七不思議少女   作:牧屋

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第30話 黄泉塚家の跡取り

 離れの縁側で、中庭へ向けてだらしなく足を延ばしながら、一人の少女が腰掛けていた。

 少女は鬱金色の頭をぷらぷらと左右に振って、ちょっと音痴な鼻歌を口ずさんでいる。

 だけどキョータは、その歌が好きだった。昔から少女の家に伝わる歌らしくて、ちゃんと演奏できるよう、こっそり練習していたりもする。

 

「闇子お姉ちゃん!」

 

 声を掛けると、少女は鼻歌をやめ、だらっと首を回して肩越しに目を向けて来る。

 

「おお、キョータではないか! どうした、何か用か?」

 

 にこりと破願する少女へ、キョータも小走りで近づき、隣に腰を下ろす。

 

「というかその前に、キョータよ。我の事はノクターンと呼ぶよう常日頃から注意しているではないか」

「ええーっ、どうして? 闇子って名前、ぼくも可愛いって思うけど」

「可愛さは重要ではないのだ!」

 

 少女は指を立て、ぐいぐい顔を寄せながら熱弁する。

 

「必要なのはカッコよさと、闇の支配者たる威厳である!」

「う、うん……」

「天地がひっくり返ってもそんなダサいセンスはよろしくない! ノクターン・グリオンタードこそふさわしき至玉の名!」

「そ、そうだね……」

 

 苦笑いを作るキョータ。この手のやりとりで、空気の読み方は学習していた。

 

「ちゃん付けなどというのももっての他だ!」

 

 力説する闇子――もとい、ノクターン。その必死さに、ぷっと笑いが漏れる。

 

「ええい、何を笑う! 名を笑う者は名に泣くぞっ」

「ご、ごめんね。闇……ノクターンお姉ちゃんってすごく面白いよね!」

「黄泉塚家の跡継ぎたるものユーモアとウィットの一つや二つマスターしていて当然だ!」

 

 キョータはどちらかというと人見知りするし、内気な方という自覚があった。

 初対面の相手にはわけもなく一歩引いてしまうし、無意識的に第一印象だけで好きか苦手か決め込んでしまい、後々までその感情が先に立ち、うまく打ち解けられなかったり。

 でもノクターンは、キョータがそうして内に秘める外界へのバリア的な、無数のハードルなど存在しないかの如く一撃で跳び越え、何の気兼ねもなく接する事ができていた。

 たまにしか会えない疎遠期間など関係なしに距離を詰めて来て、気づけば二人で遊び回るのが常で、この時期では緊張気味なキョータにとっての、貴重な心のオアシスでもある。

 

 そういえば、とキョータは本宅の方を見やり。

 

「今日、みんなで大事なお話するんじゃないの? ひょっとしてもう終わった?」

「ふっ。あのような魑魅魍魎どもの社交場、我のような選別されし高貴なる魂の持ち主にはふさわしくない」

「うーん……?」

「水面下での陰謀、権力争い。威嚇、誇示、侮蔑。ヒトが負いし業の縮図など、すでに盤石たる地位にある我には無用の長物。後事は父上に任せ、一足先に抜けさせてもらったよ」

「それってさぁ……めんどくさいから逃げたって事じゃないの?」

 

 ノクターンは露骨に目を逸らすなり、またしても鼻歌を歌い始めた。図星らしい。

 

「キョータの方こそ! 一人きりとは寂しい話ではないか。他の子供達とは遊ばんのか?」

「イズルちゃんはいつもイライラしてて怖いし、イツハちゃんは大人の人達と話してるし。シーラちゃんは話しかけると逃げちゃうし、メアお姉ちゃんは神出鬼没だし……」

「適当に声をかけられる暇人が我しかいなかったと、そういう事か……やれやれ」

 

 ――年に数回開催される、魔法会合。社交場の意味合いも含まれるその場には、親睦と称して跡継ぎたる子供同士の顔合わせも行われる。

 とはいえ、魔法一族も一枚岩ではない。魔法の巧拙による格付けや、古くから続く因縁など、山のように確執が存在する。

 互いの顔色を察し、考えを読み、一歩先を出し抜く。そんな大人達の思惑の下に遠方から連れて来られ、会合が続く数日間はほとんど閉じ込められるも同然なのだ。

 果たして無邪気に過ごせるほどの度量が、どれだけの子供にあるだろうか。

 キョータくらいの幼さならまだしも、これでリラックスして遊び回れる者がいたとすれば、それはよほどの大器の持ち主か、何も考えていないかのどちらかであろう。

 

