七不思議少女   作:牧屋

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第33話 黄泉塚闇子

 黄泉塚邸は黒煙を上げていた。

 黒帯が家電製品や火元を破壊し、そこから発火したか。あるいは一族の者が火属性の魔法で応戦し、結果延焼したか。

 いずれにせよ屋敷の各所へ火の手が回ったため、火の粉とともに一酸化炭素が高まり――酸鼻を極める広間からかろうじて逃げ出せても、煙に巻かれ、人々は力尽きていく。

 煙で悪化する視界。ノクターンは分かれ道のない袋小路の廊下へ追い詰められていた。

 

「引導を渡してやる!」

 

 黒男が腕を掲げ、ブラックシャドウを発動する。

 ノクターンの背中側にライフル弾が出現するや、音速で接近し――華奢な身体を貫いた。

 

「殺ったッ! ざまあみろ!」

 

 しかしその瞬間、撃ち抜いたはずのノクターンの姿が陽炎のように消滅する。

 

「……な、なに――ぐがぁっ!?」

 

 すり抜けた弾丸は軌道上に立っていた黒男の方へ向かい、その肩を穿ち抜いたのだった。

 

「細道。逃げ場のない突き当たり。精密必殺の罠が仕込まれているのは予想していました」

 

 煙の中から、もう一人――否、虚像ではない、本物のノクターンが歩み出る。

 

「お、おのれ……! 煙に自分を紛れさせておいたのか! 下らん小細工をッ!」

「魔法の腕では軍配を譲りますが、化かし合いではこちらに分があったようですね……!」

 

 黒男は聞くに堪えない悪態を吐き散らしながら、身を翻す。負傷のため、足取りは鈍い。

 逃がすまいと、今度はノクターンが追う側へ回る。

 

 必死に追走していた矢先――いよいよ柱や土台にまで火が回ったのか、建物の倒壊が始まった。頭上で爆発が巻き起こり、天井が崩れ、二人の間へ瓦礫が降り注ぐ。

 

「くっ……そこだ!」

 

 急激に狭まる視界の先。

 逃れんとする黒男の背中が端をよぎり、ノクターンはとっさにナイフを投げつけた。

 焼けた木材や瓦の合間を縫うようにナイフが飛来し、吸い込まれるように着弾。

 倒れ込む黒男。ノクターンは障害物を器用にかいくぐり、すぐさま駆けつけた。

 

「……終わりです、父――?」

 

 ――違う。論理も感情も何もかも一足飛びに、本能的な違和感に気づく。

 

 数秒後。うつ伏せになっていた黒男の姿が徐々に薄れていき、代わりに現れたのは。

 

「キョー……タ……?」

 

 背中にナイフが突き刺さり、力なく横たわる、キョータの姿であった。

 

「あ……ああ……そんな……!」

 

 意趣返しのつもりか。自分が死ぬくらいなら、計画の中核を成す予定だったキョータをも切り捨てるというのか。

 それより血が、こんなに。違う。こんなはずではなかった。どうしてここに。

 メアからの直前の連絡では、キョータを見つけたという事だったから安心していたのに。

 あああ、違う違う。落ち着け。ナイフは適当に投げたから、きっと急所は外れている。

 雑多な思考がめまぐるしく駆け巡る中、自身の罪の象徴である刃の柄に視線が移り。

 

「ナイフ……ナイフを取り除かないと。一気に引き抜いて」

 

 いや、と思い直す。傷口を塞ぐ手立てもないのに、そんな真似をすれば大量出血だ。

 基本的な事すら失念している現実を思い知らされ――むしろ冷静さがかすかに戻った。

 あいにく、ノクターンは回復魔法を覚えていない。

 他に治療のできる魔法一族を捕まえるにしても、この混乱の中では至難を極めるはず。

 落ち着け。落ち着け。傷を治す方法。絶対に何かある。思考を止めるな。

 

「……あった」

 

 それは、死と隣り合わせの極限状況で下った天啓などではなく――悪魔の閃き。

 どうしてそんな無茶を思いついてしまったのか、ノクターンには分からない。

 だが、やるしかなかった。自分の落とし前は自分でつける。黄泉塚家も、魔法一族ももう手遅れかもしれないが――せめてそれくらいは成し遂げたい。

 次期当主の、最後の仕事として。

 

「キョータ、待っていろ。すぐに助けてやる」

 

 キョータを抱え、駆け出す。

 ナイフは綺麗に刺さっているのか、多少揺らしても出血はわずか。

 それでも負担がかからないよう、ハンカチで口元を抑えてやりながら走る。

 

「……ごめ、ん……ご……めん……ぼくの、せい、で……」

 

