七不思議少女   作:牧屋

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第34話 キョータの決意

 ――全ては、希望的観測と、幸運と、仮説にすぎない。

 

 キョータの到着によって本格的に起動した異界は、あらかじめ龍脈の地として設定されていた町の学校に根を張り、安全なコロニーとしての役目を果たし始めた。

 現世と異なる時間概念や、修復の法則は、あらかじめ組み込まれた機能で間違いない。

 五人が再生できた理由も、核の護衛役として選ばれた可能性が高いだろう。

 その選考基準がいかなる点に比重を置いているのかまでは、知る由もないが。

 

 しかしノクターンの決死の妨害に加え、肝心の黄泉塚黒男不在ゆえの弊害もあって、こうしたシステムの各所には、ひずみや綻びが多々見られた。

 その最たるものが、あまりにも容易かつ手軽な、異界への侵入方法である。

 おかげで侵入者へ備え、早々と戦いの準備に追われる羽目に。

 とはいえ外敵の存在は、あれこれ悩み苦しむ時間を忘れさせてくれる助けでもあった。

 その上、己の名や常識、死という結末を除き、ほぼ全員の記憶が欠落していた。

 事故によるものか、過去を清算させ核を忠実に守らせるための措置か、その両方か。

 キョータはみんなと交流するにつれて徐々に回復し、今では普通に過ごせている。

 それでも過酷な記憶は幼い心を鋭く傷つけていて、いまだ声を取り戻せてはいない。

 みんなの記憶も、ほんのわずかずつ、回復の見込みを見せているが――。

 

 きっとそれすらも、不幸せな事なのだ。

 だってそうだろう。記憶がないなりに、何十年もかけてせっかく今の生活に折り合いをつけて、慣れて、やっと安息を手に入れられたと思った矢先に。

 大切な人や物、情景を断片的に思い出せたとして。

 

 素直に受け入れ、喜べる者がどれだけいるのか。

 とっくにもう終わった事なのに。失われた事なのに。だからもどかしく、苦しいだけ――実際にイツハやイズルは、ノクターンに対しそう吐露した。

 

 ……余計に、真実を明かせなくなった。

 年月が経過し、メアのおかげでネット回線が開通。外の状況が克明に分かるようになり。

 

 ――そこでノクターンは、メアだけに全てを打ち明けた。

 メアはノクターンの指示通り、みんなが故郷や過去について調べた時、改ざんされたページへつながるよう偽装した。

 ここからは出られないから。郷愁にかられて苦しまないよう。自暴自棄にならないよう。

 みんなは何も言わなかった。愚直にそのページと、ノクターンの話を信じ続けた。

 あるいは、信じている風に振舞った。

 ノクターンが与えたその役割だけが、自らの死というどうしようもない絶望を忘れられる、唯一の拠り所だったからだ。

 

 ――全ては希望的観測と、幸運と、仮説にすぎない。

 それでも、六不思議には希望が必要だったのだ。

 

 

 

 鼻歌に誘われ、ノクターンはまぶたを押し開けた。感覚からすれば、二度目の覚醒。

 

「キョータ……なのか……?」

 

 周囲は暗黒に覆われており、自分がどこにいるのか分からない。

 それでも目の前にはキョータがいて、温かな微笑を向けてくれている。

 

「ノクターンお姉ちゃん」

 

 ――最後にそう呼んでくれたのは、いつだったろうか。

 久しぶりに。もうどれくらい久しぶりなのかも思い出せないくらいに。

 ノクターンは瞠目し、息を呑み――全身を走る痛みに顔をしかめる。

 

「きょ、キョータ……しゃ、喋れる、のか……?」

 

 うん、とキョータは頷いて。

 

「これが、最後だから。もっといっぱい、お話したかったけど……」

「さい、ご……?」

 

 ふと、キョータが片手を、ノクターンの胸のあたりへかざしているのに気づく。

 掌からは、どこか見覚えのある極彩色の光が放たれ――ノクターンの身体へ流れ込み。

 自分の世界が広がるような、形容しがたい不思議な感覚が訪れる。

 同時に、全身を蝕み、死に瀕するほどだった重い火傷が徐々に癒え、痛みも和らぐ。

 

「これ、は……」

 

 そして、見た。キョータの肩や足が、空間へ溶けるように、消え始めているのを。

 

「キョータ……? キョータ! お前、何をして……っ」

 

 ――あの時の自分と、同じだ。

 キョータを鏡へ引き込み、命と引き換えに傷を治した。

 

「やめるんだ、キョータ! まさか……陽の憑光を、捨てようとしているんじゃ……!」

「捨てるんじゃないよ。譲るの。こうすれば、お姉ちゃんが新しい核になれる」

 

 声をうわずらせたノクターンの詰問にも動じず、キョータは手をかざし続ける。

 その間にも、身体が削れていっているというのに。

 

「本当はね……迷ってたんだ。ぼくなんかには無理だって。臆病者で、弱虫で、どうしようもなくて……だからこんなの、いっそ捨ててしまいたい……その方が楽になれるって」

 

 所有権の移譲。そんな真似が可能なんて、ノクターンにとっても初耳だった。

 キョータは魔法が使えない代わり、核として――すなわち運営者の権限として、様々な能力を行使できた。

 例えば、鏡を通しての干渉。

 例えば、共感し合った者同士で、時を超えた過去を共に体験し合える事。

 

「でも、お姉ちゃんは――みんなは、こんなぼくに呆れもしないで、ずっと一緒にいてくれた。だからね、お礼がしたいんだ。今まで……ありがとう、って」

「違う、それは違う! 聞いてくれ、キョータ!」

 

 ノクターンはがむしゃらにもがき、キョータから離れようとするが、回復していく身体にも関わらず、思うように動けない。

 

「我は……我はずっと嘘をついていたんだ! 聖地を守るためだなんて、全部大ぼらだ!」

 

 心の奥底へ秘め続けていた重荷が、理性や意志に反し、告白としてさらけ出てしまう。

 

「ただ……あのままじゃ、みんなが生きるのを諦めてしまう気がして! ばらばらになってしまうのが嫌で……っ! 今の自分達に、何の意味もないと認めてしまうのが、たまらなく嫌だったんだ!」

 

 だから、嘘を並べて覆い隠した。その贖罪のつもりで、代表者として振舞った。

 

「臆病者は……我の方だ! 偽らなければ、最初から何の関係も築けない! 守れない!」

 

 こんな事になったのは、ノクターンの責任だ。罪咎は全て、己が受けるべきなのに。

 

「感謝なんてしなくていい……憎んでくれ! 恨んでくれ! 本当に死ぬべきは――」

 

 はたと我に返れば、キョータの姿はもう、ほとんど見えなくなっていた。

 

「だから、頼む……いなくならないでくれ、キョータ……!」

 

 キョータの口が動いた。声が聞こえない。ただ、唇の動きで察しはついた。

 

 ――ありがとう。

 

 でも、声が聞こえない。聞こえないのだ。

 また昔みたいに、話して、笑い合いたかったのに。

 こんなに短い時間で、終わってしまうなんて。

 

「嫌だ……こんな……嫌だ……ぁ……っ!」

 

 威厳も何もかもかなぐり捨て、無様に懇願する、一人分の少女の声は、暗い闇の先へ吸い込まれていった――。

 

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