「あーあ。暇よな~。ゲーム持ってくればよかったー」

 

 脳も脊髄も何もかも溶けきったような顔で、空を仰ぐノクターン。キョータも同じように座り込み、だらだらする。

 

「あのね、お姉ちゃん」

「何かな?」

「ぼく……ほんとにずっとこうしてていいのかな。一人だけ、好きな事してて」

「くだらん俗世間の澱など、キョータがかぶる必要はない。そうゆうのはもっと得意な連中がたくさんいる」

「そうじゃなくて……んん、なんて言ったらいいのかなぁ」

 

 キョータは自分の心情が適切に伝わる言葉を探しつつ、ノクターンと目を合わせる。

 強い意志と深い知性をたたえた、吸い込まれそうな瞳に打ち抜かれ――雲の中をさ迷っていたキョータの思考が出口を見つけたみたいに清明になり、すらすら言葉が紡がれ出す。

 

「せっかくみんなが……頑張ってるのに。何を話してるのかさえ、知りもしないなんて……無責任じゃないかな」

「キョータよ。ここにいる一族の者には、一人一人に、大事な使命があるのだ」

「使命……」

「食伏家は魔法一族の歴史上、突然変異的に誕生した、世界でも類を見ない血筋であり――他とは大きく異なる点が、二つある」

 

 ノクターンは寝っ転がって膝を立てながら、指を立てて語る。

 

「一つは、あらゆる一族の中でも飛びぬけた魔力の高さと質の良さ。そして、そもそも得意属性そのものを持たない事」

「うん……それは知ってるよ。ぼくだけ、なんにもない……」

「確かに、得意属性がないゆえに、食伏の者には魔法は扱えない。だが……魔力だけなら、まさに次元が違うレベルなのだ」

「お姉ちゃんよりも?」

「ふっ。悔しいが、まるで歯が立たんだろうな。数値で反映するなら我が百くらいで、キョータは千。努力どうこうで埋められる差ではない」

「そうなんだ……ちょっと嬉しいかも。けど……」

「けど?」

「何もしてないのにそんなに強いだなんて、それはそれでなんか、罪悪感っていうか……プレッシャー感じちゃうな」

「それは違うぞ、キョータよ。魔法一族には使命が課されていると言っただろう?」

 

 食伏家の相反した特性が呼び起こす神秘性は、魔法一族の関心を集中させ、虜にした。

 神のように信仰され、親の如く愛されたといってよい。

 魔法会合の発足も、食伏家を中核とした形態だった。まず頂点に食伏家が君臨し、その衛星として選抜された実力ある家が実務を担当。後に、多くの氏族が続く。

 

「その筆頭が黄泉塚家だ。会合の日程も場所も内容も、黄泉塚家が決定する」

「お姉ちゃん家が?」

「お姉ちゃん家が、だ。フフフ……羨ましいだろう?」

「全然」

 

 権限を握っているのは黄泉塚家であり、食伏家は権勢争いとは無縁だ。

 けれど一族の中心として成り立ち、それからも長年続いて来た食伏家は、権力を越えた神性を十分に蓄えていた。

 

「一族であれば誰もが知っているし、無条件で敬意を払う。それはキョータ、お前が偉いからだ。そしてその偉さを支えている理由は、ひとえに秘めた魔力の恩恵に他ならない」

 

 逆を言えば、食伏家は衛星やその他一族を取り巻くドロドロした軋轢をまったく関知しないし、する必要もないのだ。

 

「だから、食伏キョータだけには、好き勝手が許されるのだ」

「うん……」

「家の金に手をつけて遊び呆けたって構わん。というか我がもしキョータの立場だったら、確実に親のすねかじり中二無職と化していたろうな、ファーハハハ!」

「あはは……」

 

 この点は、黄泉塚家の次期当主であるノクターンにとっては救いでもあった。

 常に付きまとう立場や気遣い、打算も何もなく接し合える相手なのだから。

 

