生前。潜在的な魔力の高さに注目され、ある魔法一族の家へ養子として引き取られる前。
イズルは猟師として、貧しいながらも家族とともに暮らしていた。
側には父と母と、兄弟のように育った猟犬達がいて、山へ分け入り狩りをする日々。
だけどある日、二匹の猟犬は、猪から受けた傷が原因で世を去った。
その経験から、生きる事の難しさとか、命への敬意とか、そういう大切な事を知った。
でも、犬達は友達だったから。すごく、すごく悲しかったから。
運よく思い出せた時。その名前をつけたのだ。
ダンスを踊るように。あるいは軽業師のように。
跳ねる。回る。ステップする。
小刻みな運動を繰り返して惑わし、変則的なタイミングでいきなり接近して来る。
青白い雷光の剣が、薄闇に二本の剣筋を焼き残し、間髪入れず幾度も振るわれた。
刀身が高圧電流の塊なのであれば、撫でるだけでも対象へ甚大な被害を与えられるはず。
ゆえに安田の動きは苛烈ながらも、ぎりぎりで表皮を撫でるかのような――とにかく剣を当てる事に特化した攻め方だ。
怒涛の速度で閃く剣光を、シーラは薙刀を縦横に操り、丁寧に捌く。
軽い力で柄を当てて弾き、得物のリーチを活かして懐へ飛び込ませない。
連続で跳ね返し、相手の体勢が崩れた一瞬を見計らい、一閃。腰を入れた突きを放つ。
「おっと……!」
にも関わらず、安田はすぐさま飛びのき、躱して見せた。間合いの取り方一つをとっても、この間戦った不良グループのリーダーなどとは雲泥の差がある。
「チッ……どっしり構えやがって。攻めにくいったらありゃしねぇ」
安田は文句を言う風にしながらも、口元をにやつかせ、剣を持った拳で己の肩を叩く。
「安田とか言ったな。お前の攻勢は軽い。浅い。温い。私を揺るがすなど不可能だ」
「大抵の奴はさっきの連撃のどっかで、腕やら足やらに当てさせてくれるんだが……まさかここまでやるとは思わなかったぜ。貧乏くじ引いちまったな」
お前の、とシーラは、気にかかっていた疑問をぶつける。
「雇い主は何者だ? 我々の事をどうやって知った」
六不思議としては、自分達の情報が外部に漏れる事態は避けたい。
だから例えばメアが、ネット上を巡回し、六不思議の情報が出回らないよう、オカルト系サイトなどを筆頭に手を回して潰してはいる。
それでもこの学校のある地元《千狩市》など、人づての口コミまでは消しきれず、度々の侵入者を許してはいるが。
(この連中……腐ってはいてもプロフェッショナルなのは間違いない。入念に準備を整えた上で、私達をピンポイントで狙って来たんだ)
「あー……あいつの事か。付き合いはそれなりなんだが、とびきりうさんくせぇし、やたら高い額を積まれたあたりから、どうにも嫌な予感もあったからな」
「ならば去れ。これ以上は怪我では済まんぞ」
「そうはいかねぇな。目の前にぶらさげられた大金とリスクを天秤にかけて、身を引いてやるほど俺ぁ真人間じゃねーのよ!」
再び安田が襲ってきた。両側から挟み込むように迫る剣閃を、シーラは身を低めて回避。
「ウインド・スピア……!」
気合一声。屈むと同時に腰だめに構えた薙刀を、体のバネも利用して逆袈裟に切り返す。
風をも纏った今度の一撃は、高速で弧を描き、脇腹を打ち抜く。
安田の足先が浮いた。
そのまま教室のドアをぶち破り、机を飛び散らせながら奥の方まで吹き飛ばす。
「くっそ、マジでつえぇ……! それに妙に、二刀流相手に戦い慣れてやがるじゃねぇか」
「近頃は、特にその機会が多かったのでな……」
後を追って教室へ踏み込み、薙刀を突きつけ、降伏を促す。
「なら俺も……本気出すしかねぇか」
結構な直撃であったはずなのに、安田はけろりと立ち上がるなり、笑みを貼り付ける。
そうして目の前で、二剣を交差させると――その全身が、青い液体に覆われていく。
「『イリュージョン』……!」
詠唱しながら、両の剣を勢いよく真横へ払えば、安田から青い液体が二つ、左右へ分かたれ、よく似た背格好と剣を握った、人型が出現したのだった。
「水属性の……分身魔法か」
「へへ、へ……俺の剣が軽いとか言ってたな? こっからは六本分だ、せいぜい味わえ!」
構えを取る安田に一拍遅れて、左右の分身も同じように構え。
同時にこちらへ突っ込んできた。
「くっ……!」
分身の生成、操作には高度な熟練を要する。
分身を構成しているのは水。流石に本体の裏魔法《雷剣》までは再現できないようだが、手にした剣の切れ味は本物。
回避するシーラを追う傍らで、近くの壁や机をするりと切断してのけていた。
激しく動いても崩れる事はなく、果敢に攻め込んだり、逆に本体を庇いに入ったりと、質の高さをたちまち思い知らされる。
正面と左右から一斉に攻め込まれ、反撃の隙もなく、防ぐので手一杯。
「これでどうだ……ウインド・ブレイク!」
かざした手から、激烈な風の散弾を放つ。
至近距離までしか届かないものの、纏めて当たれば威力は折り紙付きだ。
狙い過たず、散弾は分身の一体を木っ端みじんに破砕する。水で造られているせいか、硬度までは大した事がないらしい。
(弱点は見えた。ならばもう一体も――!?)
