七不思議少女   作:牧屋

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第31話 生命を溶かす陽光

「一体、どうされたのでしょう……」

 

 翌日。魔法会合が開かれる広間には、怪訝な空気が漂っていた。

 定められた刻限になっても、黄泉塚黒男が現れないのである。

 最終日は、これまで議論がなされた議題に一定の方針を定める、重要な日だ。

 急用や体調不良などで欠席する事はあれど、最終日は原則全員参加。

 にも関わらず、当の主催者にして決定権を握る人物が不在というのは、長い魔法一族の歴史にあっても、前例のない事態であった。

 

「もしや、どこかでお怪我をされているのでは……」

「では、誰か伺いに行った方が」

「しかし、勝手に出歩いてよいものか?」

 

 前例がないゆえ、参加者達も対応に困っている。

 

「り、リース様……本当に私のような者が、この場にいてよいのでしょうか」

 

 とはいえ中には、また別の理由で、戸惑いを隠せていない少女も混じっていた。

 

「異種族の参加は、この会合では禁じられている。……リース様が私に良くしてくれるのは分かります。されど、慣例を無視するのは……」

 

 いいのよ、とその隣で微笑んだのは、少女といくらも違わない年恰好に見える、金髪の婦人である。

 

「シーラはエルフである前に、私の立派な娘ですもの。一族の者が会合に出たって、何もおかしくはないわ」

「リース様……」

「それにその帽子で耳を隠しておけば、後は言わなきゃ誰にも分からないって!」

 

 でしょうか、とシーラは苦笑する。

 自分を拾い、面倒を見てくれている事からしても、何かと型破りな主だが――サプライズと称し、よりによって最終日の会合に連れて来られた時は驚いたものだ。

 

「で、ですがやはり、私にはこのような煌びやかなドレスは、その、似合わないのでは……薙刀も持ち込んでいませんし」

「いいえ。何度も言うけれど、とてもよく似合ってるわ!」

 

 尻込みしそうになるシーラの肩をがしっと掴み、リースはイイ笑顔を注ぐ。

 

「もう冷たくて寒い廊下に突っ立って、始終見張り番の真似事なんてしなくていい。ここにはたくさんの出会いがあるわ。あなたも今日から、パーティデビューよ!」

「せ、誠心誠意努めます……」

「んー、まだちょっとお堅いわね。いい、こういう時は――」

 

 その間にも、黒男が姿を見せる事はなく、徐々に困惑は深まっている。

 

 ノクターンは席を立ち、腕を振って周囲の注目を集めた。

 今は次期当主としての正装に、黒マントを羽織り、威風堂々たる佇まいもあいまって、耳目を引き付けるに足る充分な魅力を備えている。

 

「お集まりの皆さんの懸念はごもっとも! これから不肖このノクターンが、いつまでも顔を出さぬ寝ぼすけな父を、ベッドから叩き起こして参りましょう!」

 

 彼らの緊張を緩和するため、あえて砕けた調子で声をかけると、思わず笑いを噴き出した者もおり、少しばかり安堵が広がったようだ。

 

「やっぱり闇子ちゃんは可愛いわね。シーラもあれくらい肩の力を抜いた方がいいわよ」

「で、ですから私は……」

 

 

 

 ひとまず広間を出たノクターンだったが、黒男の居所に何かアテがあるわけではない。

 

「あれだけ口酸っぱく言っておいて、当の本人が行方知れずとは始末に負えん」

 

 黒男が訪れそうな心当たりを探したり、使用人に聞き込んだりと捜索するも、黒男の姿はどこにもなかった。

 

「となれば、書斎か……? よもや本当に居眠りでもしているのではあるまいな」

 

 一階の奥、基本的には当主しか出入りが許されない書斎へ近づくと――手前の廊下に、金色の薄膜めいた光が、風に揺れるカーテンよろしく揺らめいているのを発見する。

 

「あれは……結界か……?」

 

 人の通行を阻む、かなり強固な結界が張られており、進めなくなっていた。

 しかもその先にも、何枚もの同じ結界が仕掛けられ、かなりの念の入れようである。

 

「なぜ、こんなものが……父上の仕業なのか」

 

 広間を見て回った時、あの女――ペレナがいないのも気にかかっていた。

 妙な感じだ。放置してはおけない。こういう時の直感には、従う事にしていた。

 意思決定を下した直後。分厚い結界を通してでもなお、芯を震わせるほどのとてつもない魔力が、津波めいて押し寄せて来たのである。

 

「なんだ……!? この激しいうねりは……っ」

 

 謎の魔力はさながら拍動の如く、規則的に何度も発せられ、規模を増大させていく。

 あまりの圧迫感に周囲の天井や壁、結界までもが揺さぶられて見えた。

 衝動的な焦燥に駆られたノクターンは、右腕の包帯へ手をかけ、思い切り外しにかかる。

 

「やむを得んな……!」

 

 現れた右腕には、漆黒の影が宿っていた。まるで蛇の大群が重なるように、蠢いている。

 

「我が行進を阻む魔の障壁を喰らえ――!」

 

 手を拳の形に丸めると、影は先端へ収束し、燭台に灯された炎めいた形状へ変化した。

 

「ノクターン・ナックル!」

 

 拳を振るえば、幾重にも編まれた結界は紙細工のように引き裂かれ、道を開けた。

 

 ――世界の大部分は『虚無』と呼ばれる、不可視の謎の構造体によって成り立っている。

 ノクターンの『シャドウ』は、その無をかき集め、増幅させ、操る事が可能なのだ。

 無が触れた対象物は強力な結界であろうとなんだろうと、問答無用で消滅させられる。

 

「急がねば……!」

 