「あのさ。お姉ちゃんがいてくれて、すっごく良かったよ……」

「んー? 急にどうした」

「他の人には言えない悩みでも、お姉ちゃんになら、全部話せるから……」

「遠慮せず打ち明けるがいい! 公明正大、知略無双の我が全て解決してくれるわ!」

 

 得意げに笑うノクターン。キョータが彼女を慕う理由が、また一つ見つかった。

 姉弟のようであり、友人のようであり――いずれとも異なる奇妙な関係。

 

「キョータはさぁ……好きな子とかいないのか?」

「えっ、いないけど」

「むむむ……最近の子は早熟だと聞いているのだが、そうでもないのか……」

「でも、クラスの子は全員誰かと付き合ってるよ」

「早熟すぎるっ!?」

「そっちこそ、好きな人とかもうできた?」

「ふっ。我が恋せし存在は深淵なる闇そのもの。深淵がこちらを見つめる時、我もまた見つめ返すのだ……太陽光線より熱く濃厚にな」

「お姉ちゃんはかわいいけど、性格が独特だから、基本的に引かれちゃうよね。もらってくれる人がいるか、ぼくちょっと心配になってきたなぁ……」

「もらうのではない。我が奪うのだ、ファーハハハ!」

 

 噛み合っているようないないような会話を楽しみつつ、連れ立ってのんびり歩きながら、学校や生活の事――たわいもない話が続く。

 そんな折、真向いの渡り廊下の角から、外套を羽織った中年の男が現れた。

 

「……勝手に会合を抜けるとは、どういう了見だ」

 

 ノクターンを目に留めるなり、渋面を作って苦言を呈する。

 黄泉塚黒男。黄泉塚家の現当主であり、魔法会合を取り仕切る実質的な指導者でもある。

 

「それは失礼。会議は踊れど話は進まぬ数時間など、我には浪費している暇がないもので」

「会合も明日が最終日……重要な発表があるのだ、お前も必ず出ろ」

 

 父上、とノクターンはやや語気を強めた。

 

「あなたの言い分はよく分かっているつもりです。またあの……ニーメゲルへ対抗しようという無謀な意見を、円卓のど真ん中でぶちかますおつもりでしょう?」

「皆が聞き入れてくれるまで、何度でも言おう。ニーメゲルは悪だ。奴らの支配を打ち破らぬ限り、魔法一族に――いやワホンそのものに、安寧はない」

「善か悪かという二元論で語れるようなたやすい問題ではないでしょう、これは」

 

 ノクターンは顎を突き出して反論する。

 

「では仮に、一族全てがニーメゲルへ反旗を翻したとしましょう。しかし現実問題、彼我の戦力差は明らか。大戦で多くの民を失い、今また一族そのものまで失うおつもりか」

「それでもまず、立ち上がる事が肝要なのだ!」

 

 黒男は顔に朱を昇らせ、くってかからんばかりに怒鳴り声を上げた。

 

「古来より続く英知を結集できれば、真正面から殺し合わずとも、連中を滅ぼす方法が見つかるはず! 他の者達も、本当は分かっているだろうに……見て見ぬふりを!」

「癇癪を起こすのはおやめください。お体に障りますよ」

 

 口論を前にすっかり怯えてしまい、身をすくめて抱き着くキョータを、ノクターンは落ち着かせる風にその頭を撫でつける。

 

「この俺にさっさと死ねと言いたいのか? 少しばかり力をつけて、注目されているからといって、なんにでも反対しやがって……調子に乗るなよ闇子!」

「我は別に……」

「覚えておけ! 当主はこの俺だ! お前はでしゃばるな! 余計な真似をするな!」

「――あらあら。なんだか大変なタイミングに出くわしちゃったわね」

 

 そんな時、横槍を入れるみたいに、黒男の背後より新たな人物が現れた。

 背中まで届く長い赤髪の、ビジネススーツを着た妙齢の女である。

 まつ毛の一本一本が整えられ、厚ぼったい唇には滑らかな口紅が塗られ――どぎつく施された化粧のみならず、腕時計や髪飾りなど、高級な品々を身に着けている。しかも光を反射し、目立つデザインのものばかりだ。

 漂う香水も濃厚で、キョータなどはただれた匂いに露骨に顔をしかめていた。

 女は黒男へしなだれるように身を寄せ、流し目をこちらへ送り艶然とした笑みを作る。

 