 か細い息の間から、キョータのうわ言が聞こえた。自身を責めるみたいな言葉。

 キョータも計り知れないほど、恐ろしい目に遭って来たのだろう。強く歯噛みする。

 今、この凄惨な屋敷で何人が生き延びているのか。メアはどこへ行ったのか。みんなは。

 

「……もう、何も分からん。……だが、キョータだけは、救ってみせる……!」

 

 途上、頻繁に黒帯の襲撃を受けた。他に襲う相手がいなくなってしまったのか、数が多く、対処しきれない。キョータを抱えているため満足に動けないのではなおさらだ。

 斬られ、裂かれ、血みどろになりながらも辿り着いたのは――父との戦闘中、立ち回る上で自然と離れてしまっていた、あの書斎。

 

 父の姿はない。炎こそ回っていないものの、室温は非常に熱く、あまり時間はない。

 陽の憑光はまだ、部屋の中央で浮遊したままだった。

 ただし、表面の黒点は見当たらず、全体的により赤々とした色へ変化しており――極彩色の光輝とともに感じ取れる魔力のうねりも、先刻と比べ異常なまでに膨張していた。

 

「たっぷり食べたもんな……満腹か?」

 

 反比例して体温が低下しつつあるキョータを抱いたまま近寄ると、陽の憑光はやおら、緩慢にだがその高度を下げ、こちらへ近づいて来る。

 黒帯が現れる気配はない。生唾を呑み、その場でしっかりと踏ん張り、待ち受ける。

 陽の憑光はキョータの真上でしばし、静止したかと思うと――ややあって再び沈み込み、混ざり合うみたいにキョータの体内へ溶け込んでいった。

 それまで感じていた無限の威圧感が、嘘みたいに消失する。

 腕の中のキョータに、特に異変はない。傷もそのままで、確実に死へ近づきつつあった。

 

「これで……遺産の所有者は、キョータ――という事で……いいんだな?」

 

 キョータにというより、陽の憑光へ問いかけるが、もちろん返事はないし、期待してもいない。とはいえ、今はその可能性に賭けるしかなかった。

 

「第一段階は、通過……問題はここからだ」

 

 血を流し過ぎて重く、反応も遅い足を引きずりながら、奥に配置された鏡へ移動する。

 

「やはり、魔力を感じる。……この鏡が、父上が用意した、異界への入り口に、違いない」

 

 しゃがみ込むつもりだったが、膝から力が抜け、半身がくずおれた。

 

「くっ! うぅ……はぁ……はっ……」

 

 キョータを鏡へ押し付ける格好となってしまうも、覚悟していた衝撃は来ない。

 なんとノクターンの上半身ごと、抱えたキョータが鏡の中へ入り込んでいたのだ。

 

「正直、不安だったが……まったく、父上もいい仕事をする」

 

 してやったりと口元をほころばせながら、いまだ外へ突き出ていたキョータの両足も、ほとんど押し込むようにして、鏡へ放り込む。

 その拍子にノクターンも一緒に完全に入ってしまったが、そこでもう、限界だった。

 

「頼む……上手くいってくれ……!」

 

 かすむ目で見つめるノクターンの前で、キョータの背中からナイフがひとりでに抜けて。

 

 ――開いた傷口から出血する事はなく、肉が塞がり、閉じ、再生を始めたのだった。

 

「やった……やった、ぞ……! 成功、だ……!」

 

 陽の憑光を取り込んだキョータは、異界の核たる資格を持つ。

 他ならぬ父が、そのような構造に仕立て上げたのだから。

 もしも核が傷つくような事があれば、せっかくの世界を揺るがしかねない。

 ゆえに異界内では、物体が自動修復するような機構が働くのではないか、と読んだのだ。

 

「そうか……まだ食い足りないか。……持っていけ。キョータの回復が早まるのならな」

 

 ノクターンは自身の身体が、指先から少しずつ消えていくのを眺めながら自嘲する。

 

「我はきっと、恨まれるだろうな……」

 

 父のプランは破綻したが、半分は成功したと言ってよい。

 これからキョータの身に、何が降りかかるのかなど、予測しようもない。

 

「ずっと一緒に、いられたら良かったんだが……すまないな」

 

 ノクターンは意識が消える最後の一瞬まで、安らかな寝息を立てるキョータの髪を、撫でつけていた。

 

 

 

 目が覚めると、夜空一面に、煌々とした紅色の満月が広がっていた。

 

「え……?」

 

 呆然と声を漏らしながら身を起こす。反射的に両手で身体をまさぐるが、あれだけズタズタにされたというのに、傷がなくなっている。

 それどころか、衣服にも汚れ一つない。まるであんな惨劇自体、なかった事のよう。

 