 残りの結界もぶち破った後は、左腕と口も使って素早く右腕へ包帯を巻き直す。

 影の形をとっていた無は、再び内側へ閉じ込められた。

 無の使用は発動、維持中ともに大量の魔力を消費する上、放置しておくと手から全身までひとりでに広がり、呑み込まれて命を落としかねない諸刃の特性を備える。

 よって長期間の解放は自殺行為も同然。あくまで局地的に行使できる切り札だった。

 

「父上……!」

 

 書斎のドアを蹴破り、駆け込む。

 室内に所せましと置かれた本棚の中身は大抵が魔法に関する書物、資料、古書などで、黒男の魔法に対する高い熱意と勤勉さが感じ取れる。

 おまけに本を置きっぱなしして忘れたり、積み上げたまま放置という事もなく、几帳面な様相でもあるのだが。

 

 ――なぜか今は、部屋の四方に姿見のようなサイズの鏡が張られており、他の机は片付けられ、中心に黒男だけが佇んでいる、一種異様な状況だった。

 一瞬あっけにとられたノクターンだったが、立ち尽くす黒男が虚空へ向けて差し伸べている掌中に、何かが浮かんでいるのを目撃し、慄然とさせられる。

 

「そ、それは……一体」

 

 極彩色の光を放つ、成人男性の手のひらに収まるほどの大きさの球体だった。

 表面は溶岩が煮えたようにぐつぐつと蠢き、時々思い出した風に小さな黒球が破裂する。

 まるで小さな太陽みたいだ、とノクターンは思った。

 しかし、先ほどの魔力の発生源が、この発光体なのは明白。

 黒男のものにしては異質すぎ、また単純に純度も規模も違い過ぎた。

 人知の及ばぬ次元にあると言い表してよいくらい、神性さすら感じるとともに、ぞくりと怖気が走るのだ。

 ともすれば、視界にすら入れたくない、この場からただちに去りたい――と本能が警鐘を鳴らし始めている。

 けれどここで退くわけにはいかない。ノクターンはきっと黒男を見据えた。

 

「……感づいたか。まったく鋭いのか鈍いのか分からん奴だ」

 

 黒男もまた、ノクターンを横目で見返す。さしたる感慨もない風な、無機質な眼差し。

 

「これは、『陽の憑光《ひのびょうこう》』という」

「陽の、憑光……っ?」

「昔日の大戦で使用された、魔の遺産の一つだ。ニーメゲルの軍勢はこの遺産の力を借りて、全世界を敵に回し、そして打ち勝った」

「魔の遺産……だと……!」

「遺産の持つパワーは絶大であり、連中が世界の覇者を名乗る事を、誰一人止める事ができなかった……」

「ま、待って下さい! なぜそのような大それた品を、父上が! 確かにニーメゲルは七つの遺産のうち、四つまでをも手中に収めました。しかし、残る三つは大戦の最中に失われ、『陽の憑光』に至っては何者かの手によって盗まれたと……っ?」

 

 ――まさか。ノクターンのフル回転する頭脳は、これまでの疑問を一本の線で繋げた。

 

「ペレナが……持ち込んだとでもいうのですか!?」

「いいか、闇子よ! これだけは言っておくッ!」

 

 黒男の掌中で陽の憑光が輝きを増す。神々しくも、不吉な光源。

 

「今のままではニーメゲルには勝てん。奴らの目はどこにでもある。仮に首尾よく兵を集め、軍を立ち上げたとしても……発覚した瞬間、飛び掛かってくるだろう!」

 

 その時に待つのは粛清の嵐だ。黒男の命どころか、魔法一族全員が物理的に解体されてもおかしくはない。

 

「ならばニーメゲルに勝てるだけの準備を整えられる、安全なコロニーが必要だ。いかなる兵器も魔法も通さぬ、絶対的な『異界』がな!」

「異界……」

「我が偉大なる魔法『ブラックシャドウ』ならば、鏡の中へ空間を作り出す事ができる!」

 

 確かに、ノクターンの『シャドウ』の上位互換であれば、空間すらも歪曲させ、新たな世界を滑り込ませる事が可能だ。

 魔法そのものの高等さに加え、黒男の老練なる技術が合わさってこその離れ業である。

 だが、と黒男は吐き捨てる。

 

「それだけでは不十分だ。魔法はその規模が高くなればなるほど、精密さが必要になればなるほど、多くの魔力を必要とする」

 

 陽の憑光の内側から、太陽フレアを想起させる黒い斑点が、いくつも湧き出し始める。

 

「この陽の憑光は、命を溶け合わせる能力を持つ。命とはすなわち魔力。これに大量の魔力を融合させ、『ブラックシャドウ』で作成した異界の核とし、その維持をさせれば……!」

 

 嫌な汗が背中に浮く。魔法一族。魔法会合。欠席御法度の重要な最終日。――そんな。

 

「そしてこの場には折よく、質も量もトップクラスの魔力の持ち主達が揃っている……! あの腰抜けどもは礎となるのだ! ニーメゲルに対する反攻のためのなッ!!」

「狂っている……! あの女狐にそそのかされて、そのような大それた罪を……」

「見くびるな! あんな小物の戯言など真に受けた覚えはない! 前倒しになっただけだ……例え奴の手土産がなかったとしても、この計画は発動していた。私自身の命を引き換えにしてでもなッ」

 

 ノクターンが責め詰っても、黒男に計画をとりやめる兆しはまったくない。

 

「そのような暴挙……我が阻止する!」

「無駄だ! すでに遺産は発動している! もはや俺でも止められん!」

 

 ノクターンが駆け寄るが、直後――陽の憑光から極限まで膨れ上がった黒点が弾け――炸裂するように四方八方へ太く長い黒帯が飛び出す。

 

「ニーメゲルへ抗う意志を奮い立たせぬのであれば、命だけでも投じてもらうぞ!」

 

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