反対側へ向き直りかけた矢先。砕け散った分身の、液状に散った大量の水が、シーラへ降り注ぐ。
甲冑が濡れ、数滴が内側の肌を撫でた感触で、背筋が凍り付き。
「ひゃはッ!」
雷剣が、シーラの鎧をかすめた。
瞬時、目の前が真っ白になる。
痛覚と認識する間もなく、意識が飛びかねないほどの激痛が脊椎から脳髄まで突き抜け、力みを入れていた筋肉の繊維一つに至るまで硬直した。
意思に反し、声もなくその場で棒立ちになり――半瞬後、力を失った膝がくずおれる。
「シビれただろ? 水は電気をよく通すからなぁ~!」
安田が首をコキコキと鳴らしながら、してやったりと嘲笑を響かせた。
その間にも、すでに新たな分身が補充されている。
――分身のみでも厄介だというのに、危険を冒して破壊しても、飛び散った水が、安田の陣地を構築するのだ。戦いが長引くほど、どんどん戦場は濡れていく。
「自分の魔法はあくまで支援、裏魔法こそが本命……」
『シルバーブレット』のリーダーとは真逆のタイプだ。
でも、諦めるわけにはいかない。震える下肢を叱咤し、根性を振り絞って立ち上がる。
「へー、ガッツあるじゃねぇか。ま、無駄にしぶとくなけりゃ地縛霊なんてやってねぇか」
言い捨てた安田が、分身を率いて再び向かってきた。
薙刀を用いて迎撃するも、手数で負けているのは明白。動きにもついていけない。
しかも本体は巧みに分身を囮にし、わざと砕かせて水を飛散させる。分身の再生も早い。
相乗する水と雷の脅威を前に、全ての状況が対処能力を超えていき、ついに。
シーラを捉えた六本の刃が、体中を穿ち、貫き、切り刻む。
「ぐあぁっ……!」
攻撃を受け続けた甲冑が砕けていくとともに、シーラ自身も壁へ叩きつけられる。
折しも、先ほどの安田と似たような有様だった。
「終わりだな」
安田は勝ち誇ったように告げ、トドメを刺すため、歩を寄せて来る。
――まともに食らってしまったせいか、重い痺れと倦怠感が全身を包んでいた。
対する安田はほとんど無傷。こちらは甲冑を破壊され、もう身を守るものもない。
「まだ、だ……」
このまま倒れて終わるという結末だけは、受け入れてたまるものか。
強く目を閉じ、床へ一心に拳を打ち付けて立ち上がると同時――兜が落ち、鬼面が崩る。
閉所から解き放たれた長い両耳が跳ね、サラリとした美しい金髪が、肩まで流れた。
ゆっくりと開いた瞳の色は、深い緑。端正な顔立ちと均整の取れた体型は、エルフと呼ばれる異種族の、ごく一般的な特徴だった。
露わになった素顔を前に、安田は驚いたみたいに足を止め。
かと思えば、侮蔑の混じった醜悪な哄笑を立てた。
「おいおい……オイオイ! まさかエルフとはよ! こいつは流石の俺も驚いたぜ!」
舌をだらりと垂らし、けたけたと笑いながら、ふざけた調子でシーラを指差す。
「みすぼらしいゴーストの上に、劣等な異種族とか哀れすぎるよなぁ!? こんなゴミクズ以下に苦戦してたなんて情けねぇ!」
で、と安田は前のめりになってサングラスをずらし、嘲りに歪んだ目を見せる。
「エルフ如きがなーんで、人間様の国にいるんですかねぇ? お前らの国、焼き払われたはずなんですけど? あ、それで焼け出されて逃げ込んだ先が、ここなわけ?」
「……」
「そいつぁなんともお気の毒だなぁ? 地べたに這いつくばって、ぺこぺこ頭下げてお願いして、やっと隅っこの吹き溜まりで残飯あさりを許されてたってのに、無様にくたばっちまったんだからなぁ?」
