊予原が別のメモに書き取った要約文を読み上げる。

 

「ワホン政府成り立ちの頃より、屋台骨を支えるのは、産業と企業の二本柱。さらにそこに、魔法を司る豪族が要職として加わる。彼らは魔法を専門とした優秀な使い手であり、その知識や魔力を用い、この国の発展に大きく寄与したと伝えられている」

「使い手達の総称が、魔法一族。そして、食伏はこの町に封じられた名家の一つ……」

「他にも、黄泉塚家、塩河家……たくさんの魔法一族が、この町にはいたらしいぜ。都会に比べても、遜色ないどころか大幅に上回ってる」

 

 伊予原は魔法一族の名前のリストへ目を移す一方、ネレは別の資料を手に取り。

 

「魔法会合とは、魔法一族の間で開催される集会。そこでは魔法研究の成果発表や、新たに加入する一族の顔見せなど、今後の方針を決めるため色々な話し合いをするんだって」

「株主総会みたいなもんか。魔法局とか、海外の人達も、似たような事やってるのかもな」

 

 知名度が低いのは、わざわざ広める必要もないし、機密とかの折り合いもあるのだろう。

 ただ、とそこで、ネレは声音を低める。

 

「魔法会合は、五十年前の春を最後に、この町では開催されてないみたい」

 

 伊予原は頷き、当時に発行されていた、よれて色あせた新聞を広げる。

 大見出しには、『黄泉塚家で、謎の爆発事故!?』とあった。

 

「三十八回目の魔法会合の場において、主催の黄泉塚家の敷地内で、大きな爆発事故があったらしい。黄泉塚家の当主とその一人娘は、爆発に巻き込まれ死亡。招待を受けていた他の魔法一族も、ほとんどが死亡、もしくは行方不明扱いになってる」

「黄泉塚、家……」

「優秀な闇魔法の使い手で、ニーメゲルとの戦争の時も、ワホン軍に加わって大立ち回りを繰り広げ、数々の首級を挙げた大英雄の血族だってよ」

 

 スマホを取り出し、『魔法』『有名人』で検索するだけで、候補へ真っ先に出て来るくらいにはワホン全体でよく知られているようだ。

 

「ほら、顔の画像も貼られてる。見るか?」

 

 当時の当主である、黄泉塚黒男。ぎとぎとした黒髪の男で、高級な外套を羽織っている。

 そして跡取りにして次期当主である、黄泉塚闇子は、目立つ鬱金色の髪の少女で、不遜な流し目をこちらに向けていた。享年十五歳だったらしいが、年齢以上に威厳を感じる。

 

「……氷澄、どうした?」

 

 ところが、その画像を目にしたネレは、時が止まったみたいに、ぴたりと固まっていた。

 呆然と口を開け、瞬きもせず視線を注ぎ続け――かすれた声で一言、呟く。

 

「……ノクターン……?」

 

 

 

「あ……お昼終わっちゃうね」

「言われてみればもうそんな時間か……」

 

 それからも資料を当たっていたが、壁時計を一瞥したネレの言葉で、伊予原も遅れて気づく。どうやら自分で考えていた以上に、この作業に熱中してしまっていたらしい。

 

「一度、休憩も兼ねて昼食にしない? 遅めだけど」

「いいぜ。氷澄は弁当持って来てるんだよな? じゃあ俺、適当にコンビニでなんか……」

 

 え、とバッグを手にした氷澄がきょとんと目を向けて来る。

 

「私、伊予原くんの分も作って来たんだけど……」

「俺の分、って」

 

 伊予原はネレを穴のあくほど見つめ、数秒フリーズし。

 

「……弁当を?」

「うん」

「氷澄の分と……俺の分も?」

「うん」

「俺も……一緒に食べるって事?」

「おおむねそう」

 

(――マジかッ!?)