 というか、ここはどこなのか。

 意識こそ鮮明なものの、いまだ状況を呑み込めず、周囲へ目を走らせる。

 手前側には市街地。奥側には校庭が広がっていた。コンクリート造りの地面や手すり、金網フェンスを確認する限り――ノクターンがいるのは、学校の屋上なのだろうか。

 

 不意に、近くで人の声がした。一人や二人ではない。控えめながらも、話し声である。

 

「ねぇ、ここ、どこ……?」

「あんたこそ、誰よ……」

 

 己の居場所はどうやら貯水タンクの裏側らしく、話し声の主達には気づかれていない風。

 息をひそめ、角際から半身だけを覗き込ませて窺う。

 そこにいたのは、見慣れた面々だった。イズル、イツハ、シーラ、それにメア。

 ただ――どうにも様子がおかしい。知らぬ仲でもないというのに、お互いを警戒しているみたいに距離を取り、よそよそしく、探り合う会話を続けているのだ。

 

「名前以外、何も覚えていないんだ。教えてくれ。私はどうして、ここにいる……」

「あんたも、なの? 私も同じ……。ねえ、これって、記憶喪失ってやつじゃない?」

 

 話し合っているのはもっぱら三人ほどで、メアはフェンスの外側に立ち、黙りこくって下方を見つめている。

 

「ね、ねえ。そこのあんた。そこにいたら……危ないんじゃない?」

 

 イツハに声をかけられても、まったく反応を寄越さない。

 

「もうやだよ……!」

 

 懸命にせき止めていたものが決壊したみたいに、イズルがしゃくりあげた。

 

「ここ、どこなの? みんな誰なの……っ? どこに帰ったらいいの……? 何も、何も思い出せないよ……!」

「あ、あんただけじゃないわよ、困ってるのは! あたしだって、なんで足、動かないのよ……っ」

 

 追随するように、気丈だったイツハの声にも涙が混じり、さめざめと手で顔を覆う。

 

「誰か……誰か、助けてよぉ……!」

 

 嗚咽に引っ張り出されるみたいに、ノクターンの全身を貫くような思いが迸る。

 そういえば。そういえば。自分にも――会いたい誰かが、いたのではないか。

 どうしてか、顔も名前もぼやけてしまっているが、とても大切な人だったはずなのだ。

 

「だ、誰だ……? お、思い出せん……!」

 

 その時、ぼんやりと佇んでいるだけだったメアが、ぽつりと無感情に、一言だけ発する。

 

「……みんなひどい顔っスね。鏡でも見たらどうっスか」

 

 ――鏡。キーワードを境に再び熱い何かが、落雷めいて記憶の深奥を駆け抜ける。

 

「鏡……そうだ、鏡だ……っ」

 

 懐から手鏡を取り出す。慌てふためきながら開くと。

 

「キョータ……」

 

 自然に、その名が口を突いて出る。安堵のあまり、笑みがこぼれた。

 鏡に映っていたのは、上半身だけだけれど、間違いなくキョータだ。無事だったのだ。

 

「どうした、キョータ……? なぜ何も言ってくれない。感動の再会なのだぞ」

 

 けれど、キョータは。虚ろな眼差しでこちらを見返し――いや、目線を正面に向けているだけで、恐らくその瞳に、ノクターンは映し出されていない。

 それほどに、キョータからはあらゆる感情が抜け落ちていた。ノクターンが右手に纏う無などより、遥かにぽっかりと開いた虚ろそのもの。

 

「キョータ……なあ、答えてくれ。キョータ……!」

 

 すがるように呼びかけを続けるが、キョータは無言のまま。

 ただ、そこにいる。そこにいるだけの役目を、果たしている。

 ついに、背後で慟哭が上がった。

 

「すべて……すべて、終わってしまったのだな」

 

 みんな、泣いている。不安のまま、身も世もなく、喪失と悲嘆だけに包まれて。

 

「だが、それでも……我はこうして、生きている。生きている、はずだ……」

 

 ――生きながらえて、しまった。

 

「……分かったよ。キョータ」

 

 ノクターンはしばし瞑目し――鏡を閉じた。

 

「絶対に……取り戻す。お前の心を。みんなの記憶を。だから……待っていてくれ」

 

 目を開ける。もう決意は固まっていた。後は歩き出すだけだ。

 

「――ファーハハハ! 泣きむせぶ必要など、まったくないぞ!」

 

 ノクターンは雄々しくマントをなびかせ、四人の前へ姿を現す。

 

「我が名はノクターン・グリオンタード! 諸君らは闇に選ばれし者! この聖地を邪悪から守り、世界を安寧へ導くために! 今ここに、六人の英雄が集ったのだ――!」

 

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