「――私は、誓いを立てた」
シーラは薙刀を構え直した。向きは水平。両手で柄を、適切な力加減で握り込む。
「何が何でも、ノクターン様を守ると。襲い来る全ての障害を排除して見せると」
全てが終わり、そして始まったあの日に。
「私は決断力も、知恵も、機転も、生活力も。何一つとして、他の六不思議には及ばない。だが、こんな私にも……」
こんな自分にも、一つだけ、誇れるものがあった。
「研鑽した技……そして、エルフとしてのこの魔力!」
刹那。シーラの周囲に暴風が吹き荒れ、周辺の残骸を瞬く間に吹き飛ばした。
「な、なにっ……!?」
圧倒的な風圧に押され、寸時に分身が二体とも消し飛び――安田は愕然と立ちすくむ。
「本当なら、これを見せるつもりはなかった。私はもうエルフではなく、『六不思議のシーラ』として戦い抜きたかったのだから」
「さ、さっきまでお前が使っていた風魔法とは、比べ物にならねぇじゃねぇか……っ!」
いや、と安田はサングラスの奥で、大きく瞠目した。
「まさか……まさかッ! まさかお前、遺伝子改造手術を受けてねぇのか!?」
とどまる事なく溢れ出る魔力の量は、明らかに規格外。
「……森から逃げ出し、あてもなく海を渡り、辿り着いたこの国で……私は優しい人間種に拾われた」
追想する。シーラの境遇に同情したある婦人は、娘として拾い、育ててくれた。
「手術からも逃れられるよう、危険を冒して隠してくれた。多くの物を与えてくれた。守ってくれた。……恩返しがしたかった。この命、全てを懸けてでも」
ひたすら研鑽を積んだ。それだけがシーラにできて、唯一残されたものだったから。
なのに、それはかなわなかった。願いを果たす前に、シーラは死んだ。
「今、私が仕えているのは――暖かな親として接してくれたあの方ではなく、対等の相手として扱ってくれる、ノクターン様……!」
こんなシーラを受け入れてくれたノクターンには、感謝してもしきれない。
だからこそ、友人同士ではなく、主従として支えていきたい。
それこそが、シーラが貫くべき信念なのだ。
「今日まで磨き上げたこの強さだけが……何者にも譲れぬ私の取柄だ!」
本来、エルフが備える魔力の総量と魔法への適性は、人間種とは比にもならない。
「受けよ、我が本領――ウインド・フルバースト……!」
風の渦より出でし花弁が、シーラを包み込む。
「こ、この、卑怯モンが……! くだらねぇ手を使いやがってぇ……ッ!」
もはや安田に一切の余裕はなかった。軽薄な笑みは消え去り、顔を強張らせ。
「い……『イリュージョン』ッ!」
分身を生み出し、がむしゃらにけしかけさせる。
「人間種がいつしか薄らがせてしまったエルフへの恐怖……今一度思い出すがいい!」
花弁が散り、シーラは奔った。
恐るべき衝撃力を伴った緑の残像が、瞬時に分身の間を駆け抜ける。
移動の余波だけで教室中の窓ガラスが砕け、直撃を受けた分身達は欠片残さず消滅した。
「『イリュージョン』ッ!!」
死にもの狂いで、安田は再び分身を生成。全魔力を消費し、一息に生み出した数は五体。
ゼロコンマ秒で、全て破壊する。絶対的なまでの力の差に、安田は茫然と立ち尽くす。
「おぉぉぉぉぉぉぉッ!」
シーラが気迫を乗せて放った一撃が、安田の身を高々と舞わせたのだった――。