「口の利き方に気をつけなさいよね、次期当主様? 黄泉塚家を継ぐ者が、いつまでも放蕩な日々を送ったままじゃ、集まってくれたみなさんに示しがつかないでしょう?」

「……ペレナ・ヴルゴーか」

 

 ノクターンは目を細めた。それまでにも平坦な口調で黒男の相手をしていたものだが、女の姿を見た途端、より冷めた色が滲み出る。

 

「確か、魔法局の監査課……だったか? ニーメゲルの人間がなぜ、我々に口出しする」

「あら、簡単な事よ。アタシはただ、黒男さんの掲げる正義に、感銘を受けただけ」

 

 女は腰をくねらせ、小さな円を描くように歩きながら、中庭へ片腕を差し伸べて答える。

 

「ニーメゲルは確かに、かつての大戦唯一の勝利者だわ。栄光、名誉、何もかも思いのままだったでしょう。でも一方で、敗戦国には数えきれない枷がつけられた。一方的かつ不公平な条約、重く不当な搾取、弾圧、排斥……ワホンとて例外ではないわね」

「ニーメゲルから反逆を疑われ、罪なき魔法一族も多くが粛清された。大戦前には異種族とも友好的な関係を維持していたが、いつしか人民には差別感が刷り込まれ、彼らのほとんどが過酷な地へ追いやられた」

 

 黒男が嘆かわしそうに後を継ぐ。

 

「ニーメゲルの専横が続けば、世界は全てを奪い尽くされ、枯れ果ててしまうだろう。その前に立ち向かわなければならないのだ。大切な者を守るために。誇りを守るために」

「フフ……そのためならアタシもいくらでも力を貸すわ、黒男さん。見方によっては魔法局を裏切る事にはなるけれど、これも大義のため。頼りにしてちょうだい」

 

 黒男の方はさほどペレナへ反応を見せてはいないものの、ペレナは自分に酔ったみたいに、聞こえのいい言葉を吐き出し続けている。

 

「ともかく、だ。闇子よ。明日は絶対に会合へ顔を出せ。跡継ぎとしての最低限の礼儀だ」

「分かっていますよ。課せられた責任を投げ出すつもりはありません」

 

 黒男は大仰に溜め息をつくと、踵を返してペレナを従え、大股に――ペレナが小走りで勝手に追いかけているようにも見えるが――立ち去る。

 

「……さっきの人、なんかうさんくさい」

 

 ペレナが出て来てからは、完全にノクターンの後ろに隠れ、縮こまっていたキョータ。

 角度的にペレナからは気づかれなかったみたいだが、キョータは小さくなる二人の背中へ、歯に衣着せない言葉を呟く。

 

「同意見だ。堂々とスパイ行為を公言してはばからない。怪しいと言わざるを得ん」

 

 そうじゃなくて、とキョータは、自分の中にたゆとう言葉を探すように目線を揺らし。

 

「なんか……すごくヤな感じがする」

「ふむ……それは勘か?」

「勘……かも。わかんないけど……」

 

 もって生まれた魔力のためか。キョータのこういう、第六感じみた直感は度々当たる。

 そもそも、ペレナ・ヴルゴーという女が現れたのは、ほんの昨年前から。

 ペレナは一族の有力者達へ近づき、懐へ飛び込もうと画策する様子が見られた。

 その手土産として、魔法局の情報もいくつか、やりとりがなされたらしい。

 魔法局にも様々な課が存在する。実際に魔法を取り扱う管理課、人事課、事務課などだ。

 中でもペレナの所属する監査課は文字通り、魔法局の体制そのものに、腐敗や不正の種が埋まっていないか、観察・監督する職務を担っている。

 逆を言えば、もっとも魔法局の動向、暗部、恥部へ接する機会も多いわけだ。

 よってペレナの持ち込む機密情報は、交渉相手によっては値千金にもなる有益な代物。

 ニーメゲルの人間でありながら黄泉塚家本宅を好きに歩き回り、当主と自由に話しても見て見ぬふりをされているのは、これが理由だ。

 

 何かにつけて教養の高さをひけらかし、差別的発言を行う態度は少々鼻につくものの、ペレナを表立って拒む者は、魔法一族にはまったくいない。

 

「ペレナ・ヴルゴー……何が目的だ?」

 

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