 

 数千ボルトはあるだろう稲妻が脳天へ降り注ぎ、椅子を強く蹴って立ち上がってしまう。

 

「伊予原くん。図書館では静かにね」

「お、お、おう……! 任せとけ」

 

 もはや自分でも何をどう受け答えしているのか分からないほど、混乱の極致にあった。

 半ば呆けたままネレへ外に連れ出され、近くの公園のベンチに促され、並んで座り。

 

「……はっ!? こ、ここは……公園?」

「はい、これ。伊予原くんの分」

 

 状況が呑み込めないうちに、割り箸と小判型で漆塗りの、高級そうな弁当箱が渡される。

 

「マジか……」

 

 女子と二人で出かけるなんて、伊予原にとっては人生初のイベントだというのに、まさか手作り弁当まで許されるとは。

 

「私、あんまり料理とかした事なくて。本当は店売りのにするのが無難かなって迷ったんだけど、こういうのって誠意とか真心とか大事だから……」

「り、律儀だなぁ氷澄は……」

 

(つまりこれ、そういう葛藤の末に作られた実質初めての手作りって事か? 事だよな)

 

 加速度的にムード的なポイントが積み重ねられて渋滞事故を起こしており、蓋を開ける手が震える。

 唯一救いなのは、氷澄が普段と変わらぬ無表情のままなおかげで、伊予原も何とか平常心を保てている点だ。

 

(意識しすぎだろ! 氷澄はただの親切心で作って来てくれたんだから、舞い上がんな!)

 

 そうして顔を覗かせた中身に、必死で維持しようとしたポーカーフェイスはあっけなく崩れ去った。

 

「うおっ! すっげ! 海苔に白米にうめぼしに、唐揚げとたくあん! 本格的ィ……!」

「ご飯とか海苔とかは、市販で揃えたものだから……実際に手を加えたのは、その唐揚げくらい……」

「にしたって、盛り付けのバランスとか完璧だし、すっげぇ美味そうだよ! こ、これ、本当に食べていいのか?」

「うん……どうぞ」

 

 率直な感想をぶつけただけだが、なぜだか氷澄もちょっと頬を赤らめ、よそ見をしながらこくこく頷いている。

 女子の手料理という今の伊予原にとっては刺激的すぎるバフが乗っているのを抜きにしても、手を付けてみた白米やたくあんは、想像通りに美味しかった。

 

「伊予原くんって、唐揚げ好き?」

「ああ、肉類は全部好きだ」

「なのに、後回しにしてるね」

「俺、好物は最後に回す派なんだ……」

 

 ついに唐揚げを口へ放り込む。作り立てらしい香ばしい香りと肉、油の旨味が広がる。

 

「……どう?」

 

 心なしか緊張気味な目つきのネレが、上体を前へ倒し、下から伊予原の顔を上目遣いに覗き込む。

 

「いや、すげぇ美味いよ! 美味しい! なんか食感がぐちゃっとしてるけど!」

「……そ、それ、多分生焼けだよ!」

 

 ネレは慌てて身を起こし、自分の分の弁当と資料を横に置いて立ち上がる。

 

「ダメだよ、伊予原くん! すぐに吐き出してっ」

「え? でももう飲み込んじゃったけど……」

「はやい……」

 

 ネレはちょっと脱力したみたいに息をつき――伊予原の腕を引っ張って立たせた。

 

「な、なんだよ、いきな――ぐぇっ」

 

 腹部。というより、胃の真上へ衝撃。ネレの放った正拳突きが、伊予原へ突き刺さり。

 直後。呑み下した内容物が食道を駆け上がって――公園の地面を、レインボーで彩った。

 

「他の唐揚げも、危ないからやめておいた方がいいよ」

「お、おう……」

 

 その後二人は地面へ屈み、吐き出されたレインボーを黙々と片付けていた。

 

「い、いきなり腹パンされるとは驚いたぜ。言ってくれれば自分で吐くのに」

「ごめん。一刻の猶予もないと思って」

 

 伊予原にとっても衝撃の展開だったが、ネレはもっとしょげている風である。

 

「……本当にごめんね。こんなはずじゃ……」

「い、いや、いいって。白米とかは普通に食べられるし、充分腹は膨れるぜ」

 

 まさか初デート――伊予原がそう誤認しているだけだとしても――で生焼けの唐揚げを食べ、デザートに正拳突きまで食らうとは。

 

「とりあえず……これが片付いたら、今日はもう解散にしようか」

「お、おう……」

 

 必死にフォローを続けてはいたものの、空気が最悪なのは変わりなく、流石に伊予原も無理に続けようとは言えなかった。

 そうして別れ際。ネレは伊予原に背を向け、夕暮れに沈め始める太陽を見上げて。

 

「次は、もっと頑張るよ」

「次って……資料探しか?」

「ううん……料理の方。伊予原くんが、嫌じゃないなら……」

「い、嫌なんかじゃないぜ! ホントだぜ! むしろめっちゃ期待してるぜ!」

 

 本音だだ漏れで思うところを告げると、ネレは一度振り返り、小さく微笑んだ。

 

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